第1話 目覚め

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 誰かが願った
         痛みのない世界を…
  誰かが欲した
           悲しみのない世界を…
   誰かが恋した
            終わりのない美しき世界を…
  だが知っていた
      それは永遠の美しさではなく
             永遠の苦しみだと…
     それでも願い
            叶え
               そして悔やんだ
 絶えることのない
          美しい世界を
   誰もが望む
         終わり無き世界を…
 さわさわと風が優しく草木を撫でる音が聞こえる。
 木陰で眠っていたのか、開いた瞼の先には暖かくも力強い日差しを程良く和らげてくれる枝葉が視界の先で揺れていた。
 微睡みから覚めるというにはあまりにも力強くむくりと起き上がり、自身の両の手を見つめる。
 黒と濃い灰色で構成された体毛と、それによく映える紅く長い爪がしっかりと備わった腕を暫く見つめ、自分の腕であることを確かめるように何度かぐっと閉じてはまた開き、木々のさわめきへと視線を戻す。
 恐らくその心地の良い場所で今の今まで眠り続けていたのであろう。
 だからこそ眠る前の事をしっかりと思い出そうとする。

『ここは……何処だ……。俺は……誰だ……?』

 まるで注ぐ日差しのように彼の記憶は白く染まっているように感じ、白紙の紙を眺めるように何も思い出せない。
 しかし不思議と何の感情も覚えない。
 ただただ彼は自分の腕を時折見つめては、また遠く彼方の空を見つめるだけだった。



 第一話 目覚め



「おーい! 何してるの?」

 どれほど時間が経ったのか。彼の傍には物珍しい物を見たような表情を浮かべる一人のザングースの姿があった。
 よく見かける個体よりも小柄で細く、種族的に不愛想な表情と形容されがちだが、それとは程遠い純朴で透き通った瞳で彼を右から見つめ、左から見つめ……と心配というよりは好奇心からうろうろと移動しながら気に掛けていた。

「何もしていない」

 視線をそちらへ向けるわけでもなく、遠く彼方を見つめたまま彼は突然ぽつりと呟く。
 返事が来るとは予想していなかったのか、それともその独り言のような声を拾うためか、そのザングースの長い耳がより一層ピンと伸び、ぴくぴくと動かして彼の言葉を拾いとってからまた不思議そうな表情を浮かべる。

「何もしてないの? 休憩中とかじゃなくて?」

 ザングースは彼の言葉に違和感を覚えたのか、顔を覗き込むようにして続けて疑問を投げる。
 彼はその覗き込むザングースの顔にまるで全く気付いていないかのように彼方を見つめたまま動かない。

「何も分からない。ここが何処かも、俺が誰かも、何をしていたのかも。だから何もしていない」

 視線は合わせないまま、彼はそう答えた。
 彼の態度から余程そうは見えなかったのか、驚愕の声を上げてザングースは心配そうな表情へと変わり、真剣に彼を見つめる。

「ようするに記憶喪失ってこと? 本当に何もかも覚えてないの? 家族とか友人とか、お家とか……どうしよう!?」

 彼の話を聞いてザングースはみるみるうちに表情が曇ってゆき、先程までとは打って変わっておろおろと彼の周りを歩き回る。
 他に何か彼が記憶を思い出せる手掛かりにならないかとザングースは知る限りの事を次々と聞いていくが、その言葉の悉くに彼は一切の反応を見せずにただただ彼方を見つめ続ける。

「友人……。友人はいたような気がする。だが名も姿も覚えていない」

 既に十も二十も投げかけた質問も聞いていたのか不安になるほど前の質問に対して、いきなり彼は答えた。
 それを聞いてザングースの耳はまたピンと伸びて彼の方へと向き、そのままぱたぱたと彼の前へと移動した。

「でも、でもいたんだよね!? それならその友人に会えばきっと君の事について何か知ってるはずだよ! その人を探そう!」

 希望が見えたのかそのザングースの表情はぱぁぁと晴れてゆき、笑顔で彼の手を取ってから行こうと促した。
 そこで彼は起きる以外の行動で初めて動き、彼の半分ほどしかない身長のザングースに手を引かれて歩き始める。
 しかし特に彼は返事をしたわけではなく、ザングースの提案に対して了解したわけでもない。
 ただ手を引かれ、外因的に力が加わったことで立ち上がることにし、ただその手につられて歩き出したにすぎなかった。

