第5話 “交わる道”

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 世界に夜が訪れる。ノーザンライツは未だ草原に停泊したまま、目立たないように明かりを消していた。その中で、暗い通路にうっすらと光が漏れている。医療室からだ。
 ライムの身体に走る亀裂は、時間とともに少しずつ傷を広げていく。全身が文字とおりバラバラに引き裂かれていく。薬で眠らされているにもかかわらず、痛々しいうめき声が零れた。ミュウにできることはなかった。地球連合のデータベースに、ライムの治療法は載っていない。あるとすれば、ミオだけがアクセスできる機密情報の中に潜んでいる。
 彼女を呼ぶべきか、ミュウの人工知能は決めかねていた。先ほどの銃声、間違いなくミオが撃ったものだ。もしも彼女がストリンダーの兄弟を殺めたとすれば、ライムを見殺しにするのも躊躇しないだろう。
 いや、ミオはそんなことをするはずがない……思った矢先に、当の本人が医療室に戻ってきた。それも、ひどくやつれた顔をして。

「ミオ船長、よくお戻りに……」
「コンピュータ、ミラージュ・システムを終了しなさい」

 有無を言わさぬ命令文が、ミュウの姿をかき消した。

 *

 頭が重い。顔が熱い。身体は横たわっているのに、フワフワ浮いているみたいで気分が悪い。それでもライムは、目を覚ました。
 気だるい頭を動かせば、ここはどうやら医療ベッドの上のようだが、周りを青い光が包んでいる。何かは分からないが、冷たい風に撫でられているように心地よかった。

「オレ……どうなった?」
「あと十秒黙ってて」

 ミオが椅子に座って、タブレットの本を読みながら素っ気なく言った。どうやら何かの治療の最中らしい。ライムはとたんに緊張して足先までピンと張り、口をつぐんだ。
 しばらく待つと、船のAIが『分子再生プロセス完了』と告げて、青い光がスッと消えた。ヒビはきれいに治っている。ライムは邪魔な拘束具を外して、おそるおそる起き上がった。身体はまだしんどいが、だいぶ楽になってきた。

「何が起きたのかよく覚えてないんだけど、お前が治してくれたんだな。ありがとう」
「礼を言うのは早いわ」ミオは本の文字を追いながら返した。「寿命が数日延びただけよ。あなたの運命は、テクノロジーでは変えられない」
「そっか……」

 薄明に、ぼんやりと蘇るミオとミュウの会話。深刻そうな口振りで、しまいには何かを言い争っていた。大筋さえ掴めないが、きっとオレのことなんだろうな。ライムはそう直感して、ぽすん、と再び横になった。
 幾度となく、こうした天井を見てきた。その度に、これが最後に見る景色なんだと覚悟を決めたこともある。それがいよいよ逃れられない運命として突きつけられても、不思議と心は落ち着いていた。
 マドカにはもう二度と会えない。ここに来た瞬間から、オレは思い知らされた。それならオレが生きてる意味って何なんだ。誰とも知らない他人に囲まれて、オレは……オレの役は、舞台は、もうとっくに幕を下ろしていたんだ。

「もしも」長い沈黙を経て、ミオが唐突に言った。「あなたの望みが、すべて叶うとしたら、あなたは何でもできる?」

 閉じかけた幕が、ピタリと止まる。
 ライムは一度素通りした言葉を、何度も頭で反芻した。そして、それがようやく自分に差し向けられた問いだと気づいた。

「……なんだって?」
「あなたはここに居続ける限り、死の病によって数日のうちに息絶えることになる。それもこの世界において、最も苦しい死に方によって。だけどそれを回避できるとしたら? そして何よりも大事なパートナーのところに帰れるとしたら?」静かに語るミオの目が、ようやくライムに向いた。「あなたは何でもする覚悟がある?」
「もっ……もちろんだ!」ライムは飛び起きて食い気味に答えた。
「そう」

 ミオはそれだけ返して、うっすらと目を細めた。そしておもむろにタブレットを置いて、かわりに銃を握った。ライムは思わずギョッとしたが、銃口が彼に向けられることはなかった。
 そのかわりに。

「もう一度聞くけど」ミオは自らの頭に銃口を押しつけて、淡々と繰り返した。「あなたは大事な人が待つ家に帰るためなら、本当に何でもできる?」
「……冗談だろ?」
「いいから答えなさい」

 なんだなんだなんだ、一体なんなんだ!?
 心拍数の急上昇に合わせて、周りの医療モニターに流れるグラフや電子音が乱れ始めた。できる、と言ったらどうするつもりなんだ。まさか自殺するつもりじゃないだろうな、でもなんで!?

