第59話 underwater world 中編

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 
 その刹那。 目の前にあったのは、驚愕の光景だった。 あり得ない景色が、目の前にあった。 その驚きの前には、鬱陶しい雨の音ですら耳をすっと通り抜けていってしまう。
 
 氷の刃は、結果として何も斬らなかった。 止められた。 強い力に止められた。 それだけなら、舌打ちでもなんでもしてもう一度斬りつければ良かった。 でも、そうもいかなかった。状況が状況だった。
 
 予想だにしなかった状況が、その眼には映っていた。 見ていなかった、いや、目を背けていたモノの姿が、正面からはっきりと映し出される。 虚構だと切り捨てたものが、微かな気泡をまだ漏らしているという事実が信じられなくて。
 「彼」は、この一言だけ言った。
 
 「......何故」









 
 キラリは目を閉じていた。 避けられないとわかったものだから、受けるしかないと思っていた。 だが、いつまで経っても痛みは無い。 氷の冷たさすらも感じない。
 
 「......何故」
 
 暗闇の中で聞こえたのは、ケイジュの声だった。 先程とは打って変わって、声が酷く震えている。 こんな声も彼女は聞いたことは無かったから、思わず目を開けてしまう。 そこにあった光景は。
 
 「......!」
 
 1匹のポケモンが、キラリの前に立ち、リフレクターで氷の薙刀を防いでいた。本来こちらが助けなければならないはずのポケモンが。
 今にも泣きそうであるかのようにぶるぶると身体を震わせて、苦しげに呻いて。 でも、キラリを護るように、ただそこに強く立っていた。
 何も言わず、ただ「彼女」はそこで耐えていた。
 
 「......ユズっ!!」
 
 
 
 

 
 
 
 
 「くっ......っ......」

 よく聞くと、息遣いが先程とは違っていた。 恐ろしい魔狼のものとは違って、本気で苦しんでいる様な息遣い。 それを見て、キラリはやっと状況を確実に理解できた。 ユズが、自分を庇ったのだと。 偶然その場にいたわけではなく、自分の意思で。
 意識を取り戻す道筋が微かに現れた。 そうキラリは思った。

 「ユズ!」

 キラリはユズの身体を後ろから掴む。 だが、彼女はびくりともならず、何も答えない。 その代わりに、獣のような息の音がまた混じりだす。
 
 「ねえ、聞こえてるんでしょ? 起きて、起きてよ!」
 
 一時的でも魔狼から解放されるのではないかという小さな希望を信じ、キラリは必死に呼びかける。
 でも。 歯を食いしばる音と同時に。
 
 「......があっ!!」
 
 五月蝿いとでも言いたいのか彼女は叫ぶ。 また、衝撃波だ。 こちらには先程のオーロラベールの加護がまだ残っているとはいえ、至近距離だからただでは済まない。 避ける間もないから、これは受けるしかなかった。
 
 「うあっ!?」
 「ぐっ!!」
 
 だが、さっきと違うのは、彼女を味方だと豪語するケイジュにもそれがちゃんと飛んだ事。 ユズの近くにいたキラリとケイジュ、両者が吹き飛ばされる。 キラリはオロルが咄嗟に作った雪山に身体を突っ込ませることで衝撃を緩和させた。 ケイジュの場合は、なんとか体勢を持ち直して立て膝をつく。
 
 「ケイジュ様っ!」
 
 珍しく、ヨヒラが心配そうな声を上げた。 キラリも即席の雪山からぶはあと顔を出して後ろから彼を見やるが、目線の先にある身体は震えるばかりだった。波のように押し寄せる困惑か、燃え上がる怒りか、後ろ姿から判別するのは難しかった。
 
 「......おやおや、これはいかんのう......おいケイジュ、何かまずいことでもあったか!?」
 
 珍しく真面目な調子で心配するラケナ。 だが、ケイジュにとっては火に油を注ぐようなもので、顔には不機嫌さが見え隠れする。
 その憤りをそのまま貼り付けたような声で彼は答える。
 
 「黙りなさい。 私は今、物凄く気分が悪い」
 「ふーん、励ましてやろうかの?」
 「上からですね、貴方......自分の身を心配した方がよっぽど有意義では」
 「ま......そうじゃ、のっ!!」
 
 問答をしている間にジュリの攻撃が止むわけがないのだ。 ラケナは振り下ろされる[リーフブレード]をギリギリのところで避けて、それ以上はケイジュに何も言及しなかった。 ヨヒラも彼のラケナへの言葉で何かを察したのか、顔を不安に曇らせながらもジュリへの攻撃を再開していく。
 面倒臭い受け答えが終わったと、彼は再びキラリの方へと足を向けようとするが。
 
