HR36:「ついに主人公の登場(短め)です」の巻

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:26分
 キュウコン監督がどのメンバーにもチャンスがあるって言ってくれた。頑張って練習をしていけば僕らにも試合に出られるかも知れないってことだよね。ますます気持ちが燃えてきそうだよ!でもヒート先輩やルーナとの気持ちの溝が埋まってくれなきゃ、モヤモヤするなぁ。


 ランナーが一、三塁の場面。キュウコン監督がノックした打球は強烈なゴロとなり、サードのララがそれをキャッチして二塁へと送球していた。この時点で一塁ランナーはまだ二塁へと到達していない。二塁にベースカバーに入ったリオが無事にキャッチ出来れば、ひとまず一塁ランナーはアウトに出来るが果たして!?


     パシッ!!!!
 「アウト!!!」
 「よしっ!!それっ!!チコっちちゃん!」
 

 見事にセカンドのリオは送球をキャッチ、無事に一塁ランナーをアウトにした。さらにその流れを壊さないようにダブルプレーを完成させるべく、今度は一塁ベースに入っているチコっちへと送球したのである!!


 「任せて、リオ!!!」


 チコっちは前右脚にはめた鮮やかな新緑を彷彿とさせるファーストミットを目一杯二塁方向へと向けた。基本的にファーストはピッチャーが投球を始めたら、他の内野手からの送球に備えて一塁ベースに入っているため、この場面準備は万全だった。あとはリオからの送球を無事にキャッチするだけ。これまでミスもあったこともあり、彼女はより一層集中力を高めていた。果たしてその結果は…………?


    バシッッッ!!
 「アウト!!」
 「よしっ!!」
 「やったぁ!!」
 「やりましたね!!」
 「三人とも凄いよ!」


 アウト。その判定がくだされ、ランナー役となっている監督の“みがわり”は二体とも姿を消した。と、同時にチコっちとリオが嬉しさでお互いにガッツポーズをとる。ララは笑顔でそれを見守り、ピカっちは手を叩いて賞賛をしていた。ギクシャクしていたさっきまでの重苦しい雰囲気はそこにはない。全員楽しそうである。キュウコン監督も「よくやったぞ。この調子で練習を重ねてレギュラー目指してくれ」と、褒めちぎっている。そんなやり取りを悔しそうにじっと見つめている先輩たちの姿が、なんだか僕には印象的だった。


 しかしながら、野球はグラウンドにいる9匹の選手たち全員の力が無ければ成り立たないスポーツ。もちろん今回のプレーだってサポートが数多く存在した。


 まずピッチャーのヒート先輩。彼はリオからの一塁送球エラーなどに備えてベースカバーへと向かった。さすがに監督にチクリと指摘を受けたことを気にしているのか、それとも単にいい加減なプレーをしてこれ以上のストレスを抱え込まない為なのか…………。全く理由はわからないけれど、それまでとは180度の方向転換をして懸命にサポート役に徹していた。多分、これが本来彼の持っている実力なのだろう。


 「ヒート先輩?ありがとう…………」


 実はダブルプレーの完成後、チコっちはヒート先輩にお礼を告げていた。しかし彼はそれに見向くことなく沈黙のままマウンドへと戻ってしまったため、チコっちがプクーっと顔があかくなるくらい大きく両頬を膨らませることになった。きっと彼女のことだから「まあ!!可愛いレディーに向かって失礼ね!」って、ご機嫌斜めになったのは容易に想像出来た。


 そんなヒート先輩とバッテリーを組んでいるキャッチャーのラプ先輩はというと、そこは「グラウンドの司令塔」という役目だ。ボールをキャッチしたララに向かって、大きなジェスチャーも交えながら二塁送球を指示していたのである。


 それからピカっちも懸命に頑張っていた。ショートである彼女は、まずはララと共にゴロをキャッチしに向かった。でもララが「オーライ!!」と積極的に掛け声をしてボールをキャッチしたことで、そのまま三塁ベースカバーへと入ったのである。同じ初心者ではあるが、マネージャーの姉がいることである程度の知識があって、しかも活発な性格の持ち主であるブイブイ先輩の後押しもあったのも良かったのだろう。一連のプレーが終わって、「な、オレが言った通りだろ?」と、自慢気にウインクしながら話しかけてくるその頼もしい姿に、ピカっちも嬉しそうに笑顔を見せていることが僕には正直面白くなかった。早く練習が終われば良いのにな…………。

