2.散弾銃と聖十字架

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「今回やけに静かだったな?」
「ですね」
 ブローチの盗難から、二週間ほど経ったある朝。怪盗は、いつも通りの癇に障る笑顔で小型のテレビ相手に、朝食のフレンチトーストを頬張っていた。サーナイトがバターを追加してくれる。向かいには、暖かいハーブティーを淹れている冷淡な助手の女。
「有名宝飾ブランドに泥棒が入る。なんて、マスコミならもっと食いつきそうな話題ですが」
 助手は自分で淹れた紅茶を啜りながら、画面に映る赤サングラスのキャスターを見ている。彼女の話す言葉を、不審がっていた。
 連日、彼らは追っ手を警戒していたが、特に何事もなく過ごせていた。
 それどころか普段なら「怪盗レイス現る!」だのと騒ぎ立てる、そんなマスコミがほとんど影を潜めていたからだ。新聞には政治評論家のつまらない世辞や、世界の美人ジムリーダーの特集記事。何も変わらないカロス地方の一片だ。
「おいおい、泥棒じゃなくて“怪盗”な」
 怪盗からの、大事なようでそうでない訂正が入った。助手はというと、白磁のティーカップから目線を上げ怪盗を見る。ジト目が彼を捉えた。
「世間的に同一視は避けられないかと」
 燻るカモミールに似合わぬ、何とも冷たく無慈悲な物言い。しかし、怪盗はわざとらしく指を振ってみせてから答える。
「あのな、泥棒と怪盗は根本的に違うんだよ」
「して、その心は」
 ずい、と怪盗が助手に迫りよる。負けじと助手も目線を合わせてみる。
 「なんだ何だ、今日も仲良しだな」そんな野次のこもった目で、ゾロアークは遠巻きに彼らを見ていた。実際にそんなことを言えば、この二人はまた軽い掛け合いを始めるのが目に見えている。
「捕まるのが泥棒、捕まらないのが怪盗だ」
「さいですか」
 それだけ言うと、満足した様子で再びフレンチトーストを切り分ける作業に入った。シャツを汚しそうになり、助手に顔をぐい、と拭かれると「子供扱いするな」と、そこだけはいっちょ前に言うのだった。
 その言動がさらに子供っぽい為に、助手の手伝いで布巾を回収していたサーナイトは、クスリと微笑を零す。
「いつもなら「怪盗レイス」「怪人ファントム」なんてダサい名前で呼んで囃し立てるクセにな。大体、なんだよ「怪人ファントム」って。頭痛が痛いみたいな名前付けるよな」
 彼は怪盗でありながら名乗ったことがなかった。“レイス”というのは幻のように警備を掻い潜る様から。“ファントム”はそのまま幻影使いとしての異名だった。
「それは、よくゾロアークを使うからなんでしょうけれど。そんなに嫌なら、自分で別の名を名乗れば良いのでは」
「ロトー!」
 助手が、怪盗のティーカップに紅茶を淹れつつ提案する。彼のロトムが、何かを欲しそうに飛び回ってたので、一口チョコレートをあげていた。あんまり甘やかすなよ、と注意が入る。
「予告状でも出すのか? あまりにも古典的だな。怪盗らしくはあるが」
 そう口では言いつつ、鼻で笑う怪盗。助手からカップを受け取り、紅茶を口へと運ぶ。
「しかし、今回の件は僕としても少し不審だ」
「考えられるとすれば……」
「ロト?」
 腕を組む助手に、先ほどから飛び回るロトム。彼女の様子を伺っている。
「上が動いたってことだな」
 訝しむ助手の声に、台本通りかのように続けて言ってのける。
 怪盗は、相も変わらず人を嘲笑ったような笑みで、厚焼きのフレンチトーストを頬張っている。だが、その瞳にさっきのような余裕の笑みはなかった。





