1-9  デビルトレイル

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読了時間目安:8分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 明朝早く、私たちはキャンプを発った。旧登山道は、長く使われていないだけあって土埃や落ち葉が散乱している。さながら獣道といった様相だが、それでも歩くべき場所をかろうじて確認できる程度には、道の形状が保たれていた。ときおり、木々の隙間から朝陽が差し込んでいるもののまだその光は弱い。ほとんど暗闇の中を私たちは歩いた。“悪魔”が巣喰うと聞いてはじめのうちは警戒もしていたが…、しばらく何もないうち、余計な心配だったのかとも思い始めていた。

「いい度胸だぜ。俺たちの縄張りと知ってここにきたのか?」

そんな時にこの声が聞こえた。すぐにその場で身構える私たちだが、声の主は想像より遥かに素直に姿を現した。グレーの毛並み、イヌ型のポケモン…、ポチエナだ。正面と、左右の後方それぞれに一匹ずつ。木陰から堂々と出てきた。

「とりあえず、荷物を全部よこしな。…まぁ、くれたところで無事には帰さないんだけどな。」

正面のポチエナがヒヒッと笑う。対峙するガーディは事も無げに言葉を返した。

「その頭には随分と小さい脳が備わっているようだ。」

愉快そうだったポチエナの顔がすぐに歪んだ。怒りを抑えきれぬといったように、間髪入れずに彼らは私たちに飛びかかってくる。

 状況は一対一。私が相手取るのは、左後方にいたポチエナだ。空中で大きく口を開けるポチエナは、着地のタイミングで私に牙を振り下ろす。…速くない。体をひねって避けるのは問題なかった。そのまま無防備なわき腹に体当たりを食らわす。

「うがっ!」

地面を転がる様を目で追う。直後、視界の端に鋭く尖った木の葉が映り込んだ。私も瞬時に転がるようにして避ける。…少し痛い。後ろ足と、右の胴部に攻撃を受けた。反射的に、私は木の葉が来た方向へ星状の光線を返した。私を攻撃した影は、木の上を素早く移動して見せるが…、“スピードスター”は避けられない。追尾する光がその体を捉え、火花を散らした。下駄のような足。ダーテングだ。

「イーブイ!そっちは任せた。」

後ろからポッチャマの声がした。振り返ると、ポッチャマとガーディもそれぞれポチエナを突破し、今度はグラエナを一匹ずつ相手にしている様子だ。私は頷いて、体勢を崩しながら離れていくダーテングを追った。

 ダーテングは、木の上を器用に走りながら時折私めがけて鋭い木の葉を飛ばす。その起点は不規則で、頭上から降ることもあれば、足元のものが急に浮かび上がり、意思を持ったように飛びかかってきたりもした。が、ダーテングの姿を視認できている分、攻撃の予兆は見受けられ避けるのは難しくない。私が何度目かの“スピードスター”を反撃として見舞った後、ダーテングは走るのを止めて私の正面に降り立った。

「器用な嬢ちゃんだ。見た目に反してかなりの経験があるとみた。」

言うと、ニタリと笑って私に向かい一直線に駆け抜ける。振り上げられる右腕。…だけどこれも速くない…!体を傾ける。と、真正面に見えていたダーテングは残像となって消えた。

「かかったな!」

後頭部に鈍い衝撃。視界がぐらぐらと揺れる。“だましうち”か…!理解すると同時、腹部に突き上げるような痛みが走り、私は宙を舞った。

「くぅ…!」

「カハハッ!…一匹じゃ助けてくれるポケモンもいないねぇ。」

地面を転げ、汚れた土を身にまとう私をダーテングは笑った。…罠だったのか。ダーテングがわざと隙だらけの攻撃を繰り返しながら山道を走ったのは、私に彼を追わせるため…!孤立させたところで倒す算段…。

 体を起こす。腹の中で臓物が暴れ、痛みで足には力が入らない。私が四つの足で地を踏みしめるのを待って、ダーテングはまたこちらに走り出した。彼が私に向かって手を払うと、突如現れた木の葉の刃が私を襲う。咄嗟に返した星が刃と交わり、目の前で爆発した。…これは相打ち。だがその煙で視界が覆われ、ダーテングの姿を見失った。この“はっぱカッター”は目隠しのための布石。そんなことわかってる…!問題は、次の攻撃がどこから来るのか。

