第33話 勘違い野郎

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「で、何者なんだよあいつは?」
「僕が知るわけないでしょ~。ミュウなんか話でしか聞いたことなかったもん」

 へとへとの体を動かしながら、ヒトカゲ達はアイストを後にした。当然ながら会話の話題はミュウの事でもちきりだ。もちきりといっても、結局行き着く先は「何者なんだろう」ということだけである。

「ねぇ、どう思う?」
「……あちこち痛くてそれどころじゃないわ」

 ヒトカゲはアーマルドに問いかけてみたが、ルカリオの財布を勝手に使った罰として半殺しにあった彼は考える余裕がなく、全身の痛みに耐えるだけで精一杯だった。

「かわいそう。大丈夫? 歩ける?」
「平気だよこれくらい、みんなのためを思えば何ともないさ」

 2人はルカリオをジト目で見ながらわざとプチ芝居をする。そんなことをされていい気分になる人はいないだろう。もちろんルカリオも例外ではない。

「あのなぁ、かくれんぼサボるのはまだいい。だけどな、サイクスがいない今、お前いくら使ったんだよ!? これじゃ2日ももたねーぞ! わかってんのか!?」

 ルカリオがカバンから財布を取り出し、中身を見せつけながら声を荒げる。財布の中では数枚のコインがチャリンと虚しく音を立てるのみ。輝かしい紙幣などそこにはない。

「だ、だって、みんなの金……」
「俺の金だっつーの! 金持ってないお前らに貸してるだけだっての!」

 久々にキレるルカリオ。そのやりとりにヒトカゲはおもわず笑ってしまうが、物凄い目つきでルカリオに睨まれたため、黙るしかなかった。

「さぁて、どうしてくれるか……反省してねぇならまたボコるか?」

 右手をグーにしてルカリオは構える。こうなったら彼を止められるものは今のところいない。アーマルドも目を瞑ってボコられるのを覚悟していた、その時だ。


「待て! やめるんだそこの青いの!」


 どこからともなく聞こえてきた威勢のいい声。何事かとヒトカゲ達は辺りを見回すと、さほど遠くないところにある木の上に何者かがいた。しかし逆光のせいで影しか見ることができない。木の枝に立ち尽くす誰かに向かって、「青いの」と呼ばれたルカリオが叫ぶ。

「誰だ、お前!?」

 いかにも悪役らしい台詞になってしまったが、本人は気にしていない。何者かはルカリオをビシッと指差しながら、こちらは正義のヒーロー役の台詞を言う。

「悪逆非道、傍若無人な若者よ、今すぐ降伏するのだ! さもなくば、正義の名の下に、この俺様が裁きの鉄槌を下すぞ!」

 自分の事を“俺様”と言っている時点で、脅威を感じなくなった3人。むしろこの誰かをただの変人かと思うようになってしまった。

「とうっ!」

 そのポケモンは木の枝からジャンプし、空中で回転する。そしてそのまま地面に着地……できず、頭から固い土の上に突っ込んでしまった。
 頭が地面に刺さった状態で、そのポケモンは必死にもがく。ヒトカゲ達は助けようともせず、ただ成り行きを見ているだけだった。
 しばらくして自力で土から脱出(?)に成功したそのポケモンは、再び構えた。

「このバシャーモ様を相手に無傷とは……お前、只者ではないな?」
(お前が何者だって話だよ……)

 ヒトカゲ達の目の前に現れたのは、頭にV字型の鶏冠(とさか)を持つ、鳥人間とも言うべき姿をしているポケモン――バシャーモ。見た目はカッコいいが、言動はどこかおかしいというのが3人の抱いた印象だ。

「まぁいい。とにかく! 俺様は正義を貫くヒーロー、悪事は絶対に赦さん!」

 自称・正義のヒーローのバシャーモはとにかくルカリオを懲らしめたいようだ。ここまでくるとさすがのルカリオも頭が痛くなってくる。

「はぁ、“はどうだん”」

 頭を抱えながら片手で“はどうだん”を放つ。自分の決めポーズに少し惚れていたバシャーモが気づいた時には、すでにエネルギー弾は目の前まで来ていた。

「ギョッ!?」

 バシャーモは奇声を発して“はどうだん”をもろにくらってしまい、そのまま後方に吹っ飛ばされてしまった。正義のヒーロー、敗れたり。

「もうめんどくせぇ。先に行こうぜ」
『そうしよう』

 世の中にはこういうポケモンもいるものなんだ、勉強になったと心の中で自身に言い聞かせながら、3人は次の街へ向けて歩き出そうとした。
 だが、物凄い速さでバシャーモが走って彼らの前に立ちはだかり、懲りていない様子で行く手を阻んだ。ヒトカゲは驚いて尻餅をついてしまう。

