第38話:オレと焔と真実と――その1

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 思い出しかけた過去に精神を乱され、仲間を拒絶し、体調も崩し。そんなセナと、スザクの体調不良により丸1日歩みを止めた一同だったが、ホノオの声掛けによりセナの過去への不安が少しだけ和らいだ。セナも、ホノオも、まだまだ自分の正体と向き合うことに一抹の不安を抱えている。それでも、陽は沈んで昇り、時間は進む。
 次の日。セナたちはようやく密林を抜け、目的地の“灼熱の火山”へ到達する。覚悟はしていたものの想定以上の暑さに、思わずうろたえた。過酷な環境では植物もほとんど育たず、ぎらぎらと照り付ける日射しが足元の岩肌を焼くように加熱していた。

「うひゃー。すげぇな、オレでもさすがに暑いや。スザクは大丈夫?」
「まあ、暑いんじゃない?」

 ホノオは眩しさに目を細め、苦笑い。スザクも他人事のような素っ気ない返事だが、声に暑さによる疲労が滲み出ていた。

「みんな、気を付けていこう。リンゴやきのみを食べてこまめに水分をとらないと、倒れちゃうよ」

 ポプリがメンバーの体調を気遣うと、カクリと首が折れ曲がるような、元気のない頷きが4つ返ってきた。

「この火山にいるエンテイってポケモンに会えば、スイクンの居場所が分かる。何かが変わる。何かが分かる、かもしれない。よし、頑張らなくっちゃ」

 気力を振り絞って持ち直すと、セナはそう言って火口をじっと見つめた。


 こうしてセナ、ホノオ、ポプリ、スザク、ウォータの5人は、暑さと戦う覚悟を決めて火山を歩き出した。マグマの粘り気が弱い火山らしく、平たんで高さがない。道のりが急斜面ではないことが、不幸中の幸いだった。
 まだ歩き出し数分。頭にも身体にも余裕のある段階で、ホノオはふと不安げに聞いた。

「……あのさ。これから会うエンテイって、スイクンの仲間なんだよな」
「そうらしいな」
「ということは、ホウオウの手下なんだろ? そいつらにとって、オレはきっと、世界を壊す異物なのかもしれない」
「そう……かもしれないな」

 思いつめるホノオに、セナも表情を引きつらせて返答する。ホノオが今、直視している不吉な予感を思うだけで、セナの胸も張り裂けそうだった。このまま歩みを止めてしまえば、ホノオと過ごす時間を延ばせるのだろうか。

「あのさ。今まで、本当に……」

 ホノオはセナの目を見てそう言いかけるが、すぐに視線を逸らす。この乾燥地帯では、ホノオの瞳の潤みが一層目立って見えた。

「本当に、頑張ってきたよな! セナも、ポプリも、ウォータも、スザクも。みんな、ありがとう」

 ホノオは目を細めてニッと笑う。セナに指摘されないのを良いことにホノオが涙を誤魔化し続けた、お決まりの作り笑顔だった。


「あ、暑いな……」
「うーん。暑いだよぉ」

 セナとウォータはどんどん足取りが重くなり、弱音を重ねる。水タイプはカラッとした日照りで潤いが失せ、元気が削がれやすいようだ。

「大丈夫? リンゴで水分をとろう」

 治療の得意なポプリが迅速に勧めてくるが、セナとは視線を合わせられない。ちらりと不安げにホノオを見ながら、ウォータとはしっかりと視線を合わせながら。

「う、うん」

 セナは中途半端な返事をすると、ウォータと果実を半分こにして分け合う。真っ赤に熟れた果実はヒヤリとみずみずしい――わけがなく、生温かい水分がゆっくりと喉を通過した。
 身体が潤うと、少し思考能力が戻ってくる。すると、どうにも気まずいポプリとの関係が、セナの心の中でもやもやと燻ぶってゆく。エンテイに会ってスイクンの居場所を聞いたら。用事を済ませたら。ポプリに、ちゃんと謝らないと。
 セナがそう決心したときだった。

 突如、背後から“熱風”が吹き荒れ、小さな5人の身体が宙を舞う。

「わあっ……!」

 熱風に身体をもてあそばれ、セナの身体も宙で1回転、2回転、3回転。熱風の風上に視線が向くごとに、茶色く大きなポケモンがどんどん接近しているのに気が付いた。牙に炎をまとわせている。攻撃の意思を強く感じたが、セナには抵抗する余裕がない。