「そうだ! 僕はザングースで、アカラっていうんだ! 君はゾロアークみたいだけど……もし覚えてたらその友達の種族とか覚えてない?」

 アカラと名乗ったそのザングースの小さな手に引かれて森の中をゆっくりと進んでゆく。

「分からない。そもそもその友人も居たかどうか定かではない」

 少し進んだところで、また思い出したかのように彼はそう語った。
 そのなんとも噛み合わない会話はまるで流れている時間がずれているのかと錯覚するほどだ。

「う~ん……そっか。じゃあ仕方ないし、村まで行って誰かが君の事を覚えてないか聞いてみよう!」

 しかしそんな会話すら難しい彼を前にしてもアカラは特に動じず、少し唇を尖らせて唸った後、次の方法を提案して元気に歩き続ける。
 彼の大きな手から伸びる爪をアカラの小さな手が掴み、遠足でもするかのように前後に揺らしながら歩いてゆくが、尚も彼の態度は変わらない。
 退屈させないようにするためか、アカラは村の事や自身の事、この島の事など自分の知る限りの様々な話を聞かせたが、彼は相槌の一つすら打たない。 
 しかしそんな彼の態度など意に介さず、アカラは思いつくままに話して聞かせながら歩いてゆき、ただの鬱蒼とした森から林道へと景色が移り変わり、あっという間に景色は村のはずれの開けた場所へと移っていた。

「ここが僕たちが住んでる村だよ! どう? なにか思い出せそうだったりする?」
「いや。分からない」

 アカラの言葉に対して彼はあまりにもつっけんどんな返事を返した。
 しかし先程までとは違い、全く動く気配の無かった彼は今度は止まらずにそのまま村の中へと導かれるように歩き続けてゆく。
 その村は、村と呼ぶには少しばかり賑わいがあり、かなり多くの者が利用しているのか村の中はどこもかしこもとても整備が行き届いているのか、とても奇麗だ。
 入り口には木と麻紐でしっかりと据え付けられたアーチ状の門となっており、そこから村をぐるっと囲むように大きな木製の壁が立ち並び、要所要所に物見やぐらが建っている。
 その壁の中にはお椀を伏せたような形状の大小さまざまな家が立ち並び、多種多様なポケモン達がその辺りで雑多な会話をしている様子が窺えた。
 中心に近づくにつれ建物の様子はお椀型の物から、細長い長方形で前面部分が腰の辺りで開けている構造になり、その建物の中からはこれまた様々な種類のポケモンが様々な物を売り買いしているようだ。
 そんな活気溢れる市場を抜け、村の中心部まで辿り着くとそこには見事な噴水が水を十分に湛えており、同じようにここでも談笑する者達や元気に走り回る子供達の姿があり、いかに活気に満ち溢れているのかを体現しているかのようだった。

「じゃーん! すごいでしょ!? あれがこの村が誇るおっきな噴水だよ! 多分僕達の村にしかないよ!」

 噴水の前まで辿り着くと、今までずっと歩き続けていた彼の後をついて回っていたアカラが彼の前へと踊りだし、元気一杯にその噴水を彼に紹介してみせた。

「他の村もあるのか?」

 アカラの言葉を聞いて彼は質問を投げかけたが、それはアカラの言葉におおよそ含まれていなかったであろう部分だった。
 しかしアカラはその言葉に対して首を縦に振って答える。

「この島には村が元々三つあったんだ。今は減っちゃって二つになったけど、ここが一応一番大きいと思う村で、今はテラ様達"三闘神"の方々が治めてくれてるの。 もう一つの村も同じように"三聖獣"の方々が守ってくれてるんだ!」

 そう教えるアカラの顔は何処か寂しげだったが、笑顔は絶やさずに彼へ他の村や島に関することを教えてゆく。
 この島は通称『獣の島』と呼ばれる島であり、主に二足歩行や四足歩行をする陸生動物の特徴を持つポケモンが多く住んでいる島である。
 あくまで多く住んでいるだけであり、ゼニガメやポッポのようなポケモンも少ないながら住んではいるのだが、それらのポケモン達は基本的にはまた別の島に住んでいる。
 島に住んでいるポケモンは皆先程アカラが述べた二つの村のどちらかに住んでおり、基本的には助け合いながら生活しているのだが……

「昔はね……"三聖獣"って呼ばれる三人と"三闘神"って呼ばれる三人、そして今はもう行方不明になってから数年も経っちゃったんだけど、シルバっていう"護り神"と呼ばれてた強くて優しいゾロアークがいたんだ。みんなが揃ってた時はそれは本当にみんなすごい人だったんだけど、シルバ様が居なくなってからは少しずついがみ合うようになっちゃって……。あの人がいた時はみんなもあんな風じゃなかったのに……」

 今の状況についてアカラはそう続けて説明した。
 そのシルバと呼ばれた"護り神"がいた時は、今のようにいがみ合うこともなく互いの村同士で助け合って生活することができていた。
 しかし数年前に誰もその消息を辿る事すらできずに突如としてシルバは姿を消した。
 突然の事態は当然人々にも混乱を招き、その不安を消すために"三聖獣"と"三闘神"は必死にお互いに協力し、村の維持を続けてきたがそこで大きな問題が起きてしまう。
 以前より度々島の外から襲撃しに来ていた"竜の軍"と名乗る軍隊が、シルバというこの島に不可欠だった支柱の喪失を知ってか、一時的に止んでいた侵攻を再開してきたのだ。
 その折、戦いにおける思想の違いが"三聖獣"と"三闘神"にあり、エンテイ、ライコウ、スイクンの三人"三聖獣"は島民の安全と血を流さぬことを信条とし、テラキオン、コバルオン、ビリジオンの三人"三闘神"戦える者全員で立ち上がり、敵を討ち滅ぼして二度とこの地を踏ませぬことを信条としていた。
 攻めと守りという相反する考えの"三聖獣"と"三闘神"は次第にぶつかり合うようになり、連携が上手く取れなくなったある日、遂に敵の侵攻を許してしまい、一つの村が壊滅することとなる。
 そのせいでいがみ合いは村を代表する"三聖獣"と"三闘神"のみに収まらなくなり、遂には島民すらも意見を二分してしまい、村同士の交流はほぼなくなってしまった。

