第31話:見張り番

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 チコリータのポプリ、ミズゴロウのウォータ、アチャモのスザク。敵として襲いかかってきた3人も、和解してセナたちの旅に加わることになった。その頃には、もう夕暮れ。薄暗い中で道幅の狭いこの土地を歩くのは、危険だ。一行はこれ以上無理に歩まず、今日は岩場の高所で身を休めることにした。もちろん、崖際とは十分に距離をとって、寝相が良いとは言えないセナとホノオでも落ちないように注意して。
 各々食料のきのみを頬張りながら、旅を共にする仲間として互いを知れるよう、素性の話をする。セナとホノオは、救助隊仲間のヴァイスやシアンの話を。ポプリとウォータは、村の友達や家族のことを話す。再会までの道のりが遠い大切なポケモンたちの話をするのは、寂しくて切ない。それでも、あえて言葉で語り、眩しい目標を見失わないよう噛みしめた。
 そうして一通り話したところで、会話に入ってこないスザクが、すでに眠っていることに気が付いた。後を追うようにみんな寝転がり、空に輝く星を眺めた。――人間の世界と違って、ネオンの大地に照らされることなく、星そのものの満天の輝きが美しい。ホノオは少しだけ、ポケモンになって良かった、と思った。

 眠れない。ホノオはムクリと身体を起こす。ポプリ、スザク、ウォータはすっかり眠っている。セナは、ウトウトといったところだ。もう少し、夜空の下で語りたい。ホノオはそっとセナに話しかけた。

「おい、セナ」
「……んぅ? ホノオ?」

 眠りに落ちる1秒前。そんな様子のセナの声を聞くと、ホノオは“セナの眠気を覚ます”ことにした。

「どうしよう。オレ、スザクのことが好きになっちゃったみたいなんだ……」
「はぁ。それは、良かっ……うぇ!? 嘘ぉ!」

 セナは予想以上の反応を見せた。ガバッと身を起こし、ホノオの肩を揺すって問い詰めた。

「あっはっは! 嘘だよ〜だ!」
「なんだよ、心臓に悪いな……」

 舌を出しておどけるホノオに、セナは苦笑い。少し冷静になると、なかなかに失礼なやり取りであることに気が付く。大声を出してしまったこともあり、セナとホノオは慌ててスザクを確認。何ごともなく、静かな寝息を立てている。ホッと、安堵のため息をもらした。

「まぁ、ああいう奴、オレは嫌いじゃないよ。簡単に他人を信じられない気持ちは分かるしね」
「あー。確かに。ひねくれ方が、ちょっとホノオに似てるかも?」
「そうかもな。まあ、それは置いておいて。ひとつお前に、提案がある」

 思いのほか膨らみそうになった冗談をさらりと流し、ホノオは本題を切り出した。

「これから夜寝るとき、オレたち交代で見張りでもしない?」
「見張り?」
「うん。例えばこの岩場、たぶんポケモンの通行は少ないと思うんだけどさ、隠れる場所がないから、ちょっと寝るのが怖い。空から救助隊のポケモンに見つかる可能性も、あると思うんだよね」
「おお……。すごいぞ。アホのホノオちゃんの割には、すごくよく考えたじゃん」
「めちゃめちゃ上から目線じゃん……」

 引っかかりがあるセナの称賛に、ホノオは苦笑い。確かに、いつもならこういった安全策はセナから提案するものなのだが。

「てへ、ごめんって。正直、作戦立案でお前に先を越されたのはちょっとだけ悔しいよ」
「へへーん。ホノオちゃん、やればできる子ですからっ」
「よーし、よしよし。やればできるホノオちゃんが旅の仲間で、オイラは心強いよ。よーし、よしよし」

 セナはホノオの頭のフサフサした毛を、ほぐすようにわしゃわしゃと撫でてやる。ほんわりととろけるような安心感が全身に広がり、ホノオはされるがままに頭を撫でられる。――なるほど。猫が喉元を撫でられるとゴロゴロ喜ぶように、ヒコザルは頭のフサフサを撫でられるのが良いらしい。少し前までセナはホノオに畏怖の念すら抱いていたが、最近見せてきた弱みや茶目っ気に愛着を持てるようになった。

