第21話 姉の行動

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「あ、あそこが姉ちゃんの家だだ」

 その日の晩、ヒトカゲ達はゴーストの姉の家近くまで来ることができた。ゴーストが指した先には1軒の家がぽつりと佇んでいる。あれが姉の家のようだ。

「やった、晩御飯食べられる♪」
「おいおい、最初からそれ期待しちゃダメじゃんか」

 両手を挙げて万歳しながら喜んでいるヒトカゲに、ゼニガメが突っ込む。だが内心は彼もヒトカゲと同じ事を思っていた。若干よだれが垂れている。

「そんな日もあるって」
「……う、うるせぇ」

 そんな中、ヒトカゲ達よりも少し後ろを歩いている者がいた。ルカリオとアーマルドだ。顔面が痣(あざ)だらけでよろめくルカリオを、アーマルドが支えている。もちろん、これはカメックスにやられた跡だ。

「大丈夫か?」
「今更だな……痛っ、あー痛ぇ。まだじんじんするぜ……」

 顔面殴打の後、“ハイドロポンプ”と“ラスターカノン”の繰り返しの攻撃を受けたその体はもうボロボロだ。それだけやってもまだカメックスの機嫌は直っていない。

「おいお前ら! さっさと歩け!」
『はいっ!』

 2人の前方からカメックスが怒鳴る。首を絞められたまま宙吊りにされたアーマルドとボコられたルカリオにとっては、もはやどんな敵よりも恐い存在になっていた。


 直に、ヒトカゲ達はゴーストの姉の家に到着した。見た目は完全なログハウスで、窓辺にはいくつもの花が飾られ、庭にはプランターが置かれている。

「姉ちゃーん、俺だだ、ゴーストだ」

 扉を軽くノックするゴースト。しかしどういうわけか返事が返ってこない。家の中は明るいままで暖房によるものと思われる煙も出ているにも関わらず、誰かがいる気配がないのだ。

「どっか行っただ?」
「この時間までうたた寝してるとか?」

 ゼニガメの言う通りかもしれないと思い、ゴーストはもう1度、今度は強くノックしながら大きな声で姉を呼ぶ。

「ゴーストだ! 中にいるなら返事してだー!」

 それでも、一向に誰かが出てくる気配はなかった。みんな首を傾げてどうしたものかと言っていたその時、軽い地響きが起こった。

「な、何?」
「何かあったみてぇだな。行くぞ」

 カメックスを先頭に、ヒトカゲ達は謎の地響きの原因を探るべく、震源地へ向かって走っていった。


「な、何だこれ?」

 震源地辺りに辿り着き、その光景を目にしたルカリオの第一声だ。そこには、地面に無数の穴が開いていたのだ。例えるならディグダやダグトリオが地面から顔を出した時にできるような、あまり大きくはない穴だ。

「何かが降ってきたような穴だな。だけど、数がやけに多いな」

 顎をいじりながらカメックスはこの穴の正体を考える。思いついたものをそのまま口にしていった。

「以前見たことがあるのは“りゅうせいぐん”でできた穴だが、それと比べたら穴の大きさからして威力があまりない。“はどうだん”じゃなおさらだ。うむ……」

 1つだけ確実に言えることは、「何かが降ってきた」それだけである。ヒトカゲ達も一緒になって考えていた、ちょうどその時である。風が吹いているわけでもないのに、近くの木がガザガザと音を立て始めたのだ。

(このパターン、まさかあいつか?)

 木が揺れただけで、ルカリオは警戒心を強めた。もちろん確信したわけではないが、記憶が正しければ、以前対峙した恐ろしい奴――ジュプトルが現れるのではと感じたようだ。
 みんなはぐっと構える。それからすぐに相手は木の茂みからばっとその姿を現した。しかし月明かりのせいで影になり、真っ黒にしか見えない。そのポケモンは茂みから飛び出ると、空中でヒトカゲ達を発見し、急に驚き始めた。

「わわっ、どいてどいて~!」

 刹那、そのポケモンから黒い球状のエネルギー弾“シャドーボール”が何発も繰り出された。突然の事にみんなは目を丸くしながらも、急いで木陰に避難し始めた。

「何なにこれなんだよー!」

 足が遅いため、“シャドーボール”を何とかかわしながらゼニガメは右往左往する。20発ほど放たれたところでそれはようやく治まった。
 辺りが静まり返り、砂塵が立ち込める。みんなが無事を確認するために顔を上げると、砂煙の中から1匹のポケモンが現れた。ゲンガーだ。