「だからごめんね。もしももう一つの村に君の知り合いが居たとしたら、僕じゃ君の事を連れて行くのは難しいんだ。だからとりあえずここで探してみるからそこの噴水の傍にあるベンチで待ってて!」

 表情一つ変えずにそんな話を聞いていた彼は小さく頷いてアカラの言葉に返事をする。
 元々殆ど喋らず、何を考えてるのか分からないほど表情の無い彼はその場でも浮いていたのか、周囲にいる人達も話しかけることはしなかった。
 暫くの間待っていたものの、未だアカラは返ってくる様子はなく、流石に彼も暇になったのかそれとも単に周囲にようやく興味を持ったのか、今度は村そのものではなく行き交う人々を観察し始める。
 よくよく見てみると街のあちこちにいるポケモン達は誰もが雌か小さな子供ばかりで、店の店主も荷物を運んでいるのもそういったあまり力仕事をしないであろう者達ばかりだった。
 そしてアカラの話を聞く限りだと、今もその"竜の軍"からの攻撃を受けているはずだというのにただの一人も戦えそうな者がいない。
 もしこの状態でこの村までその軍隊が攻め込めば一たまりも無いだろう。
 彼もそう考えはしたが、考えたのみで特に口にはしなかった。
 付け加えるならば口にしなかったのではなく、する必要性を感じなかった。
 もしそうなったとすれば大勢の人が亡くなることになるだろうが、それは防衛を怠った彼女達の末路だろう。とある意味冷酷な考えが彼の中に答えとして自然と導き出されたからだ。
 そう考える内にもしもそうなった場合、自分はどうすれば生き残れるのかを考え始める。
 周囲への興味も失せ、自分には何ができるのか何も思い出せない脳内の少ない情報をかき集めることに必死になっていると、彼の周りにいた人々はけたたましい鐘の音を聞いて急いで部屋の中へと隠れ始める。
 遂には響き渡っていたその音も失せ、静寂だけが先程まで活気があったとは思えない広場を包み、不気味な静けさを醸し出している。
 しかしその静寂も長くはもたず、あっという間に悲鳴と狂気に満ちた声が響き始める。

「ヒャッハー!! 女子供も皆殺しだぁ!!」
「戦士だろうが村人だろうが関係ねぇ! 全部燃やしちまえ!!」

 家々が音を立てて燃える音と煙が広場にも立ち込め、置物のように動かなかった彼の周囲には見慣れぬ竜型のポケモンの姿があった。
 甲冑や兜を身に纏い、そこら中へ火を吐いたり手に持つ松明を次々と荷の中へ投げ込んで燃やしてゆく彼等は、一つ炎が上がる度に卑下た笑みを浮かべて狂気に満ちた鬨の声を上げる。

「ん? なんだぁ? コイツ。こんなところに逃げ遅れがいるじゃねぇか!」
「どうしたよ? 怖すぎて動くこともできないかぁ?」

 未だ動かずに思索に耽っていた彼に気付いた竜の軍の兵と思われるボーマンダとクリムガンが、にやにやとした笑いを浮かべて鋭い爪を視界の先で揺らして挑発した。
 しかし、それでも反応の遅い彼は全く意に介さず思索し続ける。
 恐怖もせず、歯向かいもしないその様子が気に喰わなかったのか、苛立ちを見せてクリムガンの方が先に彼の横っ面を思いっきり振り抜いた。
 避ける暇もなく彼は数メートルは軽く宙を舞ったが、まるで何事もなかったかのように吹き飛ばされた先の地面に着地した。

「もう来ていたのか」
「あぁん? いつまで寝ぼけたこと言ってんだ! このスカし野郎!!」

 的外れな彼の言葉はクリムガンの怒りに更に油を注いだのか、そのまま一気に距離を詰めて今度はその鋭い爪を一気に頭の上から振り下ろす。
 振り下ろしきったはずのクリムガンの腕は肘の付け根よりも先が無く、自身がそれを理解するのに時間が必要なほどその一瞬で何が起きたのか分からなかった。
 どさりと何かが地面に落ちる音が聞こえたかと思い、クリムガンがそちらを見ると、そこには先程まで自分の肘から伸びていたはずの腕が鋭利な刃物で切り裂かれたかのように奇麗に切断されて落ちていた。

