新しい学園生活が始まり、一ヶ月は経った。奇天烈で破天荒なこの学園での生活にも、ムカつく事に慣れてしまった頃。僕は一匹、町を散歩していた。前の休日、どっかのポケチューバーに潰された。今日こそは平穏な休日を過ごす事に決めたんだ。
と、いうことでとある喫茶店。僕はここでのんびりと紅茶を飲みながら、本を読んでいた。まぁ、よくある正義の味方が様々な悪を戦う勧善懲悪物語だ。学園の図書室で見つけ、何となく読み始めた本、現在三巻目。まぁ、正義の味方ってのは憧れるけど、そういうのは物語の中でこそ輝くものだと思う。
ふと、頼んでいた紅茶を飲み干した事に気付き、僕はウェイトレスを呼ぶ。
「すみません、ストレートティー、もう一杯お願いします」
「はーい、あっ、その本読んでいるんだ!」
「えっ、ああ……まぁ……」
突然馴れ馴れしく、僕が読んでいる本を覗き込んだウェイトレスのオシャマリ。思わず、ドキッとしてしまう。
「えへへ〜、それね、私のお母さんのお婆ちゃんがモデルになってるんだ〜」
眉唾物だ、しかしこのオシャマリはそれを誇らしげに語る。
「……じゃあ、この物語は実際に起きた事なの?それにしては……随分と現実味の無い話だけど……」
「でもさ、でもさ!ロマンあるじゃん!私達がいる世界とは違った世界が存在して、私達とは全く違う生命体が存在してて、そいつ達が……」
「ちょ、ちょっと!まだそこまで読んでないんだからネタバレはやめて……というか早く飲み物持ってきてくれないかなぁ!?」
「あ、ごめんね〜!今持ってくるよ〜!」
まるで嵐の様な子だ。ちゃんと仕事は全うして欲しいけど。紅茶が来るまで、本を読むのは中断して外の景色でもぼーっと眺めるか……
ぼーっと眺めた結果、僕はすぐさまこの店を出る事にした。
「紅茶取り止めにしていい?用事が出来たよ」
「えー、もう淹れちゃったよ?」
「じゃあその分のお金も払う、早く!」
「どうしてそんなに焦っているの?」
能天気なオシャマリを急かして、僕は会計を済ませて店を出る。
「よっ!」
「ごちそうさまでした!!」
「はいダメー」
「ぐえー」
ダメだった。
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「…………まぁ、色々聞きたい事があるけどさ……」
僕は、いや、僕達は同じ喫茶店で机を挟んで相対していた。僕の向こう側にいるのは、チャネルと初対面のヒトカゲ。
「……まず、君は誰?」
「オイラの名前はホカゲっす!よろしくっす!!」
「あー……はい。で、そのホカゲ君とチャネルテメェ鳥野郎が僕に何の用?」
「ふっふっふっ、それにはまず俺達も共通点を探すんだ」
「参ったな……僕が入っていなければ絶賛の馬鹿で答えが出るんだけどな……」
「照れるっす!」
「褒めてねえ」
頭が痛くなってきた。どうせ碌でもない事を言い出すに決まっているが、話を進めないと永遠とループしてしまいそうだ。
「…………で、何?」
「それはオイラ達が炎タイプって事っす!!」
「ああ、そうだねお疲れ様〜」
「まだ話は終わってないぞ」
素早い動きで、席を立とうとした僕の肩を掴んで押し戻すチャネル、こいつかそく持ちか?
