3章 Spring has come

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  17――ルーク


「ありがとうございました!」
 旅館の皆さんにお礼を言って、俺たちは旅の宿を後にした。駅までの道は、みんな押し黙っていた。テールとローネがやけに眠そうなのはどういう訳だろうか。
「にしても昨日はマジごめんな」
「大丈夫。みんな寂しいんだよ。ルークも、ダイキも、ローネも、もちろん僕も」
「だな。寂しいから、つい本音が漏れちまう。だけど、寂しくなる程、本音言える程、俺らは仲良くなれた。そういうこった」
「いい旅行だったね。計画してくれてありがとうルーク」
 ローネが面と向かってお礼を言って来た。そう言われてしまうと、どういたしましてと言わざるを得ない。

 新幹線の中ではいつも通り、トランプをしたり談笑したりしていた。そんな中、俺はいろいろと考えていた。
 結局の所、暮らして行けばこういう挫折のひとつは味わうし、辛さはあっても、さらなる高みへの飛躍にはそういう過程が必要なのだ。俺の場合、それが今、大学受験なのだ。それだけだ。
 新幹線から降りて、俺たちは別れを告げる。この別れは、かなり大きなものだ。それでも、俺たちはそれぞれの道を歩まないといけない。
「じゃあみんな元気で! またね!」
 学校の近くに引っ越して来ていたテールは、電車にも乗らない。俺たちはテールに別れの言葉を叫ぶと、改札の中へと入る。
 ローネだけが逆方面で、この時点で別れることになる。俺とダイキでローネに別れを告げた。ローネはいつも通りのテンションで、
「ま、頑張りなさいよ」
 と微笑むと、軽快に走り去って行った。その後ろ姿を見届けて、俺とダイキはホームにあがった。
「……楽しかった、本当に」
「だな。この6年、いろいろあったけど、本当に楽しかった」
 どちらからともなく、そんな会話を交わす。2匹でやって来た電車に乗り込み、それからずっと、無言だった。一言でも喋ると、込み上げて来そうだったから。話したいことは溢れ出す。だけど、それは言葉にはなってくれなかった。
「あ、そろそろだ」
「ああ、そうだな」
 もはや見飽きた景色。ダイキが降りる駅は、わかっている。ここでお別れ。電車のアナウンスは、無慈悲にそう告げる。
「ありがとな。頑張れよ」
「ああ。ありがとな」
 そう言って、ダイキは電車を降りた。扉が閉まって行く。俺は、窓に顔を貼り付けた。ダイキもこちらを見ている。彼は手を高く掲げた。俺はそれに向けて、笑みを浮かべる。扉が閉まり、電車が動き出した。最後まで、笑えていたと思う。
「……ありがとう」
 最後にポツリとそう呟くと、もう、限界だった。ああ、泣かないって、決めていたのに。別れの時は笑顔でいようって、そう決めていたのに。それすらも、俺はできない。
 みんな、違う道を行く。たまに交わるかもしれないけど、もう自由に会うことも難しい。そんな現実が今更になって胸を襲い、俺は電車の中にも関わらず、涙を抑えきれなかった。
 涙を呑んだレギュラー争い。大会ではやっぱり結果は出ない。それでも楽しかった。あいつらといられて、本当によかった。

 ――笑顔でなんて、いられないよ……。

 小さな呟きが漏れていた。だったらもう、泣こう。精一杯、思いっきり泣こう。そして前を向くんだ。目標を超えるため。医者に、なるため。


  18――ダイキ


 俺は、人間の世界へと帰る。そのための準備を今はいろいろと進めている。純粋に一人暮らしをする用意の他、ポケモン世界と人間世界の行き来にはかなり面倒な事務手続きがある。そういう作業をこなしているうちに、あっという間に時間が経っていた。
 そして気付けばもう、引っ越しの日。
「ダイキ、頑張りなさいよ」
「わかってるって母さん」
「お前ならやれる」
「ありがと、父さん。それじゃ、行って来ます!」
 引っ越しトラックに乗り込んだ。パラレルワールド転移スポットは限られていて、最寄りの場所もかなり遠い。それでこういう乗り物に頼らざるを得ないのだ。荷物も多いし。
 ごとごとと揺られながら、いろいろな記憶を蘇らせる。この世界は、とても居心地がよかった。ポケモンたちは優しくて、人間も気さくに受け入れてくれた。
 知れば知る程、ポケモンのことを好きになって行き、もっと知りたくなるという循環。そのお陰で、俺はどんどん勉強が得意になって行き、最終的にはエリート街道に乗っかれたんだっけ。
 そう。俺はこの世界のことが好きだ。だから頑張れる。例えこの世界と切り離されても、目標が変わらない限りは。
「んじゃ、頑張りますかー」
 俺はそうやって自分を奮い立たせた。


  19――テール


 合格発表は、風情もクソもないがネット上で行われる。所定の時間、そのページは案の定ひどく重かった。しばらく待ってから確認しようと思って待っていると、ローネから連絡が来た。
「2匹とも合格だよ。テール、654だよね?」
 あ、そう。風情もクソもないというが、ドキドキすら消えてしまった。苦笑しながら「そうだよ。おめでとう」と連絡を返す。
 これで僕らはまだ、繋がっていられる。自分で思っていた以上に、ローネも一緒だという事実が嬉しかった。
 その勢いで電話を掛ける。
「もしもしテール、おめでとう」
「こっちはまだ生の目で見てないけどね。サイト重過ぎて」
「あー。あたしめっちゃラッキーだった」
「みたい。でもまあ、早くわかってよかった。ありがとう」
「うん。……まあよかったよ。これでキチンと、人間との関係を築く立場になれる」
「ホントにおめでとう」
「ありがとね。それじゃまた、大学で」
「ねえ……一緒に、暮らさない?」
「いきなりプロポーズ? 大胆ね」
「いやそういう意味じゃなくって、家賃の割り勘もできるしさ。ルームメイトとして」
「なるほどね。っていうかさっきの冗談だからね? なんか焦っちゃってるけど」
「わ、わかってるよ! ……で、どう?」
「いい家見付けたらかな。ま、とりあえず一緒に家とかも探してみよ」
「だね。それじゃまた今度」
 そう言い終えるとすぐに、電話はプツリと切れる。ローネはこういう所が淡白だ。それはまあ、長所でもあるんだけれど。
「ふーん」
「うえ、姉ちゃん、いつから……」
「ルームメイトの辺りから」
「ぶー」
 思わず吹き出してしまう。かなり聞かれていた。全く気付かなかった。
「へー、あんたの反応的に、♀でしょ。もうそんな関係なんだ」
 僕は元々赤寄りの体をさらに赤らめて小さくなるより他になかった。
「いいのよあんたも。とうとう春か」
「意味が違う」
「なーんて。んじゃ、頑張りなさいねー」
 姉ちゃんはそれだけ言うと自分の部屋へと向かって行った。

 ルークはやっぱりダメだったらしい。けれどそれを伝える文からは、暗さは感じられなかった。だからまあ、きっと大丈夫だ。
「来年、キャンパスで会おうな」
「おう」
 そんなやり取りがあった。

 春。出会いと別れの季節。今まで出会ってきたことは思い出として残り、それを携えて僕らは未来へ進んでいく。
 きっと、これから先も、こうやって生きていく。出会いと別れを繰り返して、少しずつ前に進む。
 それでいい。全部、全部が大切なんだ。

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