Box.38 とくべつな こどもたち

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


「カザアナへ?」
「うん。連れて行ってくれ」

 合流し、ポケモンセンターの部屋でリクは事のあらましを話した。ゴルトの出した条件は〝リマルカにサニーゴの言葉を読み取らせることと〟だ。ゴルトに何の利益がある行為なのかは分からない。(「気になるなら、考えてみるこったな」)行けば分かるのだろうか。ホムラのことを伏せてサニーゴの顛末を話し、リマルカなら何か読み取れるかもしれない、と告げた。お前がそこまでする必要はあるのか、とソラは言った。やりたいのだと押し切った。

「ねーねー。サザンドラは、そのぉ……どうなったの?」

 コダチがそろそろと片手を上げる。少し考え、「オレが持ってるけど、どこに持ってるかは内緒」とはぐらかした。ええー、とコダチの恨めしげな目が頭頂から足先までを通過するも、場所を判別出来なかったらしく、しおしおと離れていった。
 「お前がオニキスを?」ソラは意外そうな顔をした。「サニーゴから離れたがらないんだ」取引のあと、ゴルトは二匹をボールに戻し、リクに預けた。死んだポケモンが戻せることに驚くと、「ゴーストポケモンだって死んでるみたいなモンだろ」と彼は言った。「案外ガバガバ機能なんだよ。ガルーラやヤドランは二匹いっぺんに入ってるしな」そんなわけで二匹のモンスターボールは、リクのリュックの底で眠っている。

「サニーゴのことが終わったら……お前、どうする」

 抜け目ない双眸が問いかける。それが終われば、ゴルトがウミのその後について教えてくれる。机上の新聞を見やった。燃え盛るスカイハイが一面を飾っている。

「この地方に残るよ。オレに出来ることを探してみる」

 やることは決まっていた――ホムラを探すこと。ウミのこと、ホムラのこと、サザンドラのこと、ヒナタのこと。一つずつやっていこう。その為にカザアナへ行くのだ。
 カザアナは地下の街だとゴルトは言った。ヒナタと出会い、サザンドラと命からがら這い出したあの場所に、今度は自分の意思で戻ろうとは思ってもみなかった。その目的地にエイパムは顔を青くしながらも、余裕を見せようとやれやれ首を振る。タマザラシは相変わらず太い肝の持ち主のようで、キャッキャと楽しそうに手を叩く。リーシャンは心配そうにリクを見上げた。「心配するな。今度は置いていったりしないから」安心したまえ、とエイパムが尻尾をくるりとしたが、ぎこちない動きだった。

「駄目だ」

 鋭い制止がかかった。冷や水をぶっかけられたような気分で見返すと、ソラが険しい顔をしていた。

「サニーゴのことが終わったら、お前は帰れ。最悪マシロでも良いから大人しくしてろ」
「なんでだよ。オレが残って、何が悪いっていうんだよ」
「この地方に来てから何度病室送りになったか覚えているか? ナギサ、ルーロ―、ゴート……これで3回目だ」
「次は上手くやるし、医者の世話にもならない」
「保証はない。俺の知る限りでも4回は死にかけてるじゃないか」

 リーシャンが目を剥いた。そんなに多かっただろうか。他人事のように振り返る。トラックから落下したとき、地下大空洞を這い出たとき、燃え盛るポケモンセンターに飛び込もうとしたとき、ノロシを叩き落としたとき、ルーローでサザンドラから落下したとき、テレポートから落下したとき。そして相手の気まぐれで生きてはいるが、ホムラと相対したとき。7回だ。そんなに死にかけてない、と思ったが、数えたら指摘よりも多かった。リクは渋い顔をした。

「……生きてるんだから良いだろ」
「そういう問題じゃない!」

 ソラが声を張った。(だったらどういう問題なんだよ?)怒っている意味が分からない。心配だというのなら大きなお世話だ。どれもこれも、やりたくて危ない目に遭った訳じゃないし、結果的には生きている。それを言うならユキノに吹っ飛ばされたり、老婦人の相手を務めようとしたりとソラも他人の事は言えない。胡乱な目をリクは向けた。

「喧嘩しないでよぉ!」

 コダチが及び腰で割り入ってきた。泣きそうな顔にリクはうっと詰まった。その点ソラは容赦がなかった。「コダチちゃん、悪いけど少し黙っててくれないか」「ひゃい」しょんぼりと肩を落としてコダチは床に体育座りする。その横にタマザラシも並び、とろんとした目をぱちぱちしている。「たまま~……」「ひぇん」リーシャンは眉を下げているし、エイパムは腕を組んで話を聞いている。キルリアがちょこちょことリーシャンに近づいた。「フィ」「リリ……」リーシャンを慰めながら、キルリアはエイパムを見やった。「フィフィ?」「きっ」エイパムが肩を竦める。

