無色透明なグラファイト

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「要は『赤は真っ直ぐ、青は波のように』だ」
 ならば俺は情熱の赤でも、静謐の青でもなかった。かと言って、中間のバイオレットでもない。清濁併せ呑む、なんて高等な真似は出来ず。ひどく色を失くした、無機質な無彩色に違いなかったのだ。
 いや、そう在ろうとしてしまった、の間違いかもしれない。


 俺と『コーサ・アルペジオ』の出会いは、他の『アルペジオ』の奴らとは違う。行き場をなくした、社会のはみ出し者の楽園。多くの組員に向けたそんな顔ではなく、俺に向けてきたのは、一般的な反社会的組織『コーサ・アルペジオ』だったのだから。
 こんな俺にも、かつては相棒と呼べるポケモンがいた。社会的模範という正義感を持ってもいた。だからこそ、だった。幼い俺は、ポケモンでも情け容赦ない、あの組織が許せなかった。
 そのまま、引き留まっていれば。臆病なままに社会的模範を着ていれば。あのような、暴力による制圧なんてものを、知らずに済んだのだ。鉄パイプで骨を粉々に砕かれ、トドメに脳天を貫かれる相棒なんて、見る必要がなかったのだから。
 少年だった俺には、鈍器で殴られるよりも強い衝撃。ポケモントレーナーというのは、あまりに無責任にも、その生命の責任を背負っているのだという、そんな皮肉めいた天啓でもあった。
 哀しみもある。しかし、それ以上の憎悪とやるせなさと。そして、周りの憐憫の目。「また新しくポケモンを貰いなさい」左様な意味もない慰めが、殊更に俺を復讐者へと駆り立てる。
 母さん、どんなに強くても、ポケモンは鉛の集中砲火には勝てないよ。父さん、ポケモントレーナーって棒立ちなのに、何で人間の方が表彰されるんだ? 俺はアイツを見殺しにしてしまったのに。
 思えばこの時から、俺の質問癖は始まっていた。結局、誰も答えてはくれない。都合のいい答えと、心情を優先し、事実からは目を背ける。『皆で仲良く手を繋いでゴールしよう』そんな甘ったれた、差別や才能格差を埋め尽くす綺麗事達。ポケモンリーグを中心にした、現代の政治体制そのものが、数人のエリートによる競技映えの産物でしかないというのに。
 だから、自分が確かめるしかないと思ったのだろう。自分が世界を正そうとすらしたのかもしれない。俺は気がつけば、あの暴力で武装したアーマーガアを。鎖骨の下に刻んでいたのだ。