 
 ……………外野手はどうだろうか。基本的に打球が外野まで来ないと考えられる場合、外野手は内野手のカバーリングが主な役割となっている。


 まずレフトのラージキャプテン。彼はサードもショートもキャッチ出来なかったことを想定して、彼女たちのカバーリングをしていた。そこから無事にララがキャッチしたことや、ピカっちが三塁ベースカバーに入ったことを確認すると、そのカバーリングに向かったのである。


 続いてセンターのジュジュ先輩。彼はララからの二塁送球のカバーリングに備えていた。もちろん今回はリオが無事にキャッチできたので、事なきを得たわけだが。


 最後にライトのラッシー先輩。彼はリオからの一塁送球のカバーリングに備えていた。つまり、ヒート先輩と同じ役目ということになる。今回はチコっちが無事にキャッチ出来たので、ここでも事なきを得た。


 これまでの守備練習の様子を読んで頂くと、ひとつのシーンだけでも各ポジションそれぞれ大切な役目があることがよくわかって頂けたかと思う。特に二つ、三つのポジションが動くようなプレーはお互いに連携が上手くいかないと、思わぬエラーになったり、或いは選手同士がぶつかって怪我になってしまう恐れもあるのだ。だからこそこのように日頃から練習を重ねてイメージを固めていくことで、いざ試合になったときに慌てることを防ぐ必要性があるのだと言う。








 何はともあれ、これでランナーは三塁に残るのみになった。もちろん飛んでくる打球によっては三塁ランナーがホームへ突入という可能性も存在するため、練習とは言えども油断は出来ない。


 「よーし!!新入部員に負けないようにボクもがんばるよ~!!!」


 ララと交代した背番号「3」のチック先輩のテンションが高まっていた。その場でニコニコしながらぴょんぴょん跳ねたり、くるっと一回転していることからでもよく伝わってきた。


 「楽しそうですね、チック先輩」
 「うん!ボク、野球が好きだからさ~!」
 「そうなんですね。私もそうなれるといいな……………」
 「大丈夫♪最初に嬉しかったことをずっと覚えていれば、きっと好きになれるよ♪」


 ピカっちの言葉にニコニコと返事するチック先輩。彼女は最初は羨望と不安が混ざった寂しげな表情だったが、チック先輩の言葉に励まされたのか、自然と満面の温かい笑顔が戻ってきた。ここまでの重苦しく嫌な雰囲気が一瞬だけ平和的な感じになった。


 (そうだよね………もっと野球を好きになって楽しめるようになろう。そうすればきっと“彼”の力になれるかも知れないから………。自分との約束)


 チック先輩のアドバイスでピカっちの気持ちも固まっていく。大好きな“彼”のそばにいられるのであれば、どんな役目でも担う覚悟だった。そのことを忘れないようにするためか、彼女はチラチラと“彼”の姿を視界に入れるようにしていた。


 (いつからこんなにカゲっちくんのこと、頭の中から離れなくなっちゃったのかな…………?小さいときはドキドキすることなんてなかったのに…………。やっぱり…………好きになっちゃったのかな、カゲっちくんのこと。少しでも離れちゃうと凄く寂しいな…………)


 あの暗くなった道の中で芽生えてきた恋心を伝えたつもりだった。だけどきっと“彼”には伝わっていないかもしれない。いや、恐らく伝わっていないだろう。“彼”は今朝も寝坊してしまったし、それまでと同じように何となく頼りない。それでも自分の気持ちを言葉に出来ただけ良かったのだ。自分にこれから出来ることは、しっかりと“彼”を支えること。


 いつの日がちゃんと本当に自分の気持ちが伝わるように………。


 (それに………私が野球の練習をめげずに、むしろ楽しくこなしていけば………きっとカゲっちくんも楽しめるよね、野球のこと。そんなカゲっちくんの姿が見たい。頑張っていることは伝わるし、苦しんでいる姿は見たくないから…………)