 「ケイジュさん......」
 
 先ほどのダメージがようやく癒えたのか、フィニがよろりと立ち上がる。 ケイジュは若干鬱陶しそうに振り向いた。
 
 「......なんです」
 「1つだけ、質問があるんだ」
 
 雨は未だ止まない。 冷たい雰囲気と戦いの音が辺りを支配する中での静かな問答だった。
 フィニの背中が、どこか縮んだようにも感じられる。 不安気な声で、彼は自分の救世主に問いかけた。
 
 「俺達、これでいいんだよな? あんたの望みを叶えることは、俺の望みを叶えることだよな?」
 「......何を今更。 世界が許せないと言ったのは貴方でしょう」
 
 そしてその回答は、あまりに一瞬だった。
 
 「......そんなどうでもいい事より、あの暴れ馬を止めてきてください。
 邪魔で仕方がないんです」

 こう言って、今度こそケイジュは背中のヒレを翻して走り出してしまった。
 拍子抜けするほど短かった会話。 でも、それはユズの姿やジュリの言葉に揺らぎかけた彼の意思を無理矢理引き戻すには十分だった。
 再び脳裏に過ぎるは泥を啜った記憶。 灰色の空の中、何も知らないポケモンはこちらなど見ずにけたけた笑う。 金だなんだと欲望を散らして。
 危うく言いくるめられるところだったと、彼は気を取り直す。
 
 美辞麗句を並べ立てることに意味など無い。 その事実を、彼はとっくに知っているのだ。
 
 「だよな。 そうだよな。
 ......あの野郎、好き勝手言いやがって」
 
 それだけ言って、彼は戦場へと舞い戻る。
 迷いを力で押し潰し、敵に痛い目見せてやると意気込んで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「おじさん、これ」
 
 ユズは、イリータとオロルが応戦してくれているようだった。 その隙に、キラリは先程の攻撃で傷ついたレオンにオレンの実を差し出す。
 
 「ちょっといってぇな......はは、大口叩いといてカッコ悪いなぁ」 
 「カッコ悪くないよ、凄く頑張ってたの、分かるもん。
 それにきっと大丈夫。 希望もちょっとだけ見えた」
 「希望?」
 
 キラリは強く頷く。
 
 「うん。 いるよ、ユズ。 消えてない。 匂いがなくてももう分かる。 さっきので確信したんだ。
 だから、このまま頑張ればきっと......!」
 「そうはさせない」
 
 突如、頭上からの殺気が、キラリの五感に避けろと訴えかける。
 その奇襲はなんとか後転してかわした。 地面に刺さった氷の薙刀を少し見やった後、目の前に立つ男を睨みつける。
 
 「......ケイジュさん」
 
 彼の様子はまたどこか違った。 今までにあった余裕は完全に消えている。 その代わりとしてか、悪意が強まっているようだった。 その悪意も、先程までのベタついたものではない。 より純粋なものだった。 回りくどさなど一切無い。 許せないという恨みが彼を支配する。
 彼は薙刀を握りしめ、わなわなと震えた。
 
 「......許せませんね。 ノバラはいつの間にか、貴方達に絆されていたようだ。 記憶喪失なのをいいように利用されてね。 だから貴方を守ったんだ」
 「なっ......違う、利用なんか!」
 
 キラリの言葉に、彼は首を強く振った。
 
 「五月蝿いですね......。 彼女にとってこれ程の苦しみはないはずだ。 壊すべき世界のポケモンと強い繋がりを持ってしまった。 可哀想なことに、彼女はこの世界に縛られてしまった。
 本来、壊すだけの異物で良かったはずなのに!」
 
 薙刀がまた勢いよく、キラリの体を狙ってくる。 まだその不規則な動きには慣れないが、少しはさっきよりキラリも対応できるようになっていた。 右、次は左と、不器用ながらもかわしていく。
 さっさと斬ってしまいたいのにそれが出来ない。 苛々した気持ちで彼は顔を歪ませる。
 
 「小賢しい......!」
 「ケイジュさん」
 
 前触れもなく、キラリの声が響いた。 どこか彼女らしからぬ冷たさも感じる声は、恐らくケイジュの前に立つからこそ出るものだった。
 
 「あなたにとっては本望かもしれないけど、私は......あなたが大嫌いだよ」
 
 キラリはスイープビンタで攻撃に転じようとするが、薙刀で防がれる。 だがめげずにもう1発。 力づくで彼を後ろへと追いやる。 それを何度も何度も続けていく。
 
 「本当にケイジュさんは、ユズの声を聞いてる?」
 
 一撃。 それは問いかけるように。

 「ユズのこと、本当はどう思ってるの?」

 また一撃。 それは語りかけるように。
 
 「これは駄目だよ。 ユズ、泣いてるんだよ。 涙の匂いがしたんだよ? さっき私を守った時も苦しそうだったんだよ?
 ......ねぇ。 私は前、ケイジュさんがユズを壊したって言ったよね」
 
