第9話 ~おわりのだいちシミュレーター・その3~

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読了時間目安:28分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他)
 [チーク:チラーミィ♂]

前回のあらすじ
ポケモンの手によって引き起こされた異常気象。それを止めるために、シズたちは奔走する。
美しい場所に仕掛けられたであろう、架空のワナを証拠として求めて。
しかし、そんなものは存在していなかった。
あったのは、待ち伏せによる全滅。
さて、犯人の目的は一体?そもそも、なぜ待ち伏せなんてものが発生したのか?
謎は、続く。
「……?」

木で造られた長椅子の上で、目が覚めた。……この場所には、見覚えがある。

「シズ」

誰かが呼んでいる。そちらの方に視線を向けてみると、1匹のデリバードがこちらを見つめていた。

「気がついたみたいですね。覚えてます?私、フラッペです。救助隊のフラッペです」

覚えている。異常気象とかでバタバタしていた時の救助隊協会で、話しかけてきたんだ。"チークというポケモンを知らないか"って。それで、その後も事件の究明とかに奔走していた記憶がある。
……そうだ、救助隊協会。ここは"救助隊協会第一支部"だ。このレンガ造りの建物は印象に残っている。

「ボクは、一体……」
「ダンジョンの中で倒れていたんです。救助隊バッジの脱出能力を使っていないことから察するに、"抵抗もできずにやられた"ということでしょうね」

……思い出した。今日起こった出来事を、思い出した。

「そ……そうだ!事件の犯人らしきポケモンを見つけたんです!……ううっ!?」

頭を押さえる。脳に走る、電撃のような苦痛を抑えようとして。

「安静にしてください。未だ頭痛がひどいはずですから」
「で……でも!!あぁっ!」

シズの頭がさえてくる。が、しかし、その代わりと言わんばかりにシズの冷静さは失われていく。この世界を守らなくてはならないという使命感が、すべての思考の先を行くようにして……

「大丈夫です!事態は沈静化してきていますから!後は容疑者を捕まえるだけという所まで来て……」
「だから、その犯人……!を……」

そう言いかけてシズは、ガタリと音を立て、長椅子の上に倒れてしまった。












「……チークさん。どう謝罪すればいいのか……」

先の出来事から、一晩が経過した。ここはチークの家。シズとユカも、いつものように、この場所に居る。

「いいんだ。ほら、容疑者が"あの"ニャオニクスである以上、思考を逸らされていた可能性も……」
「はっきり言って、それはありませんよ……断言します」

自分の推理が間違っていた。そのせいで、誰かに迷惑を掛けた。フラッペには、そのことに言い訳をするなんてできなかった。

「いっそのこと、アイツに全部押しつけちまえばいいのに。あんた、生真面目なんだな」

その様子を見たチークは笑う。いつもの冗談を添えて……チークにとってのフラッペは、"スズキの友人"程度の認識でしかなかったが、それでも、彼を元気づけようとせずにはいられなかったのだ。

「そもそも、あのニャオニクスのエスパーパワーが想定を超えすぎているんだ。誰も気づけやしなかったぜ?どうせ。まさか、超能力キャパシティの問題を、超能力キャパシティのパワーでごり押しするなんて発想は、少なくともオレにはできないしさ」
「……優しいんですね、あなたは。"ニャオニクスの超能力出力なら可能かも知れない"なんて考えはしてたんですよ、私。かばわれる理由なんてない……」

フラッペの顔は、自責の念に飲み込まれているようだった。自分を必要以上に責め倒すような、そういう様子だった。

「かばってるわけじゃないさ。もしそうだとしたら、救助隊すべてが無能って事になってしまうじゃないか」

結局の所、チークにとって"ジョーク"とは、一番便利で扱いやすいコミュニケーションツールだ。今回も、シズに出会う前からそうであったように、それが役に立った。

「そういう大きい目で見る考えができれば、私はもっと幸せになれていたでしょうに」

少し、フラッペの表情が緩和された。なんだか"自暴自棄的な笑い"のように見えないこともないが、少なくとも先ほどの思い詰めたような状態よりかはいいだろう。

「お前の出自は知らないが……とにかく、自分を責めることはない。だろ?シズ」

そう言ってチークは、半開きになった寝室の扉の側へ視線を飛ばす。壁の裏からチークたちのことを見つめていたシズは、少し驚いたような表情をした。……しばらくそうした後に、シズは立ち尽くすのをやめ、チークたちが座っている椅子の方へと歩き出す。そして、少し思考を回し、それから口を開いた。