「う、うわぁぁあ!? 俺の腕がぁぁ!!」
「手を払ったつもりだったが、千切れたのか。まあいい」
「てめぇ!! クリムに何しやがったぁぁ!!」


 千切れた腕の付け根を押さえてクリムガンはその場にうずくまり、口にした通り彼はただクリムガンの手を振り払うために振り上げたはずの腕を見て呟いた。
 ボーマンダも突然の出来事に一瞬度肝を抜かれたが、クリムガンの腕を見て激昂したのか、口内にエネルギーを溜めてから彼へ向けて一気に放出した。
 凄まじい爆音と共に彼が居たはずの場所よりも後ろにあった荷物が弾け飛び、ただの一瞬も目を離していなかったボーマンダは自分の視界が経験したこともない速さで回転していることに気付く。

「殺せるのならこちらの方が早い」

 いつの間に移動していたのか、ボーマンダの足元には視界から消えていた彼の姿があり、ボーマンダは自分の視界の先に首の無い自分の身体がそこにあるのを見てようやく何をされたのか理解した。
 おびただしい量の血を吹き出しながらボーマンダの身体がぐらりと崩れ、繋がっていたはずのボーマンダの首を赤く染めてゆく。

「なんだあいつ!? やべぇのがいる!」

 一瞬にして一人は腕を失って戦意を喪失し、もう一方は一瞬で葬り去られたその凄惨な光景の中心に、顔色一つ変えず彼は尚も佇んでいた。
 その異様な光景に後から追い付いてきたであろう武装した竜達も容易にその傍へ近寄れず、ただ戦慄するばかりだった。
 
「どうした!? 何があった!?」

 次第に増えてゆく竜達の後ろから声が聞こえたかと思うと、その人だかりが一斉に割れて一人のリザードンが歩み出る。
 そのリザードンは右目に大きな古傷が入っており、その傷のせいか右目は完全に開かなくなっているようだった。
 しかし隻眼とは思えないほど見るからに周囲の竜達よりも存在感があり、一瞬で彼がこの中で最も強いのだと理解できるほどだ。

「ドラゴ隊長! あいつがヤバいんです! どうやったのか訳も分からない内にあっという間にマンダの首がぶった切られて……!」

 彼らからドラゴ隊長と呼ばれたそのリザードンは無論ドラゴンタイプではない。
 しかし明らかに周囲の竜達は彼に従っており、彼が部隊を率いているのは間違いなかった。
 周りにいる粗野な言動の目立つ者達は我先にと彼のことを説明しようとするため上手く聞き取れなかったが、彼はそんな周囲に狼狽えるなと一喝してその中の一人の名を呼んで状況を報告させた。
 その呼び出した者の指差す先に未だ佇んでいる彼の姿を見て、ドラゴはその目を見開いて驚愕する。 

「まさか……シルバなのか? いや、奴ならこんなことをするはずがない……。貴様は何者だ!」
「知らない。記憶喪失というやつらしいが、お前がアカラの言っていた知り合いか?」

 ドラゴがシルバと呼んだ彼はまたしても質問に対して見当外れな答えを返す。
 彼の返答を聞き、本当に記憶喪失になっているとはにわかに信じられなかったドラゴは少しばかり驚愕した。

「知り合いなどではない。お前が俺のこの右目を奪った張本人だという事も忘れたのか?」
「違うのか。ならどうでもいい。言った通り俺は記憶喪失らしい。だからお前が俺を知っていたとしても俺は知らない」

 言葉を選ぶようにしてドラゴは彼の質問に答えたが、答えが違うと分かった途端に彼はドラゴから興味を失ったように見えた。

「隊長! あいつが本当に噂で聞いた獣の島の最強の"護り神"シルバなんですか?」
「恐らく間違いない。だが、記憶を失った程度であれほどまで人が変わるとは思えん。少なくとも奴は俺の知るシルバではない。撤退だ」
「て……撤退!? やっとここまで侵攻できたんですよ!? ここで何もせず帰ったとバレたら本部に何と言われるか……」
「仕方ないだろう。奴がシルバであろうとなかろうと奴は危険極まりない。下手に手を出せば眉一つ動かさずに殺せる相手に総力戦は妥当じゃない。一先ずはシルバらしき存在の確認を本部に報告する。それで十分な戦果にはなる。退くぞ。奴の気が変わる前にな」

 今一度ドラゴは血の海に沈むボーマンダの姿を見つめ、彼に視線を移す。
 視線が逸れていた間も目が合っても彼は一切動く気配はなく、それほどの敵意を一身に受けているとは思えないほど彼は涼しい表情を見せていた。
 そしてドラゴは部下に彼を刺激しないように指示して、腕をもがれたクリムガンと腕を回収し、すぐさま撤退した。
 そうしてドラゴ達は嵐のように現れて嵐のように去っていったが、村が受けた被害は今もなお拡大しつつある。
 しかしその間も彼は何もせずその場にいた。

