ラプラスにのって

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 ひざしがつよい。






「地味に暑いし」



「わっはっはっはっはっ!!」



「……暑苦しいのがいる」





 大海原を、身ひとつでざっぱざっぱと泳ぎ去っていく、生きのいい海パン野郎。こむら返りを起こしたのか沈んでいく。ぶくぶくと浮き上がっては消えていく海パン野郎の呼気。ふと振り返れば、ラプラスがカシカシに乾燥させた水タイプポケモンたちが、ぷかぷか浮いている。この世の栄枯盛衰を感じる昼下がりだった。

 本日は海上を行く旅路だ。猛暑日、というほどではないのだが、なにぶん遮蔽物がないので日差しが肌に刺さる。熱中症になってしまうのでトレーナーは脱いでシャツ1枚。無策では天日干しかまっくろくろすけになってしまうので、腕にはラッシュガードをぴっちり。肌が露出する部分には日焼け止めも塗っている。完璧な布陣。

時折キャスケットをぬぎ、自分の頭に水を少し垂らす。じゅわ……と冷やされるようで気持ちいい。

 腰かけたラプラスの甲羅もひんやりとしていて気持ちがいい。

 波の音とラプラスが水を掻く音、どこか遠くから聞こえてくる何とも聞き分けのつかない自然の音。どこかの元気者がざっぱざっぱと泳ぐ音。喧騒とは無縁の、落ち着く環境音に身を任せる。潮騒の調べに包まれた旅路。

 果てしなく広がる視界とは裏腹の、約束されたパーソナルスペース。ラプラスの背中で揺られる時間が、彼女は好きだった。

 日差しがなければ、Wi-Fiが飛んでいれば、なお良いのに。そう思った。

電波は飛んでいるので、ラジオをつけっぱなしにしている。ラジオDJの話している内容は頭を空っぽにしておけば右から左へ流れていくようで嫌いではない。が、そろそろ飽きた。





「ラジオ止めよう」

「ぷら?」

「目的地には、ラプラスがゆったりと向かってくれています。だいたい2時間くらいで着くはず」



うわっ やせいの マンタインが とびだしてきた!!



「フリーズドライ」

「プララァ!」

「あばばばばば」



こうかは ばつぐんだ!






 ラプラスのフリーズドライでカシカシになったマンタインは、力なくぷかぷかと波に流されていく。カシカシ乾燥水ポケモンの列に仲間入りだ。






「何度目だろう……コレで返り討ちにするのは」

「シルバースプレー、最近やっぱ効いてない気がする」

「現在、4個のヒメリのみがラプラスのオヤツになりました。ところで、ラプラスのこのわざは実に便利なもので……」

「こうやって海を渡っているときの露払いだけでなく、キンキンに冷えたドライフルーツを作れます」

「暑いときはコレがうまい」

「……え? 何の果物を食ってるんだ、って?」

「マンゴーです」

「リンゴもあります」






 ラプラスの頬を、果たして暑さによるものなのだろうか。汗が伝う。






「??? スーパー行けばリンゴやマンゴーくらい売ってるじゃないですか」






 そういうことじゃないのでは、と思うラプラスだった。

 キャモメの群れが飛んでいく。









「あ」

「私は今、ジョウト地方は40ばんすいどうを漂っています」

「超、ヒマ。……どうしよっかな」

「暇だ」

「ぷら」

「ん? 何?」

「ぷらら?ラプラプララ、ラプラス?」

「……いや、わかんないけど。」

(ラプラスの中にはテレパシーが使える個体もいるらしいですが、うちの子はそんな特別な力は持っていません)

「何か提案してくれたのかな」

「わからなくてごめんね、でもありがと」

「くぅん……」

「あ、そうだ」

「すーごーいつーりーざーおー!」






 精いっぱいのドラ声とともに、ふところからおりたたみのとても高性能な釣竿を取り出す。以前、親切なおじさんにもらったものだ。初めて会ったおじさんだったが、気さくないいおじさんだった。ぜひ弟子に、と見惚れた相手に釣竿を渡しているのだという。それ以来会っていない。