 彼の目がぴくりと反応した。 何を言うつもりなのかと、その目はキラリをじっと見やる。
 「あなたがユズを壊した」。何の整理もつかないまま投げつけた言葉ではあるけれども、あれは紛れもなくあの時のキラリの感情だった。 怒りだった。 ただ単純に許せなかったのだ。 あのユズの叫びが断末魔のように思えて苦しかったのだ。 怒りをぶつけないと、自分自身もまた壊れてしまいそうだったのだ。
 だけど今は違う。 レオン達と話したりユズの姿を間近で見たりしたことで、彼女の思考を一点に縛り付ける鎖はとうに解けていた。
 
 「でも違った。 壊れてなんかない。 無理矢理押し込められたままで、ユズとしての心はまだ生きてる!」
 
 死んではいないのだ。 ポケモンとしてのユズは確かに生きているのだ。 どんな状況かは分からないとはいえ生きているのだ。
 例え人間の記憶が蘇ったからと言って、魔狼に呑まれたからと言って。 あの陽だまりのような彼女の笑顔は、そう簡単に消えるはずがない。 ユズとしての姿も、彼女の大事な大事な一部だから。
 
 「だから助ける。 確かにこのままだったらほんとに壊れちゃう。 だから壊れる前に、ユズがユズでなくなる前に!!」
 
 それは希望。 絶対に変わることのない煌めき。 水がどれだけ深いものであったとしても、太陽も、月も、星も、花も。 どんな美しいモノだってぱっと抹消されるわけではないのだ。 だから、その煌めきを水底まで届かせればいいだけなのだ。 1匹では無理だとしても、全員の力をもって挑めばいいのだ。
 跳んで跳ねて、強く踏ん張りをつけて。
 
 ......全ては、大好きな友達と生きる未来のために!
 
 「だからそっちこそ、邪魔......しないでっ!!」
 
 タイミング、スピード、パワー。 全てが完璧な[スイープビンタ]が、薙刀の防御をかわして彼の頬を力強く打った。
 少しよろけた後に、彼は歯を食いしばる。 口から血が少しだけ垂れるのにも、彼は意識を向けていなかった。
 
 「ユズ、ユズ......ああ五月蝿い。 仮初めの、偽でしかない名を呼んだところで意味なんか!!」

 ケイジュが遂に激昂する。 薙刀を振り上げるが、もうキラリは恐れなかった。 自分を守ろうとしてくれるポケモンは、側にいるから。

 「[アクアテール]!」

 レオンの水の攻撃が、ケイジュの手元を狂わせる。 それと同時に、彼は鞄から枝を取り出してケイジュに思い切りぶつけた。 ......それは、相手を遠くへと飛ばす、吹き飛ばしの枝。 光がその枝の先端を包む。その光は、反撃の意思の象徴であるかのように煌々と輝いていた。
 いきなりのことに狼狽するケイジュに対して、彼は高らかに、笑みさえも浮かべながら叫んだ。
 
 「あるんだよなぁ、これがっ!!」
 
 それと同時に、枝から放たれる風の力でケイジュは吹っ飛ぶ。 枝の力は想像以上に強いようで、先程のように体勢をうまく立て直せない。 そのまま幹に身体を打ち付ける。
 キラリはふうと息を吐く。 レオンの守りが間に合った事への安堵もあるけれど、今のでもう1つ彼女が確信したことがあった。 ユズがそうであるように、ケイジュだって1匹のポケモンであり、人間であるということ。 魔王のような恐ろしい存在ではない。 黒幕の暗いベールが彼から剥がれ落ちたのと同時に、キラリの彼への恐怖もまた完全に消えていた。
 レオンとキラリは言葉を交わす。
 
 「危なかったぁ......おじさんありがとう!」
 「いや、守れって心の中で言ってたよなお前......まあこれくらい朝飯前よ。
 かっこよく決まったしな!」
 「はあ......まあ、おじさんらしいかな」
 
 こんな時に、張り詰めた気をほぐしてくれるのがなんとも彼らしい。 心に生まれた小さな余裕が希望を昂らせてくれるのを感じながら、キラリは強気な笑顔でレオンの方を向いた。
 
