【第042話】負うべき責、逃げるべき責

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


「お……お嬢様!?」
「ジャ……ジャック!?」
駐車場の裏にて、約半日ぶりに両者は再会する。
思いもよらぬ形でお嬢を見つけたジャックは、彼女の元へと駆け寄っていく。




「お嬢様、どうしてこんな街に!?心配したんで……す……?」
ジャックは大声を上げるが、徐々にその声はか弱く消えていく。
それもそのはずだ。
そこにいたお嬢の表情は、最後に彼女を見た時以上に疲れ切ったものだったからだ。
まるで6年前、初めて彼女を見た時と同じような……




「……ッ」
お嬢は何も言わず、ジャックから目を背ける。
彼に合わせる顔がない、というよりどう話し合えば良いのかわからないのだ。
目の前にいるジャックが敵なのか味方なのか……今のお嬢にはそれすら分からなくなってしまったのである。




互いの間に沈黙が訪れる。
互いが互いにどんな言葉をかけていいか分からなくなったのだ。
しかしやがて痺れを切らしたジャックが咳払いをはさみ、一言こう切り出す。
「……ともかくこの街は危険です。今すぐに別の場所へ移動しましょう。アーマーガアをお貸しします。さぁ……」
ジャックがUターンしてポケットのボールに手を伸ばした瞬間、お嬢は彼のスーツの裾を掴む。
「だっ、駄目ッ!」
観念したお嬢は、コレまでいきさつを話す。
スモック博士と共にこの街に来たこと、先程までジャックの試合を観戦していたこと、……自身がトレーナーをやめたいと思っていること。
そして気づいたら自分のポケモンが2匹何者かにスられたということ。







ーーーーーその後、お嬢とジャックは街中のポケモンセンターを訪れていた。
この街にお嬢を連れてきたスモック博士を交えての3者面談、という形だ。
ジャックと博士が隣り合って座り、机を挟んだその向かい側にお嬢が座っている。
ひとまず身辺の体勢を整え、落ちついて腰を据えて今後の方針を話し合おう、ということである。




「……いやぁ、申し訳ない。ここが危険な街であることは重々承知だったですが……」
「その件に関してはもう良いです。お嬢様の無事は確認できましたので。それより……」
ジャックはお嬢の方へ目線を向ける。
睨みつけられた、と感じたお嬢は小さく震え上がり
「……ごめんなさい。」
とだけ小声で呟いた。




「……まず自分のポケモンが入ったボールを無くす、ということ自体あってはならないことですが……そこは一旦棚に上げましょう。」
一呼吸置いてジャックは続ける。
「……んで、お嬢様はトレーナーを辞めたい……と?」
「………。」
お嬢は小さく頷いた。
その反応に、ジャックは何を言い出せば良いのか分からなくなっていた。
少なくとも彼女がこうなってしまった原因の一端が自分にあることはジャック自身も分かっていたし、だからこそ彼が掛ける言葉はほぼ無いと言って良い状況だったのだ。
ここで無理に引き止めればかえって彼女の心を悪化させてしまうことになりかねない。
だが彼女の提案を全てすんなりと受け入れてしまうのはそれはそれで正しいことではない気もしていた。
ジャックは悩む。




そして見かねたスモック博士が助け舟を出した。
「……じゃあトレンチちゃん。僕の意見を述べさせてもらおうか。」
「……。」
お嬢は小さく頷く。
「まず、君はトレーナーを辞めたいって話だけど、それは全然有りだと思う。
「えっ……!?」
隣のジャックは驚き、声を上げる。




ポケモン博士が自身で送り出したトレーナーに「辞めても良い」と言葉を投げかけるなんて前代未聞だったからだ。
スモック博士は続ける。
「……正直、中途半端に続けて潰されてしまうくらいならば逃げたほうがマシだ。それはトレーナーに限らず多くのことでもそうだと思う。」
博士の言葉は、近くにいる2人に深く突き刺さる。
「………。」
「………。」
特に、『なにかから逃げる』ということを悪い意味で今までしてこなかった彼女にとって、提示されたその道は新鮮なものであった。