「――はっ! ヤバい、寝ちゃうところだった!」

 ウトウトと寝かしつけられそうな自分に気が付き、ホノオはビクリと飛び起きた。

「そのまま寝ていても良かったのに。今日の見張りは、オイラがやるからさ」
「徹夜はダメだろ、戦えなくなる。夜を半分に分けて、前半と後半で分けて見張りをしよう。今晩は、言いだしっぺのオレが前半の見張りをやるよ」
「ほーい」
「いいか? 交代の時間になったら、絶対に起きろよな」
「まかせとけ~」
「……信用ならんな」

 セナはごろりと岩場に横になる。仲間が寝静まり、自分だけが起きていると思うと――ホノオは、ふと寂しくなった。ポツリと声を漏らす。

「セナ。今日はありがとう」
「ん?」

 小さく呟いたはずなのに、しっかりセナの耳にも届いていたようだ。――恥ずかしい。ホノオはセナに背を向けたが。その先の言葉も、届けたくなってしまう。

「オレ、お前をサポートするためにガイアに送り込まれたはずなのに、お前を散々傷つけちゃってさ。本当はお前の敵だったのかもって思ったらしっくりきちゃって、それがすごく怖くて、生きていていいのか分からなくなって」
「……うん」
「でも。こんなオレでも、お前のためにできることがある。お前がそう信じさせてくれたからさ。胸張って……殺した奴らの分まで、精いっぱい生きてやる。そう決めたら、なんだかすごく、気持ちが楽になったよ」
「そっか、良かった。少しはお前の役に立てたようで、嬉しいよ」
「少し、なんてもんじゃないよ。お前はオレの命の恩人だ。今まで何度もオレを助けてくれて、ありがとう」

 ――今まで何度も。身に覚えがあるのは一度きりなのに、ホノオから想定以上の感謝が贈られてくる。セナがその意味を考えようと思ったが、眠気に意識が溶けてしまった。


 時計もなければ、星空模様も故郷の地球とは少し違う。夜を真っ二つに分ける方法など知りようがないが、可能な限り神経を張り巡らせた体感でもって、ホノオは見張りの交代の時間を決めた。セナを揺すって、声をかける。

「セナ。おい、起きろ。交代してくれ」
「むぅ……。にゃに、ほの……。まだおいら、ねむ……」

 今にも溶けそうな声でもって、セナは起きるのを渋っている。――セナの寝起きが悪いのは、人間の頃から知っていた。が、さすがに自分も少しは寝たい。ホノオは粘り強くセナに話しかける。

「起きろって、セナ。おーきーろー!」
「いーやーだー……むにゃ……」

 しぶとい奴め。カチンときたホノオは、セナのしっぽに手を伸ばす。手加減なしにしっぽをつねった。

「あだだだだッ!?」

 とっさにセナは跳ね上がる。目もパッチリ覚めたようだ。涙ですこし潤んでいたが。

「さっ、セナ。見張り番。後は頼んだぜ〜」

 白々しく平静を装いつつ、ホノオはあくびをして仰向けに寝転がった。すぐに、すやすやと寝息を立てる。

「ったく。命の恩人になんて仕打ちを……」

 後を引くしっぽの痛みに不満を漏らしながら、セナは立ち上がって見張りを開始した。座りながらの見張りでは、居眠りしてしまうのがオチだ。

「上空、異常なーし。前方、異常なーし」

 小さな独り言と共に、指差し確認をしながらセナは見張りをする。形から入ることにしたようだ。「後方」と言おうとしたときだった。誰かがセナの右肩にちょんちょんと触れた。

「だっ、誰だ!?」

 セナが振り返るが、怪しい姿は確認できない。物音も、聞こえない。そばにいるのは仲間のみ。それ以外の気配はない。

「……後方、異常あり」

 じっと睨みつけるように、セナは振り返って後方に目を凝らす。が、凝視していたのでは敵もしっぽを出さないだろう。セナは前方を向きながら、後方に意識を集中させることにした。しかし、足音ひとつなく、気配の異常もなく、左肩を軽くつつかれた。

「ひいっ!?」

 悲鳴と共に振り向くが、はやり背後には異常なし。ホノオと、ポプリ、スザク、ウォータが静かに寝息を立てるのみ。

(まさか、この岩場で命を落としたポケモンのお化け……!? いやいや、そんな、非科学的な。オイラはそう言うのは信じない主義――)

