第七十九話 時の探検隊

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 背中を押されて走り出す。再会の喜びを分かち合う暇もなく、ライたちは“磯の洞窟”の最奥地へと急いだ。しかし、それも最速というわけではない。時折、地面が揺れるので足元が不安定なこのダンジョンでは立ち止まって怪我をしないようにせざるを得ない。理由は言葉を交わさなくてもわかっていた。“時の停止”がこれまでになく拡大していて、その影響力の支配下にないここにまで及んでいるのだ。すなわち、最悪の状況──“星の停止”に到るまであまり時間は残されていないのだ。それでも、立ち止まり続けるわけにはいかなかった。無言で走り、落ちてくる石をかわしながらも先導するジュプトルの後についていく。そして、地面に空いた穴から華麗にジュプトルが飛び降り、少し遅れてライたちも穴へと飛び込む。先に降り立っていたジュプトルは目の前の景色をじっと見ていた。洞窟は終わり、その先は広大な海原へと続いていた。

「ここだ」

 ようやくジュプトルは言葉を発する。ライとシオンはきょろきょろとあたりを見渡す。そして、同時に近くにある岩の模様を見てあっという声をあげた。

「“遺跡の欠片”の模様だ!」

「ペラップたちが言っていたのはこれか」

 岩は不思議な模様──そう、“遺跡の欠片”と全く同じ形に掘られていた。

「シオン、“遺跡の欠片”をそこに当ててみてくれ」

「こう?」

 ジュプトルの言葉に従い、シオンは探検隊バッグから“遺跡の欠片”を取り出して岩へと向けた。
 そのときだ。何度か岩が瞬くと、強烈な光がわあっと視界を満たしていく。耐えきれずに四匹は目を覆った。やがて光は徐々に小さく一箇所に集まる。そして、一筋の光になって海の方へと飛んでいく。

「……今のは」

「間違いない。“遺跡の欠片”が進むべき道を教えてくれたんだ」

 ジュプトルが言うように、光はどこかを示すかのようにピンと伸びている。だが、エルドは所在無さげにあちこちを見渡した。

「でも、肝心の船がありませんよ。これじゃあ海の先には……」

「導き手はいるさ」

 ジュプトルはエルドの疑問に事も無げに答えると、目を細めて大海原の先を見た。つられて三匹もジュプトルと同じように海へと視線を動かす。
 最初は小さな波かと思った。それはだんだんと輪郭をなし、しずしずとこちらに泳いでくる。シオンはやってくるポケモンに視線を奪われていた。どことなく憂いを帯びた表情に、思わず見惚れてしまうような神聖な雰囲気。

「ライさんにシオンさん、そしてエルドさんにジュプトルさんですね」

「私たちの名前を知っているの?」

「ええ。プクリンさんより伺いました」

 穏やかな深みのある声でそのポケモンは言う。ただ話しているだけ、それなのにそのポケモンは気品を漂わせていた。

「……シオンさんが“遺跡の欠片”をこの岩にかざしたらあなたがやってきた。あなたは一体、何者ですか?」

 エルドが岩を一つ撫でて問いかける。湿った洞窟の中にありながら、この岩には苔が一つも生えていない。誰かが手入れしているには綺麗すぎる。すなわち、この岩はただの岩ではないということがわかる。無論、目の前にいるこのポケモンも。

「申し遅れました。ボクはラプラス、“幻の大地”に誘うものです」

「“幻の大地”に、誘うもの?」

「ええ。時の間に隠された“幻の大地”、そこに行くのは資格を持つポケモンだけ。そして、あなたが資格の持ち主です。シオンさん」

 澄んだ青い目でラプラスはシオンを見つめる。シオンはぎゅっと“遺跡の欠片”を握りしめた。自分の原点、探検の憧れを象徴するものにて、忌まわしき記憶の腐臭をわずかに放つ“遺跡の欠片”。
それが、今は暴走するディアルガを止めるための手段として機能している。どうしても、それは偶然に思えない。まるで自分が世界をかけた戦いに巻き込まれることが、運命の手によって必然に書き換えられているような感覚だ。