「このゾロアークにフーディン……そして、この逃走経路って。先輩!」
 黒髪ボブの女が上司を見る目は、いやに熱かった。正義に若さに。満ち満ちていた。
「んー? アレだろ、また暇な怪盗チャンだ」
 それを撥ねつける、煙草混じりな吐息。紫煙に彼女のため息も逃げていく。大柄の女はまた箱から一本取り出すと、隣にいた相棒の頭にて着火させた。ゴロン、と球体の頭が移動する。
「もうレミー先輩! いつになったらアイツを本格的に捕らえるんですか!? ずっと遊ばれてますよ、あの軽そうな男に、いいんですか」
「何を言う、私が怪盗チャンと遊んでやってるんだ」
 黒髪ボブの彼女が、勢いよくタブレットを女上司の眼前に叩き付けた。そこには宝飾ブランドでの一件、怪盗レイスが取った逃走経路の地図。事件現場から直近の派出所は、ものの見事に消防車によって封じられていた。とても都合のいい、第三者の通報によって。
「リラ先輩は優しくていい人だったなあ……良いなあ、ハンサムさん。あたしもUB対策支部に異動されたい。ていうか仕事辞めたい……」
「良いじゃあねえの。あっちはウルトラホールの警報が鳴り止まんらしいぞ? それに、お前さんは私とギミーが見てやるんだからよ」
 “ギミー”と呼ばれたさっきの相棒が女と肩を組んでいた。何も心配してなさそうな、からっ風のような笑い。それにまた、彼女は心配を吐いていた。
「世話を焼くのはあたしの方なんじゃ……」
「そうとも言う!」
 黒髪ボブの彼女は、またピクリと眉を下げた。最近新しくなった、権威の象徴。『コードネーム:ロザリオ』とだけ書かれた、シンプルな金の桜付き証明書を見てから一言。
「“レミントン”なんて物騒なコードネーム、聞いた時ビビりましたよ……」
「あー、それはこれからの相手さん次第だな。考えとくよ。なあ相棒?」
 将校のような女、国際警察執行捜査官のコードネーム:レミントンは。白い人型の相棒に同意を求めてから、改まって一言。
「空港も港も、私の手配で封鎖済みだ。情報規制も徐々にしている頃合かな。それから次の手も……実は既に打っている」
「ええっ、意外と冷静だし、ちゃんとしてるんですね」
 大柄な女刑事は立ち上がる。横で意外そうな顔で見ていたロザリオに、ある写真を突き出すようにした。
「もうじき死の商人あのバイモ・コーポレーションが動き出すぜ」
 褪せた赤い表紙の革の本。それは『フレースヴェルグの禁書』と呼ばれる、この運命の全ての始まりだった。





「あの湧いては群がる、野生のコラッタよろしくなマスコミ共を、抑えられるようなヤツらはかなり限られてくる。しかも、今回僕らのことを一切伏せている。いつもは関連付けるのが趣味のクセに、だ」
 怪盗は右の人差し指を突き出し、得意げに言う。時に悪趣味な邪推を混じえつつ、しかしその言葉には説得力があった。
「つまり敵はかなりの上層、それも国家単位を越える程の。そんな組織は一つしかない」
 彼の言葉に、静かに緊張を噛み締める助手。口をついて出たのは、確かなる一つの答え。
「……国際警察」
 「正解」というように、彼の人差し指が助手を軽く指していた。ため息が続く。
「簡単には逃げさせてくれなさそうですね」
「だな。全く、面倒くさい。こういう時はやはりさっさと逃げるに限るんだが」
 ナプキンで口元を拭いながら、気怠い声を上げていた。かたや助手は、今朝の新聞を真剣な目で見つめていた。自分達に関する情報をくまなくチェックしていたのだ。
 しかし、実際に彼女に目に止まったのは。それよりも遥かに恐ろしい過去を呼び戻す一冊だった。新聞を持つ手は微かに震えていた。
「これ、ちょっと見て下さい」
 怪盗の気だるげな声を、すかさず助手が遮る。その声には何処か寒々しいものがあった。とある記事を差し出し、指差している。
 新聞にはこのような記事が載っていた。

 『バイモ・コーポレーション秘蔵の“フレースヴェルグの禁書”。代々、兵器家業を営むイーストン氏に継がれてきた奇書は、これまで約300年以上も間、公の場には姿を現さなかった。カロス近代博物館にて、○月○日より30日間、限定公開するという。本書は旧カロス王国滅亡へと誘った、不死鳥イベルタルに関する古代魔術や宗教を中心に紐解く……』

