第33話:“きのみの森”にて――その3

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 突然の先制攻撃を受けて直立不動のセナ。彼の思考回路がめちゃくちゃな中、ポプリは丁寧に言葉を紡いだ。

「あっ……ごめんね、いきなり。セナくんがあたしをどう思っていてもいいんだ。ただ、あたしの気持ちを知ってほしかっただけなの」

 ようやくポプリは、セナの身体から離れて向き合う。セナは顔を真っ赤にして目を潤ませて挙動不審。恥ずかしさでいっぱいいっぱいの様子であった。

「ふふっ。照れてるセナくんも可愛い。かっこよくホノオくんを信じて、毎日精一杯戦って。かと思えば、ちょっぴり子供っぽくて可愛くて。それなのに、もっと褒めてあげたくなっちゃうくらい、自分に自信がなくて。ふふ。もっともっと、セナくんのことを知りたくなっちゃった」

 ――好き。曖昧で、広い意味合いの言葉が、果たしてポプリにとってどのような意味合いなのだろうか。それを確かめたくても、セナは恥ずかしくて、ポプリの顔を直視できない。そんなセナに助け舟を出すような、さらに追い詰めるような。絶妙なタイミングで、ポプリは言葉を足す。

「あっ、あのね。あたし、セナくんのこと、もちろん友達としても大好きだよ。でも……それだけじゃないの。それ以上なの。セナくんと一緒に居ると、すごく幸せで、どきどきするの。そういう、“好き”、なの……」

 愛の告白。そんな類の言葉など、自分なんかには当分縁のないものだと思っていた。そんなセナに、偽りのないポプリの心が手渡される。が、実感は湧かない。夢を見ているのかと思ってしまう。
 セナがいつまでもだんまりなので、ポプリも焦って気を回し始める。

「あっ、ごめんね、セナくん! いきなりこんなことを言われても、困っちゃうよね! ご、ごめんね。あたしたちの旅って、安全なものではないでしょ? だから、伝えたいことをしっかり伝えておかないと、後悔するかもって……そう思っちゃっただけなんだ。伝えたいって、あたしのわがままなの」

 正直な気持ちを伝え尽くすと、ポプリもとうとう顔を真っ赤にする。セナの視界にも、その様子はしっかりと捉えられた。――どうやら、本当に本当らしい。恋とか愛とか、そういう類の“好き”という気持ちを、ポプリはオイラに向けているのだ。オイラなんかに。
 どう返事をしようものか、セナはのぼせた頭で混乱してしまう。ただ……。ポプリと同じニュアンスの“好き”を伝える勇気は、セナにはどうしても湧かなかった。今、どきどきしている。嬉しい。照れている。しかし、それイコール“好き”なのか。恋なのか。愛なのか。――いくら考えても、その判断ができなかったのだ。
 リンドの実にそっと触れる。ひんやりと気持ち良い手触りが、少しだけセナの火照りを冷ましてくれた。――そうだ。このリンドの実は、ポプリが“仲間”として、オイラにくれたものなのだ。今はまだ、その気持ちを大切にすることで、オイラはきっと、精いっぱいなのだ。自分のことすら好きになれていないオイラに、誰かの愛を受け止める余裕など――。
 そんな結論に心が落ち着くと、セナは少しずつ冷静な気持ちを取り戻した。これ以上の沈黙は、気まずさを増すだけだ。未完成な言葉と気持ちを、手さぐりで発進させる。

「あの、さ。ポプリ。オイラ、お前のこと……友達として、仲間として、好き、だよ。でも、その……恋とか、“好き”とか……オイラには、まだちょっと難しいというか……」

 ここまで言葉を紡ぐと、完全なパニック状態から脱することができた。セナはようやく、場に出して不自然でない程度の苦笑いを浮かべる余裕ができたのだ。

「えと……ごめんな。オイラまだ、お前の“好き”に応えられるほど、大人じゃないみたい……」

 本心かどうかもまだ判断のついていない結論を、セナはポプリに伝えた。仲間や友達として、ポプリを肯定した。それでも、ポプリの“好き”という気持ちを、受け止め切れなかった。――オイラなんかに、そんな贅沢な拒否権などないのに。そんな罪悪感が、胸の奥から湧き上がって苦しい。
 そんなセナの罪悪感に配慮するように、ポプリは爽やかに返答した。