「……うん、ラプラス。お願い、私を“幻の大地”まで連れて行って」

 シオンはそっと“遺跡の欠片”を持った足を差し出す。ライも、そしてジュプトルも何も言わずにただこっくりと頷いた。遅れることしばし、エルドも慌てて前に一歩踏み出す。

「いいでしょう。みなさん、ボクの背中に乗ってください」

 ラプラスはそう言うと無防備に背中を投げ出す。まずはせっかちなジュプトルが乗り、その後を続けてライとシオンが乗る。エルドはまだ躊躇しているのか、じっとラプラスの背中を見つめる。

「……こんなにたくさんのポケモンが乗れるのでしょうか」

「大丈夫ですよ。ボクは特別ですから、証を持つものが認めたポケモンは乗ることができます」

「そう、ですか」

 エルドは少し煮え切らない声で答える。だが、今度は誰に声をかけられるまでもなくラプラスの背中に乗った。

「行こう、“幻の大地”へ」

 決意を込めてシオンが言い放った。










 重い夜のように真っ黒の水面をラプラスは優雅に駆け抜けていく。かなりの速さで進んでいるが、まるで船に乗っているかのようにラプラスの背中は揺れがない。最も、ライは酔いそうだからと顔にスカーフを乗せて寝ていたが。
 ぱさ、とライが顔に乗ったスカーフを払いのけた。そして一つ伸びをする。先ほどからうとうとと眠気が押し寄せては霧のように消えていく。

「まだ、“幻の大地”までは距離がありますよ。ゆっくり休んでも大丈夫です」

「ああ」

 ラプラスの穏やかな声にそう答えたものの、どうしても眠れない。エルドもジュプトルも腕を組んで器用に眠っていた。眠った方がいいという意識はあるのだが、体がそれを受け付けてくれなかった。
 メリープでも数えるか。そんなくだらないことを考えていると、ふわりと左腕に何かが倒れこむ。シオンが小さな寝息を立てて眠っていた。

「……」

 寝顔が目に入る。柔らかい体がふさあと自分の左腕に体重を乗せてきた。ライはそれをどけることができない。ただ魅入られたようにその寝顔を見つめる。イーブイという種族もあって、あいくるしく整った表情をしている。

「……あれ、ライ?」

 ふわぁっと欠伸をしてシオンがごそごそと動く。ライは慌てて目をそらした。

「まだ寝ていて大丈夫だ」

「ん、でもあまり寝てたら体が鈍るし」

 眠そうに目をこすりながらもシオンは伸びをして起きる。物音につられたのか、エルドとジュプトルもおもむろに起き上がり、広がる海原を見ていた。

「ねえ。あの遠くに見えるきらきらしたものはなあに?」

 シオンは前方にきらきらと光るものを指す。目を細めれば、薄っすらと山らしき輪郭が見えてくる。エルドはああ、と一つ頷いた。

「あれは“大氷河”です」

「“大氷河”?」

「未踏の地と名高い場所ですよ。巨大なクレバスが邪魔をしているせいで誰もそこに近寄ることができない。今は一部の探検隊がそこに行く方法を探っていますが、なかなかうまくいかないと言っていました」

「へえー。エルド、よく知っているね」

「ああ。それは俺も初めて聞いたな」

 ジュプトルがシオンに賛同して頷く。ジュプトルもこの世界に来てあちこちを見て回ったが、“大氷河”に関する情報はあまり調べたことがない。“時の歯車”を探すことに夢中で、それ以外のことを考えている余裕はなかったのだ。

「ねえ、エルドはどこでそのことを知ったの?」

「その昔、“ダンジョン研究家”と名乗るイーブイに教えてもらったんですよ。どうも、クレバスを乗り越えて“大氷河”へとワープする技術があるとかないとか。僕はよくわかりませんでしたが」