「っていうかお前それ読んでるなら話はえーな」
「それって……この本?」
「そうっす!!オイラはその本に出てくる正義の味方に憧れたっす!だからオイラ達は炎タイプの正義の集団、“炎ライダー”を結成する事にしたっす!!」
「勝手にやってろ」
心の奥底から出てきた言葉だ。それなのにホカゲは輝いた瞳をしながら僕の腕を掴んでぶんぶんと振ってきた。
「君の事はチャネルに聞いたっす!!ポケ助けが趣味のゆくゆくはポケモン学園の頂点に立つ生徒会庶務、そして家庭的な一面も持っている家庭部所属、ビート!オイラ達のメンバーに相応しいっす!!」
「……やっぱりテメェかチャネルこの野郎」
「だって面白そうじゃねえか!ポケ助けも出来て、再生数も稼げる!メリットだらけだぜ?」
「少なくとも君という存在が僕にとってはデメリットだよ!!」
もう頭が痛すぎて超能力に目覚めそうだ。それでいてホカゲの態度は完全に僕が協力してくれると信じて疑っていない。ああ、もう……
「…………で!その炎ライダーとやらは何をすればいいの?」
「当然ポケ助けっす!学園内外関係無く困ってるポケモン達を助けるっす!その道中で仲間も増やしていきたいっすねぇ〜」
「そういった情報は俺に任せろって訳だ!ちなみに俺達がここに訪れたのはお前がここにいるって情報を得たのと……この喫茶店で悩んでいる事があるからだ」
「はーん、一石二鳥って訳だね滅びればいいのに」
僕如きの場所が分かるなんて、さしずめ炎ライダーの情報通って所かな、皮肉だけどね。
「つーことで、マリンちゃーん!」
チャネルは手を振ってオシャマリを呼ぶ。マリンって名前なんだね。呼ばれたマリンさんはにこやかな笑顔で席に寄ってきた。
「はーい!ご注文〜?」
「あ、プリンアラモード一つ」
「俺はモモンパフェを頼むっす!」
「……バンジジュース」
「それと、マリンちゃん今悩みがあるんじゃない?」
「え〜、何処で聞いたの?そうなの、ちょっと悩み事があるんだよね」
マリンさんは一旦、僕達の注文を運んで来てから席に座った。
「あのね、この喫茶店の上に、私の家があるんだけど……最近夜の十時くらいになると変な音が聞こえるんだよね……それで、最近ちょっと寝不足気味で」
「変な音?」
「うん……なんだか、囁くような……気味が悪くて……」
「うーん、それは不安っすね。しかし安心するっす!俺達、炎ライダーがその原因を突き止めてやるっす!」
「おうよ!」
「…………突き止めるって、どうやってさ」
「そりゃあ勿論、夜に現場で検証っすよ!」
「夜に、女の子の、家に?」
ホカゲの動きがピタリと止まる。いくら悩み事を解決したいからって、プライバシーを踏まえなきゃ。最も、僕のプライバシーはがっつり踏み躙られているけれども!
「さ、流石に夜に女性の家にいるのは憚れるっす……しかも全員男っすからね」
そういった良識があるのなら、休日を満喫している一般的な学生を無理矢理ポケ助けに引き込まないで欲しい。
「あ!じゃあ……!」
そんな僕達に、マリンさんはポンッと手を打ってニッコリと笑った。ふむ、嫌な予感がする。
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夜。マリン宅の一室で、僕達はぐるっと円状に座っていた。
「じゃ、なくてさ!!」
思わず、僕は床を叩き付ける。
「あらあら、ビーちゃん、ご機嫌斜めかしら?」
「そんなカリカリしちゃダメよぉ〜」
「お前らは今すぐその気色悪い口調をやめろ!!」
頭にリボンを付けたチャネルとホカゲが、僕を嗜めようとするが全くもって逆効果だ。
「え〜、皆似合っていると思うよ?」
マリンさんは“女装をすれば大丈夫!”とかいう訳の分からない理論で僕達を女装させたのだ。まずその理論がおかしいし、チャネルとホカゲはただリボンを付けてるだけだし
「僕だけ何故か衣装用意されてるしな!!」
「私が男だったら告白してるね!」
「そもそも何でこんな衣装があるんですか!妙に僕にピッタリだし……」