 彼女は忘れてはいない。かつて“彼”が笑顔に溢れていて、自分や周りのことを誰よりもしっかりと考えていて…………誰よりも負けず嫌いで強かったことを。


 それがたった一度の事件で何もかも変わってしまった。そのとき自分には出来なかったことが山ほどある。勿論出来たこともあるので自分の全てを否定する…………ってことは無いけれど、ピカっちには“彼”のことを支えきれなかったという気持ちがずっと残っていた。なぜなら…………、
 


 (“彼”は一緒に頑張ろうって笑顔で約束してくれた。独りぼっちじゃないことも教えてくれた。それなのに私は“あのとき”、ちゃんと“彼”を励ますことも出来なかった。だから…………私も強くなれるように頑張らなくちゃ。)


 彼女には頑張りたい理由がある。まだ自分の恋心が届かない“彼”と一緒に頑張って、弱っているときや悩んでるときにそばで支えられるように…………強くなりたいという理由が。
 そうしてしっかりと気持ちを入れ替えて、次なる練習に備えていた。


 「次、行くぞ!!!」
 「こーーい!!」


 そうこうしているうちに、キュウコン監督から次の打球が放たれた!!その瞬間、みんなそれぞれ自分がやるべき役目をこなしていく。新入部員たちは、自分のポジションを確保するため。先輩たち………………特にレギュラーとして活躍していたメンバーは、そのポジションを奪われないために。それぞれみんな必死になって………。だが、それも一瞬で終わる。


 「今度こそ、僕の打球だああああああ!!」


 なぜならば今回の打球は鋭いセカンドライナー(二直)で終わったからだ。それも運が良かったのか、ほぼリオの真っ正面。彼女はありったけの闘志を燃やして茶色いグローブでしっかりとキャッチをしたのである。バシッという強烈な音が響いた後、グラウンドは静寂に包まれる。この間三塁ランナーは文字通り釘付け状態。むしろノーバウンド………つまり一度も地面に弾むことなく野手がキャッチした場合は、元々自分がいた塁へと戻るというルール、……………「リタッチの義務」があるため、みがわりは急いで三塁ベースへと戻っていくのであった。


 作者さんが言うにはこのリタッチの義務を含め、走塁に関しての解説はこのあとの物語でも行う予定なので、そのときにしっかりとイメージして頂ければ幸いである。


 「アウトーーーー!!」


 何はともあれ、無事にボールをキャッチできたリオはここで一旦僕と交代という形になる。…………そう、いよいよ僕にも出番が来たのである。


 「カゲっちくん、頑張ってね!初めてだから緊張して思うように体が動かないかも知れないけど、思いきって行くんだよ!!」
 「う、うん!ありがとう………リオ」


 リオからエールにも似たアドバイスを送ってもらった僕だったが、それだけでは不安と緊張が拭えるはずもなかった。とはいえせっかく気遣ってくれたリオのことを考えたら、例え苦笑いだったとしてもその内側の気持ちを隠した方が賢明に思えた。昨日のヒート先輩との野球での対戦での失敗を無駄にしないためにも………。





 練習はランナーが三塁の場面から変わらず再開される。ホームインさせないためにはミスは許されない場面。そのため一旦キャッチャーのラプ先輩が内野陣に向けて「前進守備」を敷くように指示をする。


 「前進守備」というのは1点も失点を許したくないときの守備位置のことで、先程のダブルプレーを狙うために敷いた「中間守備」よりも更に野手がホームベース方向に出てくることから、この名前がついている。詳しくシャズ先輩から説明があったのだが、この守備位置になると、必然的に後ろががら空き状態にもなるので、安打の範囲も広がってしまう。試合の勝敗が決まってしまう場面など、余程の場面で無ければ使うことは少ないだろう。それに万が一ミスをしようならば、この守備位置にしたことが無意味になってしまう。それくらいシビアな行動なのだ。


 (ふぇ~。いきなりこんなプレッシャーのかかる場面なの~…………。上手くこなせるか不安だよ…………)


 僕は思わず自分の背番号“4”が刻まれた帽子を取って、そこに息を吹き掛ける。緊張している姿を見せたくなかったから。昨日だって足を引っ張っている以上、下手なことは許されないのだから。


 周りは…………ピカっちは…………きっと大丈夫って言うんだろうけど、これは僕自身の心の問題だから。きっと誰にもわからないと思うし、誰にも見せたくない問題だ。


 「さぁ、頑張るぞ…………!」


 不安な気持ちを押し殺すようにメラメラと気持ちを燃やしていく僕。途端にしっぽの炎が大きくなったのはその為だった。きっと背後にいたリオも驚いたことだろう。僕だってほのおタイプだ。ヒート先輩や、ラッシー先輩、ルーナ、ラビー先輩に比べたら全然劣っているだろうけど、気持ちが熱さでは負けられない。しっかりと腰を落としてから一言、グラウンド中に轟くように目一杯叫んだのである!


