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読了時間目安:11分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 竪穴の底にもはや観客はおらず、ゲンガーが確認出来たのは波立った水面と惨憺たる通過の跡である。千切れたヴェールだけが幽霊のように水面を揺蕩っている。子供の姿がなく、ポケモンも見当たらず、つまんないの、とばかりにゲンガーはサッと引き上げた。
 波立った水面がひとつ、大きな波を起こした。ぬばたまの夜のような水中を丸いフォルムが漂う。浮かび上がりと沈みを繰り返しながら、思うようにいかない体でタマザラシはリク達を探していた。彼らは下の方にいるはずだ。プルリル達と同じように白くて大きいものに牽かれた。『つかんでー!』プルリル達が最初、引っ張り込もうとしてきたヴェールがあれば、上手く沈めるかもしれない。『つかんで! つかんで! 下いくー!』
 水底から丸い頭の集団が見返した。透明な声が『――冷たいの、しない?』と言った。

『しないー』
『――抵抗、しない?』
『しないー』
『――逃げたり、しない?』

 質問を重ねるごと、引きちぎれたヴェールの端が恐れながら近づいてくる。無数の白い手のように差し出されたヴェールが誘う。抵抗する気はない。冷たいのもしない。でも、リク達を連れて逃げる気は満々だったので嘘はつかなかった。

『にげるー!』
『――じゃあ、だめ』

 波が起こり、流された。『わー! けちー!』波間の狭間でじたばたする。『この子はずっと、ここにいるの……空っぽの体は……大事なご飯になるの……』ざぶざぶと白い手が波を起こし、タマザラシを遠ざけていく。『だめー! やだー!』
 大地震の日から始まった。(「大空洞の底は、真っ暗でとても熱いらしいよ」)友達が消えてしまった。追いかけられなかった。みんな好きだった。いなくなるなんて思ってもみなかった。(「――タマちゃん、一人で帰れるね?」)いやだ。いやだいやだ! 〝ひとり〟では帰らない!
 〝みんな〟で、帰るのだ!

『かえせー!!』

 カッとタマザラシの全身が輝いた。光に包まれた体が大きく形状を変え、胴体が伸び、前足が広がる、ふぅっと流線型に変化した体が波間を滑った刹那――トドクラーがプルリルの群れに、魚雷のように突っ込んだ。突撃する巨体が群れの中心へとねじり込む。無数の丸い頭とヴェールを掻き分ける。
 
『あげない』
『やめて』
『かえさない』

 プルリルのヴェールが網のように水中を封鎖した。ぐるんと回転したトドクラーが冷凍ビームを放つ。光の道が水中で凍りつき、ばらばらとプルリル達が散っていく。『いたい』『こわい……』更に身を深く沈める。大きな紫の毛並みの耳が見えた。
 
『げーしゃー!』

 大きくなった口で耳を掴んだ。ぐったりしたエイパムの尻尾が、リクの腕に絡んでいる。身を翻し、水上を目指す。悲嘆と怒りに満ちたプルリルの群れが天辺を囲い込む。
 
『さみしい』
『トモダチ』
『とっちゃウの?』

 トドクラーが容赦なく頭から突っ込んだ。
 プルリル達が散っていき、水上へと顔を出す。水面を割るようにエイパム達を引きずり泳いだ。プルリル達が恨めしそうに水中からこちらを見つめている。もっと遠くへ――彼らが見えなくなって、手が出せないほど水路を泳ぎ続け、やっと見つけた岸へ引き上げた。
 
『おきろー!』

 べちん、とエイパムの顔を叩いた。起きないので少し考え、ペカッと閃くと、べちんべちんとその胸を前足で叩く。大きく息を吸った。ナギサタウンではトレーナーが、しばらく水の中にいて動かなくなった人間やポケモンにこんな感じのことをしていた。エイパムにあぷっとすると、息を吹き込んだ。続けて間もなく、エイパムが咳き込んだ。

『――げほっ!』

 勢いよく咳き込むエイパムは、訳が分からないといった様子でひたすらに這いつくばっていた。うむ、と頷き、リクにも同じことをする。しかしこちらは、何度やっても目覚めない。
 
『げいしゃ! りっきゅん起きないー!』
『げほげほっ……あ、あ゛ー……だからねタマちゃん、彼はもう起きないと何度も……』
『起きない?』

 エイパムが頭を振る。掠れ気味の声でタマザラシを見やった。暗くてよく見えないが、シルエットが全然違う。『その口振り……君は、タマちゃんか。進化したんだね』
 
『おっきくなった!』

 むん! と胸を張る。エイパムは思案した。逃がしたはずのタマザラシがここにいて、リクと一緒に自分も生きている。状況から経緯を推察し終わると、『おかしいな……こんな予定じゃなかったんだけど』と言った。

『君はムチャクチャだな……ははは……』

 呆れたような情けないような顔で笑って、涙が出るほど笑って、ぐしゃぐしゃと泣いた。
 
『痛いのー?』

 小首を傾げるトドクラーにひらりと尻尾を振る。『痛くないよ。ちょっと予定が、狂っただけだから。本当に、ツキネが普段言ってた通りだ。外は危ないって、ここにいた方が良いって。全然カジノと違う。出来ない事ばっかりだ』
 判断を間違えたとは思いたくない。最善を選んだ自信はあるのに、どこかで誤ったのではないかと振り向きそうになる。――真っ暗で助かった。
 