しかしその次、博士の顔はいつもと異なる険しいものへと変わる。
「ただし条件がある。ひとつは君のポケモンを全て僕の元へと送り届けることだ。」

「………。」

「今まで一緒に戦った仲間を、後はどうでもいい等と言って捨てることは最大の無礼だ。」

「…………ッ!」

その言葉は、彼女の最も深く大きな恐怖心を刺激し、自責の念に追いやった。

「何かから逃げるにしても、最低限のやるべきことはある。まずは居なくなったポケモンを捜すことだ。」
スモック博士は最後にそう言うと、座席を立ち上がった。




「さて、ジャックさん。ひとまず協力していただけますか?」
「………分かりました。」
ジャックはしばらくの沈黙の後、スモック博士に続いてポケモンセンターを後にする。
彼らはサダイジャとラビフットの行方を捜すべく、町の外へと飛び出していったのだ。




「………。」
「まねっ?」
「………。」
「……まねっ!」
「痛ッ……!?」
その場で沈黙したまま固まるお嬢の頬を、マネネのドロップキックが貫いた。
「まねっ、まねねっ!」
これは、ぼーっとしているおお嬢に対して喝を入れるためのキックであった。
立ち止まるお嬢に一歩を進ませるのは自分しかいない、と考えたがゆえのマネネの行動であった。
それがたとえ最後の一歩になるとしても……。
「マネネ……」
「まねっ!」
「……分かったわ。行かなきゃ……よね。」
お嬢もゆっくりと立ち上がり、ジャック達の後を駆け足で追っていった。










ーーーーー時刻は間もなく夕方。
彼ら3人が立ち入ったのは大人の店が立ち並ぶ、街の北部の危険地帯。
ピンク色のネオンに、際どい姿の客引き達がそこら中を闊歩する、明らかにお子様が入るべきではない地帯だ。
では何故ここに彼らは来たのか。
それはパルスワンの鼻がこの場所を示したからだ。




やがて彼は最も大きなバーの看板の前で立ち止まる。
「わんわんッ!」
「……パルスワン、ここで本当に合ってるんですか?」
「わんっ!」
彼の返事からして、ラビフットとサダイジャの行方はここで間違いないようだ。




「………お嬢様、あとは私がやります。どうかお帰り下さい。」
ジャックはお嬢を送り返そうとし、スモック博士も渋い顔をしつつも止めることはない。
どう考えても此処から先の空間は倫理的に立ち入らせてはならない場所だったからだ。
だが、お嬢は首を横に振る。
トレーナーとしての最後の舞台くらいはと、腹を括る。




「……アタシは行くわ。」
そうしてお嬢は、地下に続く真っ暗な階段を降りていく。
その表情は勇気に駆られたゆえか、はたまた全てを諦めたがゆえか。
とにかく彼女は、決意に満ちた顔で進んでいく。




やがて階段を降りきると、そこにあったのは……
甘美な悪臭がむせ返るように立ち込める閉鎖空間であった。
最低限のライトに照らされているのは脱ぎ散らかされた服や呑み捨てられた酒瓶……まさしく人の欲の行き着く末、といったような末期的な場所である。




「うぷっ……」
お嬢はその悪臭に吐き気を催し、瞬間的にジャックは彼女の目を覆う。
彼女の目に写るべきものではないものが飛び込んできたからだ。




目の前にあったのは多くの男に囲まれた制服の少女……さしずめお嬢と同年齢か少し上といった感じだろう。
黒髪のロングヘアに整った化粧のせいで無駄に大人びて見えるが、それでも体型までは誤魔化せない。
彼女はお嬢とジャックを見るなり、近くの半裸の男たちに伝える。
「……ごめんなさい。少しばかり席を外していただけるかしら。」
すると男たちは、手前の扉の方へと消えていく。




そして外野がいなくなったことを確認した少女は、お嬢にこう告げる。
「……あれ、私の神様……というわけではなさそうね。」
「………。」
無駄に露出度の高い服に怯みながらも、お嬢は本題を切り出す。




「……アンタ、アタシの大事なポケモンを持ってるでしょ。サダイジャとラビフットよ。」
「あぁ……さっき『パパ』に貰ったコレかしら?」
そう言うと少女は、ソファの脇からボールを取り出す。
間違いない、サダイジャとラビフットが入っているボールだ。
サボネアドームでスられたボールは、犯人から彼女への勝手な献上品としてこの場所に流れ着いていたのだ。