「すみません~、大丈夫ですか~?」

 申し訳なさそうにゲンガーが話しかける。その声を聞いて真っ先に反応したのはゴーストだ。草むらから顔を出しながらゲンガーと話す。

「姉ちゃん、いきなり危ないだ。弟殺す気だ?」
『……えっ! ね、姉ちゃんだって!?』

 ゴーストの一言で、みんなは驚きのあまりその場にがばっと立ち上がった。集中豪雨のような“シャドーボール”を放った犯人が、彼の姉であるゲンガーだったのだ。

「そだ。俺の姉ちゃんだ」

 ちょっと困ったような表情をしながらゴーストは自分の姉を紹介する。ゲンガーも申し訳なさそうに頭を下げて挨拶をする。

「はじめまして。ところでゴースト、この方々はどちら様?」
「あ、そうだっただ。話せば長くなるから、自己紹介だけしてくれないだ?」

 ゴーストに促され、とりあえずヒトカゲ達は1人1人自己紹介をすることになった。

「僕はヒトカゲ。よろしくね!」
「俺はゼニガメ! はじめまして!」
「俺はルカリオ。よろしくな」
「……俺はアーマルドだ。よろしく」

 各々挨拶をし終わり、残るはカメックスだけとなった。ふとゲンガーがカメックスの方を見ると、一瞬にして胸を何かで撃ち抜かれたような苦しさを感じたようだ。

「カメックスだ」

 その声を聞いて、完全にノックアウト状態になってしまったゲンガー。どうやらカメックスに一目惚れしてしまったらしく、目線を逸らそうとしない。

「ね、姉ちゃん? どしただ?」

 それからしばらく、ゲンガーの意識がカメックスから離れるまでみんなは黙ってその場で待つしかなかった。この間、カメックスは一切動じずにいた。これが俗に言う兄貴というものなのだろうか。


「ところでさ、さっきの“シャドーボール”は何なんだ?」

 ゲンガーの家に場所を移し、食事を取りながらお互いに聞きたい事を聞き合っていた。先陣を切ってルカリオが先程の襲撃(?)についてゲンガーに説明してほしいと言った。

「あっ、あれはね、ちょっとした特訓よ。“りゅうせいぐん”みたいにいっぱい攻撃できたらいいなーって思ってね」
「どうりで……どういう方法だ?」

 その特訓に興味があるのか、カメックスが割って入ってきた。彼に声をかけられたゲンガーは顔を赤らめ、緊張しながら説明を始める。

「え、えっと、普通の“シャドーボール”じゃつくるのに時間かかるから、片手で小さいのを作って何発も撃てるようにしたのよ……カメックスさん」

 ゲンガーの声は徐々に小さくなっていき、最後の「カメックスさん」に至っては蚊が鳴くような声量になっていた。

「特訓してるって、何のためにしてるの?」

 ふとヒトカゲは特訓という言葉が気になった。それに対し、どういうわけかゲンガーが少し焦った表情をする。

「えっ? な、何のためにって? そりゃあ……あれよ、何ていうの、自己防衛……そう、自己防衛よ! 最近物騒だしねぇ」

 答えもどこかたどたどしい。変だなと思いながらも、とりあえずその答えを信じることにした。その話題を遠ざけたいのか、ゲンガーは話を変えるべくヒトカゲに質問をした。

「ヒトカゲ君、だったよね? 弟と友達みたいだけど、いつ知り合ったの?」

 いいタイミングで、ゴーストが伝えたかったことをゲンガーに言える時が来た。ヒトカゲを中心として、ゼニガメとカメックス、そしてゴーストを交えて、伝えるべき事実――1年前にアイランドで何が起こったかを説明していった。
 後からルカリオとアーマルドも加え、今旅をしていることもついでにと話した。すぐには信じられない事が多々あるにも関わらず、ゲンガーは話の内容を全て理解したようだ。

「そういう事だったの。異常気象が起こったってこと以外全然知らなかったわ」

 驚きの連続であるが、ゲンガーはとりあえず、弟を助けてくれたお礼として今晩ここに泊めてくれるという。一同大喜びで、カメックス以外のみんなは再び目の前の料理にがっついていた。


 深夜、みんなが寝入っている午前3時頃、寝付けずにいたゴーストとゲンガーは庭先で話をしていた。久々の姉弟の話かと思いきや、そうではなかった。

「姉ちゃん、何で、自分の事、言わなかっただ?」
「そりゃあ、秘密裏に行動する必要があるからよ。万が一情報が少しでも漏れたら、大変だもの」

 この会話からすると、楽しげな会話ではなさそうだ。ゲンガーはさらに続ける。

「そう、日の目を見る事はないこの仕事、バレたら命はないも同然だからね」

 ゲンガーのこの言葉にゴーストは黙りこくってしまった。しばしの間そのままの状態が続いたが、突如彼女は立ち上がり、家の中に戻ろうとした。その際、ゴーストに背を向けたままこう言った。

「ヒトカゲ君達にあんたから言っといてあげて。『気をつけて』って」

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