「“炎の牙”!」

 鋭い牙が食い込み高熱に焼かれたのは、セナのしっぽだった。

「あああーッ!!」

 刺激に弱い部位を狙われ、全身に激痛が広がる。セナは喉が裂けそうな悲鳴を上げた。

「んぐっ……! セ、セナ!?」

 吹きすさぶ熱風によって身体を倒され地面に引きずられる。背筋に走る痛みに耐えながら、ホノオは飛び上がってセナに視線を向けた。
 飛び込んできたのは、衝撃の光景だった。どっしりとした構えの4本足で立ち、長くて茶色い体毛からのぞかせる眼差しは威厳に満ちている――そんなポケモンが、“炎の牙”でセナのしっぽに噛みついていたのだ。
 名前を聞かなくても、初めて見た存在であっても、そのポケモンの正体を察してしまう。

「セナを放せ!」

 ホノオは利き手の左手を引いてそのポケモンに迫り、頬を殴りつけようとする。するとポケモンは思いっきり首を回してセナをホノオに投げつけた。
 セナの甲羅がホノオの下腹部に激突。そのまま大きく吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。硬い溶岩が、2人の身体を削るように傷つける。

「あっ、セナ、ホノオ!」

 炎タイプの“熱風”のダメージが少ないウォータは、身体を起こしてセナとホノオに呼びかける。倒れているセナとホノオのすぐそばに、茶色く毛深いポケモンが迫っている。ホノオはウォータの声で身体を起こす。目の前のポケモンを見上げながら怒鳴りつけた。

「おい。お前がエンテイだろ? いきなり何するんだよ!」

 ホノオの言葉を浴びた後、エンテイは目を見開いて、不気味に二カッと笑った。とても正気には見えない顔つきだった。

「わしは、お前たちを、殺す!」

 威厳のある見た目にしては、ちぐはぐな喋り方。しかし、低くて威圧感のある声で、ホノオの身体を震わせた。

「く……。話が、違うぞ……。エンテイに会えば、スイクンの居場所を、教えてくれるはず、じゃ……」

 牙でつけられた傷を直に焼かれ、しっぽに大怪我を追った。セナは痛みに耐えつつも、声を振り絞る。エンテイはただ口角をつり上げるばかりで何も答えてはくれない。
 ポプリとスザクとウォータはどうにか身体を起こし、セナたちのもとへ駆け寄った。

「……もしかして。オレたち、ホウオウにハメられたのか?」
「え……?」

 ホウオウの話を信じてここまで来たが、直面した現実は険しく、正気を失ったらしいエンテイと対峙している。現実から逆算すると、ホノオは不穏な仮説を述べる。

「オレはともかく、ホウオウに認められたセナがエンテイに攻撃されるのは、おかしいだろ。世界を救うはずの大事な存在を、こんな危険な奴の前に誘導するか……?」
「そ、それは……」
「結局スイクンもホウオウも、世界の害になるオレを消すことだけが目的だったんじゃないのか? そのために、セナに“世界を救う役目”を吹き込んで信じさせて、ここまでオレを連れてこさせた。……そうなんだろ? 騙されたんだよ、オレたちは! この世界の汚い大人に!!」

 考えを言葉にするごとに、ホノオの怒りが増幅してゆく。根拠のない推理なのに、ホノオは確信して断じてしまう。もう何も信じない。とにかく、自分の命を賭してでもセナを守らなくては。
 ホノオは硬い拳でエンテイの顔を思い切り殴りつけた。エンテイはさすがに顔は背けるものの、身体はほとんど後退しない。威力が足りないのか。ムキになったホノオは、今度はエンテイの顔を思い切り蹴り上げ、その後に何度も殴りつけた。

 その様子を呆然と見ながら、セナはホノオの説を反芻する。
 ――確かにホウオウには、セナは世界を救う役目を託された。そのために、スイクンを助けるようにと言われた。世界を救う方法の詳細を伏せられたまま、ここまで誘導されてきたのだ。
 もしも。もしも本当に、ホノオが世界を壊すポケモンだとしたら。そのホノオを殺しさえすれば、ガイアの平和は守られるのだ。
 もしかして。ホウオウには、オイラはホノオを殺せないことを見抜かれていたのだろうか。そう見越した上で、捨て駒として、ホノオを処刑人エンテイのもとに連れてくることが、オイラの“本当の使命”だったのではないか。
 他に辻褄の合う説が、今の余裕のないセナには思いつかなかった。“世界を救う使命”をホウオウに託されたセナが、ホウオウの手下であるエンテイに襲われている現状を説明できる説が。