「もし……もしも、この件になんらかのミスがあるならば、それは全員です。誰か1匹ではありませんよ。ボクはそう思っています」
「記憶がない割に、達者な考え方をするんですね。いや、皮肉でも何でもなくて……」

シズの言葉にフラッペが出した感想は、意外な物だった。"記憶がない割に"……チークとユカ以外に話した覚えはないのに。

「……知ってるんですか?」
「記憶のことを言っているのなら、チークさんから聞きましたよ。隠すようなことでもないでしょうし」

"それはそうだけども"と、シズは心の中で呟いた。自分の知らない場所で吹聴されるというのには少し抵抗がある。いや、自分の事を説明するために必要なことだと言われれば、そうなんだけれども。

「とにかく、あなたが記憶を失ったのには、何らかの意味があるような気がします」

……またもや、フラッペの口から意外な言葉が飛び出した。

「え……?意味って?」

"記憶喪失の意味"と言われても、どういうことだかさっぱり分からない。というより、言葉の意図すらもあやふやだ。シズの解釈が合っているのならば、"使命"だとか、そういうことなのだろうか?

「いや、カンです。気にしないでください」

……そうだ、使命。"使命"という言葉ならば心当たりがある。たしか、あれは夢の中。よく分からない、人智を越えたような誰かに、"使命に導く"などという言葉を投げかけられた記憶がある。確か、救助隊になった日の朝のことだったはず。

「カンって言われてもなぁ……気になりますよ」
「……ほら、人格って、"経験"によって形成されるでしょう?なのに、"記憶"という"経験"を失ったはずのあなたが、芯のありそうな主張をするものですから」

自分の推察を語るフラッペの顔からは、"申し訳ない"だとか、そう言った罪悪感の表情が半分消え失せていた。そうして失われた半分には、好奇心とか、"発見できて嬉しい"みたいな気持ちが埋め込まれている。

「カンって言う割には結構頭で考えてるじゃないか……」

その様子を観察しながら、苦笑いして突っ込みを入れるチーク。

「まあ、"芯のありそうな主張"という単語自体あやふやですから、緩いもんですよ。これを頭で考えてるだなんて、とんでもない」

それに対してフラッペは謙遜の言葉で返す。チークの苦笑いに答えるように、柔らかい笑顔を浮かべながら。



……ガチャリ。
辛気くさい空気がいつの間にか吹き飛んでいた所に、1匹のポケモンが家の中に入ってくる。

「待たせたか?救助隊協会の方針が固まったぜ」

彼の名前はスズキ。救助隊のコリンクだ。フラッペと同じチームで活動していて……まあ、シズの認識はその程度。

「待ってました。救助隊協会が直接管理している事件な以上、勝手に動くと叱られちゃいますからね」
「悲しいが、組織ってのはそんなもんだ。時々しでかす子供がいるし、しでかした子供のおかげで事件解決!ってのもたまにあるから、余計悲しいんだ」

彼は軽くフラッペとの会話をこなしながら、テーブルの上に地図を広げた。
地図によると、自分たちの居る場所は1つの島。あるいは大陸だろうか……縮尺が見えないのでそれは分からない。この島の中に海辺の街や、昨日向かった"輝き野山"、一昨日の"炎の洞窟"、初日のまだ名前すら定まっていない森のダンジョン……様々な物が含まれているのだ。……こうして見ると、あれだけ広く感じたシーサイドの街もただの点にすぎないらしい。

