【第019話】荒れ狂う天候、進むカウントダウン(vsボア)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



バトルスタジアムの外、内部の様子をアクリル板越しに見守りながらジャックは固唾をのむ。
「……まずいな。」
彼が懸念していることは何か。
そう、既に水位がお嬢の膝上ほどまで到達していることだ。
タイムリミットを首上までの到達と考えれば、実際の時間はまだ半分以上ある。
しかしそれはあくまでもトレーナー側の問題だ。



お嬢のポケモンはヒバニー、スナヘビ、そして、マネネ。
1匹として水中に適応したポケモンはおらず、体格も決して良いとは言えない。
つまり勝負どころは最序盤の時間。
水位が低いうちに最低でも相手のポケモンを2匹……最低でも1.5匹は倒しておかなくてはいけなかったのだ。
しかしウッウに苦戦したため、この時点でお嬢陣営が不利に傾かないラインは超えてしまっている。
……だが勝負が劣勢に傾いていることなど、夢中で戦っている当のお嬢は知る由もない。
それでもジャックには、ただただ外野として勝負の行方を見守ることしかできない。





「っし……次のポケモンはコイツだッ、カブトプス!」
「ゔぃみっ!」
ボアが投げたボールから飛び出したポケモンはカブトプス。
スピードが高く、鋭いカマを持つポケモンだ。
大きな水しぶきを上げてカブトプスは着水し、その衝撃波に寄ってスタジアム内に波が走る。
「みっ……ばばっ……!」
ただでさえ犬かき状態であったヒバニーは、この波で更にバランスを崩す。
既に水底に足がつかない状態の彼にとって、最早この勝負は絶望的と言っていいだろう。



しかし、だからといって何もしない選択肢はない。
「行くわよヒバニー!『エレキボール』ッ!」
「みっ……ばばばっ!」
ヒバニーはウッウに食らわせたものと同様に、水中で光弾を消滅させる感電爆弾を生成する。



しかし相手は勝負のプロ。
同じ手は何度も喰らわない。
「させるかっ!『アクアジェット』だ!」
「ゔぃががーーーっ!」
カブトプスは一瞬にして体高を低くして水中に潜ると、瞬く間にヒバニーとの間合いを詰める。
そして光弾が爆散するよりも前に水中からの体当たり攻撃を仕掛け、ヒバニーの攻撃をかき消してしまったのである。
「はっ……速いッ!?」
当然ヒバニー本体にも『アクアジェット』のダメージは大きく入る。
しかもヒバニーは先程のウッウ戦で体力を消耗している上に足場も不安定だ
「みっ……ばばばっ!」



ヒバニーは遂にはもがく体力すら尽き、仰向けになって浮かび上がってきた。
もちろん戦闘不能だ。
「くっ……!」
これでお嬢の残りポケモンは2匹。
数の上ではイーブンだが、水位の上昇を考えると大きく劣勢であると言っていい。
現在の水位はお嬢の腰元くらい。
ギリギリ直立が可能だがバランスを崩せば溺れうるレベルだ。
「……お疲れ様、ヒバニー。」
お嬢はグラつく体幹に気を取られつつもヒバニーをボールに戻す。
自分の身に迫る危機を持って、お嬢は少しずつこの状況の危うさを理解し始めていた。



しかし判断を迷っている暇はない。
お嬢はすぐに次のポケモンに指示を出す。
「行きなさいッ、マネネ!」
「まーねねっ!」
マネネはお嬢の肩から飛び降りて着水する。
なんとか両手でもがきつつ息を吸っている状況なので、足場が不安なことに変わりはない。



「ほう、次はマネネ……面白いじゃねぇか。行くぞカブトプス!『アクアジェット』だ!」
「ゔぃみみーーーーっ!」
カブトプスは再び潜水、そして一瞬で間合いを詰めてマネネに体当たりを仕掛ける。
相手は当然だがマネネよりも水中戦に長けているし、マネネも水中では俊敏性で大きく劣る。
この攻撃は不可避である。
「まねっ……!」
マネネは攻撃を食らってしまう。
これは仕方のないことだ。