 釣竿をくれたのとは別のおじさんに、「岩場に囲まれたところに釣糸を垂らすと、延々とポケモンが釣れる」という話を聞いたことがあった。






「ラプラス、そこの岩場に寄って」





 はぁい、とばかりに一声鳴いて、ラプラスは指された場所に進路を向けた。

聞けば、連続でポケモンを釣り上げていくと、色違いのポケモンに出会いやすくなるという。時間も潰せて一石二鳥だ。ラプラスが泳ぎを止めてくれたところで、さぁ来い、と釣り糸を垂れた。

───それから、メチャクチャ釣れた。

彼女も、こんなにドカドカ釣れるだなんて思ってもいなかったため、最初こそは嬉々としてキャッチアンドリリースを繰り返していたが、───13回目のクラブと対面した頃からだろうか───次第にその顔にはまたしても飽きがにじみ始めた。

時間潰しにしても、結局のところ、色違いのポケモンをさっと手に入れられるかも、と期待していた節があるので、仕方ないといえばそうなのだが。

途中からは、死んだ魚のような目で釣糸を放っていた始末である。

───しかし、転機は訪れた。

彼女は数えるのをやめていたので知る由もないが、それは73匹目をつり上げた時。

釣りを始めて1時間半後のことだった。






「さっにさっに!」






 水面から躍り出たサニーゴ。本来桃色のはずのその体は、胸のすくような水色だった。水色だ。水色……あっ。






「き」





「来たァァァァァァ! 色違いのサニーゴ!!」

「このような局面を想定して、準備しておいたナイスなアイテム!」

「ダイブボール!!」






 水中にいるポケモンを捕まえやすい。ついでに色合いがサニーゴと合う。






「逃がさぬ!」

「さにっ」






 釣り上げられてキョトンとしながら浮いていたサニーゴだ。別に逃げようとする様子を見せたわけでもなかったのだが、彼女は獲物逃すまじ、とばかりにダイブボールをサニーゴに向けて投げた。

こつん、と額をとらえて、ダイブボールはサニーゴを吸い込んでいく。

あわてて立ち上がりざまに投げたので、バランスを崩した彼女はラプラスからずり落ちそうになって、甲羅の突起を掴み、崩れる態勢をどうにかこらえ……切れず、結局海に落ちた。頭から。

主人の着水を見たラプラスは、とっさに前ヒレをそちらにするりと伸ばしていた。重心をとらえた感覚を得たラプラスは、そのまま冷静にヒレを持ち上げる。少し水を飲んだのか、咳き込みながら手を伸ばし、再びラプラスの甲羅を掴んだ。ラプラスの対処のおかげで、幸運にも1秒足らずで水中から戻ってくることができた。






「サニーごほごこほっ」






 塩水に苦い顔をしながらボールを探す彼女に、ラプラスは「そこよ」と視線でボールを示す。

そこにはサニーゴを捕獲完了したボールがぷかぷかと浮いていた。どうよ、と言わんばかりの誇らしげな態度……に見えるような気もする。






「捕ったどぉおおおお!!」






 釣竿を振るい続けたこの1時間、一体、何度やめようと思っただろう。どれだけ、匙を投げてしまいそうになっただろうか。苦難の道を乗り越えて、私はこの頂きにたどり着いた。

───不屈の精神と、たゆまぬ努力は、確かな結果をもたらすのだ。そう確信した。

 ボールを掲げ、勝利の高揚に酔いしれる……が、はた、と彼女は気付く。自身の犯した───重大な過ちに。

 足止めてたから進んでないじゃん、という。

 そしてこのサニーゴ、手持ち7匹目だ。なのでボールがロックされてしまっている。ラプラスのそばをはべらせて旅路を行くこともできない。おあずけだ……。

 サニーゴのボールをふところにしまい、凡ミスに落ち込む。ラプラスが心配そうに首をもたげてくるので、だいじょうぶ、と撫でておく。

 状況はわかっている。日は傾いてきたが、道のりの半分はもう過ぎている。どのみち進むしかない。

 こういうときにはしっかり落ち込んでおいた方がいいのだ。

 喜びに有頂天になると、何かしらのしっぺ返しをもらう。わかっていたはずなのに、場の勢いに任せて子どものようにはしゃいでしまった。恥ずかしい。

そんなことを、12歳の子どものくせに考えていた。そのとき。

 ばさばさ、と羽音を立てながら岩棚に何かが降りてきた。

 カイリューだった。

ただのカイリューではない。肩掛けポシェットを下げ、目にはゴーグル。腰にはウェストポーチを巻き、膝や肘にプロテクターを取り付けている。飛行機乗りのようにも見える格好だった。