 「さぁ、来い!!!」


 キュウコン監督が空高くボールを放り投げる。そして落下してきたそのボールを手にしているバットで叩いた!!!


    カーーーーーン!!!!
 「!!!セカンド!!」
 「!!?」


 次の瞬間、ラプ先輩からの指示が飛んできた。セカンド…………つまり僕にキャッチせよということである。打球は地面との摩擦で今にも火球になりそうなほど、鋭く転がっている。幸いにも地面を弾むバウンドとは違って不規則な動きをしている訳じゃないので、打球の鋭さに怖がらず落ち着いて体の正面でキャッチすればどうにかなる…………ハズだった。



 「くっ!!間に合わない!ちきしょう!!」


 打球は僕の守っていた場所よりだいぶ二塁ベースよりに転がっていただけでなく、その速さもただ追いかけていくだけでは到底追い付けるような状況ではなかった。それでも何とかしてでも打球を抜かせる訳にはいかない!…………そこで僕は目一杯ボールへと赤いグローブをはめた左手を伸ばし、更には打球へと思いきって飛び付いたのである!!!


 「たああああああああ!!!」


 僕の体の周りに土煙が立った。ザザーッと言う音とともに。果たしてボールはキャッチすることが出来たのだろうか。僕は顔を上げてグローブを見てみる…………が、


 「な…………無い…………」


 健闘虚しくボールをそのグローブの中に入れることは出来なかった。ということは打球はそのまま緑の芝生が広がる外野へと抜けていったということになる。三塁ランナーはもちろんホームイン。ノックを開始して12球目で初めて僕たちは「失点」を喫したことを意味していた。


 「カゲっち!!何そのまま寝転がっているんだよ!!プレーは続いているんだぞ!?早くライトからの送球に備えろ!」
 (!?そうだ!!こうしちゃいられない!)


 ベンチからマーポの声が聞こえ、僕はハッとした。新たに生まれたキュウコン監督の“みがわり”は既に一塁ベースを蹴り、二塁ベースへと向かっている!慌てて土にまみれた体を起こして外野手からボールを受け取り、僕はベースカバーに入った内野手へと送球する「中継」と呼ばれるプレーへと突入する。これが遅れれば遅れるほど1本のヒットであっという間に二塁や三塁、あるいはホームベースまで狙われてしまう。だからこそいくら自分がキャッチ出来なかったとしても、そこで一喜一憂している場合では無いのである。


 しかし、そこは経験者で固められている外野陣だ。僕がキャッチできず、更にはプレーが遅れていることに気付いたライトのラッシー先輩。彼は僕が中継プレーの準備が完了する前に、躊躇することなく二塁へと送球したのである!


 「いっけええぇぇぇ!!」
 「キャッ!!」


 二塁ベースカバーにはピカっちがいた。このタイミングであれば“みがわり”が二塁ベースに到達する前にピカっちがボールをキャッチし、そのまま流れるようにタッチアウト(この場面ではすぐ後ろに別のランナーがいないので、ベースに入るだけではアウトに出来ない)できた。しかし、ここでまた経験値の差がミスを生んでしまう。あまりにも鋭い送球がやって来た彼女は驚いてしまい、思わずボールから避けてしまったのだ。これにはラッシー先輩も落胆を口にしてしまう。


 「なんだよ~!せっかく最高の送球をしたのに!ちゃんとやってくれよ!!」
 「ご、ごめんなさい!!」
 

 ピカっちがひたすら平謝りをする。最終的に三塁ベースに入っていたチック先輩が一旦そこから離れてキャッチした訳だが、結局このエラーも重なって“みがわり”は一気に二塁へと到達してしまったのである。


