Box.42 ミえないイと

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ロトムの案内で奥へ奥へと向かっていく。ロトムはぴかぴかとポケナビを光らせながら何度目かの角を曲がった。
 封鎖された場所へとたどり着いた。ロトムはひょいとそこを超えると、早く早くと急かしてくる。通行禁止の札がぶら下がっている。錆びた鎖が通せんぼしているが、超えようと思えば問題なく超えられる程度の妨害だ。意を決してリクは鎖を超えて入った。ロトムがいっそう強く輝く光で道行きを照らし出す。接触灯が完全に電源を切られている分、他に道を照らすものはない。強い光源が照らし出すのと反比例して、一段と影が濃くなった。
 入り込んだその先に、弱々しい灯りが見えた。誰かいる。あれがジムリーダーだろうか。おーい、と声をかけようとして、喉に引っかかって止まった。リマルカは天才少年と聞いているが、影はほっそりとしたシルエットながら、子供とは言いがたい。訝しむと、ロトムは迷わず、その人物の元へと飛び込んだ。「ぴきゅー!」それはそれは、嬉しそうに。
 影は背中が大きく曲がっていた。暗がりでこちらを向いた顔は、予想より若い。前髪が長く、間隙から目が覗いている。かすかに開く口は木々の割れ目のようだった。
 リクは、その場で立ち尽くしていた。声をかけるのが躊躇われる相手だった。彼は手を持ち上げ、ゆっくり手招きをした。ロトムがぴょんぴょんと跳ねている。緊張を感じ取っているらしく、頭上のリーシャンは身を固くしていた。ここは自分がしっかりしなければ、とリクは気を持ち直し、努めて明るく声を出して近づいた。

「……こ、ここで、何してるんですか? 通行禁止の札があったけど……もしかして、動けないんですか?」

 そうだ、と思い当たった。もしかしたら動けなくなった人のところへ、救助の為にロトムは寄ったのかもしれない。あり得ない想像へと気を逸らしながら、男へと一歩、一歩と近づく。だったらオレが肩を貸そうか、と手を伸ばした瞬間、骨張った大きな手が顎を掴んだ。

「――ぅぎっ!?」
「リ!?」
 
 男の大きな両眼が覗き込む。「お前は……ソラと一緒にいたガキだな……」隙間風のような声が囁いた。男は、片手にピカチュウの汚いぬいぐるみを抱えていた。リーシャンが念力を放とうとすると、ぬいぐるみの下腹部から、影のような爪が襲いかかった。「リ!?」「ひゃん太!」ロトムはケラケラ笑っていた。腰のモンスターボールへと手を伸ばした刹那、足下から這い上がってきた影がモンスターボールごとリクを拘束した。底のみえない沼底に浸かっているような冷ややかさが、腰下を包み込む。
 男の目はこちらを覗き込んでいたが、真っ黒な色の瞳は焦点が合っていなかった。見ているようで見ていない。目玉があちらとこちらの境目をいったりきたりし、不意に、自分ではない誰かに話しかけ始めた。

「くく……くけっ……ああ、そうか……そうか……ふはっ……ヒナタが死んだか……」

 リクは目を見開いた。槍のように突き立った言葉が喉を絞める。こちらが一言も発していないにも関わらず、男は煩わしそうに眉を寄せ、独り言のような会話を繰り返した。

「ははは……怒るな……ハハハハハ……それで、そう……ふむ……お前ェ……」

 急にリクへと目の焦点が合った。ニタリと口元を歪めた。「くふっ……ソラに、惨敗したらしいな……くふはっ……」

 男の目には、嘲笑と哀れみが浮かんでいる。「――離せ!」カッと全身が熱くなり、男へ頭突きした。悲鳴。顔面を抑え、男は後ろへとよたよた下がった。拘束する影が鋭い冷ややかさを増し、急速に腰を這い上がる。「ひっ!」「リー!!」
 男が言った。

「……あまり遊んでやるな。本物の死者とはいえ、……攻撃でもされかねん」

 影が、引き潮のように退いていった。冷え切った足がガクンと折れる。ボン! と音がして、エイパムとタマザラシが飛び出した。「キキッ!!」「たまたま!!」揃って抗議するが、得体の知れない相手に手を出しかねている。エイパムは顔色を悪くしながらも、一歩踏み出して叫んだ。「キーッ!」男が目を丸くし、まじまじとエイパムを見やった。「お前は……ゲイシャか……」ぎょろりとリクへと視線を移した。

「こいつはどうした……あの死に損ないに、執着していたはずだろう……」
「あんた、に……関係ない……、シャン太を返せ……!」
「……まぁいい……死に損ないの糞婆から、奪い取ったか……こいつの気まぐれか……」