「ちょっと! そこのゾロアークの兄ちゃん! そんなところで突っ立ってないで水を運ぶのを手伝いなさいよ!」
「分かった」

 その内竜の軍勢が去った事に気が付いた村人達が総出で火事の鎮火にあたり、噴水の傍で佇んだままだった彼は、ムーランドに声を掛けられるとびっくりするほど素直にそのムーランドの指示に従って動き始める。
 水タイプのポケモンは水鉄砲や雨乞いを使って鎮火を行い、それ以外のポケモン達はそれ以上燃え広がらないように燃えやすい物を移動させ、噴水の水をバケツリレーで組み渡して火元へと掛けてゆく。
 そんな必死の努力の甲斐もあってか、被害は予想以上に酷くなる前に全ての日を鎮火することができた。

「全く……! 何のために雄共は戦いに行ってるんだい! とりあえず兄ちゃんも手伝ってくれてありがとうね!」

 一通り全ての事態が解決したため、ムーランドは彼にお礼を言ったがやはり変わらない様子でああ。とだけ彼は答えた。
 それからは各々自身の家の修繕や、荷物の状態の確認などでまた慌ただしく動き始め、また誰も彼に関わらないようになる。
 するとその慌ただしく動き回る人々の様子を見つめていた彼は、少しの間その場で様子を見つめていたが、それも見飽きたのか元々アカラに待つよう言われていたベンチの所まで戻り、今度は腰を掛けてその様子を眺めているのか、それとも最初と同じように虚空を眺めているのか遠くを見つめるようになった。

「おーい!! 君大丈夫だったー?」
「大丈夫だ」

 それから数分としない内にアカラが戻ってきて心配そうに彼に声を掛けた。
 彼は変わらない調子でアカラにそう返事をしてきたため、変わってはいるが特に変わった様子はなかったので少しだけ安心した。
 アカラも彼と別れた後、暫くは彼を知る者の手掛かりを探していたが、その最中に竜の軍勢の襲撃を受けたためすぐに近くの安全な場所へ身を隠して事なきを得た。
 その後は彼と同じくまずは鎮火作業を手伝い、それが完了してようやく今戻ってきたところだ。
 一先ず襲撃までの間に聞いてみた結果だけだが、今のところ知り合いらしき人物には辿り着けていないとアカラは残念そうに語った。
 それに対しても彼としては然程意に介していないらしく、ただそうか。とだけ呟いただけだった。
 今からも人探しをしたいところだが、流石にこの忙しい時にできるようなことではないため、アカラの耳もしおしおと力無く垂れて悲しそうな声でゴメンね。と呟く。

「そもそも、何故アカラは俺の事を知るその知り合いを探そうと考えたんだ? お前が俺の知り合いではないのなら探す必要は無いはずだ」

 彼はそう言って不意にアカラに質問した。
 確かにアカラがここまで必死になって彼のその姿形も分からない友人を探す理由は何処にもない。
 しかしその言葉を聞いた途端、落ち込んでいたアカラは血相を変えた。

「そう言ったら確かにそうだけど……。でも記憶も無くして、あんなところでただじっとしてたら心配になるじゃん! それにこのままだと君、ずっと一人なんだよ!? そんなのだめだよ!」
「だめなのか」
「ダメだよ……そんなのあんまりじゃん……」

 悲しさとは違う、何か悲壮感に満ちた今にも泣きそうな顔でアカラは叫ぶように言い放ち、そして結局涙が溢れた。
 声こそ上げてはいなかったがアカラは少しの間泣き、両手でゴシゴシと涙を拭ったかと思うとまた輝かんばかりの笑顔に戻っていた。

「ごめんね、心配かけて。でももう大丈夫!」

 アカラはそう言っていかにも元気ですと言わんばかりに胸を張ってみせたが、彼の反応はいまいちなもので、今度はうんともすんとも言わず、首すら振らない。
 そんな彼の態度も特に気にせず、アカラは周りを今一度見回して話し始めた。

「多分、この村まで侵攻されたのはシルバ様が居なくなった時の侵攻以来だから、テラ様達ももう戻ってきてくれてるはず! だからその時にテラ様達に君の事を聞いてみよう!」
「そのテラという奴が俺の知り合いなのか?」

 アカラの言葉に対して彼はまた自分の知り合いに付いての質問をする。
 するとアカラはちょっとだけびっくりした様子で手と首をブンブンと振って彼の解釈を否定した。

「違う違う! テラ様ってのは少し前に説明したこの村を治めてる"三闘神"の一人の方のこと。僕達の村はテラキオンのテラ様、コバルオンのバルト様、ビリジオンのジオ様が治めてくれているんだけど、基本的に竜の軍勢を侵攻させないようにするために島の端に遠征に出てることがほとんどだから滅多にお話もできない人達なんだ」
「治めているなら何故村を離れる」

 アカラは彼に"三闘神"の人達について説明をしたが、彼はその説明に対してまた質問を重ねる。
 それに対してもアカラは少しだけ眉間に皺を寄せて考えた後、彼の質問に対する完璧とまではいかないが、回答できる答えが浮かんだのかそのまま話し出した。