 あまりにも旅慣れたいでたちのカイリューに絶句していると、ゴーグルをはずして、カイリューはこちらを見つめ返してきた。何か品定めするかのように、あるいは、本人確認でもしているかのような……。あ。あのウェストポーチ、私のと同じブランドだ。

 得心がいくものがあったのか、カイリューはポシェットを開け、何かを探し出す。それにしても、ポシェットやポーチをはじめ、装備品のくたびれ具合がすさまじい。擦れ跡や当て布、縫い直した跡が目立つ。数十年使い込んでいるのでは? というくらいの使用感だ。縫い直しとか自分でやっているのか? 目の前のカイリューへの疑問は尽きない。

カイリューは目的のものを見つけたのか、ポシェットから取り出したそれを差し出してきた。

簡素だが、好きな意匠の封筒だ。「親切なおねえさんへ」と書かれている。






「??????」






 このカイリュー、手紙を自分に届けにきたのか? だが、大人びた筆跡で「おねえさんへ」と書かれているのだ。明らかに自分宛ではない気がする。我、12ぞ?

 と、不審の目を向けていたが、カイリューは差し出した手紙を引っ込めようとしない。

 しかたなく、手紙を受け取ることにするが、手が濡れている。ラプラスの甲羅の上に置かせてもらっていたクーラーバッグの中からタオルを取り出して、手を拭いてから、手紙を受け取った。

 ラプラスにのって移動する場合、自分が水に落ちた時の備えはしている。

 自分宛のではないことをカイリューに伝えるなら、中身を読んでしまうのが手っ取り早いだろう。差出人にとって、自分などどうせいつか会うこともない誰かだ。間違えたまま永遠に届かないよりはいいはず。

 そんなことを思いながら、封を開ける。






『おひさしぶりです。この手紙が本当に届くのかはわかりませんが、あなたの元にカイリューが届けてくれることを願って、筆を取りました。

 僕と圭季さんはこのたび入籍するはこびとなりました。ふたりで力を合わせて宿を切り盛りしていくとともに、笑顔の絶えない家庭を築いていきたいと思っています。

 あなたが僕たちの元を訪ねた後も様々な苦労があり、そのたびに誰かに助けてもらいながら、どうにか乗り越えてきました。助けてくれた方々への感謝を忘れることなく、今後も力を合わせて生きていきます。

 あなたが僕たちにもたらしてくれた青いサニーゴは、今でも僕たちの心を繋いでいます。本当にありがとうございました。

僕たちの勘違いならばおはずかしい話ですが、この手紙のことは忘れていただけると幸いです。

近くにお越しの際は、ぜひお立ちよりください。サービスさせていただきます』






 封筒には便箋と一緒に、写真が同封されていた。色違いのサニーゴをモチーフにしたエンゲージリングだ。素敵な手紙だ。だが……





「うん。これ、間違えてるよ」






 けいきさん、あるいはけいかさん、だろうか。そんな名前の、しかも結婚するような年齢の人に知り合いはいないし、そもそも友人がいない。やはり何かの間違いだろう。

 封を戻して、手紙を返す。カイリューは首をかしげながら、渋々受け取った。

 郵便配達をしている……さしずめ飛脚のカイリューとでもいったところなのだろうが、随分とおっちょこちょいなドラゴンタイプのようだ。






「誤配はトラブルのもとなんだから、気をつけてよね。……ありがとう」






 だが、手紙を読んだことでなんだか優しい気持ちになった。それは感謝せねばなるまい。

あの手紙には、差出人の感謝と隣人愛の心がこもっていた。配達員の過失とはいえ、それをおすそわけしてもらえたのは僥倖だったかもしれない。

 まぁいっか、とばかりに頭を掻いて、カイリューは飛び去ろうとする。

 その足に、少女は飛びついていた。



「ううぉおん!?」

「あ、あの!! 誤配のお詫びってことで、アサギシティまで連れてってくれませんか?! 日が暮れそうなんで!! お願いします!! お願いぃ!!!」





 半泣きになりながらしがみつく少女に、カイリューは引きつった表情でこくこくと頷くしかなかった。
以前別サイトに投稿していたものを加筆、修正などしたものになります。

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