 『コーサ・アルペジオ』は勢いある反社会的組織で、その構成員共はやれアルコール依存だ、ドラッグハッピーだで予想出来たクズ共だった。人間としては、小競り合い等不得意な不器用な人間が多い。奴らにとっては、言葉が暴力だったからだ。俺のような、頭が良くも悪くも回る人間というのは、重宝もされた。勿論、忌み嫌われもしたが。
 俺は復讐心を保ちつつも、その暴力階級制の朱に交わる。時に鉄砲玉として扱われ、怪我を自力で手当した。死体の片付け、組員のポケモンの手当、オフィスの掃除。
 そんなものを見る中で、俺自身気づくことがあった。それは、こんな世界のゴミみたいなチンピラ共にも──社会があり、彼らは本物の家族のように、振舞っていたということだ。談笑と共に食事をし、家族の死は悼む。ごく普通の“家族”。
 憎かった。壊してやりたい、痛みを忘れた愚か者共に、もう一度“痛み”をくれてやりたい。お前らの普遍は不変でないと──そんな憎悪に塗れ、気がつけば、握り拳を爪による血に染めてしまったこともある。
 しかしながら、彼らが女を殴り飛ばした後の顔は。相棒と呼ぶポケモンに接する姿は。間違いなく、かつての俺と同じで。
 その事実が、また俺を痛めつける。
 殴られ慣れては、交渉と汚い賄賂とプライドを捨てた、媚びへつらいを続け──いつしか俺は兄貴なんて呼ばれる立場になった。しかし、この問いには誰も答えてくれない。
「ポケモンと人間は、何故共存するんだ」
『利害関係の一致、共生だろう』
 自分が機械的に撃ち抜いた、肉の塊に問いかける。ほんの数分前まで、意識を持ち思考をした──同じ人間に話しかけるようになる。意味がないと、分かっているのに。
「でもな……どうしたって、殺しは許せねえ」
『お前が殺したその男の妻も、そう思うだろうな』
 殺しは嫌いだ。血の汚れと匂いは酷いから。
 殺しは嫌いだ。悲鳴と断末魔がこびり付くから。
 殺しは嫌なんだ。忘れた痛みを思い出すから。
「この世界が憎い」
『ならば何故、世界を壊さないんだ?』
 立派にギャングの親玉になってしまった俺に、いつしか、罪悪感なんて真っ当な免罪符は消えた。同情の誘発装置も失せた。機械的に、殺すか生かしてもいいか。それを考えるだけになる、哀れなキリング・マシーンに。
「孤独に、これを成し遂げた後の虚無に……耐えられる気がしないんだ」
『わりと脆いんだな』
 死体を積み上げながら。相棒を殺した黒鉄を、まるでポケモンかのように手入れしながら。俺がかつて憎んだ人間とまるで同じであると、そんな苦渋を噛み締めつつ。俺は問いかける。答えがもらえるまで。
「俺は、これから何処へ向かえばいい?」
『……』
 死者は、分からないものには答えなかった。
「俺も、いつか死ぬだろうか」
『そうだとも』
 屍は、いつだって冷ややかに答えた。
「死ぬのか?」
『死ぬさ』
 死骸は、やはり聞いたことのある声で答える。
「怖い」
 怖くない。俺は死ぬのが怖い。怖くない。あれだけの命を奪っておきながら、死ぬのが怖い。怖くない。一瞬で闇に帰るから。怖いんだ。誰かの幸せを壊すのが。怖くないさ。もう十分に、俺は悪党なのだから。これ以上、自分自身が誰かを蝕むのが……
「怖くねえっつてんだろ!!!」
 鉛の玉は、褪せた壁に突き刺さる。空虚な硝煙を、俺は見ていた。それは、次第に若頭としてのギンティに戻していく。さめざめと、漣が泣くように。
 自分の動揺に、頭を抱えてしまった。それ以来、俺は『死者の声』が聞こえても質問はしないことにした。聞こえた場合は、たっぷりのカフェインを摂取し、無理やり脳神経を落ち着かせる。アルコールやドラッグ、性行為での一時的快楽には逃げない。あれらはカフェインとは違い、隙にもなるからだ。





 世界への苛立ちは、日に日に募るばかりで。ギャングに染まりすぎたのか、はたまたそちらの方が向いていたのか。生温い日常に生きる人々を、身勝手に恨んでいた。銃器でポケモンが死に、人間が死ぬ、当たり前の社会を見ない人々を。大義名分の平和にて、モンスターボールを扱う人々を。弱いが故に、俺達に道すがら殺されていく生命達を。
 それは、俺からすれば欺瞞だった。『教育・道徳に悪いから』と、ハッピーエンドの映画ばかり並べるような。そんな薄っぺらで、それでいて多数決でしかない制圧社会。結局、ここも普通の社会も。変わりはしない。
 突きつけてやりたい。お前達の隣人は誰も彼もが安心出来ぬと。強烈な一撃を与えてやりたい。俺のような男を絵空事や物語の如く、安全圏にて眺める人々に。銃口を頭に擦り付けるかのように。「お花畑な映画に溢れたこの世間は、良くなったか?」と問い詰めてやりたい。このような破壊願望は、誤魔化すだけ憎悪として増していった。