「できないの?」
「ちょっと考えさせてくれ!」

 とても冗談には見えない。あの凍りついた表情、そして自殺を匂わせる素振り、この質問……奴に何かがあったんだ。それも、とてつもなく深い絶望に追い込む何かが。さっきのオレと同じように。
 だとしたら、何て答えりゃいいんだ? さっぱり分かんねえ、できると言ったら引き金を引きかねないし、できないと言ったら、オレは本当に帰れなくなりそうだ。
 待て待て、慌てるなよオレ。ここは落ち着いて整理しろ。
 ミオの口振りからして、オレが帰る方法はありそうだな……マドカにまた会える、会えるんだ!
 その方法をミオは知っている、というか握っているんじゃないか? こいつはストリンダーの兄弟に追われていた。連中、たしか『貨物』がどうのって言ってたぞ。奪い合うほど貴重なものを、ミオが持っているに違いない。それはきっと、オレにも使えるんだ。
 でも手に入れたのなら、さっさと貨物とやらを使っちまえばいいのに、なんでこんな質問をするんだ……どうして使わないんだろう。それとも使えないのか、使うことをためらっているのか?
 なら、ミオが質問した理由は……。

「お前」ライムは戸惑いながらも、顔を上げて。「……オレで何を確かめようとしているんだ?」

 世界がひっくり返って、頭に衝撃が走った。気がつけば、ライムはミオの手に首を掴まれ、医療ベッドに押しつけられていた。息が苦しい、首が軋む。それに今度は容赦なく銃を眉間に突きつけてきた。
 小さなエモンガの命を握って、激昂する女は叫んだ。

「いいから言え! なんでもできると、家に帰ってまた大好きなパートナーと幸せに暮らすためなら、他人の命など取るに足らないと!!」
「ぢが、う……!」
「嘘だ!! 今はまだ余裕があるだけ。じわじわと近づいてくる死の苦痛にやがて耐えられなくなったとき、あなたはきっと偽りのヴェールを脱ぎ捨てる。そして悟るのよ。見知らぬ他人など、犠牲にすればいい」
「ぞんな、ごと……す、れ……ば……マド、カが……がなし、む……!」
「それを確かめる方法なんてどこにもないじゃない!」
「……あ゛る!!」

 *

「ないよ」マドカが言った、薄ら笑みを浮かべて。「ライムは結局自分が可愛いんでしょ。あたしが大事と口では言いながら、あたしを傷つけてばかり。ねえ、ライム。あなたの身体が弱いせいで、あたしはどれだけ我慢したと思う? 何度病院に足を運んだか覚えてる? ライムがベッドに寝そべっている間、あたしはずっとあなたに縛られ続けていたんだよ」

 言われた瞬間、胸をナイフで抉られるように痛かった。悲しかった。つらくて涙が出そうになった。
 だけどライムは、泣かなかった。かわりに胸を張った。虚勢を張った。自信なんてない、ほとんど自棄を起こしたようなものだ。

「知ってたよ。マドカはオレのために、いろんなものを犠牲にしてきた。だけどな、そんなマドカを、オレはずっと隣りで見てきたんだ。だから分かるんだ、たとえお前がどんなにマドカに似ていても、マドカじゃない」

 夢のマドカはひどく驚いて、たじろいだ。しかし負けじと言い張った。

「そんなの勝手な思い込みじゃない! あたしの大事な台本をビリビリに破っておいて、勝手に家からいなくなって、舞台を台無しにした。やっぱり、あたしのこと何も分かってない!」
「そりゃケンカだってすることもあるさ! 互いに大事なものを台無しにすることもある、だけどそれは、互いに何が大事かをよく分かっているからだ。マドカは過去に払った犠牲をそんな風に思ったりしない、あいつはオレと一緒に前に進む道を選んでくれた。だからお前はやっぱりマドカじゃない、お前は……」

 オレの罪悪感が、オレ自身を罰するために作り出した、ただの悪夢なんだ。

 *

 ライムは目を見開いて、激しく放電してミオの手を弾き返した。そしてむせ返りながらも深く息を吸って、深呼吸を繰り返した。
 酸欠でクラクラしていた意識が、だいぶはっきりと戻ってきた。

「お前がさ……オレで何を、確かめようとしているのか、それは知らないけど……」痛む胸を押さえながら、ライムは上目遣いで伺うように言った。「オレたちは、まず自分を許すことから始めた方がいいんじゃないかな」