「それはその竜の軍勢を決して島に立ち入らせないために戦いに出てるからで……」
「侵攻を許しているなら離れた意味が無い」
「そうかもしれないけど……」

 アカラの返答に対して、彼は正論ではあるがあまりにもきつい言葉で返す。
 遂にはアカラもどう答えればいいのか分からなくなり、耳もぺたりと垂れてしまった。
 まだアカラなりに必死にテラ達が戦いに出ている理由を探してはいるようだが、そのまま次の言葉は出てこなかった。

「すまぬ! 皆の者無事か!?」

 そうこうしている内に遠くから村の広場まで疾風の如く"三闘神"の面々が駆け入った。
 それを見てまだ忙しなく動き回っていた村人達も、一度その手を止めて彼等の元へと集まり始めた。

「死傷者も少なからずいますが、とりあえず見ての通り被害は最小限に抑えられたかと思います。何故だか竜の軍勢がすぐに去ってくれたので……」
「去っただと? 奴等め……まだ何か姑息な手を考えているのか?」

 現れたテラ達は村民からの報告を聞いて驚愕していた。
 当然ながら彼等も最悪の事態を想定して全力で村へ戻ってきたというのにも関わらず、既に敵は去った後だというのだから当然の反応だろう。
 その後も彼等は様々な状況報告を聞きながら、村を治めていると分かる的確な指示でまだ混乱が続いていた状況をあっという間に治めてみせた。

「すみません! テラ様。もしご存知でしたらこのゾロアークさんの事を教えてもらえませんか? なんでも記憶喪失になっちゃったみたいで……」

 ある程度テラ達の周りの人だかりも和らいだ頃、アカラはテラに彼の手を引いて連れてゆき、彼の姿を見せた。
 するとテラ達は一度完全に言葉を失い、驚愕した表情のままゆっくりと話し始めた。

「ま、まさか……シルバ様!? よくぞ御無事で……!」
「知り合いなのか?」

 テラキオン達も彼の事をシルバと呼び、喜びに打ちひしがれていたが、当の彼、シルバ自身は見当外れな言葉を口にした。
 それからの事情はアカラから詳しく聞き、テラ達は彼がシルバで間違いないと二人に告げた。
 しかし同時にドラゴが感じていたような違和感を覚えるともシルバに話した。
 アカラもシルバについてはよく知っていたようだが、知っていたからこそ今目の前にいる記憶を失ったゾロアークがシルバであるとは思わなかったようだ。
 アカラの覚えている限りでもシルバはずば抜けて強く、決して何処の誰にも負けたことがないほどだったが、この島に住む誰にも分け隔てなく接し、老若男女問わず平等に意見を聞ききちんと答えていたため誰からも尊敬され、愛されていた存在だったらしい。
 竜の軍の侵攻が止む前の頃にも何度も彼がドラゴを含む軍勢を撃退もしていたが、彼は彼等竜の軍の者達にもその温情を与えていたらしく、撃退こそすれどその命を奪う事は決してなかった。と既に冷たくなったボーマンダの遺体を見ながらテラはシルバに告げる。

「シルバ様。この際、貴方が行方知れずとなったことは問いません。ただ、本当に貴方が失ったのは記憶だけなのですか?」
「俺に聞かれても知らん。思い出そうとしても思い出せる記憶が欠片も無い」

 不安が顔から滲み出たままテラはシルバに問うが、やはりシルバはぶっきらぼうな返答しかしない。
 その答えを聞き、小さく首を横に振りながらテラは視線を地面に落とした。
 目の前にいる慕っていたはずのシルバはテラ達の知る彼とは程遠く、そのあまりにも無機質な言葉は記憶だけではなく恐らく感情も失っているのだということを痛感させられたからだ。
 それは同時にようやく彼等の指導者たり得る存在が不在になった事も示す。

「これは……テラ! 一体何がどうなっている!?」

 意気消沈とした広場のテラ達の元に"三聖獣"の三人も到着したらしく、テラ達同様シルバの姿や予想以上に被害を受けていない村の状況を見て驚愕を隠せていない様子だった。
 一先ずテラ達は彼等エンテイのフレア、ライコウのエレキ、スイクンのアクアの三人にも今の現状を説明した。
 すると同様に今のシルバの変わり様に心底驚いていたが、同時に村の様子についても訊ねた。

「それならドラゴと呼ばれていた奴が、俺を見るなり同じようにシルバと言って驚いていた。あいつを殺したら、たったそれだけで何故か奴らは撤退したらしい」
「殺した……!? 貴方があのボーマンダを? 何故!?」
「攻撃してきたからだ。アカラからあれらは敵だと聞いていたから殺すのが一番手っ取り早かった。ただそれだけだ」