「まあ、とにかく……チークと救助隊キセキの証言のおかげで、犯人が判明した」

会話は続く。












「……と言うわけで、十中八九君の正体ばれてるよ、"スターチ"」
「どうせ予定通りなんでしょう?」

ここは、どこかの薄暗い洞窟の中。光源は1つしか存在せず、その光もあまり強くはない。そんな中で、2匹のポケモンが会話を交わしている。

「そんなわけ……あるんだよねぇ。ははっ」

その中の1匹が冗談めかして笑う。もう一方のポケモン……スターチと呼ばれたニャオニクスにとっては冗談では済まないのだが。

「誰かの心に触れることができる希少な才能を持ち、さらにそれをこれほどまでに磨き上げた君はとっても優秀だ。けれど、それでも僕にとって、君は手駒の1つにしか過ぎない。面白くなりそうだったら、平気で切り捨てる。分かってて僕に関わったんでしょ?ある程度稼いだら、どこかで体よく切り捨てられてそのまま普通の生活に戻る。そういうつもりだったんでしょ?」

かと思えば、冗談めかしたセリフに言い訳をするような、長ったらしい言葉を並べ立てた。
……普通、こんなことを言われれば、大抵のポケモンはキレる。スターチの性格を考慮すればなおさらだ。自分を捨て駒扱いしたあげく、それっぽい言い逃れをつけられたらそうなる。……だが、スターチは特に怒らない。それどころか、まるで観念したかのような、"すでに諦めた事柄である"と言わんばかりの微妙な表情を浮かべるのだ。

「……あなたは、私とは別ベクトルで"誰かの心に触れる"――つまり人の心を読むことができる……それは想定外だったわ。なにより、頭の中を覗かれてもなおその事実を隠し通したと言うのが驚きよ。おかげで私の算段が根本から崩壊したし……」

"どこかで体よく切り捨てられて、そのまま普通の生活に戻るつもり"。
その推察を、彼女は認めていた。反論のしようがなかったから、怒る気になれなかったのだ。

「ま、お互い様だね。ふふふ……」

悪びれもせずにそう言う会話の相手に対して、スターチはため息をつく。そして"会話の相手"は、露骨に嫌な表情を浮かべる彼女を無視して、地図を取り出した。

「……その地図は?」
「まあ……救助隊がどう動くのか……最近、組織の複雑化が進行してきたおかげで柔軟性が低下し、動きを予測しやすくなっているのは分かっているね。それで作戦を立てようってわけ」

……会議は続く。












「まずはここだ。この海岸……容疑者のお気に入りの場所だそうだ」

テーブルの上に広がった地図に、スズキが一本のピンを立てた。

「……この状況で現れるとは思えませんけどね。アイツも、シズたちを生かしておいた以上、どうなるか分かっているはずですから」
「"念のため"以上の意味はないさ。当然、その後はほかの場所も調べることになっている」

フラッペとスズキ。スズキがこの家に入ってきてから、その2匹だけが会話をしている。それ以外は、正直"蚊帳の外"と言うべきか……チークとシズを除いた2匹だけで話が完結してしまい、会話に入り込めないのだ。

「おはよう……って、あれ……?」

聞き慣れたポケモンの声とともに、寝室の扉が開く。ユカだ。

「……早いね」

目をこすりながら、彼女はそう言う。テーブルの上の置き時計に目を向けてみれば、今は6時半。確かに、こうやって集まっているのが不思議なほどに早い。

「そう思うんだったら寝てろ。特にアンタは、二日前のやけどのこともあるだろ」

スズキの口から、少し辛辣なように聞こえるセリフが飛び出した。……ぶっきらぼうというか、なんというか。

「それはもう治ってるよ。……それより」
「今やっていることか?」

ユカは頷く。

「昨日の事は当然覚えているよな?それだよ」
「"それ"を捕まえるための?」
「理解が早いな」

軽く状況説明を終わらせたスズキは咳払いで仕切り直す。そしてフラッペの目だけを見て話し始めた。やはりシズたちは"蚊帳の外"だ。

「……まあ、捜索箇所については後回しでもいい。重要なのは"どうやって捕縛するか"だ」
「相手はエスパーですからね。スズキを含めた多くのポケモンの目の前で……ついでに言うと、縄で縛り上げられた状態から逃げ出した事実も考えれば、ノープランで戦える相手じゃありませんよ」