 それでも若頭として、教育係が定着する頃には、俺自身にも変化があった。ここ最近は、仮面を剥がさぬよう、自分は復讐をする機械なんだと、度々言い聞かせる毎日だったのだが。
 それは、一人と二匹。気高い一匹と阿呆のコンビ。俺からすればふとした出会いだったが、どうにも乾いた大地に、少しばかりの緑が、芽吹くようであった。
 彼女、レパルダスはある日、読書をする俺に近寄ってきた。窓を開けた様子はないのに、自分の城かのように振る舞う彼女が、不思議だった。だが、どうにも寂しい男であった俺は──適度に放ってやりつつ、遊び相手になる。
 彼女は、俺に女の匂いが香ると、ひどく腹を立てていた。そんな人間らしさの裏で、必ずと言っていいほどラッタやデカグース等の大物をひっ捕らえていたから、その二面性の使い分けに驚いた覚えがある。
 いつからか尊敬し、“クイーン”と呼んでいた。

 もう一人と一匹。こちらは彼女とは全く違う、阿呆そのものであった。野生児のように、暴れることを得意とした大男とワルビル。
 その戦闘での連携は、トレーナーというよりは完全に狩人だった。彼らのスタンスからヒントを得て、俺の一派には銃撃戦を想定した、ポケモンバトルを教え込み始める。
 阿呆ことエディオン・ドライザーグは、何故か俺が話す臭い蘊蓄話にも、耳を貸していた。元より、読書をすれば『死人の声』が聞こえなくなるのもあるが、そして得た知識を、ひけらかして喜ばれるのは、初めての体験だった。
 あの男が、情に深くて間抜けな男だからだろうか。俺は復讐する機械であるのを、やめてしまっていた。気がつけば、だる絡みのような質問をした。気がつけば、クイーンである彼女に跪いた。ワルビアルに燻製肉を投げてやった。
 今にして思えば、あの時だけが。ブラッドフォード・ギンティという人間であれた、儚い時間だった。俺が俺である、最後の瞬間だったのだ。





 怨嗟を燃やす焔に、ならねばならない。深海の静謐さで、殺戮の輪舞曲を奏でねばならない。物語を終わらせる為に。『復讐者』と『社会のゴミ』の間に溺れる、お喋り好きな神経質男・ギンティを殺す為に。
「俺は、復讐の味を……今さっき知った。けどな」
「……黙りやがれ!!」
 そんな、苦しみを噛み締めた決意で。血を滾らせた汗ばむ大男──困惑と怒りを滲ます、かつての弟分と対峙していた。俺に向かった銃口は、虚勢だけ残して肩上を飛んでいく。
「んなもんは、実はどうでもよかったんだ。どうでも、よかったんだよ」
『そう。結局、俺はどちらでも変わらない』
 久しく聞いた、死者の言葉。しかし、もう戻れやしない。俺が壊したモノは、人やポケモンの個の関係だけでない。持てる全てを投げ打って、このエンディングを望んでいたのだから。そう、望んで……いたのだ。
「俺は全てを壊して、満足することにした。でもな」
 脳漿と血と糞尿の混じった汚水。焼け焦げるたんぱく質の酷い腐臭。何の一部なのか、想像もしたくない飛び散った肉片に、じりじりと肌を灼く熱源。それでも、和音を奏でたアルペジオは止まらない。言葉は突いて出る。