「待たないか! 不意打ちとは卑怯な真似を……お前はどこまで犯罪を繰り返せば気が済むのだ!」
「はいはい、もうしませんからさようなら」

 ヒトカゲ一行はバシャーモに目線を合わせることなく彼の横を通り過ぎようとした。頼むからもう関わらないでくれ、というのがルカリオの本音だ。

「だから待て! 俺様を相手にして背を向けるとは言語道断! やはりここで成敗……」

 いい加減腹が立ってきたのか、3人はバシャーモの方を振り返る。当の本人は「やる気になったか」と思っているようだが、それは全く違った。

「“はどうだん”!」
「“かえんほうしゃ”!」
「“ロックブラスト”!」

 バシャーモに向かっていったのは、3人による一斉攻撃。誰かが攻撃してきたら自慢の“ブレイズキック”をお見舞いしようと考えていた彼は、顔面蒼白になる。

「ちょっ、待っ……」

 慌てて回避しようとするも、時すでに遅し。全部の技を正面からくらったバシャーモは先程よりも高く宙に吹っ飛び、力なく地面へと落下して行った。
 さすがにやり過ぎたと感じた3人は彼の事が心配になったのか、彼の元へと駆け寄った。一応生きてはいるようで、ほっと胸を撫で下ろす。
 それがわかると、ヒトカゲ一行はバシャーモを放置したまま歩き始める。しかしながら彼はしぶとく、目の前から遠ざかっていくヒトカゲ達に倒れたまま声をかける。

「ま、待ってくれ……」

 またかよと言わんばかりの目つきで振り返ったのはルカリオだ。これ以上何かしてくるつもりなら詠唱つき“はどうだん”をぶちかますつもりだったが、バシャーモの発言によりその考えを撤回した。


「……み、道を、教えてくれ……」


 彼はいわゆる“迷子”だったのだ。辺りをさまよって、木の上から何か見えないか探していたところ、ヒトカゲ達のやりとりが見えたからああなったと本人は言う。

「だったら最初から素直に言えっつーの」

 困ったポケモンを助けないのは探険家として失格。父親からしつこく言われた言葉を肝に銘じているルカリオは優しくバシャーモを起こし、少々乱暴にではあるものの、彼を担いで行動を共にする。



「そうか、お前らにはそんな事情があったのか」

 次の街へと向かう道中、バシャーモはヒトカゲ達の旅の目的を知った。特にヒトカゲについてかなり興味があるのか、まじまじと彼の顔を見ていた。

「ホウオウにディアルガか……俺様も話でしか聞いたことがないな。会えるなら是非会ってみたいものだ」
(こいつ、普段から自分の事“俺様”って言ってるのか?)

 ふとアーマルドがそう思う。しかしいつか聞いているうちに気にしなくなるだろうと思い込み、深く考えるのをやめた。旅をしている間にそういう考え方ができるようになったらしい。

「ところで、バシャーモって何してるの?」

 ヒトカゲもバシャーモについて知りたくなったのか、職業について尋ねる。それにバシャーモが応えようとした時、少し様子が変わり、戸惑ったような顔つきになる。

「俺様は……せ、正義のヒーローだ」
「だからそれはわかったって。僕が聞いてるのは職業だよ」

 冗談だと思うヒトカゲだったが、その後何回聞いてもバシャーモは「正義のヒーロー」としか答えなかった。頭がおかしいポケモンでなければ、嘘をついているようにしか思えない。

「ひょっとして、何か言えないことでもあるの?」
「お、俺様に限ってそんなことあるわけないだろう。とにかく、俺様は本当に正義のヒーローだ」

 意地でもそう言い張るバシャーモは気まずくなったのか、それ以上追求されないようにと話題を変えた。

「ところでお前達、俺様と特訓しないか?」
『特訓?』

 どういうわけか、いきなり特訓をしようと提案されたヒトカゲ達。何が目的なのかがわからず返事に困ってしまう。

「敵とバトルになった時に、穴があってはやられるだけだ。今のうちにしっかり強くなっておけばいいだろうと思ったのだ。どうだ、俺様と一緒にやらないか?」

 確かに、と頷く3人。だがこれはバシャーモの実力にもよる話だ。先程のやりとりだけ見ると、ただのヒーロー気取りのお遊びレベルである。そんな奴と一緒にして果たして自分達が強くなるのかと思うと、首を縦に振れないでいる。

「言っておくが、本当の俺様はさっきのようなヘタレではないぞ。それなりの知識もある。騙されたと思ってやってみるといい」

 そこまで言われると、断る理由もない。ガバイトの動きが気になるところだが、サイクスがカードを使い物にならなくしてくれたことで少しは余裕があるため、ヒトカゲはその申し入れを受けた。

「じゃあ、せっかくだからやるよ。いいよね?」
「しゃあないな。付き合ってやるか」
「俺、できるかな……でもやってみる」

 3人が特訓することを決めたのを確認すると、右手で拳を作って胸へ当て、バシャーモは任せろと自信たっぷりに言う。

「決まりだな。そうしたら、少し休憩してから始めるぞ。俺様の体力が……」

 3人同時攻撃のダメージは想像以上だったようで、バシャーモの体力はまだ回復してなかった。

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