 エイパムの視線は、リーシャンを拘束する影に注がれている。同時にリク達を守るように立っていた。男は喉奥で笑った。最初は、クツクツと静かに、だんだんと強く、腹を抱えて、甲高く笑い始めた。同調し、幾重にも笑い声が合唱する。

「……くく……くくくくく……そうか。おい、お前ェ……死者に……生き物の区別は、あると思うか……?」
「区別……?」
「死したるものに区別なし。死に損ないがあの世で声を聞くように……仮にお前が今すぐ死ねば、サニーゴの恨み言のひとつでも……聞けるかもしれんなァ……くふっ……」

 男の目の焦点が再びおぼろげになった。彼は、彼は――サニーゴの霊と、もしや話しているのではないか? その予感を裏づけるように、声なき声が聞こえたように感じられた。手が震えている。恨み言のひとつでも。顔を歪めたリクを見て、男はにまりと口元を歪めた。

「たまー!」

 突然、タマザラシが飛び出した。男の向こうずねに勢いよくぶつかる。男は呻いて膝を折った。チャンスを逃さず、エイパムがリーシャンを拘束する影に飛びかかる。リーシャンを奪い取ると、男へ抗議の鳴き声を上げているタマザラシの尻尾を引っ掴み、一足跳びにリクの元へと飛び戻った。「きぃっ!! きー!」唖然とするリクに、さっさとここから離れろ、と主張する。金縛りが解けたかのように、慌てて踵を返そうとしたが、ハッとした顔で「ロトム」と呼びかけた。ロトムは心配そうに男の周囲をぐるぐると飛び回っている。喉がひくついた。ロトムは敵だったのかもしれないが、体はヒナタのポケナビである。どうしようどうしようと足踏みするリクの服を、リーシャンとエイパムが引っ張った。「分かってる、分かってる……でも――」ロトムが取り憑いた瞬間、数え切れない着信が鳴り響いた。多くの見えない糸が、あのポケナビに繋がっている。手放してはいけない。
 身を深く折った男が、迷うリクを前髪の合間から見上げた。目玉が動き、ちかちかと光るロトムと、リクの合間をゆっくりと動いた。苦々しげに言った。

「他人など、厄介なだけだぞ……足を引っ張り、嘲笑し、勝手に評価し、身勝手で、傲慢で! 捨ててしまえ……煩わしい!」
「ぴきゅ?」

 ロトムがきょと、と首を傾げた。男が手を差し出すと、嬉しそうにぴょんと飛び乗る。一緒にリクの目も動く。男がリクに向け、追い払うように手を振った。

「……出て行け。暗く、長い道のりを、一人で惨めに帰るがいい……くふ……っ」
「キーッ!」

 エイパムが抗議した。触発され、リクも拳を握って言い放った。「そのポケナビを返せ……!」みるみるうちに男の顔に笑みが広がっていく。ちらちらと、手にとったロトムをこれ見よがしに左右に動かす。そうだなぁ、そうだなぁ、と玩具を弄ぶ子供のようにニヤついていたが、やがてぴたりと止まった。

「……怒るな、と言っただろう。こいつと引き換えに……良い場所を教えてやる……」

 目の焦点がずれている。「そう、そちらの方向に……嫌な感じがあるだろう……古い……罪人の行き着く場所……お前に、力を与える場所……恨み妬みが、後悔が揺蕩う場所……」タマザラシは小首を傾げており、リーシャンは険しい顔つきで、エイパムはうわーとばかりにますます顔色を青くしていた。焦点の合わない間はこちらを認識していないと判断し、ロトムへとこっちに戻れと手振りする。しかし、ロトムは嫌々と拒否した。ポケナビに取り憑かせるんじゃなかったと心底後悔する。男が息をつき、すっと指が持ち上げた。自然と指の先を見やった。
 全員の視線が集中した先、タマザラシが「なに?」という顔をしていた。つん、と伸びた影が丸い体をつついた。タマザラシはそのままの表情で、ころりと転がった。つん、つん、とつつかれ、ころころと転がる。つつく指が先々でリレーのように現れる。つん、つん、つん、とん、と、「たま? たまま?」ころころころころ、とタマザラシが、だんだんと速度を増し、坂を転がるボールのように遠ざかっていく。ぽかん、とリク達はそれを眺めていた。
 
「そぅら……追いかけないと、竪穴に落ちるぞ……地下水路に落ちれば……二度と会えまい……」

 地下水路に、落ちれば。

「――タマザラシっ!!」
「ききーっ!」
「リー!!」

 駆けだした。迷ってる暇もなく、どんどん転がり小さくなるタマザラシを追いかける。転がっていく道は、かすかに足下が見える程度に、不自然に明るい。タマザラシを追いかけながら、リーシャンだけが一瞬振り返った。男の姿はすでに闇のとばりに隠れていた。先ほどまでの会話どころか、男がいたことさえも幻だったかのように、しんと静まり返っていた。
 
