Film4-2 オレにはムリ! 主演の行方!

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 帰って来てからも、ライムの心にはきりばらいがなされることはなかった。夕飯のおかずの筑前煮は喉を通らず、ひじきの煮物には間違って醤油をかけてしまって大惨事。心ここにあらず、というのは家族の誰の目から見てもよく分かった。

「ごちそうさま」

 席を立つライムだが、食事にはほとんど口をつけていない。風邪を引いてもご飯だけは残さず食べるマドカが、どうして__マイヤとハッサクは、これはタダゴトではないと目を丸くしている。
 マイヤに至っては、「今日のご飯、おいしくなかったのかしら」と、落ち込むような顔をしていた。先にハッサクが、マイヤの気持ちも代弁するように娘に声をかけてみる。

「どうした? マドカ。元気ないように見えるよ」
「そ、そうかな? ちょっと疲れてるのかも」

 取り繕うようにそう言うライムだったが、さらにマイヤとハッサクを心配させることとなる。おまけにスダチやタロッコが「身体の具合でも悪いのでしょうか」とか、「マドカが食欲ないなんて、珍しいね」なんて言っているのも聞こえてくる。
 これ以上心配かけるワケにもいかないし、何より、学園祭の主演のことについてゆっくり考えたい__ライムは早くこの場から離れたかった。

「今日はお風呂入って、もう寝るね」

 それだけ言い残し、ライムはぱたぱたと食卓を離れていった。残された食事だけが、悲しくテーブルの上に佇んでいる。
 まるでライムを追うかのように、マドカも食事を中断させて居間を離れる。このままライムのことを放っておけない、という本能が働いたのだ。
 一方で、妹と自分達とを隔てる扉を見つめながら、コウジは「もしかして」という自分の思いを自然に口にしていた。

「まだ気にしてんのかな……」
「何かあったのかい?」
「学園祭の公演、マドカとライムを主演で当て書きしたんだ。でも、マドカのヤツ、他の部員に主演を譲ろうとしてて。俺、マズいことしちゃったのかも」

 かつて、ライムのためにスポットライトを浴びることを諦めたマドカ。去年の学園祭で無理をさせすぎたとでも、思っているのかもしれない。
 しかしコウジとしては、本当にマドカがそれでいいと思っているとは、信じがたかった。ライムの体調にしても、あの学園祭の後からは長期入院になることも、再発することもない。常にライムのことを気にかける、ライムファーストなマドカなら、一緒に主演をやり遂げてくれると思っていたのだが。



★ ★ ★



 マドカの部屋のベッドの上で、ライムは仰向けになって天井を見上げている。
 オレにはできない。だから主演を降ります__そう言えれば、どれだけ楽なことか。だが、ライムの中でも葛藤が起こっていた。
 主演を降りれば、せっかくコウジが当て書きにしてくれた脚本を白紙にしかねない。そこまでいかなくても、この時間のない中で、配役を決め直さなければいけない。
 それに何より、自分だって主演に憧れがないワケじゃない。むしろやってみたいと思う。だが、何をやってもダメなネガティブな自分に、主演が務まるのだろうか。 

《ねぇ、ライム。本当に主演降りちゃうの?》

 マドカが心配そうにおずおずと尋ねるが、ライムは何も返せない。
 よけいにライムを追い詰めてしまったことを悟り、マドカは何か言わなければとさらに続ける。

《ご、ごめん。でもね、あたしもアキヨちゃんが言うように、もったいないなぁって思うよ。あたしのことなら、大丈夫だから__》
「お前が倒れたりしたら、どうすりゃいいんだよ?」

 マドカの言葉を遮るように、ライムはさらに続けた。その声には、どこか突き放すような、つららばりのような冷たさと鋭さを感じ取れる。ただ冷たいだけじゃなく、ライム自身の苦しみが声を通して、マドカにもじんわりと伝わってくるのが分かった。

「オレの身体になったマドカが、具合悪くするのを防ぐには、それしかないんだ。もったいないって分かってるけど、でも……」

 自分が降りるしかないと思っている。
 それを言ってしまえば、本当に自分の意思が“降りる”ということに定まってしまいそうで、ライムは言葉をわざと途切れさせた。
 そう、ライムが快く主演を引き受けられないもう一つの理由。それが、自分の身体をしているマドカだった。病気の辛さは、自分が一番よく分かっていると、ライムは強く感じている。だからこそ、マドカに同じ思いはさせたくないと思っていた。

