第22話 犠牲者

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:9分
「みんな起きるだ~」

 ゴーストとゲンガーの会話から3時間後の午前6時、ゴーストはみんなを起こしに各部屋を回る。眠そうな目を擦るゼニガメやルカリオ、昨晩ポケラス酒を飲み続け二日酔いで頭痛が酷そうなカメックス、とっくに起きていたアーマルドが部屋から出てくる。

「あとはヒトカゲだけだだ~」

 みんなが部屋から出払った後にヒトカゲを起こそうとするゴースト。体を揺すっても肩を叩いても起きないヒトカゲに対し、ゴーストは思い切った行動に出る。
 自分の手でヒトカゲを天井近くまで持ち上げ、そのまま手を離した。彼の体はそこから布団のない堅い床へ急落下し、顔面からぶつかる。

「おはよだ」
「……おはよ」

 ムックルが囀る、すがすがしい朝の始まりだ。


 それからみんなは朝食をとり始める。ヒトカゲとゼニガメは以前のように食べ物の取り合い、ルカリオとアーマルドは必死に食べ物に食らいつき、二日酔いのカメックスは水を少し飲んでいた。

「おい、ゲンガーいねぇけど、寝てんのか?」

 テーブルにもたれかかり、右手で額を押さえながらカメックスはゴーストに尋ねる。その声を聞いてみんなはカメックスの方に目を向けると、見るからに具合が悪そうな表情をしていた。

「姉ちゃん、もう仕事行ってしまっただ。『気をつけてって言っといて』って、言ってただ」

 特に表情を変えるわけでもなく、ゴーストは昨夜言われたことをそのまま伝えた。この時、姉の職業について質問されたらどうしようと焦っていたが、みんなはそれ以上何も聞こうとしなかったため、内心ほっとしていた。

「ゼニガメそれ食べないの? もったいないから僕食べるよ?」
「あっ、取るな! それは俺が楽しみにとっておいただけだ!」
「ゴースト料理上手いな、これおかわりないか?」
「このきのみ、もっとない?」
「……うーお前ら騒ぐな。頭がさらに痛くなるぜ……」

 それどころか、みんな自由すぎるなと、ゴーストは心配事を考える暇すらないくらい忙(せわ)しく、彼らの対応に追われていた。


 朝食後、ひと段落したみんなは出発する準備を整え終わり、玄関先でゴーストにお別れの挨拶をしているところだ。

「付き合わせて、悪かっただ。ありがとだ」
「いやいや、こんなに手厚くもてなしてもらって、こっちがお礼言わなきゃな」

 そう言うルカリオの手には、沢山の食料が入った袋が握られていた。貧乏ポケモンはちゃっかり飢え対策をしていたのだ。

「俺、2、3日後にはビオレタ島に戻るだ。たまには連絡するだ」
「うん。今度手紙とか電話とかするから!」

 ゴーストとヒトカゲは握手を交わしながら別れを惜しむ。「行くぞ」というカメックスの声がかかり、ヒトカゲ達はその場を後にする。ゴーストは彼らが見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。


 登りはきついが、降(くだ)りは案外早く進めるというのが山。越えるだけで2日かかると思っていたこの山は予想以上に早く抜けられ、ヒトカゲ達はこの日の昼過ぎには次の街へと続く道まで来ていた。
 その途中、分岐点に差し掛かったところで、カメックスが話を切り出した。

「どうやらここまでだな、お前らに同行してやれるのも」

 カメックスが言うには、依頼主のいる街とヒトカゲ達の目指していた街はここで左右に分かれて進まなければならないようだ。少し残念がるヒトカゲはため息をつく。

「はぁ、何か短く感じたなー。もうちょっと一緒にいたかったな」

 その横で、カメックスに見えないようにほっと胸を撫で下ろすルカリオとアーマルド。ヒトカゲには悪いが、一刻も早くカメックスと別行動を取りたかったらしい。

「ごめんな。なぁ兄さん、依頼が全部片付いたら合流しちゃダメかな?」
「ヒトカゲが嫌でなければ、そうするつもりだ。どうだ?」

 ヒトカゲにとっては願ってもないチャンス、ルカリオとアーマルドにとっては願ってもない悲劇だ。台風が過ぎ去る直前に発令した次の台風警報。待ったを掛けたかった2人だが、それよりも早くヒトカゲの返事が出てしまった。