 ホノオは怒りにまかせて“メガトンパンチ”と“メガトンキック”でエンテイに打撃を加える。それでも、巨大な図体はその衝撃をものともせず涼しい顔をしている。――効いていない。
 エンテイは、毛深い全身の毛を逆立てる。攻撃の気配を悟ったときには遅かった。エンテイは右前足で思い切り火山を叩きつけると、自らの身体から爆発的に火炎を噴出し、周囲を焼き尽くす。“噴煙”を炸裂させた。

「うッ……!」
「きゃああ!」

 日照りで炎タイプの技が強化されており、水タイプ・炎タイプの4人も苦しげに顔をしかめた。草タイプのポプリは全身が焼け付く痛みに悲痛な叫びをあげた。炎が消えた後、耐えきれなくなったポプリはぐったりとうつ伏せに倒れた。
 そんなポプリにさえも、エンテイは容赦しない。巨大な炎を操ってセナたち5人を“炎の渦”に封じ込めると、強力な“神通力”で5人に激痛を与えた。

「うわああああー!!」

 もはや叫ぶ元気もないポプリを除く4人の叫びが、青空を不吉に切り裂いた。


 スキも考える暇も与えてくれないエンテイの攻撃から、セナたちは確かな殺意を感じ取った。息絶える前に神通力から解放されたのはせめてもの救いなのだが、皆、それに安堵する余裕などなかった。
 次が、来る。

 ポプリ、スザク、ウォータ。セナとホノオが身体を張って守ってきた3人も、ついに虫の息。セナは大きな責任を感じて身体を起こそうとするが、身を引き裂くような激痛がそれを邪魔する。これでは、いざという時に“守る”を使えない。

(やっぱり、オイラはホウオウに利用されていたのかな。オイラがホウオウを信じちゃったから、みんなを危険に巻き込んじゃったのかな。それなのに、オイラはみんなを守れないのか……。みんな、ごめん……)

 気力を振り絞る余裕など、もはやセナに残されていない。ホウオウへの疑いがさらに彼の心をかき乱し、追い打ちをかけた。
 一方のホノオは、ふつふつと湧き上がる感情と向き合っていた。

(ここで、どうせ死ぬなら……せめて、みんなを守って死ななきゃ。オレなら、それができる)

 ホノオは力を振り絞って上体を起こし、エンテイを探す。金色に身体を光らせて力を蓄えている様子が、霞む視界を通して見えた。決断にかける時間はないようだ。

(オレの力を使えば、きっとエンテイだって殺せる。セナたちを守ることができる)

 罪を積み重ねる覚悟と、自分の命すら燃やし尽くす覚悟を胸に、ホノオは両足で地面を踏みつけた。即座に、セナのバッグから“ホーリークリスタ”がホノオに引き寄せられるように飛んでくる。ホノオがそれを手に取ると、水晶が呪われたような赤黒い光を灯す。その光が、ホノオにうつり、ヒコザルの身体を飲み込んでゆく。
 エンテイの黄金の輝きはさらに強くなり、目を向けると突き刺さってしまうほどだ。エンテイは何度も足踏みをすると、地面が生きているようにうごめいてゆく。気温が急上昇し、熱が身体に染み込んでゆく。呼吸をすると、気道がひりひりと焼け付くようだ。
 敵は何やら規格外の攻撃を用意している。不穏な予感に少々弱気になるホノオだが、水晶を強く握って気持ちを落ち着かせた。

(大丈夫。何が来たって、大丈夫。いつかガイアを壊す、魔王の力があれば。みんなを、守れる!)

 覚悟を決めた。その瞬間、ホノオの光に変化が起こった。水晶から乗り移った不吉な赤色を、ホノオから湧き出る綺麗なルビー色の光が上書きしてゆく。初めてだった。この技を使いながら、理性を伴う高揚した気持ちを感じられるのは。憎しみに支配されないのは。
 敵の準備が整った。ホノオも応戦する。

「“ゴールデンイラプション”!」
「“破壊の焔”!」

 金色の爆発と、赤色の焔。2つの光が混ざり合い、押し合い、戦場を支配する。

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