「えっとねぇ、確か……ゴールデンウィークくらいだっけなぁ、君と同じニャビーが可愛い服着て働いている店があってね。その店、ブティックも掛け備えているんだけど、あまりにも可愛いからついつい買っちゃったんだ」
「自分は着れないのに?」
「女の子ってそういうものなの♪」
その弊害が今まさに我が身に降りかかっている訳だが。と、いうか……『ゴールデンウィーク』に、『ニャビー』が、『可愛い服を着て働いている』
完全に僕じゃん。
マリンさんはそれは僕だと気付いてない様子だが、チャネルのニヤつき具合を見ていると、あいつはどうも知っている。
「マリンちゃん、そのニャビーって……」
チャネルが密告しようとした所を、僕はラリアットをかまして部屋の隅に追いやる。そして怒りの表情を浮かべ、思いっきりチャネルの顔に自分の顔を近付ける。
「いいか?もしお前がそれをバラしてみろ。俺の生徒会としての権利を遺憾なく発揮してお前を退学に追い込む」
「お、オーケーオーケー、落ち着いてくれ。ちょっとした冗談だ、な?」
「あ、そろそろ十時っすね。マリンさん、その音ってのは何処の部屋で聞こえるとかあるっすか?」
「ううん、家にいたら何処でも聞こえる、と思う。部屋を変えて寝てみてるんだけど、聞こえてくるから……」
「よし、じゃあオイラ達は別の部屋で待機するっす!もしも聞こえてきたら教えてほしいっす!……一匹で心細いかもしれないっすけど、何かあったらオイラ達がすぐ駆け付けるっすから」
「……うん、ありがと」
「あ、そうだ。一応録音機器も設置した方がいいっすよね?」
「ああ、そうだな、すぐ済ませる。
ホカゲの指示通り、マリンさん以外は居間で待機し、マリンさんはチャネルが録音機器を設置した寝室へと向かった。居間と寝室はすぐ近くだ、何かあったらすぐ駆け付けられる。
「……十時だ」
チャネルの言葉に、緊張が走る。
「カ イイ ワイ 」
「……おい、聞こえたか!?」
「うん、聞こえたね」
「バッチリ聞こえたっす!」
「ニャ ノコ カ イ」
マリンさんの言っていた通り、確かに囁くような声が聞こえる。
「マリンちゃん!大丈夫っすか!?」
ホカゲは寝室にいるマリンさんの安否を窺う。
「んぇ〜……?もう十時……?」
しかし、寝室にいたマリンは寝ぼけ眼でこちらを見ていた。
「え、えっと……聞こえたっすか?」
「……そういえば、今日は聞こえなかった」
「どういう事だ?こっちは聞こえたぞ?一応居間にも仕掛けておいた録音機器にも声が聞こえる」
録音機器を弄りながら、首を傾げるチャネル。いつもは何処にいても聞こえる声が、今日だけはマリンさんには聞こえなかった。
「つまり、この声の主は意志がある」
「ドクター?」
「それは医師。普段はマリンさんに向けて何か囁いているけど、今日は僕達に向けて囁いた」
「確かに……居間にいた俺達にしか聞こえなかったって事はそうなんだろうが、何て囁いたか分からねーんじゃ……」
「“可愛い、可愛い。ニャビーの子、可愛い”だよ」
僕は耳が良い、それ故に聞こえたくない事が聞こえてしまった。
「え?」
「は?」
「ん?」
「…………つまりこの声の主は可愛いものが好きなんだろうね、声の主が誰かは分からないけど、多分……マリンさんが可愛いから毎日可愛いって囁いているんだと思うよ。ただそれだけ。それ以外に危害は全く無いんでしょ?」
「そ、それは……」
マリンさんは俯く。そりゃあ、気色悪いよね、誰だか分からない声に可愛いって言われるなんて。
「照れちゃうなぁ〜!!」
皆で思いっきりずっこけた。
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あの後、囁き声が自分を褒めている事に気付いたマリンさんは、毎日のように囁き声に返事をしているみたいだ。……根本的な解決にはなっていないけど、まぁ悩み事を解決する事は出来た。
「よーし、事件解決した事だし、やるっすよ!」
「はぁ?」
「録画準備オッケーだ!」
困惑する僕を他所に、ホカゲとチャネルはポーズを決める。
「これにてお悩み解決、炎ライダー!リーダー、ホカゲ!」
「チャネル!」
そして、僕に期待の眼差しを向ける。
「……ビート、って何だこれ!!」