「マドカ。ちょっといい?」

 ノックの音と共に、扉の向こうから1人の客人__マイヤが現れる。
 言い合ってたの聞こえたかな。ドギマギしながらも、マドカとライムは、マイヤが部屋に入ることを許す。マイヤはというと、まるで流れるようにベッドにちょこんと腰かけた。

「コウジから聞いたわよ。主演に選ばれたって本当?」
「あ、まぁ……うん。でも、まだやろうか迷ってる」
「どうして?」

 なかなかライムは口を開こうとしない。だが、マイヤになら、自分の本心を打ち明けてもいいような気がして。この優しく穏やかな微笑みなら、きっと“マドカ”としての自分の気持ちを受け止めてくれるんじゃないか。そう思うと、ライムの口は勝手に動いていた。 

「……自分には向いてないって思う。学園祭って大きいイベントだし、務まるか分からない。それに、マド__じゃなくて、ライムの体調も心配。去年みたいに、入院したらどうしようって」

 うんうん、そうなのね。マイヤはライムの言うことを、否定せずに傾聴する。大人に話すってだけで、こんなに気持ちが楽になるんだな__ライムはそう実感させられる。
 しかし、マイヤが口にした言葉は、ライムにとって意外なものだった。

「マドカは、どうしたいの?」
「え?」
「今のマドカの気持ちを聞いてると、やりたくないから迷ってる、って感じには聞こえなくてね。自分に向いてるか分からないっていうのと、ライムのことは一回置いといて、マドカはどうしたい?」
「それは、……」

 考えたことがなかった__いや、それは語弊があるだろう。
 考えたけどなかったことにしようとした。したこともあった。それが、ライムにとって一番的確な言葉だった。
 やりたいか、やりたくないか。そんなこと、聞かれなくても答えはひとつだ。そこに「自分には向いていないから」と理由をつけて、本当の気持ちから遠ざかっていたことは否めない。
 ほんの少しのやり取りで、マイヤは見抜いていたのだ。さすがは元大女優として、いろんな人やポケモンを見てきただけある。

「一番大事なのは向いてるかどうかじゃなくて、マドカがやりたいかどうかじゃないかしら」
「でも、ライムのことは? 去年みたいに、直前に入院するようなことがあったら……!」
「マドカ。パートナーのことを心配するのは、あなたの優しくていいところ。でも、ライムの気持ちは考えた?」
「あ__」

 ライムの気持ち。今でいえば、マドカの気持ち。
 マドカだって、主演をやりたいと思って頑張ってきていた。それを、ライムが「倒れるといけないから」とセーブをかけようとして、今のマドカの思いを無視していたことになる。
 副部長を降りたとき。マドカの姿を見て、自分は何を思った?

「じゃあ、もしもマドカがライムだとして。マドカがお芝居を本当はやりたいって思っているのに、ライムがそれを止めようとしていたら、どう思う?」
「そんなん、怒るに決まってる! 10まんボルトのひとつでもかましてやりたいところだ!」

 ベッドから立ち上がり、ライムは強気できっぱりと答える。
 しまった。いいタイミングでの質問だったから、思わず地が出てしまった__すぐに冷静になったライムは、しゅぅ、とちいさくなるように、またベッドに座り込む。
 実際、本当に今マドカがライムでライムがマドカなのだが。現状の解説は、ライムの心の中にとどめておいた。

「……だと、思う。たぶん」
「そういうことよ。ママとキヨミもそうだったから、よく分かるの。でもね、最後はキヨミの好きなように、お芝居をさせていた気がするわ」

 そういえば、そうだったかな。ライムは生前のキヨミの姿を、今一度思い返してみた。
 自分と同じ病気で苦しんでいたこともあったけど、よっぽどのことがない限り仕事のオファーは断ってなかった。クランクアップを迎え、最後の仕事までやり遂げていた母は、間違いなく最高の役者ポケモンだった。
 今になって繋がった。キヨミが亡くなる直前まで仕事に集中できたのは、マイヤがキヨミの意思を尊重していたからなのだと。

「マドカはライムの気持ちを、ライムはマドカの気持ちを。そしてお互い、自分自身の気持ちも大事にしてあげてね」

 部屋を出ていく際に、マイヤはそう言い残した。
 再び1人と1匹きりになったマドカとライムは、改めてマイヤの凄さを噛みしめていた。これが母であり、役者としての大先輩の姿なのだと。