「いいか、お前は本来、事件に巻き込まれただけの普通のトレーナーで、飛び抜けて強い訳じゃないし、無茶すりゃ大怪我もする。カジノの時も思ったけど、そこら辺が全然分かってない」
「だから次は上手くやるって言ってるだろ!」
「いいや、駄目だ。無理だ」

 言い争いは完全なる平行線を辿っていた。無理無茶無謀との説教を繰り返すソラはまるで耳を貸さない。カジノの時と同じパターンだ。テーブル席につこうとしたリクを同じ論調で引き留めた。だが結果としては老婦人に勝利したし、あの一件がなければ襲撃によりツキネにも会えなかった。死にかけたことは沢山あるが、そうしなければサザンドラは助けられなかったし、ユキノにも勝てなかった。安全に解決出来たならリクだってそうしている。出来なかったこと、危なかったことばかり上げ連ねるのは止めて欲しい。(あれをやるな。これをやるな。やれ危ない。やれ無理だ。嘘ばっかりに禁止ばっかりで息が詰まりそうだ!)苛立ちがどんどん顔つきを頑ななものへと変えていく。ほぼ耳を閉じかけていたリクに、こちらも苛立ちを感じている声で言った。「実力もないのに首を突っ込むな!」

「今、なんて言った」

 低く、地を這うような声だった。ソラは言葉を引っ込めなかった。相変わらず説教する親の顔で「お前は本来、普通のトレーナーだ。大人しくしてろ」と繰り返した。普通ね、と言葉を舌で転がす。
 カザアナのリマルカは天才少年。ユキノは既に多くのバッジを持ったエリートトレーナー。ソラはそれよりもっとバッジを持っていて一目置かれている。敵方のホムラは同い年くらいの少年。不意に、ホウエンを救った少年を思い出した。(『新進気鋭の新チャンピオン! ユウキ君にインタビュー! 破竹の勢いでジムを制覇し、チャンピオン・ダイゴを打ち破りました! 更には大事件を解決したとか!? これから旅立つ少年少女へメッセージをどうぞ! ――そうですか。〝恐れずに、好きな事をやり、好きな場所へ行って欲しい〟と。素晴らしい! 勇気を持って旅に出る。今の少年少女達には胸に刻んでいただきたい! ありがとうございました!』)唇を噛んだ。(「おいおい。同年代にヒーロー役を奪われたガキの言葉とは思えんな」)どいつもこいつも強くて遠くて、手を伸ばす先から行ってしまう。

「だったら、オレと勝負しろ」
「お前と?」

 ソラが訝しげに問い返した。まじまじとリクを見て、「どうして」と言った。本当に不思議がっている様子だった。

「お前と勝負したって意味ないだろう」
「オレが勝ったら、もう止めろとか危ないとか言うの止めろ」

 睨みつけると、ソラは困ったように大きくため息をついた。それがまた燗に障る。「なら、俺が勝ったら大人しく帰ると約束してくれ」ソラの出した交換条件に不安が過ぎった。ソラがふっと目を細める。

「――どうした、怖くなったか?」
「いいさ、約束してやるよ!」

 振り払うように怒鳴った。「よし、だったら来てくれ」と、ソラは扉に手をかけた。リクは眉を寄せた。

「バトルするんだろ? お前の気が変わらないうちにやってしまおう。場所は……ポケセンの裏手で良いか」

 ポケモン達を連れて裏手に出た。ほとんどのカジノが休止に入っていることもあり、静かだ。ポケモンセンターの裏手は簡易のバトル場になっている。錆びたフェンスに囲まれたシンプルなバトルフィールドがあった。人の気配に反応して電灯が点った。チカチカと不規則に縮んだり膨らんだりする光が、曖昧に夜闇を照らしている。まばらに生えた雑草は、フィールド内には見当たらない。最低限の手入れはされているようだ。
 審判役はコダチだった。「ねー……止めようよ~……」ピリピリした空気に耐えられず、半泣きで訴える。無視。その頭にはリーシャンがこれまた言いたいことのある顔で乗っかっていた。なんとか無視。フィールドのラインが消えかけている。二人は所定の位置についた。

「使用ポケモンは一体の一本勝負。もう夜も遅いし、早めに終わらせたい」
「ああ。構わない」

 使用するポケモンは――エイパムか、タマザラシか。エイパムを見やると、彼はチラリとリーシャンを見た。リーシャンが反対するなら、やる気はないと言いたげだ。一方タマザラシは、ぷーぷーと鼻提灯を出している。お子様は寝る時間らしい。がっくしと肩を落とし、ボールに戻してやった。(……仕方ない)エイパムの尻尾をくいと引っ張り、その大きな耳に囁いた。

「お前出てくれよ」
「きー……」
「頼むよ、勝ちたいんだ。お前だって朱色のフードの連中をどうにかしたいだろ」

 ゆらゆらと尻尾が揺れる。それはそうらしく、エイパムの眉間に皺が寄る。タマザラシと違ってカジノ出身のエイパムは宵っ張りだ。場数も踏んでいる。「……シャン太の好きなもの、教えてやろうか」ぴく、とエイパムの尻尾が止まった。