"縄で縛り上げられた状態から"、"多くのポケモンの目の前で"……
あのニャオニクスが……"スターチ"が、とんでもない実力者であるのは確からしい。人質がどうたらではなく……

「もちろん対策は考えてある。こちらもエスパーを沢山用意するらしい」
「なるほど。心を操られる事への対策にもなりますからね。……で、何匹用意できたんですか?」
「16」
「うん……そんなに?沢山とは言ってましたけど」

16と言う数字がどれほど大きいのか、正直言って、シズには想像がつかない。"救助隊協会"の規模もよく知らないし。

「救助隊はじめたての素人も含まれているが」
「そういう問題じゃあ……すさまじいですよ、十分。総力戦じゃないんですからね?」

……それでも、フラッペのこの口ぶりからして、かなりの割合――あるいは、ほぼすべてを使っているであろうことは想像できる。

「とにかく、そんだけのエスパーとそれなりの実力者がいくつかいれば十分いける。そういう判断らしい」
「なるほどね……」

二匹の話を端から聞いていて、シズはこの事件の重さと大きさを改めて思い知る。とんでもない事件に関わっていたんだな、と。そして、これからも……そうやって、自分の立場について思いふけっていたところで、スズキとフラッペの会話に一区切りがついたらしい。スズキがチークの方へと向き直っていたのだ。

「あー……すまなかった。フラッペにここにいるって言い残されて、それで……言い訳はいいか。ここを会議室に使ってしまった」
「そんくらいなら大丈夫さ。よく知った仲だろーに」
「それも……そうか?」

チークへの謝罪を終えたところで、スズキは話題転換と咳払いをする。……この手をよく使うのだろうか。

「よし。それで、この場にいる全員に連絡がある」
「……というと?」

ユカが質問をすると、スズキはそちらに向き直って、言葉を続けた。

「救助隊キセキ。乗りかかった船には最後まで乗っておきたいという気持ちもあるだろう。
……だが、残念ながら、天候操作事件容疑者の"スターチ"捕縛作戦には参加できない」
「えっ?」

シズは思わず声を漏らす。

「ちょっと……今初めて聞いたんだけど!?」

ユカもそれに続いて、スズキの言葉に噛みついた。"乗りかかった船に最後まで乗っていたい気持ち"……スズキの言った通り、それが二匹の中に存在していたのだ。

「夜間活動型のポケモンがついさっき決めたことだしな。知ってる方が不自然だ」

それに対して、スズキは冷静な口ぶりで言葉を返して見せる。

「そういう意味じゃなくて……"なんで"!」

それでも、ユカは懲りずに噛みつく。いや、"懲りず"と言うより、むしろヒートアップしているようだ。

「話を聞いてて分からなかったか?"相手はヤバい。エスパーと熟練の救助隊以外参加禁止にしよう"。以上だ」

落ち着かないならと、スズキはもう一度、冷静に話を返してやった。しかし……

「待ってよ!そんなんじゃ納得――」

ユカはそれで黙ってはくれなかった。あまりにもうるさいので、スズキは言葉を遮ってこう言った。

「人質作戦をまた取られたら厄介極まりないだろう?」

これは、客観的に見た正論だ。リスクを冒してまで連れて行く価値のある戦力も、連れて行くべき特別な理由も、救助隊キセキには存在しないのだ。

「そのためのエスパーで――」

とんでもない執念だ。何がユカをそこまで突き動かしているのか想像もつかない。リベンジ精神だろうか……?