 ふとエルドは懐かしい過去を思い出す。“コトブキ大学”にやってきた二匹のイーブイが、“大氷河”に行く方法を探っていると目をきらきらさせたあの光景を。

「“ダンジョン研究家”かあ……。一度会ってみたいなあ」

 同種族と聞きシオンの目がきらきらと光る。エルドは苦笑して頭をかいた。

「シオンさんなら話が合うと思いますよ。きっと」

 あれだけ純粋な目でダンジョンを追い求めるポケモンは実は少ない。憧れを憧れのまま死なせずに夢へと努力するポケモンということで、シオンとあのイーブイたちは仲良くできるだろう。最も、そのためにはディアルガを打ち破って“時の歯車”を元に戻さなければいけないのだが。
 海は青く黒く静まり返っている。波も穏やかだ。

「静かだな」

「そうですね。海のほうは荒れていないみたいです」

 エルドはジュプトルの意見に同意する。海で戦うことも想定していたが、今のところはそんな事態に陥っていない。

「ちょうどよかった。お前たちに頼みたいことがある」

 ジュプトルは長い足を組んでライたちを見渡した。ライたちも不思議そうにジュプトルの方を見つめ返す。

「頼みたいこと?」

「ああ」

 ライのおうむ返しの疑問にジュプトルは頷き、足を組みかえた。

「“星の停止”を止めたとしたら、それを多くのポケモンに伝えてほしいんだ。この世界が危機に瀕していたとき、それを助けようと立ち上がったポケモンが多くいること。そして」

 ここでジュプトルは言葉を切る。一瞬ちらと空を見て視線を戻した。

「この探検隊を“時の探検隊”と名付けないか」

 さあっと風がほおを横切っていく。返答はなく、ただ言葉を投げかけられた三匹がその意味を噛み締めていた。

「俺たちだけじゃなく、ここにいないセレビィも。そして、死んでいった“星の調査団”も名を連ねさせてくれ」

 ジュプトルの重々しく言う。ライとジュプトルがこの世界に行き着くまで途方もないくらい多くのポケモンが命を落としたのだろう。

「ああ、賛成だ」

 珍しく真っ先にライが賛成の声をあげた。その横でシオンも静かに頷く。多くの犠牲の上に、今この世界は成り立っている。それを自覚して生きていかなければならない。これからの世界のために。

「……どうして急にそんなことを?」

「これから先、俺たちも命の保証はできないからな」

 沈んだ声でジュプトルが答える。それはそうだ。自分たちがこれから挑むのは高い実力を誇るヨノワールにその手下たちだけではなく、理不尽の権化たる神なのだ。
 だが、エルドにはなんとなく違和感が拭えない。まるで、それはジュプトルがこの戦いから帰ってこられないかのような言い草で──。

「見えてきました! あれが、“幻の大地”です!」

 ラプラスが引き締まった声で叫ぶ。ずっとずっと地平の彼方まで続いていきそうだった穏やかな海、その海の波が捻じ曲がっている。そして、わずかに見える裂け目。

「ラプラス! あ、あれは!?」

「“時の狭間”の境目です。みなさん、つかまってください!」

 言うが速いか、ふわっと体が浮くような感覚が走る。いや、実際に浮いているのだ。先ほどまで水を切っていたラプラスの体は裂け目に飛び込もうと飛んでいた。周辺の景色が小さくよく見える。火山や街並み、そしてエルドが言っていた“大氷河”も小さく見える。シオンは自分が今から“幻の大地”に行くことも忘れ、景色を興奮した様子で見渡していた。最も、高所が苦手なライはきつく目を閉じて頭を抱えていたのだが。

「ラプラスが飛んでいる?」

「いや違う! これは、“時の海”を渡っているんだ!」

 ジュプトルが驚きに満ちた声でエルドの発言を否定する。これまで過去の世界に向かうのに使っていた“時の回廊”のような浮遊感を感じていた。別に時間を超越するわけではない。だが、そんな感覚がすること自体、“時限の塔”という時を司る空間に向かうことを意識させた。