「それだけじゃない。勝ったら昔のシャン太の話もしてやる。どうだ」
「きき?」
「カザアナに行く前にシャン太に格好良くて強いところ、見せとかなくて良いのか?」

 ピンと尻尾がアンテナのように立った。こそこそと肩を寄せ合って技を確認し終えると、仕方ないなぁ、というそぶりでエイパムはフィールドへと出た。交渉成立。エイパムはキルリアに優雅にお辞儀をした。ぺこっとキルリアも頭を下げ、リーシャンを横目に苦笑した。

「えー……使用ポケモンは一体の一本勝負! リクちゃんが勝ったら残ります! ソラ君が勝ったらリクちゃんはお家に帰ります! 試合、開始!」
「ゲイシャ、スピードスターだ!」
「ききっ!」

 先手必勝。ひらりと尻尾を翻した瞬間、無数の星が飛び出した。バトルアイドル大会、バトルカジノと特殊な戦闘が続いた。フィールドでの通常戦闘、しかもポケモンに指示を出しての戦いとなると、実に1年ぶりだった。緊張感が高揚を高める。自分だってポケモントレーナーで、まだバトルフィールドにいるのだと全身で主張する。
 対するソラは緊張した様子もなく、言い放った。

「サイコキネシス」

 キルリアの緑髪が揺らめき、淡く発光しだすと視界が歪んだ。見えない塊が速度を持ってやってくる。肉薄した星々が刹那に弾け、押し勝ったサイコキネシスにエイパムが吹っ飛んだ。「ゲイシャ!」「リクちゃんストップ!」足が止まる。フィールド内は本来、トレーナーの侵入厳禁だ。止めてくれたコダチに感謝しつつも、もどかしい気持ちに襲われる。地面を擦ったエイパムが跳ねるように立ち上がった。ホッとするが、冷や汗が頬を流れ落ちた。エイパムが立ち上がるまでの間、追撃はなかった。相対するキルリアは目を閉じて浮遊している――まずい。

「スピードスター!」

 尻尾が翻る。輪郭の曖昧な夜闇を星が裂く。瞑想を終えたキルリアの周囲に、マジカルリーフが多数出現した。「リア」声を合図に刃が風を切る。スピードスターと衝突し、光の粒子が散乱する。切り抜けた刃がエイパムの目前へと差し迫った。「きっ!?」〝瞑想〟により威力が高まっているのだ。バックステップでエイパムは逃れるも、刃が追いすがってくる。
 フィールドを飛び出し、フェンスへと飛びついた。蹴り飛ぶとフェンスがたわみ、細かな塗装が落下する。マジカルリーフは曲がりきれず衝突した。くるくると滞空するエイパムの目下、キルリアは二陣目のマジカルリーフを構えていた。にっこりと微笑む。「きぃー!?」「す、スピードスター!」体勢不利ながらも飛び出しかけた星々が、無数の刃によってエイパムもろとも切り裂かれて霧散する。フィールドにエイパムの身体が落ちた。「ゲイシャ!」今にも駆け出しそうにしながらも、所定ライン間際でリクはエイパムを注視していた。
 倒れ伏したエイパムにコダチが駆け寄る。状態を確認した。

「ゲイシャちゃんは気ぜ――」

 瞬間、跳ね起きたエイパムがスピードスターを放った。数は少なく、速度を最優先にしたスピードスターが流星のようにキルリアへ刃向かった。
 だが、届くことはなかった。

「――フィ」

 キルリアは油断などしていなかった。既に発動していたサイコキネシスにぶつかり、最後の抵抗が消散する。サイコキネシスは力場を維持したままエイパムへと襲いかかった。吹っ飛んだエイパムがフェンスに激突する。フェンスが大きく震え、そして、ずるりとエイパムが落ちた。
 コダチが近づき、再度確認する。今度こそエイパムは本当に気絶していた。サッと片手をあげる。

「試合続行不可により、この勝負ソラ君の勝ち!」
「勝負あったな」

 キルリアがエイパムに駆け寄り、癒やしの波動をかける。リーシャンも同じく近づき、心配そうに覗き込んだ。「フィフィ」「リ」擦過傷が少しずつ癒えていく。ふらりとリクがその輪に加わった。「……ゲイシャ?」信じられない目でエイパムを見つめた。
 エイパムが目を覚ますと、ソラはキルリアを労った。「夜遅くまでありがとう。あとは休んでくれ」「フィフィ」エイパムは起き上がると、じたばたとした。まだ戦闘中であると錯覚している。「リ」リーシャンが留めた。「きき?」「リリリ」エイパムは瞠目し、まん丸な目でリクを見返した。まさか、嘘だろう? と言いたげだった。
 ソラが言った。

「約束だ。サニーゴのことが終わったら、帰る。分かったな」

 返事は出来なかった。

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