『何が出来ないの?』
『例えばゲームを降りるとかかな。する気もないけどね』

 よっこら、とエイパムは立ち上がる。『さて、レディは助かってると信じるとして。リクだけどタマちゃんが大きくなったなら運べ……る、みたいだね』トドクラーは言われるまでもなく、鼻先で持ち上げ、リクを背中に乗せていた。
 エイパムが先導して警戒し、壁伝いに歩いて行く。地下の街に戻れるのか、竪穴へ泳ぎ戻った方が良いのでは――判断に迷ったが、手触りや道の具合から、〝ここは自然の坑道ではない〟と思った。ならば歩いて行けば、街に戻れる公算が高い。
 
『タマちゃん、きっともうすぐだ。頑張れ』
『……うん』

 声に元気がない。助ける為に体力気力も消耗しただろうし、リクを背中に乗せてもらっている。本当なら自分が運べれば良かったのだが、体格差が悔やまれた。代わりに、気を紛らわせようとエイパムは尋ねた。
 
『タマちゃんは、どんな街から来たんだい』
『海のまち!』
『へぇ。僕はまだ、本物の海は見たことがないな。前は森にいて、その後はずっとゴートだから。どう? やっぱり綺麗なのかい?』

 テレビや雑誌の写真でなら見たことがあった。タマザラシは少し元気を取り戻したようで、楽しそうに話し出した。
 
『楽しい! いっぱいキラキラしてて、きれーで、楽しいー!』

 はぐれないように、エイパムは尻尾でリクの腕を掴んでいた。冷たい手から、歩くトドクラーの振動が伝わってくる。

『いいね。全部片付いたら是非とも海が見たいよ。タマちゃん、案内してくれるかい』
『タマがみんなをのせて泳ぐね! りっきゅんと、げーしゃと、しゃん太と、おにきすと、りあー!』
『……それは流石に、無理なんじゃないかな』

 定員オーバーだった。
 開けた場所に出た気配がした。空気の流れが変わり、エイパムは嫌な感じがした。長年の勝負勘が〝危険だ〟と警告した瞬間、幾重もの闇のとばりを引き裂いて何かが差し迫った。考える暇も無く尻尾を振るう。スピードスターがそれの軌道を逸らした。弾けた星々の間隙に、相手を垣間見る――『剣!?』逸れた方向に突き刺さった音がした。二撃目に備え、構える。5秒、10秒、20秒――1分が経った。追撃はない。
 
『タマちゃん、そこにいて。確認してくる』

 そろそろと近づき、暗がりに目を細める。やはり、剣。相変わらず動く気配はなく、ぼそぼそと剣が喋った。『……?』
 
『……抜いて』か細い声が懇願する。『抜けなく、なった……』
 エイパムは慎重に警戒を続けながら、懇願を無視して問いかけた。
 
『何故僕たちを襲った?』
『オマエたちこそ、なぜ、ここに……?』
『ただの偶然だ。君は何者だ?』

 土壁に深く突き立った剣に、盾がついた腕が生えている。ポケモンはしおしおとしょぼくれた様子で、ギルガルド、と名乗った。――ここでずっと約束を守っている。いつか盾に刻んだ伝承を、読みに来るものが来るまで。突然襲いかかってきたのは、本当に伝承にあるものなら、それくらい軽くいなすだろう思ったからだそうだ。

『そんなものに興味はない』
『ガックシ』
『誤解も解けたことだし、その体、抜いてあげようか』
『タノむ』
『その代わりに、カザアナタウンへの道を教えてくれ』
『ワカッた。さぁ、抜いてくれ』
『道が先だ』

 両者とも沈黙した。
 エイパムは、ギルガルドは全部が全部、真実を話しているとは到底思えなかった。特に最初に襲いかかってきた点だ。こんな変な場所まで伝承だとかを読みに来るものがいるとして、あの一撃は遊びではない殺意を感じた。
 
『戻れないとコマるのだろう……?』
『抜けないと困るんだろう?』

 エイパムがニコッと笑った。
 
『そもそも、君が道を知っているか疑わしいだろう。それでも取引に応じているんだからかなり譲歩している。それに加え、こちらは引き抜くだけだから君のメリットは明確だ。曖昧な報酬と、確定報酬。僕らの方が明白に不利な取引なんだから、君が先に答えるのは当然だろう』
『そんなムズかしいことを……イわれてもコマる……』
『じゃあそこで、永遠に誰か待ってると良いよ。行こうか、タマちゃん』

 エイパムはやれやれと肩を竦め、軽く背中を向けた。ギルガルドが焦る。『マて……マて……!』悲痛に引き留め、渋々とエイパムが振り向いた。『オシえよう!』
 そして、街への道を話した。一番古い場所とここは繋がっており、そこから街へ抜けられるはずだと。一番古い場所は最近開いたばかりなので運が良いとギルガルドは補足した。細かくルートを確認し、エイパムはようやく納得した。さぁ抜けと迫るギルガルドを待たせ、タマザラシに何か耳打ちすると戻ってきた

『ハヤく、ハヤく』
『分かったよ。変な事をしたら、叩き折るからよろしく』

 ぐっと柄を尻尾で掴み、引き抜く。瞬間、異様な寒気と共に体の自由が利かなくなった。全身を走る怖気。ギルガルドが歓喜に咽ぶ。あっという間に体を乗っ取ったギルガルドが、エイパムの体を動かして己自身をぶんと振るった。

『ふふふふふハハハハハ!! この体はワシのものー! そこなコドモ、したが――』
『たあー!!』

 宣言を言い終わらないうちに、冷凍ビームで凍り漬けになった。

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