「くどい!労力は掛かる!……話は終わりだ!」

結局、スズキが強引に会話を終了してしまった。

「はあ……1時間後に救助隊協会で集合しよう、チーク」
「オレは良いのか?」
「"アイツの不意打ちを受けたことのあるお前に来てほしい"……だそうだ。お前なら完全な足手まといになったりはしないだろうしな」

そう言い終えて、スズキは立ち上がる。

「用は済んだし、俺は帰るぞ。行こう、フラッペ」
「分かりましたよ。……ユカさん、あんまり気を落とさないでくださいね」

フラッペの声を合図に、扉が開き、また閉じた。二匹のポケモンを見送って……





「……ユカ?」

……取り残された側の雰囲気は、少なくとも穏やかとは言えない。シズの心配する声に対して、ユカがほとんど反応を示さないことも、それを裏付ける証拠と言える。

「あんなことされて、やられたまま黙って見てろ……ってさ。絶対おかしいよね?シズ」

数十秒間の沈黙を経て、ユカはやっと口を開く。

「あー、そのぉ……怖くないの?"スターチ"が」
「怖いよ!だから、ぶちのめさないと気が済まないっていうかさ……おかしいよね、ワタシ。あのヒトカゲの時はあんなに怯えていたのに、自分が戦えると分かった途端にね……」

しかし、シズの質問に答えると、また黙り込んでしまった。

「チークさん……ユカって、昔からあんな感じなんですか?」

困ったシズは、チークに話題を振ってみた。彼なら、出会って日の浅い自分よりもよく知っているだろう。

「親譲りだろうか。悪いヤツを叩き直してやる!って気概はいいんだが、何かをきっかけに暴走すると手がつけられなくて」
「"不安定"?」
「そうかもしれない」

不安定……そういえば、ユカと出会った日……なにやら、親に関して触れられたくない様子があったような。チークの"親譲り"という口ぶりからして、仲が悪かったわけではないだろうけど……
よくわからない。シズには、よく分からなかった。











1時間後……

「時間ぴったりだな、チーク」
「……まったく。さっきのこと、ものすごく気にしていたようだったぜ?」

ここは、救助隊協会第一支部。
手紙・伝聞……あるいは、ポケモン固有の能力によって沢山のポケモンたちがここに集められている。そして、そのすべてがエスパータイプか、あるいは熟練の救助隊で構成されていた。

「ユカのことを言っているのなら、"足手まとい"扱いはやり過ぎた。反省している」
「まあ、分かってくれたのなら……」

みんながみんな、落ち着いて作戦の内容を予習したり、作戦開始の時を待つ。そして、ピリピリとした雰囲気が肌に突き刺さるような錯覚さえ覚えるほどに、緊張感が漂っていた。

「やっぱり、熟練の救助隊というだけあってオトナが多いな。オレはまだ未成年だ」

その雰囲気に当てられて、チークは少し萎縮したような様子を見せる。救助隊としてそれなりの期間活動している以上、それなりの修羅場はくぐってきたはずなのだが、どうもこういう集団に放り込まれると……初々しい気持ちを思いだしてしまう。

「気にしなくても、あと一年と半分経てば私たちと一緒にお酒を飲めるようになりますよ」

それを見かねてか、フラッペはチークに言葉をかける。
"元気づけているつもりなのだろうか?だとしたら、少し下手だな"と思い、チークはくすりと笑う。

「……なんですか。その下手っぴとでも言いたげな顔は」

フラッペはむすっとして、言葉を返す。

「いや、ありがとう。正直な話、こういう状況になると少し"怖い"んだ」

チークはそう言って、もう一度くすりと笑った。いままでよく知らないヤツだったけど、ちょっと可愛いんだなと思って。

「……"怖い"?それって、何か理由が?」
「オトナになったら、飲みの席で話すことにするよ」
「なんですかそれ……ちょっとひどいですよ」

フラッペはなんだかおちょくられたような気がして、そっぽを向いてしまった。
……"このままフラッペと友達になるのも良いかもな"。この一連の流れを経て、チークはそう考えていた。