「マイヤさんって、すげーな」
《そりゃそうだよ、だってママだもん》

 ところでさ、とマドカは話題を切り替える。 

《ねぇ、ライム。前から聞きたかったんだけどね》
「なんだよ?」
《ライムはどうして、お芝居やろうと思ったの?》
「え?」
《あたしに合わせてやってくれてんのかなぁって思ったけど。でもじゃなきゃ、ここまで一生懸命考えてくれないでしょう?》

 そういえば、誰にも話したことがなかった気がする。
 あれだけ主演なんて向いてないとは言っていたが、ライムは芝居自体は好きだ。少なくとも1年以上は、入院などのアクシデントがありながらもずっと続けている。
 今なら、自分が今まで胸に秘めていたものを、マドカに言ってもいいかな。ただ、自分だけ胸の内を明かすのはフェアじゃない。

「マドカはどうなんだよ?」
《あたし? あたしは、うーん……》

 自分から話を振っといて、まさか何も考えていないワケじゃないだろうな__ライムの憶測は、杞憂に終わった。

《ママとキヨミちゃんに憧れてたんだ。お芝居してる2人もカッコイイんだけど、2人で何かやってるってのが楽しそうで。だからあたしも、ライムと一緒に何かやりたいって思ったんだ》

 それはライムにも分かる気がした。現役時代のマイヤとキヨミの存在感は圧倒的で、ポケウッドの一時代を築いたと言われている。名声を得る、という結果も純粋にすごいと思っていたが、何よりも当時の2人は生き生きしていた。
 幸せだった2人を、自分の“産みの親を喪う”という形の不幸体質で引き裂いたようなものだが。
 ともあれ、何をやってもダメな自分でも、一緒に何かやりたいって思ってくれるパートナーがいる。そのことが、ライムの心を少し解かしていた。

《で、ライムはどうなの?》

 何かこっぱずかしいけど、マドカが話してくれたんだからオレも言わなきゃ__ライムは少し迷いながらも、たくさんの映画ディスクが揃っている棚に目をやる。そして、ひとつのディスクケースに手をかけた。

「……これ」

 ライムが手に取ったケースには、1人の少女とポッチャマが写っている。長い髪を持つ少女の顔立ちは、父のハッサクや親友のアキヨに近いものであり、イッシュから見た外国のトレーナーであることがよく分かる。
 この映画は、マドカもよく知っている。『魔法の国の不思議な扉』と題されたその作品は、急きょ映画体験に来たポッチャマ使いのトレーナーを主演に抜擢した結果、大ヒットを記録したとか。
 
(でも、あの女の子が出た映画はこの1本だけだから、幻の映画ともいわれてるんだよね)

 映画オタクのマドカは、業界の裏話についても少しだけかじっていることもあり、心の中で補足していた。
 ハッサクのツテでゲットできたこのディスクは、マドカとライムがよく見ていたものだ。特にライムにとっては、辛い入院生活の中で数少ない楽しみのひとつでもあった。

「このトレーナーとポケモンみたいに、オレもマドカと一緒に輝けるのかなって。今とは違う自分になれるんじゃないかって」
《なれるよ》

 マドカは即答する。きっぱりとそう言い切れるマドカのことを、ライムは不思議に思った。

《だってお芝居って、なりたい自分になれるんだもん! それで見ている人に夢や希望を与えられるんだから、みんなハッピーだよね!》

 あぁ、そうかもしれない。
 ライム自身、身体が弱く何をやってもダメだと思っていた。絶望の淵がどんなものかをよく知っている。
 そんな中で、映画を、芝居を通してたくさんの元気をもらった。あんな風になりたいと、思えるようになった。
 入院、再発の繰り返し。不幸ばかり降りかかる自分でも、変わることができるのだとしたら。ライムはもう一度、希望を持ってみようと思えるようになっていた。

「そうかもな」
《ねぇ、久しぶりに見ない? その映画》
「今からかよ!? 明日寝坊するぞ?」
《だいじょうぶだいじょうぶ!》



★ ★ ★



 翌朝。
 パジャマ姿のコウジは洗面台の前で歯ブラシをくわえている。スダチも一緒になって、毛づくろいなんかをしている。
 同じくまだ着替えも身支度も整えていないマドカとライムは、覚悟を決めるようにコウジに気配を送る。勘のいいコウジはすぐに気づいたようで、ぐい、と顔を向ける。