しかしお嬢はその攻撃を待ってましたとばかりに、すぐ次の指示を繰り出す。
「今よ、『ものまね』ッ!」
「まっ……ねねっ!」
お嬢が指示を出すと、マネネは一瞬にして水中に身を潜める。
そして目にも留まらぬ速さで水泳し、一瞬のうちに下側からカブトプスの背後を取ったのである。
「ゔぃみっ!?」
「まーーーねねっ!」
カブトプスが気づいた頃には既に遅く、マネネはカブトプスの尾部を狙って凄まじい勢いの体当たりを食らわせた。
そう、これは『ものまね』によって習得した『アクアジェット』である。



カブトプスに軽いダメージを与えたマネネはすぐにその反射を利用して距離を取る。
ヒレも水かきも無いにもかかわらず、水棲ポケモンと同等の動きの俊敏さだ。
その様子はまさに水を得たなんとやら。
先程までの慌てぶりがウソのようである。
マネネは既に水中でのバトルに適応していたのだ。
「ほう、もう泳げるようになるとはやるな……じゃあこれはどうかな!?『サイコカッター』だッ!」
「ゔぃみみーーっ!」
カブトプスはカマを構えると、水の内外問わずにあちこちに刃の斬撃を飛ばす。
狭い室内において、この無差別攻撃は非常に効果的だ。



「ま……まねっ!?」
「落ち着いて、マネネ!水中で『アクアジェット』を使って逃げるのよ!」
マネネはお嬢の指示通りに潜水すると、そのまま縦横無尽に水中を驀進する。
そして徐々にカブトプスとの距離を詰めていくと、再び水中から『アクアジェット』の一撃を食らわせたのだ。
「ゔぃみみっ!?」



水中では刃の進みが遅くなることを本能的に察知したお嬢は決してマネネに水の外に出る指示は出さなかった。
それに現状では水位が高くなっているため、下手に地上に出ることはかえって推進力の妨げになる。
結果的に正しかったその判断には、ボアも思わず感心する。



「やるなぁ……こりゃ俺も本腰入れねぇとマズいかもな。カブトプスッ、『あまごい』だ!」
「ゔぃ……ゔぃみみっ!」
カブトプスは体制を立て直すと、そのままカマを構えて舞いのようなものを始める。
するとやがてスタジアムの天井に雲のような靄がかかり始め、またたく間に狭い室内に土砂降りの大雨を降らせ始めたのだ。



「あっ……あめ!?」
「そうだ。『あめ』が降ると俺のポケモンは更に強くなる……行くぞカブトプスッ、『アクアジェット』!」
「ゔぃみっ!」
カブトプスは再度姿を消し、目にも留まらぬ速さでマネネに迫る。
しかしお嬢もこの攻撃を受けるのは既に3回目である。
流石に対処法は理解しはじめた頃合いだ。



「マネネッ、『アクアジェット』で逃げ……」
「遅いッ!」



だが残念。
お嬢とマネネの想定の倍はカブトプスの攻撃の着弾が早かった。
「ゔぃみっ!」
「まねっ……!?」
「なっ……!?」
その速度はお嬢の指示を遮るほどに凄まじいものだったのだ。
先程までとは明らかに速さが違いすぎる。



その原因は誰の目にも明白だった。
そう、今まさにこのスタジアムに降り注ぐ『あめ』だ。
先程のボアの解説通り、『あめ』はみずポケモンにとって有利な条件を作り出す。
加えてカブトプスはパッシブスキル……『特性』に『すいすい』というものを持つ。
『すいすい』は『あめ』が降っている最中に速度が倍増する特性だ。
この特性によってカブトプスは更なる超スピードを手に入れたのだ。



「くっ……反撃してッ!」
お嬢はマネネに必死に指示を送る。
しかしその指示は全てカブトプスの『アクアジェット』による高速連続攻撃でかき消されてしまう。
マネネは水中でなんとか姿勢を保ちつつ、受け身で『アクアジェット』に耐え続けるしか無かったのである。
「まっ……ねっ……!」
「ゔぃみみみみみみみみみみーーーーッ!」



「ふぅ、ちょっと大人気なかったみてぇだな。まぁいい、さっさと終わらせるぞ。」
「ゔぃみーーーーっ!」
カブトプスはマネネにトドメの一撃を入れるべく、大きくカマを構える。
そしてすぐに前進し、最後の『アクアジェット』を食らわせる。