 焦ってぐるぐると考え事をしていると、周囲の気配に気を配る余裕がなくなってしまった。そんなセナの無防備なしっぽを、何者かがさわさわと撫でまわす。

「にゃあ! ちょっと、やめてっ……!」

 こそばゆさにじたばたと身をよじりながら、セナは必死にしっぽをぶんぶん。ゼニガメになってしばらく経ったが、どうもしっぽの敏感さには慣れない。しっぽの刺激を振り払うと、ぐったりしながらもホッと一安心。したのもつかの間。背後から、クスクスと笑う高い声が聞こえてきた。

(ま、まさか本当に、幽霊……!?)

 超常現象を信じない傾向にあるセナだが、他に説明がつかない状況に置かれ、その説を認めざるを得ない。意を決して振り向こうか、いや、こういう時は振り向いてはいけないのだ……と葛藤していると、“正体”に先を越された。

「セーナくんっ」

 茶目っ気たっぷりな声が名を呼ぶ。振り返るとそこには、首元からつるを伸ばして種明かしをするポプリの姿があった。

「なんだ、ポプリか……」
「えへへー。ビックリした?」
「い、いや、別にっ」

 ポプリはぴょこんと起き上がると、セナの隣に座る。頬を膨らませて怯えを隠す彼を、ニヤニヤと見つめた。恥ずかしい。セナは顔を赤く染めながら、話題を逸らす。

「ポプリ、今起きたの? あ、もしかして、ホノオと交代で話した声で起きちゃった?」
「ううん。実はずっと、起きていたの。色々と考えることがあって。それに、セナくんと2人でお話しするチャンスがあるって聞いちゃったから」
「っ……そ、そうか」

 とても気になることを言われたが、意味を深く考えると顔が赤くなってしまいそうだ。平静を装って、さりげない最低限の返事だけにする。

「今日のセナくんとホノオくんのお話、あたしたちもちょっと聞いていたの。ホノオくん、色々と大変だね」
「ああ、うん。まあね」

 ――なるほど。ホノオが抱える事情を知るために、オイラが起きるのを待って声をかけたという訳か。夜更かしして聞き出すほど、ポプリはホノオのことが気になるのか。
 なぜか、少しだけガッカリしてしまうセナだった。それを悟られないように、ポプリに合わせて話題を膨らませる。

「アイツは明るくて前向きな奴で、あんまり弱みを見せる奴じゃないから。不安なことをうまく言葉にできなくて、先に手が出ちゃう奴みたい。さすがに、ちょっとビックリしちゃった」
「そうなの? すごいんだね、セナくん」
「うんうん、アイツはすごい――ん、オイラ?」
「うん、セナくん。ビックリしていたようには見えなかったよ。ホノオくんのことを真っ直ぐに信じて、ボロボロになっても、優しい声で落ち着かせてあげて……。ふふ、かっこよかったなぁ」
「そっ、そんなこと、ないって……」

 惚れ惚れした表情が、偽りのない誉め言葉の証。ポプリに褒められると顔を真っ赤にして、セナはうつむいてごにょごにょ。

「オイラさ、これまでアイツにいっぱい迷惑をかけてきた。協力しないと生きていけない危険な旅なのに、喧嘩しちゃったり、ね。それでも、アイツはオイラと友達でいてくれる。だからオイラも、アイツが災害の原因でも、友達でいたいって思うんだよね」
「そっかぁ。とってもお友達想いなんだね。セナくんとホノオくんは」
「あ、いやぁ、オイラは別に……」

 ポプリのきらめく誉め言葉を向けられ、セナは照れて顔が真っ赤。今が夜で良かった、と心の底から思うのだった。

「ふふっ。照れ屋さんなんだぁ」

 ポプリは甘い声で笑うと、セナのほっぺを首からのばしたつるでつんつん。からかわれて、弄ばれる一方なこの状況が、どんどん恥ずかしくなってゆく。心臓の音がうるさい。
 言葉を探す余裕もなくなり、思考回路がまとまらない。だんまりなセナに気が付き、ポプリは話題を変えた。