 村の様子に関してはシルバが口を開き、何故これほどまでに被害が大きくならなかったのかを教えたが、やはりその言葉を聞いて彼等は恐ろしい物でも見るような目でシルバを見つめていた。
 今のシルバが言っていることに間違いはないだろう。
 攻め込んできた相手に温情を掛けるなど正気の沙汰ではない。
 だが初めからシルバが今のような考え方をしているのであれば何ら不思議ではなかったが、今のシルバは彼等が知る限りのシルバとはそれこそ正反対の存在だ。
 元々のシルバが温情を掛けていた理由は単純で、殺す必要がないからだった。
 例え何度攻め込まれようと優れた指揮と連携でほとんど被害を出さずに撃退することができていた。

『彼等にも帰る場所があり、それを待つ家族がいる。大切な人達の命を奪わせるわけにはいかないが、私達が彼等の命を奪っていい理由にもならない。それにもう何度かコテンパンに打ちのめせば暫くは作戦でも練っててくれるさ。多少不便になったとしても、一度全員を安全に避難させれるようにこの侵攻が一旦止んだら村を一つに纏めよう』

 それが昔のシルバが彼等六人に告げた言葉であり、彼等の心の支えでもあった。
 その言葉を胸に不殺を続け、不安を拭うように戦い続けた結果村が一つ無くなり、それが彼等の精神疲弊を加速させてゆく原因となったのにも拘らず、漸く戻ってきたはずのシルバは誰かも分からないほどの別人になっていたというのは皮肉以外の何物でもない。

「ならばもう我々の腹は決まった。テラ、金輪際無駄な攻撃を行うのを止めたまえ。今回はシルバ様が居合わせてくれたお陰でこの程度の被害で済んだが、次もこういくとは限らない。もう我々が守り抜くしかないのだ」
「何を腑抜けたことを。これから先、永遠にいつ終わるかも分らぬ侵攻をただ馬鹿みたいに耐え続けるというのか? いずれ耐えきれなくなる事など明白だ。我々も変わらねばならぬ。敵に温情などいらん! 今度こそ全ての敵を殲滅し尽くせばいいだけの話だ。貴様も我々と共に戦え!」

 そしてそれが分かった途端、フレア達とテラ達は互いの思想をぶつけあい、今にも飛び掛かりそうなほど険悪な状態になってしまう。
 睨み合いと話し合いは次第にフレアとテラ以外も加わり、どんどんヒートアップしてゆく。
 険悪な雰囲気の中、六人は互いに罵り合うような勢いで喋り、既にシルバの事など眼中には内容だった。
 それを見てか、ずっと傍にいたアカラはただ耳を垂れさせて今にも泣きだしそうな表情で彼等とシルバを交互に見つめるしかできなくなる。

「別にどちらも間違っていない」

 何に対してなのかも分からないほど唐突にシルバはそう言った。
 しかし言い争いをして神経が過敏になっていたからか、テラ達とフレア達六名はその言葉に気が付いたようだ。

「間違っていない。とは一体何の事でしょうか?」
「お前達がさっきから言い争っていることだ。全員戦えるなら全員で動けばいいがそれはできないのだろう? なら戦う者と戦えぬ者を守る者に分かれ、互いに情報を連携すればいいだけだ」
「確かにそうではありますが、今からそれをするのはもはや難しいのですよ。既に我々だけの問題ではなく、この島に住む全員の意見が割れているのが現実です」
「それができないなら死ぬだけだ。分かっているのなら言い合う必要も無いだろう。そもそも俺には何故戦えない者を守る必要があるのかも分からないし、戦っていない者がそんな無意味な話をしている意味も分からない」

 不意なシルバの言葉にアクアが訊ね、シルバはその言葉に淡々と答えた。
 その言葉はあまりにも理路整然としていて正しい事だが、彼等からすれば最もシルバの口から聞きたくなかった言葉でもあるだろう。
 彼等の怒りこそは収まったが、場は嫌な静けさだけが支配する状況が続いた。
 先程までとはまた違う一触即発の状況となり、シルバだけがその場で毅然とした態度で彼ら六名の前に立っていた。

「本当に……シルバ様……なんだよね? あの優しかった……」
「俺は知らん。ただお前達が俺の事をそう呼んでいるだけだ。だから俺は俺の答えを言ったまでだ。期待した答えが返ってこないことを俺のせいにされても知らん。思い出せないものは思い出せないし、知らないことは知らない。ただそれだけだ」

 アカラの言葉に対してもシルバはあまりにも無慈悲な言葉を返す。
 そのせいで必死に堪えていたアカラは遂に泣き始めてしまった。
 次第にその場を支配していた空気も消えたのか、彼ら六人もただ互いに無言で首を横に振り、本来彼等がするべきことへと戻っていった。

「残念だ。シルバ様。我々はただあなたの事を尊敬し、信頼し、いつか戻ってくる日を待っていた」

 最後にテラがそう言い残し、その場には泣き崩れたままのアカラとシルバだけがぽつんと残されたままとなる。
 だがシルバにとってその状況は好ましくない。
 彼はまだ自分が何者なのかを思い出せておらず、それを知るための手掛かりがあるとアカラに付いてここまで来たため、手掛かりが無いのであればこれ以上此処にいる意味もないが、同時に何処かへ移動する理由もなくなる。
 状況は完全に振出しに戻り、ただ今いる場所が村の中なのか森の中なのかという差だけになった。