「あれが“幻の大地”です! 突入します!」

 ラプラスの動きがより速くなる。もう誰も喋ることはできない。真っ暗闇の中で、振り落とされないようにぎゅっとラプラスの体を掴んだ。
 次の瞬間、世界に色が戻ってくる。思わずシオンは声をあげそうになった。目の前に広がるは自然で色鮮やかな島だ。自分たちが住んでいるトレジャータウンがある地域とは違って、誰のても入っていなさそうな自然の形がそこにある。だが、そんな自然ももう一つの異物の前にはくすんで見える。それは、天空にそびえ立つ塔のようなものだ。見るだけで肌が粟立つような威圧感がある。聞かなくてもわかった。あれがディアルガのいる“時限の塔”である、と。

「ねえラプラス。“時限の塔”まで一気に突っ走れないの?」

「そうしたいのはやまやまですが……あそこには正規の手段でしか行くことができません。下手に近づけば神々の怒りを買い、雷で撃ち落とされるかもしれません」

 ラプラスはそう言って心配そうな目で赤く染まった空を見る。“時限の塔”の真上は赤に黒がぶちまけられたような空模様になっている。

「そっかぁ……でも、正規の手段ってどうやって」

「“虹の石船”を使ってください。……っと」

 ここでラプラスは言葉を一度切ると、ぐるりと小さく旋回する。だんだんと速度と高度が落ちていく。

「この森をずっと行くと、“古代の遺跡”があります。そこに、“虹の石船”という古代の船が眠っているでしょう。それを目覚めさせれば、“時限の塔”に向かうことができるでしょう」

「“虹の石船”か。わかった、感謝する」

 ジュプトルが頭を下げると、ラプラスは穏やかな笑みを浮かべる。やがて、静かにラプラスが地面へと降り立った。

「この先のダンジョンです」

「うん。ここまで送ってくれてありがとう、ラプラス」

「いえ、絶対に世界を救ってくださいね」

 ラプラスの力強い声にシオンはわかったと微笑み前へと進む。ライも一つ頭を下げると後を追い、エルドもラプラスへ不敵に笑ってみせると彼らに続く。ジュプトルは少し遅れて空を眺めた。きっと最後になるだろう、平和なこの夜空を。












 深い森で身を屈めて疾駆する。深い緑が周辺を覆い尽くすこのダンジョンで求められていることは“とにかく敵に出会わないこと”だ。普通の探検ならばこの地帯は探索しても足りることがないだろうが、今ばかりは違う。来るべきディアルガとの戦いに備えるべく、体力は温存しなければならない。かといって慎重に行き過ぎては貴重な時間を失う。だから、今は時間と体力以外の全てを切り捨てる。

「ほらっ、ふらふらのタネですよ!」

 エルドの見事な投擲がブニャットの口へと突き刺さる。それを反射的に噛んでしまったブニャットは混乱してしっちゃかめっちゃかに技をあちこちへと放つ。少しおかしい光景であったが、それを見ている余裕などあるわけがない。走り、走り、走り──。

「止まれ!」

 先頭を走るライが鋭い声をあげる。前方へと十万ボルトを走らせた。だが現れた二匹のポケモンのうち、片方がそれを食い止める。
 ぎり、とライは歯を食いしばった。よりによってダンジョンの奥に向かう小部屋でガブリアスとカイリューが仁王立ちしていた。

「耳を塞いでくださいっ!」

 エルドが叫ぶや否や不思議球を投げる。途端につんざくような音が響き、地面を揺るがした。耳を塞いでいても痛いばかりの衝撃がやってくる。今はこんな面倒な敵と戦っている暇はない。すぐに脇をすり抜けようとするが。

「効いて、ない!」

 リーフブレードでガブリアスの爪を受け止め、痛みに顔をしかめながらジュプトルが言う。確かに轟音の攻撃を食らったのにもかかわらず、そのガブリアスは平然と攻撃を続けていた。そして、ガブリアスだけではなく──。