「何処かでは、この崩壊が寂しかったんだ」

 何も聞こえなかった。静かなる、俺自身の答えだ。ギンティという男が最後に紡いだ言葉。やっと、俺は声の主がわかった。殺戮が導く旋律の果てに。破滅へ繋がる茨の道の先で。
 俺はようやく、ようやく。自分と向き合って居たのである。
「アンタは、この日の為だけに、ずっと、ずっと!! 俺らを欺いてたのかよ! 俺やクイーンに見せていた……あのちょっと危ういアンタも、賢そうなお喋りのアンタも……何もかも仮面だったって言ってんのか!!!」
 滾るような激昂。見慣れた褐色肌には、おびただしいほどの汗。息を荒らげる、やはり獣のような元弟分。またしても、乾いた銃砲が鳴る。
 身体が、熱い。血液が滴り落ちる熱さを感じる。今まで俺が葬ってきた奴らが、どんな痛みでどんな苦しみだったか。今は分かる。じくじくと痛む止血した腕を抑える。
「そうだ。お前ら社会のゴミを掃除する為だけに、俺は生きていた」
 違う。俺は復讐者に成りきれなかった、臆病者だ。お前らの社会にも迎合出来なかった、憐れな男なんだ。だからエディオン。お前は最後まで俺を憎むべきだ。
「俺は、ずっとお前のことを、忠実な阿呆としか見ていなかった。クイーンも、他のファミリーも。全ては道具にしか見えなかった」
 人は、独りになんてなれやしない。誰しも水面に立つようで、誰がしかに波紋という名の影響を与えている。そして、自分自身も影響に揺らいでいる。俺が復讐に染まり切れなかったようにな。
 どうして、俺は生きている。何故、成し遂げてしまった。知っている、知っているとも。世界は不思議と、死にたいと願う奴を生かすから。やはり空虚だ。痛みに視界は揺らいでも、その乾いて研ぎ澄ました理性は、何処かで俺の危険を逐一知らせる。
「だったら、何で俺らを教育した! 嫌われながらも、礼儀を叩き込んだんだ!!」
 肩を掠めた銀弾は。何とも情けない事に、俺がかつて使っていた、リボルバー。小洒落ただけの、6発撃てば装填が必要な玩具。どうして、世界は、運命は。何処までも俺を弄ぶんだ。俺を嬲るだけで殺そうとしないんだ。怒りは今でも色褪せない。
「……全てを欺く為に決まってんだろ」
 さめざめと目を閉じても、世界は変わらない。あの缶コーヒーを投げて、ケラケラと笑っていた情景は戻って来ない。社会を嘲笑った平和はもうない。全ては、俺が終止符を打ったのだから。
「そんなに、こんな、アンタの全てを投げ打ってまで……俺たちが憎かったのかよ……?」
 威勢の良かった咆哮は失せて、銃口はだらしなく下を向いていた。怖気ついたというより、やるせない困惑を描いている。
「そうだ」
 血の滲む、撃鉄を握り締める手は熱い。だが、この激情渦巻く空気そのものが、俺には刃よりも鋭利だった。灼熱の砂漠よりも、ずっと乾いた厳しい熱さだ。
 これでいい。世界の全てから、俺は憎まれる。これでいいんだ。……本当に? ああ、間違いない。そう決めたじゃないか。何よりもう、俺でいることに疲れてしまったよ。
 暫く黙りこくっていたエディは、何度か瞬きをして。そして、またひどく少年のように真摯な声で言った。
「アンタは、ただ」
 一歩だけ近づくと、今までの警戒の目を緩め。昨日と変わらない弟分として、俺に向かって言った。

「自分が、許せなかったんだ。そうだろう? “ギンティ兄貴”」

 沈黙。しんと凍えるような哀しさで。ひたひたと碧い海水に身を委ねるように淡々と。不思議な感覚だった。しかし、間違いなく俺は深層にて、それを肯定していた。
 ごめんな、エディ。
 お前は、阿呆なんかじゃなかった。俺よりもずっと勇気があって、ずっと俺のことを理解していたんだ。自己矛盾を抱える俺を、分からないなりにも心配していたんだ。その差し伸べられた手を、俺は跳ね除けてしまった。しかし、気付いていても結局は、俺はこうしていただろうから。

「嗚呼、そうだろうな」

 深呼吸と共に、静かな再装填<リロード>をする。一つでいい。標的はもう、動かないから。
 その時世界は恐ろしく鮮明で、クリアだった。ポラロイドで覗いたかのような、果てしない紺碧の空。一点の曇りなき、ネイビー・ブルー。俺が憎んだ蒼は、全く変わらないままに、冷徹に俺を見下ろしていたのだ。
 刹那に、静謐なる感情が湧き上がる。たった一つ、シンプルな俺自身の欠片。

「なあ、エディ。俺はな、結局……」
 お前が羨ましかった。
 その言葉は、ゆっくりと掠れていき。俺が身体の重量を感じると同時に、薬莢がピリオドを打つかのように、背後にスコンと落ちていく。

 あばよ、憎くも美しかった世界。
 あばよ、暴力と快楽に生きる汚い社会。
 ありがとう、ただ一人の解答者。ありがとう、ただ一人の俺の……。
 

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