『シルバよ……目覚めたようだな』
「誰だ? それに俺はシルバかどうかも定かじゃない。押し付けるのなら勝手にその名前で呼ぶな」

 シルバの頭の中に聞いた事のない声が響き渡った。
 その声の主を探してシルバは初めて自分から周囲を見渡したが、何処にもその姿はなく、今もいるのはシルバ自身とアカラだけだ。
 しかしシルバは自身の事をそう呼ぶ相手ならばこの場にいるだろうと考え、探し始めようとする。

『いいや。君はシルバだ。例え何も覚えていなかったとしてもな……。それに私の姿を探しても意味はない。この声は君の心に直接語りかけている』

 その声の主は更にそう続けた。
 俄かには信じがたい話だが、その声の主の姿が何処にもなく、普通に喋るほどの声量で聞こえてくるため近くで泣いているアカラが一切反応していないのは確かにおかしい話ではある。
 仕方なくその言葉を信じることにし、シルバは探すのを諦めてその声へ再び話しかけた。

「ならお前が俺の事を知る友人なのか?」
『友人……というわけではない。私は君と対等な立場に立つこともできなければ、君に何かを言う資格も持たないただの知人だ。だが、確かに君が友と慕った者は私も知っている』

 声の主はシルバの問いに対していまいち的を得ない言葉を返す。
 だがそれと同時に今シルバが最も知りたい情報も彼へ提供した。

「それは誰だ? それにあんたは何故俺を知っている?」
『今はその問いに答えるわけにはいかない。だがいずれ君も思い出す。"理の出でし洞"へ来るといい。そこでまた会おう……』

 続けて問うシルバの言葉にその声の主はまたしても正確には答えず、告げることだけを告げてまた何事もなかったかのように頭の中へ語りかけていた感覚は消え失せた。
 気になることはまだ沢山あったが声の主の言葉にはシルバが知りたかった情報が多く、まずは迷わずその告げられた"理の出でし洞"という場所へ向かう事に決めた。

「アカラ。"理の出でし洞"という場所へ案内してくれ」
「グスッ……。さっき誰と喋ってたの?」

 シルバはまだ泣いているアカラの元へ近寄り、アカラの気持ちなど全く考えていないのか普通にアカラへと話しかけた。
 そのまま泣いていても仕方がないような状況だが、アカラは健気にも涙を拭ってから、泣いている間にシルバが見えない誰かと話していた理由について聞いてみた。

「知らない。だが向こうは俺の事を知っているらしい。それとそこに行けばそいつと会えるという事も分かった」
「シルバ様の事を知っている人……。その人に会えばもしかすると……」
「あまり期待はしない方がいい。お前もあのテラとかいう奴等も俺の事を知っていたようだが、残念ながら今も俺は自分の事すら分からないままだ」

 シルバの言葉を聞いて、一瞬だけアカラは明るさを取り戻したが、シルバの言葉を聞いてまた少しだけ耳が垂れ、小さく頷いた。
 確かにこれまでのシルバの言葉は間違ったものではないのだろう。
 しかしそれはあくまで事実や正論ではあるが、子供のアカラにそのまま伝えるにはあまりにもその事実は残酷すぎる。
 その姿はアカラやテラ達の話していたシルバの姿からは確かに程遠く、テラが言っていたようにまるで心無い機械のように冷たく、無機質で、相手の事を一切気遣っていない優しさの無い言葉だった。
 だが例えそうであったとしてもアカラはまだこの人物がシルバであろうとなかろうと、助けるつもりでいた。

「えっと……"理の出でし洞"だったっけ? ごめんね。僕もそれは聞いた事がないや」
「そうか。なら知っている者を探す」

 アカラが知らないと答えた途端にシルバはそう語り、その場から去ろうとした。
 普通ならそこで手伝うのを止めてもいいのかもしれないが、アカラは何かを思い付いたのか耳をピクンッと跳ねさせる。

「そうだ! おばあちゃんなら何か知ってるかも!」
「ならそのオバアチャンという奴の所まで案内してくれ」

 アカラの言葉を聞くとシルバはすぐにアカラの方へと向き直し、アカラに対してそう告げた。
 それに対してアカラは少しだけ元気を取り戻したのか、頷いてからこの村へ来る時に通った道を戻り始める。
 曰くその人物はアカラの祖母であり、今アカラと一緒にこの村に住んでいるそうだ。
 今回の襲撃の折、まずは避難を優先したが、安全が確保されると真っ先にアカラは祖母の家へと向かい、無事だったことを確認していた。
 そのためアカラにとってはそれほど時間の経っていない帰宅となる。
 歩いている内に更にアカラは元気を取り戻したのか、いつの間にかその顔には笑顔が戻ってきていた。

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