「はよ」

 入れ替わってからというものの、自分の気持ちを伝える機会が増えたが、慣れるにはかなりの時間を有する。ライムは声を絞り出しながら、コウジをゆっくりと見上げる。

「お兄ちゃん、あの」

 ここまで言いかけて、ライムはほんの一瞬ためらう。やっぱり、自分にはムリなんじゃないか。主演をやりたいなんて、身の丈に合わない願いなんじゃないか。
 ネガティブモードになったライムだが、ツンと足首をつつかれて我に返る。言うまでもなく、仕掛け人(仕掛けポケと言うべきか)は、マドカだった。
 大丈夫、言ってごらん。マドカが目で、そう訴えているのが分かる。同時に、昨日の夜にマドカが言ってくれた言葉が頭をよぎった。



__オレもマドカと一緒に輝けるのかなって。今とは違う自分になれるんじゃないかって。
__なれるよ。



 マドカに背中を押されるように、ライムはようやく、この瞬間のために用意していた言葉を口にする。

「……あたし、やっぱり主演やりたい。お兄ちゃんがくれた役、みんなが任せてくれるなら、あたし、ライムと一緒にやり遂げたい!」

 言い終えた後、ライムはおでこや手から変な汗が出るかと思った。できることなら、その場に膝から崩れ落ちたい。
 妹が勇気を振り絞るように告げてきたことを、コウジはしっかりと察した。だからこそ、そのことがとても嬉しく、兄としても、脚本を委託された文芸部部長としてもホッとする。
 いろいろな感情があふれ出そうなところを、コウジはこの一言に集約させた。その時マドカとライムに見せた笑顔は、まるで自分も妹達も救われたかのようなものだった。

「それでこそ、我が妹だ」
「ピカ!」



★ ★ ★



 ポケウッドは、映画俳優を本職とする者達の職場だけでなく、映画体験が気軽にできる万人向けのテーマパークのような側面がある。
 大道具係として働くハッサクは、元々はプロの部署に配属されていたが、今年は人事異動で映画体験コーナーの整備に回っている。
 確かに、プロの役者達の集う職場の方が、きらびやかなイメージがあるだろう。しかし、ハッサクとしては、様々な人やポケモンと触れ合える今の配属先が気に入っていた。

「ハッサクくん。マイヤちゃん、現役復帰しないの?」

 同僚にあたる1人の男が、ニヤニヤしながらハッサクの肩に腕を絡ませる。
 元大女優の夫であるハッサクは、こういうことを聞かれることが少なくない。パートナー・キヨミの死をきっかけにマイヤが女優業を引退した時は、それはもう大騒ぎになった。だからこそ、引退後のマイヤのプライベートが気になる人はたくさんいるし、インターネットや週刊誌であることないことを書かれることもあった。
 そんなものだから、ハッサクはマイヤのことを聞かれることを快く思っていない。自分が何を言っても、大ごとになる可能性があるからだ。そうなってしまえば、マイヤだけでなく、コウジやマドカも傷ついてしまう可能性もある。

「どうだろうね。僕にも分からないな」

 そう苦笑い混じりで応えるのが、ハッサクの中のマイルールだった。
 もっと言うならば、パートナーのライチュウ・タロッコもポケウッドで働くポケモンから、たまに同じような絡み方をされる。そのたびにタロッコは、ハッサクと一緒に「やれやれ」と言葉にしがたい感情を溜息に変えていた。
 あしらいながらポケウッドの敷地内を移動するハッサクは、ふと誰かとぶつかる。ジャケットにパンツスタイルといったラフな格好は、新聞記者のように見えた。

「す、すみません! 大丈夫ですか?」
「ええ。おかまいなく」

 サバサバとした口調に、ハッサクは思わず圧倒される。気が弱いと言われているハッサクは、目をギラギラさせた人を見ると萎縮してしまう。
 あの新聞記者も、何となくそんなカンジがした。まるで、何か大きな目的のもとで行動しているような、周りを寄せ付けないような雰囲気。
 その女性が、ハッサクのことを“5年前に引退した大女優・マイヤの夫”とマークしたことは、ハッサク自身もまだ知らない。

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