「……ッ! 守る!」

 シオンが展開した緑色の壁にカイリューが放った竜の息吹が叩きつけられる。壁は破られはしないものの、がりがりと嫌な音を立てていた。
 ポケモンの中で至強のタイプをあげるとすれば、誰もがドラゴンタイプをあげるだろう。その種は少なく、なれど精強。特にカイリューやガブリアスは神話に関わったポケモンと言われている。それが二匹、今は“幻の大地”の番人のように立ちふさがっている。更に言えば小手先の技にも引っかかってくれない。

「アイアンテール!」

「スピードスター!」

 接近したライの尻尾の一撃を縫うようにしてシオンのスピードスターが駆け抜けていく。そのどちらも、かわすには難しい一撃だ。最も、それをかわす必要があればの話だが。
 堂々とカイリューは二つの攻撃を受け止めると、切り込んだライの体を掴んで地面へと叩きつける。そして、天高く威厳を示すかのように吠えた。ジュプトルの方を見ればガブリアスと切り結んでいて、とてもこっちの手助けをする余裕はない。シオンも矢のようにシャドーボールを飛ばして再びカイリューを破ろうとするが、それも竜の息吹で消し去られる。今度はとエルドが爆裂のタネを投げたのだが、ドラゴンタイプの厚い皮膚を前にしてそれらは十分な効果を発することができず、地面へとぽろぽろ落ちていく。
 ジュプトルはさすがと言うべきか。タイプ相性が不利であるのにもかかわらず、ガブリアスと切り結んでいる。それでも、こっちの手伝いをしてくれるほど余裕があるわけではない。シオンもシオンで現れた新手のブーバーンらをさばいている。今でこそ食い止めているが、長らくここにいては周辺のポケモンが集まってくるかもしれない。そんな時間がない。今は一分一秒無駄にできないのだ。
 深呼吸して体のリズムを落ち着かせる。そして、言霊を探ろうとして──。

「“詠唱”は使わないでください」

 振り返らずにエルドが言う。いつ飛びかかってくるかわからないカイリューから目を話せないのだ。それでも、ライがやろうとしていることなんて想像がつく。

「……それでも」

「駄目です! あんな体に負担がかかる切札をこんなところで使うわけにはいきません!」

 焦った声でエルドは言う。自分たちに求められていることは、幻の大地を踏破することではなくディアルガを破ること。それなのに、こんな序盤で“詠唱”という最後に残された手段を使うわけにはいかない。しかし、それでもだ。

「まともに戦って勝てる相手じゃない。ここを切り抜けなければ、そもそもディアルガと戦えないだろ」

 カイリューを睨みながらライは答える。彼とてむやみに切り札を切るほど愚かではない。だが、種族格差というどうしても乗り越えられない格差がそこにある。
 そもそも、自分たちは探検隊としては未熟な存在だ。ディアルガのお膝元である“幻の大地”で油断するような余裕があるわけがない。