「ゔぃみ……?」
攻撃を仕掛けたカブトプスは技を出した直後、違和感に気づく。
確かにカブトプスは攻撃を出した。
しかしマネネにヒットした感触がない。
というよりマネネがその場に居ないのだ。



カブトプスがふと振り向くと、マネネはカブトプスよりも横側に少しそれた位置を泳いでいたのである。
「そんな……『あめ』下での『アクアジェット』を避けるだと……!?」
ボアは流石のイレギュラーに焦りを見せる。
そしてすぐに違和感の正体に気づいたボアは天井を見上げ、マネネの謎回避の原因を知る。
「『あめ』が……止んでいる……?」



一連のやり取りの正体に、外野のジャックは気づいていた。
「……なるほど、『ちょうはつ』か!」
そう、マネネは『ちょうはつ』を撃つことで今までに起こった変化技『あまごい』を無かった事にしたのだ。
これはお嬢の指示ではなく、土壇場に陥ったマネネの独断に依るものである。
しかしながらピンチに陥りつつこの的確な判断を下せる胆力は、流石の一言に尽きるだろう。



『あめ』が止んだ以上、カブトプスは先程までのスピードを保つことは出来ない。
何度もダメージを食らってしまったことはマネネにとってはディスアドバンテージだが、それでも対等な状況にまで再び引きずり下ろしたことは快挙と言って差し支えない。
「よし……今なら行けるわ!『サイケこうせん』よ!」
「まーーねねっ!」
マネネは虹色のビームをカブトプスの中心に向けて放つ。
しかしその攻撃の軌道はあまりに愚直だ。
カブトプスにとって避けることは容易いだろう。
「避けろッ!」
「ゔぃみっ!」
カブトプスはサイドステップで『サイケこうせん』を回避する。
この程度はある程度の戦闘経験があるポケモンであれば造作も無いことだ。
……しかし直後、カブトプスはこの選択を後悔することになる。



「ゔぃみっ!?」
「まねーーーっ!」
なんとカブトプスの足元には、『アクアジェット』で水中から接近するマネネがいたのである。
そう、あの『サイケこうせん』はあくまでも囮。
本命はこの次の攻撃……マネネ自らの特攻による『アクアジェット』だ。
マネネはカブトプスに『アクアジェット』をヒットさせると、相手のノックバックへ続けざまに攻撃の指示を出す。



「これで終わりよッ、『サイケこうせん』ッ!」
「まーーーねねーーーーッ!」
マネネはカブトプスの頭部に腕を接すると、そのままゼロ距離で『サイケこうせん』をぶっ放した。
連続で大ダメージを与えられたカブトプスはよろめき、遂には体力が尽きてその場に倒れたのであった。
「くっ……まさかカブトプスもやられちまうとはな。」
ボアはカブトプスをボールへと戻す。



これで戦況は2vs1。
数の上ではお嬢は優位を譲らない。
良いとは言えないが悲観する戦況でもないだろう。



……だが、この場にいる者は誰ひとりとして歓喜していなかった。
「おっ、お嬢様ッ……!」
「………」
ジャックは外野から思わず叫び声を上げ、ボアの表情も険しくなる。



そう、水がお嬢の身長と同等の水位にまで達したのだ。
本来ならここまで早く水が貯まることはない。
しかし先程の『あめ』のせいで水かさは大きく増し、予想外の急展開となってしまったのである。
「っぷ………うっ……!」
お嬢は両手をバタつかせつつ、死にものぐるいで水面から息を吸う。
元々箱入り娘だったお嬢は泳ぎも得意ではない。
この状況が長く続けばお嬢の身に危険が及ぶ。



流石に見かねたボアはお嬢に提言する。
「……どうするトレンチ。ギブアップするか?」
しかしお嬢はキッと相手をにらみつけると、一言こういった。
「っぷ……まさか!最後まで戦うわよッ!……っ!」
そしてお嬢は再び息を吸うと、また水面に飲み込まれる。



このときはまだ誰も知る由もなかった。
これがお嬢の『最後の言葉』であることを。

その昔、着衣水泳の授業というのがあったらしいですね。多分お嬢には予想以上に負荷が掛かってるかも。
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