「えへへ、安心したよ。あたしに気を遣って、無理して“好き”って言われちゃったら、どうしようかと思っちゃった」

 自分が選び損ねたもう一つの選択肢も見透かしていたポプリに、セナはたじたじ。

「ご、ごめんな……」
「そんなに申し訳なさそうな顔をしないで。本当に、あたしはただ、自分の気持ちを伝えたかっただけ。友達として、仲間として、好きって言ってもらえただけでも……充分すぎるくらい、嬉しいんだから」
「でも……ごめん。せっかくオイラなんかに、そんな綺麗な気持ちを向けてくれたのに……」

 何度も何度も謝り、頭を下げ、身体を丸めて小さくなっている。セナがすっかり恐縮してしまい、ポプリも少々の罪悪感を持ってしまった。――自分のことがどうやら好きになれないセナにとって、もしかして、“好き”という気持ちは壮大な重荷だったのかもしれない。ただ……その罪悪感を表に出すことは、セナを追い詰めてしまうだろう。ポプリは努めて明るく振る舞う。

「もうっ。そんなに落ち込まれちゃったら、無理やりにでも笑顔を見たくなっちゃうんだけどな~」
「そっ、それはやめて! 元気出す、元気出すからっ!」

 ポプリが首元のツルを伸ばし、くすぐる真似をする。セナはびくりと怯えるように背筋を伸ばし、焦って大きな声を出す。大きな声を出すと、不思議と元気になってくる。ポプリへの罪悪感も、忘れたふりをできる程度に小さくなっていった。

「もうっ、オイラをからかうのはほどほどにしてくれよっ」
「えへへー。セナくん可愛いんだもん。さあ、おいしいゴスの実を頬張る可愛いセナくんを見に行こう」
「むう……。子ども扱いしやがって……」

 からかうポプリに素直に転がされてみると、気まずい雰囲気が表層上からは薄れていった。




 胸の高鳴りで死にそうになったセナに対して、ホノオはマトマの辛さで死にそうになった。働かないウォータに代わって、スザクはホノオに甘いきのみを食べさせる。治療が功を奏してどうにかホノオが復活すると、3人は再び森を歩き出す。タイムロスが大きかったので、急ぎ足で。

「う〜……。まだ喉も腹も痛い……」

 ホノオは恨みを込めてウォータを睨みつけながら言う。マトマの刺激によりのどを痛めたので、声はひどくかすれている。

「悪かっただ、ホノオ。オラはマトマが大好きだから、オメェがそんなに嫌がるとは思わなかっただよ〜」

 と、10個以上ものマトマをあっという間に平らげた怪物ミズゴロウが返答する。

「さらに辛い“ノワキの実”ってやつも大好きなんだども……どこかになってないかぁ?」

 その発言を耳にしただけで、ホノオは記憶に深く刻まれた辛さを再び思い出し、顔をしかめていた。

(もし、さっきのマトマよりもノワキが先に見つかっていたら……オレはそっちを食わされていたかもしれない……)

 寒気がした。

「うぅ……。スザク。ウォータって本当に味覚音痴なのか? それとも、もしかして、これはオレへの嫌がらせ……?」

 ウォータを話の種にして、ホノオはスザクに根気強く話しかける。が。

「嫌なら一緒に旅なんてしなくていいのよ」
「いや、そこまで言っていないんだけど……」

 不穏な解釈が返され、問答は終了。ホノオはぐったり、ウォータはオロオロ、スザクは無言。再び、言葉無き3人の行進が始まるのだが。一行に嫌な意味の賑やかさをプラスする役目がまたウォータに回ってきたのが厄介だった。

 ホノオたちが森を歩いていると、たまたま2人のポケモンに遭遇し、バッチリ目があった。種族はキノガッサとコノハナ。どちらも草タイプのポケモンで、姿が森によくなじんでいる。救助隊の可能性が高く、ホノオはすぐに目をそらしたのだが。

「ねえ、君たち」

 と、キノガッサに声をかけられた。ギクリとしながらも、ホノオは平静を装って振り返ろうとする。

(他人のフリ、他人のフリ……。オレはホノオじゃないんだ……)

 必死にそう言い聞かせた努力はしかし、ウォータの余計な一言で無駄になってしまう。

「あっ! コイツはヒコザルだども、例の追われているホノオではないだよ。絶対、絶対に、ホノオとは全く関係のない、ただのヒコザルだぁよ!」

 念を押しすぎて、どう考えても怪しい。ホノオとスザクは「バカ!」と口パクした。

「んん? そう言われると、怪しく見えてくるぞ」

 キノガッサとコノハナが、ホノオを訝しみながら覗き込んでくる。自分より大きな2体の威圧感に、ホノオは思わず動揺してしまう。

「い、いやいやいや! 怪しくないですって! ボクはただの善良なヒコザルですよぅ!」

 可能な限りの丁寧語を使って他人を装うが、もはや隠しきれない焦りが浮かんでいた。喉の調子が良くないことも手伝って、声が無残に裏返っている。
 キノガッサとコノハナは、確信してニンマリと笑う。