「ごめんネ、からかっちゃって。もうひとつ、セナくんに話しておきたいことがあったの。スザクのことなんだけど、なんというか、その……ちょっと冷たい印象だと思うんだけど、なるべく普通に話しかけてあげて欲しいの」
「ああ、うん。そんなに気にしていないよ。……というかむしろ、あの反応が自然というか、お前とウォータが妙にお人よしなんだと思うけど」
「えへへ、それもそうかも」

 へらっと柔らかいポプリの笑顔が曇る。何か暗いことを話そうとしている予感を察知し、セナも表情を引き締めた。

「スザクね、お父さんいないんだ」
「そ、そうなのか……」
「あっ、亡くなったわけではないの。ただ、スザクのご両親はあんまり仲が良くなくって。とうとう、スザクのお父さんは、村の外に新しいパートナーポケモンを見つけて、村を出て行ってしまったの。そういう育ちだからかな。スザクって、心を開くまでにすごく時間がかかる子なの。あたしとウォータとは、仲良くしてくれるんだけどね」

 両親の離別。不仲な家庭。そんな話を、かつて友達から聞いたことがあった。セナは友達――ホノオをちらりと見る。

「そっか……」
「あっ、これは秘密の話にしておいてね。スザクも、傷ついているから」

 “秘密の話”。なんだかムズムズするような、不思議な響きだ。セナはしっかりと頷き、ポツリと話し出した。

「今から話すことも、秘密な。実は、ホノオもなんだ。親の仲が悪くて、両親が離婚しているんだ。アイツは明るすぎるくらいに振る舞っている奴だけど、やっぱりそれが原因なのか……“大人”とか“世間の常識”とか大嫌いで、時々猛烈に反発するんだ。いや、最近じゃ“時々”なんてもんじゃないけどね」

 セナは話し終えると、ポプリと共にホノオを見る。深い眠りについているようで、ゆっくりと呼吸を繰り返していた。

「ホノオくん、立派だなぁ。しっかり明るく振る舞えているの、すごいね!」
「そうだな」
「よぉし。じゃあ、あたしたちも、セナくんとホノオくんを見習って頑張らないと! 絶対、ふわぁ……絶対、村のみんなを、見つけ……」

 夜更かしも限界のようで、ポプリはふにゃふにゃと眠気に沈んでゆく。無防備な仕草が微笑ましく、セナはクスリ。

「もう寝たら? オイラ、しっかり見張っておくからさ」
「うん、そうするね。おやすみ、セナくん……」

 というと、ポプリはセナの隣で眠りについた。
 また、1人での見張りになる。セナは長かった一日を心の中に巡らせる。気が付いたら、心の中でホウオウと“ポケモン”に話しかけていた。

(“破壊の魔王”とやらは地球から――すなわち人間。ポケモンを容易に殺せる技“破壊の焔”。ホウオウに言われた不穏な言葉――真実を手にすることが幸せとは限らない、この世界の真実と向き合うには十分な覚悟が必要――。確かに、証拠が出揃ってきたって感じだな。ホノオこそが、“そう”なのかもしれない。もしかしたら、オイラとホノオは敵同士で、一緒に旅をすることなんて許されないのかもしれない。それでも、お願いだ)

 夜空に浮かぶ満月を、セナは真剣に見つめる。ここしばらく洞窟や空の見えない状況下にいたので、とても久しぶりのような気がした。

(オイラに“心を力に変える能力”があるとすれば、自分の心に嘘をついちゃいけないと思うんだ。だから……。ホノオが災害の原因でも、いつか世界の害になるとしても、友達であることには変わりないから。今まで通り、仲良くしていきたいんだ。使命を背負っておいて敵と仲良くするなんて、自分勝手な判断かもしれないけど、許してほしい)

 夜空は一切表情を変えずにセナを見下ろす。セナが視線を前方に戻すと、右腕に温かい何かが触れた。張り詰めていた気持ちが緩むような、柔らかい何かが。
 そっと顔を向けると、ポプリがセナに寄り添って眠っている。顔がまた赤くなり、心臓が駆け出すと、セナは未知の感情を覚えた。

 セナは朝まで眠ることなく起きていたのだが、正直なところ、見張りどころではなかったようだ。どうしてこんなに動揺するのか、自分の中で結論を出せずにいた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

感想の読み込みに失敗しました。

 この作品は感想が書かれていません。