 新聞の片隅に、こうした広告が載るのはいつもの事だ。
 しかし、この二人にとっては、全く見過ごせなかった。それは偶然か。はたまた必然だったのだろうか。
「『フレースヴェルグの禁書』ってまさかそんな……でも、一体どうして」
 助手の珍しく、この悲痛とも聞こえる言葉。それには意味があった。あの怪盗すらも、目を開いて記事を見つめるばかり。
 この『フレースヴェルグの禁書』というアーティファクトは。怪盗レイスが過去一度だけ盗み損なった、消えない因縁の書であり。
 まさしく、この二人が出会ったきっかけでもあったからだった。縁の深い、この『禁書』が再び世に出てきたことを、二人は二者二様に困惑していた。気まずい沈黙が続く。
「きな臭いな」
 最初に静寂を破ったのは、怪盗だった。青ざめた様子の助手に対して、さらりと言う。
「だって、娘を明け渡しても出さなかった書物だろ? 普通に考えたらフェイクだ」
「娘に人質程の価値もなかったので、それはまた違うのでは」
 助手、もとい元「娘」が、まるで他人事であるかの如くに否定した。助手にサーナイトがぴったりとくっ付いては、心配そうに見ている。彼女の感情を受け取ったからであるらしい。
「しかし。私もフェイクであることには、同感です」
「違いない。なんたって君のお父様だしな」
「“元”お父様ですよ」
「そうだった。“元”お父様な」
 なんて事ないように返す二人。だが、そのやり取りを見るゾロアークやサーナイト、お調子者のロトムすら緊張していた。トレーナー二人の、動揺そのものは隠せないからだった。
「じゃあ、やることは決まってるな。偽物と分かっていて盗む者などいない。ましてやこの怪盗がな。狙うのは、億万もの人々の切望と欲望が屯する、本物だけだ」
 そう言い切ると立ち上がる。澄ました顔で、身を締めるように黒いネクタイを締めた怪盗。
「行くぞ。早いうちにな」
「どこへです? 国際警察が動いているなら、迂闊に外へは出られないのでは」
 主の切り替えの早さに、彼女は感心すらしていた。残った食器をてきぱきと片付けながら、助手が問う。
「交通機関を使わなければ問題ない。行くぞ、新しい拠点を探しに」
 そう彼は右手を軽く上げると、休んでいた彼のドンカラスが慣れた動きにて停る。怪盗は椅子に掛けていた黒のジャケットを翻し、準備のためかそのまま自室へと戻っていった。





「ふ、『フレースヴェルグの禁書』!? レミー先輩……」
 ロザリオは、女上司の前にて十字を切った。ご丁寧に、自らのコードネームの白いロザリオを持って。その様子に、クスリとレミントンの相棒・ギミーは笑っている。
「いや死なねーよ。向こうさんから……何故か、イーストン一族からの捜査協力の申し出があった。にしても、そこまでせにゃ出せん本って何だ」
 捜査官補佐、ロザリオは。いやに神妙な顔をしてから話す。
「カロスの怪鳥イベルタル。その呪いを解く為の、本ですよ」
「ふーん? まあ、いいけどさ。禁書はおそらくハンサムのおやっさんが、何か揺すったんだろう」
 さりとて、レミントンに判るのもその程度であった。何しろ、禁書を有するバイモ・コーポレーションは圧力が強い。リーグ建設に関わる資金を提供し、競技者やリーグ委員会と太いパイプを持っている。現場指揮官のレミントンにすら、未だ詳しい情報は伝わって来ない。
 だからこそ、ロザリオのさっきの反応は正しかった。
「まー、んなこっただからさー。怪盗チャンは間違いなく来るワケよ。そこを一網打尽だな」
「何で来るって言い切れるんですか? だって彼、とにかく慎重でしょう? 今までだって、レプリカのみの展示には何も食いつかなかった」
 ロザリオの言い分は正しい。レミントンは上司らしく静かに聞いては頷いた。自分の眼帯を触ってから、笑ってロザリオを向く。
「アイツ、何で怪盗やってっかロゼは知ってるか? 私さあ、一回聞いたことあんだよな。だって、とんでもなく酔狂だろう? 今この時代にさ」
「え、確かに。何でですか」
 ロザリオは考え込む。よくよく考えれば、この怪盗の男は名乗るでもなく、淡々と派手な盗みをしている。奇人なコレクター、というのが小説等では通説だろうか。と彼女は考える。
「それがな、何と仲間の女の為らしい」
 レミントンが差し出した、禁書ではないもう一枚の写真。そこには黒髪の大人しそうな女性が、サーナイトと一緒に映っていた。その顔を見たロゼは、しんと見つめる。
「この女がバイモ・コーポレーションからすれば、何かマズいと。そういう話らしいな。ああ、なんというかこういう奴らって、無駄に爆発させてえよな。なあ──UB:BURST君?」
 一つ目でにっこりと笑うギミー。いや相棒のズガドーンが。悪く笑うレミントンの言葉にそっと微笑みかけるのだった。
「物騒だなあ……ああ、なんであたしこの仕事してんだろ。早く辞めたい……無理だけど」
 彼女の手に握られた、白い聖十字架とモンスターボール。項垂れてるロゼに対し、ギミーは紳士的に肩を持って微笑んでいる。このギミーの存在自体に、ロゼはまた気が落ち込んでいた。
「作戦はもう始まってる。宜しく頼むぜ、ロゼ」
 散弾銃と聖十字架。相反する二人のコンビとズガドーンによる、怪盗レイスへのプレゼントは始まっていた。

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