 まだ痺れる手を押さえながら、ミオは怒りで目をギラギラさせていた。唇の端を噛んで、何かを堪えているようにも見えた。正直、この後が怖い。本当に苦痛を与えてくるかもしれない。そうなったら、オレ、本当に今の言葉を貫き通せるか自信ないな……。
 頼む、これで納得してくれ。虚勢を張るライムを前に、ミオは手を下ろした。そして何を言い返すこともなく、震える肩で風を切り、医療室から出て行った。
 とたんに、ライムは全身からドッと冷や汗が吹き出した。




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『地球暦2115.08.03。記録者、ミオ臨時乗組員。
 あたしの上司、戦略士官ルーナメア中佐から助言をもらって、今日からあたしたちも日誌をつけることにした。今さら自分で言うのも恥ずかしいけれど、あたしはプロメテウスの上級士官を目指している。
 目標はルーナメア中佐のようにかっこよくて、レノードのように知的で、ミュウツーのように強い士官になること!』

『地球暦2117.05.26。記録者、ミオ士官候補生。
 聞いて聞いて、今日は船が大変なことになったんだよ! なんとゾロアークの幻影が、船とみんなを丸ごと変化させちゃったの!
 あたしは勇者アーロンになって、仲間と一緒に荒野の戦場で大暴れしたんだ! ああ楽しかったなあ!
 無事にゾロアークを追い出して、船長はもう来て欲しくないみたいだけど、あたしはまた会いたいな……今度はロケット団みたいな悪役になるのも悪くないかも?』

『地球暦2134.04.27。記録者、ミオ中佐。
 いよいよ明日、航界船ソウルシルバーに乗船する。私が副長として就任する初めての船だ。新しい乗組員たちが私を認めてくれるかどうか、いささか不安ではある。けれど同時にワクワクしている。
 ソウルシルバーはこれより五年間の長距離探査ミッションに旅立つのだ。一体どんな冒険が私たちを待っているのだろう。相棒のシルヴィも尻尾を揺らして楽しみにしている。たとえどんな旅になろうとも、彼と一緒なら乗り越えていける。そんな気がする』

『地球暦2178.01.13。記録者、ミオ准将。
 どうにも現場の船長歴が長すぎて、未だに提督に昇進した気がしない。他の提督たちは年寄りだらけなのに、私だけがまだ若い見た目だからだろうか。周りからの目も少し気になる。
 秘書にはミラージュ・システムのイヴを採用した。きっと他の者では、こんな見た目の提督の秘書などやりたがらないだろう。ミュウの遺伝子のおかげで長寿という恩恵を得ているが、せめて外見だけは年相応になりたかった。
 ……補足。このことをシルヴィに話したら、鼻で笑われた。彼は成長しても未だに生意気なままだ。なんとかして彼をギャフンと言わせてやりたいが、何をしても子供っぽいと笑われそうな気がする。困ったなあ』

 窓から夜空を仰ぎながら、ミオは湯気の立つホットココアに口をつけた。舌がややヒリヒリしたが、とろりとしたチョコレートの甘味が優しく包み込んでいく。
 時計の針は深夜をとっくに通り越して、地平線の彼方が少しずつ白みを帯びてきた。じきに夜明けだ。ひと晩中たれ流し続けた何十年分もの音声記録も、ようやく終わって静かになった。今はただ、ココアの甘味と静寂を噛みしめている。

「もう日誌なんて何年もつけてなかった」
「記録によれば、時間戦争の終戦後からですね」

 ミオの後ろでミュウがふわりと漂い、言った。
 そうねえ。ミオは昔を懐かしんで目を細めて返す。

「日誌は私に失ったものの大きさを思い出させるの。だから記録を残したくなかった。私の成長は、シルヴィやワイルドジャンパーと共にある。彼らが欠けた今、日誌をつける意味なんてないと思っていた」
「今は違うのですか?」
「いいえ、まさか。考えは変わらないし、過去の日誌を開くのはとてもつらかった。だけどこのつらさは、今までと何かが違う。まるで彼らが、過去の私と仲間たちが、今の私に何かを伝えようとしているみたいに感じるの」
「そのメッセージの、意味するところは?」

 ミオは答えなかった。言葉にするともったいないような気がした。これは誰かと共有するものではなく、自分の奥底にある宝箱にそっとしまっておくべきものだ。
 そもそもメッセージを受け取るつもりはなかった。だが、ひょんなことから拾ったエモンガが、まるで鏡に映った自分のように思えてならない。もしも彼が自分を許せるのなら、きっと私も……。
 小さな口から、穏やかなため息が零れた。