 
 




「すぐ戻るつもりだったから、迎えに来なくても良かったのに」
「そういうわけにはいきません。決まりですから」
「僕は大丈夫だよ」

 リマルカとソラは並んで元の道を辿っていた。リマルカはソラの予想通り、兆域の最奥にいた。聞くところによると、時間が空いたので見回りを行っていただけらしい。一仕事終えたヒトモシは、リマルカの腕の中でキャラメルを囓っている。

「それより、あの場所はやっぱりかなり古い場所だ。空気が違う」
「中から出てきそうですか」
「しめ縄は張り直したし、誰かがわざと切らない限りは大丈夫。そもそも近寄りがたいし」

 途中で、リマルカがふと言った。「リクくん達はどうしたの?」

「ポケモンセンターに先に行くように伝えました」
「ああそう……それなら早めに戻ってあげた方が良いね。怖いだろう」
「怖い?」

 ソラが眉を潜めた。

「だって一昨日ジョーイさんも避難したし。そりゃまだ機械は使えるように残しておいてくれたけど、二人っきりは怖いんじゃないかな」

 行きがけに見たポケモンセンターは、煌々としていた。その時、「ソラくーん!」と前方からコダチとクロバットが駆けてきた。リマルカが言った。「ほら。やっぱり怖くなってこっちに来たんだよ」「コダチ……?」ソラはコダチを見留めると、そのそばに誰もいないことにも気がついた。ソラとコダチが同時に口を開いた。

「ソラくん! ちゃんと戻ってこれたんだね! 良かった~」
「コダチ! リクはどうした?」
「え?」
「え?」

 パチクリと目を見合わせる。リマルカが「まぁまぁ、君がコダチくんだね。僕はリマルカ。カザアナのジムリーダーだよ、初めまして」と挨拶した。コダチは「こんにちは! 初めまして! ……え? ジムリーダー?」コダチがじっとリマルカを見つめ、戸惑いきった声で言った。

「君がジムリーダー?」
「驚くのも無理ないけど、今は僕だよ」

 ほら、とリマルカはジムリーダー認定証を取り出した。仕舞い込んでいるジムリーダーが多いのだが、きちんと携帯しているところを見るに、こういったやりとりに慣れているらしい。しげしげとそれを眺め、コダチはソラを見た。

「……じゃあジムリーダーさんは、本当にこっちにいたの?」
「コダチちゃん、リクは?」
「あの……え……? だ、だってロトムが言ってたよね、ね、ジョーイさ――」

 コダチは誰もいない場所を振り返り、ぴし、と硬直した。リマルカが呟いた。「ゴースト達にからかわれたかな」

「ひとまず、リク君はどこに? ロトムと一緒?」
「あ、う……あ……」

 ぎぎぎ、と顔を戻したコダチが半泣きで話し出した。ポケモンセンターでのやりとり、ロトムに出会ったこと、ロトムが「ジムリーダーはこっちだ」と言ったので、リクはそれに着いていったこと――リマルカが目を見開いた。

「ジムリーダー? 本当に、ロトムが〝ジムリーダーはこっちだ〟って案内したの?」
「う、うん」
「――みんな!」

 リマルカが声を張った。瞬間、ざわりと空気が変わった。それは兆域と似ているようで、それよりもずっと騒がしい声だ。暗闇の中で蠢き囁き合う声なき声が一斉に返事をした。

「街を封鎖して! 誰も出さないように!! あの人を暗闇ひとつ見落とさないように探すんだ!!」

 ざわざわざわざわと無数の影が蠢く。走る。応え、四方八方へと散っていく。海岸の波が退くように、それは洞窟の壁全てを埋め尽くし這い回る虫の団体のような動きだった。コダチの足下を何者かが駆け抜けていく。ソラの肌が総毛立つ。リマルカはコダチの手を掴み、駆けだした。「コダチくん! ポケモンセンターまで走るよ! ソラくん! リク君にすぐ連絡をとって!」

「なっなっなっなにぃいいいいいい?」

 駆けていく。ソラも走りながら言った。「ロトムが取り憑いたのはヒナタさんのポケナビです」「ええとじゃあヒナタさんのポケナビに連絡して……、その前にリク君が戻ってたらロトムが……」「あの人は発見次第、確保しますか」「そうして!」「えっとリクちゃんがジムリーダーさんに会ってでもリマルカくんはこっちでえええええええ!?」コダチは目をぐるぐるとさせている。流されるように走り出し、リマルカに手を引かれているのか、リマルカの手を引いているのか、もはや分からない様子だった。ポケモンセンターまでたどり着くと、そこには光はなく、誰もいなかった。
 リクもロトムも、誰一人いなかった。

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