 「それじゃ......もっかい行こうか!」
 「当たり前だ! ......さあ、勝つぞ!!」
 
 彼の顔は、対等な者に向ける信頼に満ちているようにキラリには思えた。 それがキラリにこそばゆい嬉しさを与えて、彼女の返答には一層気合が入る。
 
 「うんっ!!」
 
 力強いグータッチ。その後2匹はそれぞれ行くべき方に顔を向ける。
 ケイジュの足止めとユズの奪還。 それぞれの役割へと2匹は舞い戻っていく。
 
 
 
 
 
 
 
 「さあ、第2ラウンドとでも行こうか!」
 
 レオンは少し悶えるケイジュのところに突撃する。 流石にまずいと思ったのか、彼は吹雪で行く手を遮る。
 
 「鬱陶しいですね、貴方は!」
 「どーも。 鬱陶しさが売りなんでね!!」
 
 攻撃と防御の繰り返しの中で水と氷が交錯して、遠目から見ると芸術のようにも見える。
 今度はヘマはしないと言わんばかりにレオンは素早く動いていて、ケイジュに思考の暇を与えなかった。
 そんな中だ。 彼の奥底にある、人間としての感情が顔を出してくる。
 
 「......嫌になる。 優しさだとかそんな綺麗な言葉を表では並べ立てて、その中で世界の危機を度々引き起こしている貴方達が。
 貴方達の自業自得に潰されるのは......」
 
 ケイジュの氷の力が強さを増す。凍える風が、薙刀の周りでとぐろを巻いた。
 
 「ずっと、私達の世界なんだよ!!」
 
 そのまま上から斬りつけてくる。 当然氷のとぐろで範囲も広くなってくるから、レオンはより後ろの方に避ける。
 1呼吸置いて、彼は静かに頷いた。
 
 「ああ......詳細は俺もあんまりだけど、色々あったさ。 お前が言いたいような奴だって沢山見てきたさ。 危機なんて数年に1回は起こる。 この世界は確かに不安定だよ」
 
 そこから彼は走り出す。 [サイコキネシス]で薙刀の軌道を狂わせて、そこからキラリの十八番を......[スピードスター]を放つ。
緩急をつけた星達が、彼の意思を尊重するように輝いた。
  
 「でもだからこそ、俺達の世代が変えなきゃいけないんだよ......人間に助けてもらった経験が多いからこそ。
 変わっていく前にその可能性を閉ざそうとするのは、突拍子が過ぎるんじゃないか!?」
 「ほざけ!」
 
 ──ああやはり、付け焼き刃の言葉で響くわけがない。 再び終わりの無い攻防が始まる。 ただ、少しだけケイジュの動きも単調になってきた。 互いの体力の限界を考えると、後は短期決戦だろう。 より気を引き締めて......いかないといけないのだけれど。
 
 (......なんだろな、この感じ......どっかで感じた事あるような)
 
 その中で、ダンジョンの空気感に対してレオンは違和感を抱き始める。
 地面の落ち葉は、不規則な風によって流れていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「イリータオロルお待たせ!」
 「......遅いっ!」
 「ひえっ!?」
 「イリータそれはないって......気持ちはわかるけど。 レオンさんは!?」
 「無事だよ、オレンの実もあげたし! あとイリータごめん挽回させて!」
 
 一方キラリ側。 謝りながらキラリが繰り出すのは[スピードスター]だった。 先程よりユズの体力が辛くなってきているのか、攻撃は綺麗に当たってくれる。
 そこにユズは[どくのこな]を放ってくるが。
 
 「......あなたにしては、安直な選択ね!」
 
 イリータの特性パステルベールが、撒き散らされる毒を浄化する。 間髪入れず彼女は[マジカルフレイム]を放った。
 
 「......きっと、馬鹿正直に優しいからでしょうね。 貴方が付け込まれたのは。
 でもそれで死んだりしたら、私が一生許さないから!」
 
 雨の影響など知らない怒りを内包した炎は、確かにユズのところに届いた。 彼女がけほっと煙に咳き込んだ隙に、今度はオロルが攻める。
 
 「聞こえるかい? ......僕らは、君達だから惹かれたんだよ、ユズ」
 
 イリータとは対称的に、優しく、暖かい想いが口にされる。
 合同依頼やお泊まり会の中で少しずつ育まれてきた絆が彼の背中を押した。
 ......絆という言葉は綺麗事になりがちだ。 でも、この4匹の場合それに関しては大丈夫だろう。 ライバルとして、時に仲間として、ひっつく訳でもなく、けれども影響は受け合う。 それが彗星と太陽、星の名を冠する2つの探検隊の関係だから。
 