「悪いな」

 ライは短く言うと、“詠唱”の言葉を放とうとして。

「──待った!」

 ギリギリでエルドが止めた。口元を噛み、頭を必死に回転させる。

「ライさん、カイリューの動きを一瞬止めてもらえますか?」

 急なエルドの提案にライは怪訝な表情を浮かべる。だが、すぐに切り替えると拳に電撃をまとめる。

「数秒なら。長くはもたない」

「十分です。お願いします!」

「わかった」

 どうして、とは聞かない。ライは素直に頷くと、足の筋肉へと電気を流して活性化させて一気に突っ込む。雷パンチが来る、そう考えたカイリューは炎のパンチでやってくる拳を受け止めようとした。
 だが、ライは拳を振り抜くのではなく手に持っていた砂を目元へと投げつけた。想定外の一撃にカイリューは動揺して目を擦る。その隙を見逃さず、ライは体に抱きつきほおから電気を流し込む。たまらずカイリューは身をよじらせてライを突き飛ばす。しかし、追撃に出ようも体が痺れてうまく動かない。
 今だ、とエルドは飛びつき玉を地面へと叩きつけた。次の瞬間、エルドの体は麻痺して顔をしかめているカイリューの眼前に現れる。エルドはすっと手を伸ばし、カイリューの喉元にある鱗に手を触れて地面に転がった。その刹那だ。麻痺しているのにもかかわらず、カイリューがあたかも“ハイパーボイス”を使っているかのような音量で唸り声をあげた。許されざる行為をしたポケモンめがけて竜の波動を放つ。文字通り、“逆鱗”に触れたエルドを。
 だが、エルドは落ち着いてバッグから不思議玉を取り出す。そして、麻痺して動きが緩慢になっているカイリューにそれを投げつけた。
 ばしゅっという不思議な音と共に手品のようにエルドとカイリューの立ち位置が入れ替わる。カイリューはそれに気がつかず、エルドと同一線上にいたポケモン──ガブリアスに向けて竜の波動を放った。
 さすがのガブリアスも驚いたのか、低い叫び声をあげるとカイリューへとどしどしと向かっていき、ドラゴンクローで腹部を狙う。カイリューも負けじと炎のパンチでガブリアスを殴り返した。今や、彼らはライたちを無視して二匹で取っ組み合いを始めていた。

「走れっ!」

 ジュプトルが叫んだか早いか、カイリューたちが塞いでた道を駆け抜けていく。後ろでは龍が雄叫びをあげながら空中でぶつかる。それを耳で聴きながら先へと急ぐ。彼らが正気を戻す前に一刻も早く離れることを願って。






 どれほど走り続けただろうか。結局、あの後は一度も振り返ることなく森を駆け抜けた。どうもあそこが最後の関門だったのか、他のポケモンに出会うことはなかった。代償として、四匹とも今はぜえぜえと木にもたれかかって肩で荒い息をしているのだが。

「……まさ、か。ガブ、リアスと、カイリューが、いる、なんて」

 予想外でしたね、と言いたかったが言葉にならない。そして、誰もエルドの言葉に返事をできない。それほどに疲れ切っていた。それはエルドだけではない。誰もが酸素を求めてぜえぜえと息をしていた。

「うまくいったね」

「偶然ですよ。二度とやりたくありません」

 エルドは嫌そうに表情をしかめる。カイリューの喉元にある“逆鱗”という鱗に触れて冷静さを失わせる。その隙に逃げるという単純極まりない作戦だが、かなりの博打であった。運良くガブリアスと戦ってくれたが、何か一つの要素が狂えば自分たちがカイリューと戦っていたかもしれない。ぞっとする。そんな破れかぶれの賭けが世界の命運を握っていたのだ。エルドの心臓が熱く火を吹きそうなくらいにどくどくと鳴る。かつて経験したことのない、そしてこれから先も経験したくない賭けだ。
 そも、現状では誰が欠けてもいけないのだ。自分はともかくとして、ジュプトルにライとシオンが重傷を負ったらゲームセットだ。ディアルガどころかヨノワールにすら太刀打ちできなくなるだろう。僅かな希望を残すのならば、道中で二匹に“詠唱”を使わせずディアルガ戦で解き放つ。それでジュプトルがハイパフォーマンスで戦う。そこまでやって、ようやく希望の欠片が見えるくらいか。カツカツのリソース管理だ。それでも、これぐらいはやらなければいけない。そうでなければ、世界が滅びる。

「それより、“古代遺跡”はどこにある?」

 ジュプトルは訝しげに周囲を見渡した。ついに森の奥地と思わしきところまで辿り着いたわけだが、そこに遺跡はない。ただただ豊かな景色が広がるのみ。ライも同じようにきょろきょろと見渡して見る。しかし、そこには何もない。おかしいなと大木に手をついて。

「……?」

 微かな違和感に気が付いた。自分がもたれかかっている木がまるで木でないかのような妙な感覚だ。もう一度触れてみる。確かにそれは木ではない。丹念に樹皮を剥がす。一つ、一つ剥がすたびに何やら光のようなものが漏れてきている。

「何をやっているの?」

「しっ」

 ライは指を立てて「静かに」というポーズを取った後、周囲を注意深く見渡してまた樹皮を剥がす。その裏からは、木にはとてもないような素材が見えてくる。巨木に見えたそれは、何かを覆い隠しているかのようだった。やがて、そこからはポケモンが一匹入れるかのような扉が見えてくる。