「そうか、お前は人間のホノオだな。もう1人のセナはどこにいる? もしかして、もう死んだか?」
「んだと! セナが救助隊の雑魚共に殺されるわけねーだろ! ちゃんとこの森にいるよ!」

 コノハナの挑発に気を悪くして、ホノオはつい、セナの生存と居場所を主張してしまう。当然、隠し続けていた自身の正体も丸裸。言い放った後にハッと気が付くが、時すでに遅し。悪タイプの悪知恵にまんまと操られてしまった。

「ほう、なるほどな。では、まずはお前から仕留めるとしようか」

 キノガッサとコノハナがじりじりとホノオに迫る。戦闘は避けられないと悟ると、ホノオはスザクを見、ウォータを睨んで合図を送る。

「お前たち、離れてろ。オレが戦う」

 スザクは遠慮の欠片もなくその場を撤退し、自分の発言の何がまずかったのか掴み切れていないウォータも、遠慮がちにスザクのあとについて行った。

「へっ、草タイプか。オレに勝てると思ってるの?」
「勝てないと確信しているなら、俺たちは戦わない!」

 コノハナは言うと、尖った無数の種を勢いよく発射した。“タネマシンガン”だ。ホノオは身軽に攻撃を避け、相手を軽く“火炎放射”で撃退――しようとしたのだが。
 焦がし尽くした命の重み。焼けてゆく肉の臭い。白と黒の残骸、身体だったモノ――。“破壊の焔”を使ったあの時のことが、鮮明にフラッシュバック。今自分が放った炎が、もしも暴発して“破壊の焔”になってしまったら。これ以上の罪を重ねてしまったら。――胃袋がひっくり返りそうになる。マトマの激痛が、食道に戻ってくる。吐き気を堪えるのに必死で、戦闘どころではなくなってしまった。その隙を、相手は見逃してくれない。

「“マッハパンチ”!」

 キノガッサの右腕が鋭く伸び、ホノオの腹部を殴りつけた。

「うッ……!」

 喉をこじ開けようとするマトマを、ホノオは必死に飲み下した。どうにか吐き気を抑えたが、さらに隙に付け込まれる。

「“タネマシンガン”!」
「うあっ……!」

 尖ったタネが、ホノオの皮膚を傷つけてゆく。効果はいまひとつの技ではあるが、全身がまんべんなく痛むのは、機動力に支障をきたす。

「あっ、ホノオ!」

 遠くで見ていたウォータが思わず駆け寄ろうとしたが、ホノオはそれを止める。――このままでは、負ける。でも、自分が旅の重荷になる訳にはいかない。絶対に。
 炎を放つのが、怖いのだ。それなら、他のタイプの技を使用すれば良い。そう心に決めると、ようやく闘志が戻ってきた。戦える。
 ホノオは素早さと小回りを生かしてキノガッサに接近する。途中でタネの妨害を受けたが、鍛えられた動体視力でもって的確に回避した。あっさりと背後をとって、左足を思い切り後ろに引く。そして。

「“メガトンキック”!」

 背中を思いっきり蹴り飛ばすと、キノガッサは肺から空気が押し出されたように声を漏らし、うつ伏せに地面に引きずられていった。

「このっ!」

 やられたキノガッサに目をやって、コノハナは悔し気な声を漏らす。そこからホノオを探そうとするが、すでにホノオの準備は整っていた。

「“メガトンパンチ”!」

 力自慢の利き腕で思い切りコノハナの腹を殴り、あっさりと敵2人を気絶させることに成功した。
 
「悪いね」

 ホッとため息をつき、敵に軽く頭を下げると、ホノオはそそくさとその場を離れた。ウォータとスザクに合流する。

「あっ、ホノオ! 良かっただよ~!」

 尾びれを振ってへらへらと駆け寄るウォータは可愛いと言えば可愛いが、そんなものでホノオの怒りはごまかされなかった。

「このバカヤローッ!!」
「ひいぃ!?」

 既に1日ウォータに振り回され尽くし、精神的にも疲労困憊。ウォータを丁寧にしつける語彙力を失い、ただただ感情のままに叫ぶホノオなのだった。

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