……それからしばらくして。

「……で。まだなのか?」

スズキは、しきりに時計を見て、そのたびに苛立ちを身体で表現している。筋肉を震わせて発電してみたりとか。

「どっかで悪いヤツをいたぶってるんじゃないんですか?オンバーンだし」
「それじゃそいつ自身が悪じゃねーか!?」

どうやら、フラッペも相当苛立っているようだ。そうでもなければ物言いがひどすぎるし、ついでにチークの突っ込みも眼中に無いようだし。

「どうでも良いが、時間は守るべきだ。15分だぞ?」

スズキは呆れたような口調で言葉をこぼす。そう、ここに集まっているみんなが、15分間とある人物の到着を待っていたのだ。

「日の光が怖いんでしょう。オンバーンだし」

それにしても、フラッペのセリフがひどい。こんな様子は(体長を馬鹿にされたときを除けば)この場にいる全員、一度も見たことがない。

「フラッペ、お前そいつと喧嘩でもやっちゃったの……?」

さすがにチークも冗談で言っているわけではなさそうだと感づいて、心配そうに質問を投げかける。

「苦手なんですよ。何というか、サイコパスの"におい"とでも言いましょうか?そういう雰囲気があるんです」

帰ってきたのは、妙に抽象的な表現だった。"他人に気を使えない"だとか、"倫理観が狂っている"とでも言いたいのだろうか?

「……数年間はお前と一緒にやってきたはずなのに、こんな一面は知らなかったな。あるいは、酔っ払っているのか?」

その抽象的な表現を聞いて、スズキは強く違和感を覚える。先ほどの暴言もそうだが、やはり異常だ。酒の臭いもしないのに、"酔っ払っている"と揶揄してしまうのも仕方が無い。それほどまでに、普段のイメージとかけ離れていた。

「そうか。あなたたちはあの野郎にあったことがないんでしたっけ。救助隊協会内であれだけの影響力を持ちながら、ほぼ表に出ることはない、あの外道に」

いや、異常なのは、そのオンバーンの方なのかもしれない。スズキとチークがそいつに出会ったことが無いのも事実であるし、なにより普段から人当たりの良いフラッペがこうまでなってしまう理由にも一応の合点がいく。

「はあ。とにかく、大嫌いなのは理解した。……にしても、やけに説明口調だな?」
「あなたを丸め込みたいからですよ」
「それを口に出して良いのか……?」

……とにかく、本人を一度見てみれば、どういうことなのか分かるだろう。きっと。












一方その頃。シズたちは……

「……大丈夫かな、チークさんたち」
「ワタシに聞かれても……」

家の中で……何もしていなかった。いや、"出来ることがない"と言った方が正確だろう。
周辺地域の救助隊が総力を挙げようとしている今であっても、通常の依頼を受けることは可能である。しかし、チークに自宅待機を言いつけられているために、出来ることがなくなっているというわけだ。

「"スターチ"か……あのニャオニクス、"スターチ"っていうんだ……」
「名前を知ったところで、出来ることはないよ。……どうして自宅待機なんだろう」
「君がスターチに突撃しかねないからじゃ……?」

ユカはため息をつく。そして、しばらくの時間をおいて、深刻そうにしゃべり出した。

「……ワタシが救助隊じゃなかったときにさ、そのときは"やることがなかった"わけじゃないんだよ。森に行って木の実を拾ったり、買い出しに行ったり……そういうのも出来ないのはつらいかな」
「"プライド"?」
「そう、それ!自分が役立たずというか、そういうのになっちゃうとね……なんというか、自分だけが小さいポケモンのような……」

彼女がスターチ捕縛作戦に執着する理由はこれなのだろうか。
自責の念というのは厄介で、大抵の場合他人が介在する余地がなくなってしまう。であれば、そうなるほど問題が根深くなる前に、解消してあげなければ。

「そういう悩み方が出来るのは、勇気じゃないかな」

勇気。少なくとも、自分を省みることの出来る"人間"は貴重だ。ポケモンにも当てはまるかどうかは分からないが……

「……そう?」
「結局は、"人の役に立ちたい!"って気持ちだよね?なら、優しさだし、勇気だよ」
「そう……そっか!勇気で、優しさか!」

どこからわいてきた言葉なのか知っていなくたって、それが言葉として形をなしてさえいれば、誰かを傷つけたり、癒やしたりすることが出来る。意図を理解してもらわなくたって良い。意味さえ理解してくれれば、伝わってくれる。