「……驚いた」

 ジュプトルがぽつりと漏らす。考えてみれば当たり前の話だが、“時限の塔”に繋がる“古代遺跡”の場所が露出しているわけがないだろう。
 ライは扉の取手に手をかける。何度か揺らしてみたが、がたがたという音がするだけで開かない。

「“遺跡の欠片”を」

 ライが短く言うと、シオンが頷いて“遺跡の欠片”を扉に当てる。刹那、扉が数度光った。それから、低い轟音を立てて扉が開いていく。
 “古代の遺跡”に繋がる扉は、今開けられた。






 扉の先にあった遺跡の空気は、数百年も来訪者がいなかったとは思えないほど澄んでいて冷たい。歩くたびにこつこつと入る音が、神聖な“古代遺跡”を穢していくような気がする。

「……すごい」

 シオンが遺跡の壁に広がる伝説のポケモンの絵を見て言葉を漏らす。シオンだけではない。エルドも目を輝かせていた。

「時間が許す限りここにいたいくらいですよ」

 エルドは珍しく弾んだ声で壁画を見つめる。ファイヤー、サンダー、フリーザーという伝説の三鳥が描かれ、その隣に羽を広げたホウオウが見事な筆致で描かれている。それだけではない。グラードンにカイオーガ、ミュウやジラーチなどもいる。そして、その中でも異彩を放つ存在がいる。

「──ニンゲン」

 ぽつりとシオンが言葉を漏らす。堂々たるポケモンの中に描かれている二足歩行の生物。それをポケモンと表するのはなぜか本能が拒絶していた。

「古代にいたんですね」

 エルドもニンゲンを見て頷く。ライは黙ってニンゲンをただ見つめていた。どうして古代にいるのかわからない。だが、今はそんなことを考えている暇はない。歩き出し、“虹の石船”を探そうとして。

「ねえ、ミュウツーがいないよ?」

 不思議そうにシオンが首を傾げる。壁画に写っている伝説のポケモンは知っている種族から知らない種族まで全員が揃っている。それなのに、自分が知っている伝説のポケモンがいない。だが、しかし。

「──ミュウツーってなんですか?」

 エルドが顔をしかめる。ジュプトルも不思議そうに首を捻った。

「ミュウの勘違いじゃないか? 似た名前だが」

「うーん、そうなのかなあ」

 勘違いなのかなあとシオンも首を傾げる。もしかしたら自分の聞き間違いなのかもしれない。何より、今はそんなことを考えている暇がないと、ライの後を追って走り始める。
 やがて、彼らは現れた階段を黙って登る。登った先にあったのは小さな窪みに石版、そして不思議な模様だ。

「エルド、何書いてるか読める?」

「……これはアンノーン語ですね。僕は読めないです」

 エルドが申し訳なさそうな表情をする。

「アンノーン語なら読めるな」

 ジュプトルは事も無げに言う。

「ほんと!?」

「ああ、この日のためにいろいろ調べてきたからな」

 ジュプトルは難しい顔をして石版を見つめる。ライもそれを見てみたが何もわからない。うねうねした文字が走っているようにしか見えなかった。ジュプトルも読めるといったが、なかなか苦戦しているのか顔をしかめている。

「見通しメガネを使うか?」

「……いや、いい」

 ライの珍しい冗談にジュプトルはふっと笑って受け流す。そして、全てわかったといわんばかりに石版をぱんぱんと叩いた。

「わかったぞ。どうやらここ自体が“虹の石船”になっているようだ」

「ここが?」

「ああ。シオン、お前が持っている“遺跡の欠片”を窪みに差し込んでくれ。そうすると、この場所が動き始める」

「うん、わかった」

 シオンは素直に頷くと“遺跡の欠片”を取り出す。そして、それを窪みに入れようとして。

「──そこまでだ。さあ、こちらに“遺跡の欠片”を渡したまえ」

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