 「クッソ。足手まといになってるだけじゃねぇかよ。調子乗りやがって………」


 再びマウンド上で苛つきを露にするヒート先輩。打球に追い付けずヒットにされて失点したことは仕方ないにしても、その先のプレーで今のようなつまらないエラーをすることが一番宜しくないことは、僕たち新入部員もこの練習開始前にラプ先輩から伝えられていた。もちろんピカっちも例外ではない。それだけに彼の苛つきも理解できた。


 「……………タイム!!」
 「タイム!!」


 そんなときである。サードのチック先輩が一旦間を作ったのは。内野陣は動揺を感じたが、そんなことなどお構い無しに彼はニコニコしながらマウンドに近づき、次いでラプ先輩、彼女から呼ばれて僕、チコっち、そしてピカっちが同じ場所に集まったのである。


 「何なの?急に。タイムなんかかけたりして」
 「別に大したことじゃないよ♪ただひとつひとつのプレーに一生懸命になりすぎて、みんな結果に神経質になってないかなぁって思ったんだ」
 「あったり前だろう!!練習からしっかり出来ないヤツが試合でちゃんとしたプレーを出来ると思うのか!?」
 「ヒート!!落ち着きなさい!!」
 「うるせぇ!!」


 三匹の先輩たちが言葉を交わす。しかしその雰囲気はとても同じチームメイト同士って感じとは程遠い。特に価値観が違うのであろうチック先輩と今にも揉め合いになりそうだと思ったラプ先輩が、ヒート先輩のことを慌てて止めに入っていく。そんなやり取りを見届けていた僕たち新入部員はどこか気不味い空気に包まれていた。いや、彼の怒鳴り声が聞こえる度に体が強ばっているのを嫌でも感じていた。


 「ヒートの言っていることはごもっともだと思うよ。でもさ、ミスをしているのはまだまだ経験不足な新入部員たちばかりなんだよ?だったら仕方ない部分もあるよ。今は野球を好きになって貰えるように努力していく方が先だと思うよ?」
 「そうよ。せっかくあれだけ楽しんでくれているときもあるんだから。監督だって褒めていたじゃない。大会まではまだ2か月あるんだから焦っちゃダメよ」
 「フン!!だったら好きにしろ!」
 「ヒート!!」
 「ヒートさん!」


 チック先輩やラプ先輩が意見してくることが面白くなかったのだろうか。ヒート先輩は開き直ったかのように最後まで話を聞くことなくその場を去り、おもむろにブルペンに向かった。恐らく独自に投球練習をしようと言うのだろう。当然ながらシャズ先輩が慌てて制止しようとしている。けれどもキュウコン監督は何も言わない。その際キャッチャーとして、ラプ先輩が彼と一緒に行動することになってしまった。


 つまり、ここでバッテリーごと交代になってしまったのである。代役としてピッチャーにはランラン先輩が、キャッチャーにはマーポが慌ただしくベンチを飛び出し、それぞれのポジションへと向かったのである。


 (それにしても…………なんで監督は何も言わないんだろう。あんなにヒート先輩が勝手に行動して、みんなに迷惑をかけているのに………)


 僕はキュウコン監督の行動がどうも納得出来ずにいた。そして「この野球部を本気で存続させたいと思っているのだろうか」と、疑いの気持ちが出てきてしまったのである。







 一気にまた重い空気になってしまったけれど、練習はまだまだ続く。ランナーは二塁。下手にミスをしてしまうと、あっという間にホームインされてしまうだろう。僕は完全に立ち直りが出来ていないピカっちのことが心配だった。


 (失敗したなぁ。さっきマウンドに集まったときにピカっちに声を掛けておけば良かったなぁ。僕だってきっとミスはするだろうから大丈夫だってね。少しでも不安感を無くせるように行動すれば良かったよ)


 励ましにもならないかもしれない。だって勝手に僕が思っていることだから。そうやって誰しもが完璧では無いんだって思うことが出来たら、きっと………もっと、気持ちを楽に出来るんじゃないのかなって。そうやってどうしても声をかけたかったんだ。だってそのあと落ち込みながらポジションに戻った彼女がブイブイ先輩と話しかけられて、立ち直った姿が気になって仕方がなかったから。