「ふふ、それにしても奇妙なものだわ。アナタ、あのコートグループのお嬢様でしょう?」
「なっ……なんでそれを!?」
「ふふふ、『パパ』から貰ったトレーナーカードに書いてあったの。てっきりこっちを返してほしくて来たのかと思ったんだけれど……」
少女は薄気味悪い笑顔を浮かべながら続ける。




お嬢は瞬間的に察知した。
彼女は自身の最も苦手とするタイプの人間だ……と。
レインを相手にしたときでさえ感じなかった気色の悪さがそこにはあった。




「とっ……とにかく返しなさいよソレ!アタシのポケモンなのよ……!?」
「あら?その割にはあんまり必死さが無さそうじゃない……?あ、分かった!もしかしてアナタ、誰かにトレーナーをやらされているクチかしら?」
「……違う……わよ。」
お嬢の歯切れが急に悪くなる。
図星……というわけではないが、自分自身何故トレーナーをしているのかわからない状況であったので、明白に否定することも出来ずにいたのだ。
「えー、そんなことならトレーナーなんか辞めちゃったほうが良いって!ね、私と一緒に『パパ』たちと楽しく遊びましょう?」
少女はお嬢に歩み寄り、彼女の頬に手を差し出す。




その匂い、仕草、全てがお嬢の全身に虫唾を走らせた。
瞬間、お嬢は少女の手をビンタで払いのける。
「……ふざけないでッ!アタシは本気でその子達を取り返しに来たのよッ!」
彼女の声は震えていた。
決して虚偽の発言ではなかったが、まさかこれからトレーナーを辞めるために戦う、などと言えるわけもなかったからだ。




お嬢に腕を引っ叩かれた少女は再びクスクスと笑い出す。
「ふふ……でも答えはNoね。これは『パパ』が私にくれたものだもの。このお洋服もバッグも……ここのジムだってそう、全部全部私のためのものなの。」
「ジ……ジム……!?」
彼らは周囲を見渡す。
すると壁には小汚い落書きでジムのロゴが確かに存在していた。
そう、ここはロメロジム……嘗てのジムリーダーが所有権ごとこの非行少女・セラに売り渡してしまったとんでもないジムなのである。




「とにかくこのボールは私のものよ。……ま、どうしても返してほしかったら、何か言うべきことがあるんじゃない?」
セラは相変わらずの笑顔を崩さずにそう言った。
お嬢は既に怒り心頭、嫌悪感最大といった状況だったが、それでも唾を飲み昂ぶる己を抑えていた。




そして深呼吸の後、一言。
「……いいわ。アタシと勝負しなさいッ!アタシが勝ったらサダイジャとラビフットは返してもらうわ!」
「ふふふ、よく言えました。でも勝負には互いに賭けるものが必要よ。そうね……私が勝ったら……。」
そう言うと彼女は腰元からケータイを取り出し、お嬢の顔をパシャリと撮影する。
「ふふ……『コートグループのご令嬢、お忍びでロメロシティの裏通りに!』……なんて週刊誌に書かれちゃったら大変ね。もうお嬢様じゃいられなく鳴っちゃうかも。」
「ッ……!」
「でも丁度いい機会じゃない?アナタはきっと色々と背負い込み過ぎなのよ。ね、全部捨てて楽になっちゃいましょう?」
セラの優しい笑顔からは、甘い言葉が囁かれる。
まとわりつくような邪気を纏った、吐き気を伴う甘い言葉が。







ーーーーさて、この空間のあらゆる物が片付けられ、やがてスタジアムが完成する。
そしてソファにふんぞり返ったセラはこう告げた。
「ルールは2on2の勝ち抜き戦。ソレでいいかしら?」
「………。」
お嬢は黙ったまま頷く。
彼女は覚悟を決めた。
それでいて幾らか浮足立った気持ちになっていた。
この勝負の結果がどうなったとしても、彼女はトレーナーとしての責務から開放されるのだから。




「……ふふ、それじゃあ試合開始よ。」
お嬢の最後のバトルが、今ここに開幕する。


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