 「君とキラリ以外の2匹組とライバルなんて、考えられないんだよ! [こなゆき]!」
 
 風はまたも、ユズのところに向けて一直線に向かう。 足を重点的に狙ったようで、彼女の足元が固く凍りつく。 抜け出そうとするその隙を彼らは突こうとした。
 
 「[ねんりき!]」
 「[れいとうビーム]っ!」
 「[マジカルシャイン]!」

 キラリが目眩しをして、イリータがオロルの攻撃の威力を念力で高める。 3つの技が1つの大きな力となって、ユズの前に現れてくる。

 「お願い起きてっ!!」

 キラリの切なる懇願。 このまま届いてくれるかと思われた。
 が、その技が当たるのを見届ける前に、目を塞がないといけないほどの強風が吹き荒れた。 ユズの技ではないだろうから、恐らく自然現象によるもの。
 
 「っっ!!」
 「風っ......!?」
 「......なんでこんな時に!!」

 オロルの怒号が飛ぶ。 案の定というべきか、風で攻撃の軌道が逸れたせいで見事に地面の方がかっちり凍りついている。

 「ええっここで外す!? 風の馬鹿っ!!!」
 「......大きいチャンスだっただけにね」
 「おかしいな。 雨とはいえ、今まで風なんて......」
 
 予想しない出来事に、3匹は微かに困惑する。 今の天候は雨であるから、砂嵐のように急に風が強く吹く要因は無いはずなのに。
 
 「まさか」
 
 オロルの深刻そうな呟きと。
 
 「......そうだこれだ、やばい!!」
 
 遠くでケイジュと交戦しながら焦った顔でレオンが叫ぶのは、ほぼ同時だった。
 

 「キラリイリータオロル急げ!! 突風だ、もうすぐ来る!!」





 
 
 
 
 
 
 




 「ええっ!?」

 3匹がその事実に驚愕の声をあげる。 ジュリも声こそ出さないが、顔をしかめてしまった。
 一切思考にそれを入れていなかったという焦りが全員の表情に現れる。 ケイジュ達の方はどうかと判別する余裕もない。
 
 ......突風。 探検隊だけでなく、ダンジョンに赴く救助隊、冒険家、調査団等の組織にとっての最恐にして最大の脅威。
諸々のバランスが不安定なダンジョン内にポケモンが入る事自体が、大きな歪みの原因となる。 物質というのは安定した状態でいたいものなのだ。 だから、その集合体である土地や、ひいてはダンジョンでさえも安定を求める。 だから、その歪みの原因を追い出そうと、長居し過ぎた外のポケモンをダンジョンが突風という現象を用いてつまみ出している......と言う研究家もいる。
 諸説はあるため原因は明らかにはなっていないが、探検の行方がかかる事象である事から、ダンジョン探索の中では最重要ともいえる知識なのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「で、でも余程長くいなきゃ起こらないんじゃ......」
 「そんぐらい長くいるんだよ! 正直これでも耐えた方だ! 何度かやられたことあるんだよ、だから分かる!」
 
 ......そう言われて、キラリは自分の耳が規則的にゆらゆら揺れるのにやっと意識が向いた。レオンの口調からして、多分本気なのだろう。 先程吹いた風も、きっとその予兆。 そして、キラリ達5匹全員が、今の状況がとても悪いものである事をすぐに理解した。
 今、ダンジョン内は自然の監獄である。 ダンジョンの中ならば、自分達の他にポケモンはいない。 でも、追い出されればどうなる? ソヨカゼの森はオニユリタウンに1番近いダンジョンだ。 そんな場所の入口に、今のユズが投げ出されれば......
 最悪の事態を、覚悟しないといけなくなる。

 「......どうするんですか、どうすればいいんですか!」
 
 焦り故か、オロルが柄にもなく叫ぶ。 だが、レオンはこう返すだけだった。
 
 「急げ! 俺にはこれしか言えない! 役に立たない中年ゴルダックへの怒りをモチベに変えるみたいな感じでいいから急げ!」
 「ええ!? ......ああもう!」
 
 ここに来てタイムリミットも意識しながら戦わないといけない苦境に立たされる。 更にレオンですら、時間を測るのに体感しか頼れないという事態だ。 いつ何が起きてどうなるか分からないダンジョンの自然が、1番やってほしくないところで牙を剥く。
 
 自然すらも獰猛な獣になってしまう事実。 それは計り知れない不安と焦りを生み出した。
 もう一度、レオンの狼狽したような叫びが響く。 それは経験則から導き出される、あまりに無慈悲な予測だった。
 
 
 「......あと2分!」
 
 

 

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