 (でも、気にしたところで仕方がないな。そんなことより今は自分のことが出来るように集中しなきゃ…………。このまま新入部員が邪魔扱いされるのもシャクにさわるからな~)


 僕は地面を蹴る。本当なら素足でこの場所に立つことはダメなんだけど、そこは1日でも早く野球の世界に馴染むためにこの雰囲気を味わって欲しいって意味なんだろうけど。


 (まあ別に靴を履くって習慣が無いからなぁ。出来ることならこのままで野球を続けたいけれど……………多分許されないんだろうな)


 その場でぶつぶつ呟いたり溜め息をついたりする僕。何となく気分が上がらないのはいつものこと。ピカっちとのこともそうだけど、もっと何だか自分を信じて行動していきたいよなぁ。でないといずれ後悔することになりそうなんだよな。


 「おい!!何ボケッと立ってるんだよ!!」
 「カゲっちくん、危ないよ!!」
 「へ!?うわっっっ!!」


 いつの間にか打球が放たれていたようだ。マーポの叫び声やピカっちの悲鳴なんかでハッと気づいたときには既に遅し。なんと緩いフライだったその打球は、ゴツンと鈍い音を立ててそのままボクの頭に直撃してしまったのである!


 ……………僕はなすすべなくその場に倒れてしまった。慌ててグラウンドにいたメンバー全員が背番号“4”が崩れた場所へと集結する。監督やシャズ先輩も含めて。


 「大丈夫かよ…………」
 「とりあえず保健室に運ぼうか。頭に当たっているし」
 「そうですね!じゃあキャプテンの俺が急いで………「バカ言うんじゃないの!!」」


 キュウコン監督の指示に自分の使命感が燃えたのか、ラージキャプテンが気絶している僕のことを運ぼうとしたが、ラプ先輩のツッコミによりあえなく止められてしまう。そりゃそうだ。頭をぶつけているんだから。周りのメンバー………特に1年生メンバーがまるでコントみたいなやり取りに苦笑いをしている。


 「はぁ~………仕方がないわね。私が運ぶわ。誰か背中にカゲっちくんを乗せて貰えないかしら?」
 「それなら私が。“つるのムチ”を使えば大丈夫だと思うので」
 「僕も手伝いますよ。チコっちさんと同じように“つるのムチ”を使えるし。バランスも取れるでしょう?」
 「ありがとう、二人とも」


 ラプ先輩の言葉にチコっちとロビーの二人のくさタイプのポケモンが反応する。そうして僕のしっぽの炎で火傷しないように気を付けながら、体をツルで巻き付けてしっかり支えながらまるでクレーンのようにゆっくりとラプ先輩の背中に乗せたのである。


 「それじゃ行ってきますね、監督」
 「済まない。頼んだぞ」


 キュウコン監督の言葉に頷き、ラプ先輩がその場から離れようとする。そのときだった。ピカっちが何だか泣きそうな表情をして、一歩踏み出して気持ちを叫んだのは。


 「あの……………すみません!!私も一緒について行かせてください!!」
 「え?」


 きっと想いを寄せている彼が思わぬピンチに見舞われて、一番そばで支えたいという気持ちでいっぱいになってしまってるのだろう。ラプ先輩がそんな彼女の方を不思議そうに振り返ったのは言うまでもない。でもすぐに理解したようで、ピカっちの同行を認めた。


 「私も行かせてください!」
 「僕もついていきます!」
 「俺も行かせろ!」


 それを口火にしてララ、ロビー………それからマーポも同行を志願した。これにはさすがのラプ先輩も多少動揺していたが、そんなみんなの気持ちも汲み取って同じように頷いたのである。


 「みんな…………ありがとう」


 ピカっちは涙ぐみながら感謝の気持ちを呟いた。まだ一緒に過ごした時間が少ないのに、ここまで心配してくれる仲間がいることに驚きと嬉しさを感じていた。


 「それじゃあ行きましょう」というラプ先輩の声で、ピカっちたちも保健室へと向かった。時刻はまだ午後4時前。空はまだ夕焼け空に変わる様子には見られない。


 思わぬトラブルで中断した野球部の練習はこのあとどうなるのだろうか。次回もまだまだ続く。








 







 




 



 









 


 


 


 


 






 




 




 




 
 次回は5月8日(土)となります。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想