 少しの静けさの後、左側の煙が揺れるのがわかった。くる。でも避けられる距離じゃない…!左前足を上げ、顔を守るように構える。すぐに凸状の足裏が勢いよく突き出され、構えた前足と衝突した。攻撃は受け止めた。けど、衝撃を逃し切るにはいたらない。地面を引きずり後ろに押し出された私の体に、ダーテングの声が降ってきた。

「カハッ、よく止めた!わずかに現れた我が影を視界の端で捉えたな。」

完全に上から目線。未だ舞う煙の中、声で自分の居場所を知らせてまで、私の動きを賞賛するほどの余裕。…油断している。そこに付け入る余地はある。私は土煙の中、天に向かって気泡を放出した。あとは気泡が“整う”まで、時間を稼ぐだけ…。

「私こそ感心したわ。…山賊という割に、計算された戦いをするのね。」

「この状況で褒められるたぁ、我も舐められたものよ。」

風が吹き付けた。視界の煙が真っ二つに割れ、その中央からは扇のような右手を揺らし風を起こすダーテングが姿を見せた。私は彼のその顔を睨みつけて見せる。…まだ、余裕を見せてはいけない。私たちは対等じゃない。ダーテングの圧倒的有利は変わらない…。そう、彼に思わせておかなければならない。ダーテングは私の表情を見るや、バカにしたように笑う。

「なんともかわいい挑発だったねぇ…。それじゃお望み通り、山賊らしくいこうじゃねぇか!」

息まき、今にも飛び出さんとするダーテング。そんな彼に、燃え盛る火炎の球が降り注いだ。…間に合った。“ウェザーボール”。私が放った気泡は天気の影響でその性質を変え、対象の身に降り注ぐ。一帯の樹木に隠れてわかりにくいが、葉と葉の隙間からわずかに漏れ出る日光は、山の外の天気が晴れていることを知らせている。晴れのとき、気泡は炎の性質を帯びる…!

「ギィヤァァ…!」

ダーテングは体を燃やしながら、苦しそうに地面をのたうちまわる。そして傍にやって来た私を見上げ、醜く顔を歪める。

「キサマァ…!」

瞳に宿る憎しみ。普通のポケモンならその威圧に怯み、怖がりさえするだろう。でも私は…、何も感じない。見慣れている。見知らぬポケモンから向けられる、憎しみや恐怖の視線には慣れている。帝国の“魔女”として制裁に向かった村々のポケモン達の表情が、一瞬のうちに私の脳裏を次々よぎる…。私はそんな光景を振り払うように、一思いにダーテングに頭突きを見舞った。ダーテングは動かなくなった。…嫌いだ。ポケモンが持つ、そして自分に向ける“負”の感情に慣れてしまった自分自身が、嫌いだ。この“瞳”を見る度に私は思う。

 辺りを見渡す。他に山賊がやってくる気配はない。が、ポッチャマやガーディもどこに行ってしまったかわからない…。ひとまず来た道を戻ってみようかと考えていた時、聞き慣れた声がした。

「お、イーブイ!ここにいたか。」

まさにどこからともなくといった様子で、林からポッチャマが出てきた。直後、

「無事か?お前たち。」

ガーディもまた別の方角から現れた。…何かがおかしい。余りにもタイミングが良すぎる。頭が発するその危険信号に、私が耳を傾けることはなかった。二匹はゆっくりと私の元に歩み寄った。

「あそこから山道に戻れる。行こう。」

ガーディの声に私は頷く。先導する彼に続こうと足を踏み出した時…、首筋に鋭い痛みが走った。一気に体から力が抜けるのがわかる。重力のまま、なだれ込むように地に伏せる私。

「どう、し、て…。」

視界が完全にフェードアウトするまでの間、ニタニタと笑うポッチャマの顔だけが私の目には映っていた。

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