「よぉーし!やる気がわいてきた!」
「……何のやる気?スターチに突っ込んでいかないよね?」
「そんなわけないじゃん、さすがにさ!」

"記憶のない割に、達者な考え方をする"……"だから、記憶喪失にはきっと意味がある"。
フラッペがそう言っていたように、ミズゴロウとしての自分には、何かの意思があるのかも知れない。いつかの夜とは違って、シズはより前向きに、救助隊としての意気込みを固めていった。












あれからさらに30分後。チークたちは……

「1時間経過。クソッ、本気で雲行きが怪しくなってきた……フラッペが言うとおりとんでもないヤツなのかもな……」

まだ、待っていた。もはや、苛立ちとかそんな話では無い。救助隊としての権威とか、容疑者に逃げる隙を与えすぎなんじゃないかとか、そういう理屈で責め立てる義務が発生するんじゃ無いかと、ここにいる全員がそう思うほどになってしまっている。

「もう勝手に始めちまおうぜ。どうせ戦力に関わってこな――」

そう、チークが忍耐の限界を表明しようとした瞬間のことだった。

「呼んだぁーっ?」
「ぎえッ!?」

チラーミィより4~5倍は大きい影が、突然チークの眼前に出現したのだ。
おんぱポケモン、オンバーン。ドラゴン・ひこうタイプ、たかさ約1.5m、おもさ約85kg。紫と黒を基調とした体色で、その姿はまるで巨大なこうもりポケモンと、リザードンのような姿形とを掛け合わせてスリムな体型にしたようだ。そして大きな耳も特徴で、そこから音波攻撃を発生させるのだとか。

……いや、そんな解説はどうでも良い。どうしてこの男はチークを脅かしたりしているのだ!?

「おい、"ヴァーサ"……だよな、お前。だとしたら、自分の状況を分かってんのか?」

スズキは威圧的な声で、自分のたかさより3倍はあるであろう影に詰め寄っていく。"ヴァーサ"……それがこのオンバーンの名前。

「もちろん理解はしているよーん」
「は?何を言っているんだ?」
「理解してるって言ったの。ごめーんネ☆……はい、この話終わり!」

……サイコパスだ。確かに、この配慮のなさは"サイコパス"と表現したくなるのも頷ける。

「私がひどい物言いになる理由の片鱗、分かったでしょう?」
「オ、オレは実感したよ。この脳ミソイカレ野郎の洗礼を……!」

こんなやつのために1時間も立ち尽くしていたのかと、何か事情があったんじゃ無いかと勘ぐった自分がバカだったと……この場にいる全員が後悔の念に近い感情を覚えていた。

「何?"片鱗"だと?……まさか!?」

スズキはフラッペの発言を抜き出し、その意味をなんとなく理解して、ヴァーサの腕をひっつかもうとする。なにか、もっととんでもないことをしでかすのでは無いか?この場で!

「えーと、じゃ、さっさとやることやって帰るか!」

しかしヴァーサはひらりと躱し、まるで何事も無かったかのようにこう宣言する。

「さくせぇーーん、開始ぃ!!んじゃ、さよーならぁー!」

そう言い切ると、ヴァーサは扉をぶち破り、飛び去ってしまった。
こんな無意味なことのために1時間も待っていたのか。あほらしい。本当に、あほらしい。この場にいる全員のやる気は次第に失せ、作戦に対する意気込みもいつの間にか消えてしまっていた。

「マジで帰りやがった……正気じゃない……」

スズキがぼやく。理解の範疇を超えた非常識さを目の当たりにして、ぼやくしか無かった。

「本当にこんなヤツが影響力を持っているのか……?」

そしてチークはヴァーサの情報を思い出し、それをウソだと思いたくて、フラッペに再確認をしてみるが……

「残念ながら、間違いありません」
「馬鹿げてるぜ……」

……こんなことで、この作戦は大丈夫なのだろうか。
5月18日:一部会話の内容を変更しました。

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