「いいの? じゃあ依頼終わったら一緒に行こうよ!」

 刹那、ルカリオとアーマルドの血の気が引いた。元々青色の顔がさらに濃い青に染まる。その横で、ヒトカゲとゼニガメが嬉しそうにはしゃいでいた。

「決まりだな。じゃあ俺らは行くぜ。ヒトカゲ、屈するんじゃねーぞ」
「早く依頼片付けるよう頑張るからさ、そっちも頑張れよ!」
「ありがと! じゃ~またね~!」

 今からゼニガメ達の合流を楽しみにしながらヒトカゲは思いきり手を振った。ショックで言葉が出ない2人は小さく手を振り、ゼニガメ達に別れを告げた。


『はぁ……』

 それからというものの、ルカリオとアーマルドは溜息ばかりついていた。またカメックスと合流することを考えると、辺りに咲いている花も全部毒々しく見えてしまう程、滅入っていた。

「あっ、街見えてきたよ~!」

 そんな事を思っているとは一切知らず、ヒトカゲはいつものマイペース振りを発揮する。彼の指差す先には、次の街「グリーネ」の建物が見えていた。
 その時ふと目線を下げると、何やら街の入り口でポケモン達が集まっているのが目に入ってきた。がやがやと賑わっているように見える。

「あれ、何だろ? お祭りとかやってるのかな?」
「いや、何か雰囲気が違うみてぇだな。ちょっと見てみようぜ」

 興味を持った3人は駆け足で、ポケモン達が集まっている場所へと向かった。


 ヒトカゲ達はその現場に辿り着くものの、あまりのポケモンの多さに何が起こっているのかも把握できない状況にあった。だが周囲から聞こえる会話から察するに、お祭りのような楽しい賑わい方ではないようだ。

「ち、ちょっと通してください」

 1番体の小さいヒトカゲが沢山のポケモン達を掻き分けて、集団の中心へと足を運ぶ。そうして進んでいった先にあったものは、想像を絶するものだった。

「…………!」

 集団の中心にあったもの、それは胸から血を流して倒れているエレキブルの姿だった。警察が何十人もいることを考えると、おそらく息を引き取っている。
 目を覆いたくなるような光景に、ヒトカゲは身を震わせずにはいられなかった。慌てて集団の中を再び駆け抜け、ルカリオ達のところへと戻る。
 すると、途中まで2人も集団を掻き分けて来ていたのだ。それに気づくとヒトカゲは目一杯その場で飛び跳ねて自分の居場所を知らせる。

「ヒトカゲか! 聞いたぜ、殺しがあったんだってな?」
「そうみたい。とにかく来て!」

 ヒトカゲに先導され、ルカリオとアーマルドも中心へと向かった。着くや否や、2人とも絶句するしかなかった。初めて見る殺しの現場に、ヒトカゲと同じく震えを止められない。
 ちょうど警察がエレキブルに布をかけようとした、その時だった。アーマルドがふと遺体を見ると、胸に何かが刺さっているように見えた。血のせいでよく見えないが、体のラインのところで鋭利な何かが折れている。さらに確認しようとしたが、布を掛けられてしまった。

「胸に、何か刺さってた」
『えっ?』

 アーマルドの証言を聞くと、ルカリオの頭の中ではある台詞が浮かび上がってきた。

《俺はこのぎんのハリで何人もの標的にとどめを刺してきた》

 つい最近の記憶が鮮明に蘇る。もしエレキブルの胸に刺さっていたのがぎんのハリであれば、十中八九、犯人はジュプトルだ。ルカリオはそう確信した。

「ヒトカゲ、アーマルド、ちょっと来てくれ」

 ポケモンが多いところでは話せないため、ルカリオは2人を連れて集団を抜けてポケ込みの少ない路地へと移動した。


「ほ、本当なの?」
「……冗談じゃないよな?」

 以前の話を踏まえながらルカリオは心を落ち着かせて自身の推論を話した。ヒトカゲとアーマルドはおもわず大きな声を出してしまい、慌ててルカリオが注意する。

「あぁ、ほぼ間違いないだろう。あれはおそらくジュプトルの仕業だ」

 全員、固唾を呑む。ジュプトルがどれほど危険かはルカリオの話からしか想像できていなかったが、今回の事件の犯人であるならばそれは容易に想像できる。

「どうするんだ?」

 アーマルドが次に取るべき行動は何であるかを気にしていた。大体の答えは予想していたが、実際に答えを聞くことで気持ちを高ぶらせるつもりなのだろう。

「もちろん、捜すさ。だけど警察にバレないようにな」
「どうして?」
「警察を当てにしてないってのもあるけど、1番は警察に引き渡したら俺を狙ってる理由が聞けなくなっちまうからだな」

 ここで再度、辺りに誰もいない事を確認すると、ルカリオはジュプトル捜しの作戦を立て始めた。聞き漏らさないように互いに顔を近づける。

「白昼の犯行だ。まだこの近辺に身を潜めている可能性が高い。そして夜になれば動きやすくなるはずだ。とりあえず日が暮れるまでは浅く、暮れたら念入りに捜すぞ」
『わかった!』

 3人はそれからすぐに散らばり、独自の捜査を開始した。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想