「どうして今までやめられていたのかしら……」
「ミオ船長?」

 首を傾げるミュウの頭を、ミオは微笑みながらそっと撫でた。

「ライムを呼んできてくれる? 彼の帰郷に向けて、作戦会議を開きます」

 *

「ときのはもんん?」

 眠たげな目をこすりながら、ライムは「なんだそれ?」とたくさんの疑問符を浮かべた。
 ここぞとばかりにミュウが躍り出た。

「時の波紋とは、セレビィがタイムトラベルをする際に発生する副産物で、凝縮された純粋な時間エネルギーの塊を指します。通常、これは弱ったセレビィを回復させるためのものですが、二一世紀初頭にグリングス・コーダイという人間が触れて、『未来視』の力を付与する効果が確認されています」
「未来が視えるから……なんだって言うんだ?」
「用途が他にもあるの」ミオがデスクに座ったまま言った。「二二世紀後期になって、地球連合は時の波紋を利用したタイムトラベル技術を完成させた。ただし、一度のタイムトラベルにつき消費する時の波紋の量が問題なの。二百年ほど遡るには、時の波紋が四つ必要といった具合にね」
「てことは、つまり……!」
「その四つを私が持っているの。最後のひとつを、この世界で無事に採取したわ」

 ぃよっしゃあ! さっきまでの眠気が吹き飛んで、ライムは思わずガッツポーズを取ってしまった。だがクスクス笑うミオを前にして、急に恥ずかしくなってきた。
 慌ててごまかすように咳払いをした。

「他にも問題があるんだろ?」
「タイムトラベルの燃料は手に入れたけど、肝心のタイムマシンが手元にないの。各国政府は時間協定に批准しているから、協力の見込みはない。ただ非合法にそれを持っている連中がいて……」
「それがライアン・シンジケートって奴か」ライムはムッと口を結んだ。「どういう連中なんだ?」
「ここ数年で急成長してきた犯罪組織よ。リーダーのライアンは徹底した秘密主義で、一部の幹部以外に彼の正体を知る者はいない。だからこそ付け入る隙がある」

 にやあ、とミオは不敵な笑みを浮かべた。なにか嫌な予感がする。ライムが背筋に走った寒気に震えると、案の定。

「奴らからタイムマシンを盗む方法がある。ただ、危険すぎると思って一度作戦を変えたの。でもあなたが本当に帰りたいと思うのなら、この方法しか残ってない」
「それにしては、なんか楽しそうに見えるんだけど」
「立ちはだかる障壁は高い方が燃えるでしょ?」

 なんかこの人キャラ変わった?
 ライムが無言でミュウに訴えかけると、彼も黙ったまま首を横に振った。これが本来の彼女なのだ、と。

「もうひとついいか?」気を取り直して、ライムは真剣な眼差しを向ける。「どうして気が変わったんだ? 危険を冒してまで集めた時の波紋、本当は別の目的のために使うつもりだったんだろ? そんな大事なものを、なぜオレに……」

 聞くべきか否か、言った後でも自信がない。でも有耶無耶にしたまま助けてもらうのは違うだろ。ライムはミオの答えを待った。
 ミオは腕を組んで、じいっとライムの顔を見つめていた。その視線は、やがて宙を泳いだ。

「……たぶん、自分を許したからでしょうね。あなたと同じように」

 *

 地球暦2209.07.30。記録者、ミオ……肩書きなし。
 これが私の記す最後の記録となるだろう。地球連合への批難と抗議を兼ねて、ここに残す。
 時間戦争は終結し、すべての世界が時間協定の締結に向かっている。みんなが平和を望んでいる。そのために犠牲となった、私の仲間たちを見殺しにして。
 最後の戦場となった世界は、破滅的な時間の矛盾を孕んだまま、『星の停止』を迎えた。もはやこの世界は二度と時間を刻むことはない、時間の永久凍土になった。動き出せば、時間の矛盾がウルトラホールを超えて拡散し、すべての世界が死滅する。だから星の停止を起こすために奮闘し、星の停止に巻き込まれた私の仲間たちは、必要な犠牲だと言う。
 助けだす方法を、ろくに調べもしないで……。
 彼らは恐れている。際限なく安心を求めて、わずかでも危険があれば、簡単に捨てろと声高に叫ぶ。それを必要とする者の声を、なかったことにして踏みつける。
 もはや私は地球連合を信頼しない。奴らがやらないのなら、私がやってやる。たとえ他の世界が炎に包まれようとも、私は必ず家族を取り戻してみせる……!
 今に見ていろ。

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