2章 2日目

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  13――ルーク


 やけに早く目が覚めた。まだ4時台だ。当然隣ではダイキが爆睡してるし、太陽はまだ昇っていない。かと言って二度寝できるとは思えない。目はこれでもかという程に冴えている。布団から抜け出して、スマホを持ち出し、部屋から出る。
 ダイキのスマホに「やけに早起きしたからちょっと散歩行って来る」とだけ連絡を残して、俺は宿を出た。
 朝。春の陽気はまだ、朝の世界には侵食してはいない。冷たく静謐な空気が、街に満ちていた。そんな中を俺は、アテもなくぶらぶらと歩く。
 頭の中では、昨日の会話が響いていた。
『ま、なんにせよだ。全員、ちゃんと目標を達成できたらいいな』
「っせえよ」
 思わず悪態を吐き、それから我に返ってああ、と思う。思ったより堪えてる。あいつは別に、俺が落ちたと思って言ってる訳ではないのに。
 帰りたくないだとか、夢が決まらないだとか、そういうことを言われても、俺の前では皮肉にしかならない。もちろん、あいつら自身はそんなことを思って言ってる訳ではない。それはわかっている。それなのに、俺は今、こうやってあたっている。それが情けなくて、なおさら辛い。
 はあ、とため息が零れた。この旅行が終わったらどうなるのか。考えたくない。

 部屋に戻っても、ダイキはまだ眠っていた。もう6時なのだけれど、まあ仕方ないか。隣の部屋をノックしてテールとローネを呼ぶ。すんなりと扉が開き、中からテールが顔を覗かせた。
「あ、起きたんだ」
「起きてたんだ。っつーことはお前ら、なんもなかったな?」
 おどけてみせる。テールが枝に手を伸ばしたので慌てて「冗談」と遮った。
「んで、飯は7時半からなんだけど、今からどうする?」
 テールが俺にそう問う。俺は部屋に上がり込んで、言った。
「暇つぶしにトランプでもやろうぜ」
「だね」
 ダイキにまた連絡を入れ、それからしばらく3匹でトランプに興じた。そうしているうちに時間が過ぎて、ダイキもこちらの部屋へとやって来た。
「うー」
「遅いぞ」
「お前が早過ぎなんだよまったく。4時ってなんだよ4時って」
「なんか目が覚めちゃって」
 時計を確認すると、もう7時だ。俺は立ち上がって言う。
「んじゃ、とりあえずそろそろ準備しようぜ」


  14――ダイキ


 普段は寝坊ギリギリまで遅寝なルークが、今日に限ってやけに早起き。別におかしくはない。今日のこの場は、かなり特別だ。だけど……どちらかというと、はしゃいで疲れて、朝飯ギリギリまで眠っているタイプなはずなのに。
 それでもこいつは早起きした。ありえない程に。別に昨日、あの後すぐに寝た訳でもないのに。まあ、男2人で深夜に話す事なんて猥談ぐらいしかなく、それでもそれが盛り上がって12時半にはなっていた。受験に合わせて朝型にシフトしたのがまだ抜けていないのか。
 そうか、それならまあおかしくはない。受験生活の後遺症での早起きなら、ありえなくはない。まあ、そんなところか。

 朝飯も旨かった。出されたメニューをペロリと完食し、それから各々ある程度荷物をまとめ、9時に部屋の外で集合した。
「じゃ、行こうぜ。どうする?」
 俺の言葉にルークは笑った。
「まーったくのノープラン。海辺の街のオフシーズンってどうすりゃいいんだよ」
「それ、笑って言うべきセリフじゃない」
 テールがボソリと呟く。ルークの方は「あ、やっぱり?」ととぼけ、それから言った。
「女将さんにでも聞いてみようかなって」
「なるほどね。じゃ、行こう」
 ローネがスタスタと歩き出す。俺たちは慌ててその後を追った。

「へえ、卒業旅行ねぇ」
「はい。それで今日一日楽しめるようなおススメスポットとかないかなぁって」
 そうやって話していると、不意に扉の奥から声が聞こえた。
「それなら、こんなのはどうだ?」
「もうお父さん! 首突っ込むのやめてよっ! あっ、し、失礼しましたー」
 背後から現れたのは、キュウコンだった。「92歳ぐらい」と、ローネがボソリと呟く。もしそれが正しいとすれば、キュウコン族の寿命からすればまだまだなのだろうけれど、それでも俺らから見ればかなりの歳だ。
「学生で思い出作りなら、せっかくだしちょっとキツイことやってみればいいんじゃないかって」
「そのキツイことって?」
「唯一残してある、不思議のダンジョンだ。思い出になるぞ」
「却下。ニンゲンがいるんだよお父さん」
 不思議のダンジョン。話には聞いた事がある。こちらの世界には入る度に形の変わる危険極まりないダンジョンがかつて数多く存在していた。しかし開拓者たちがそれを次第に普通の空間へと塗り替えて行った。そして今、不思議のダンジョンはもうほぼ一切残っていないと聞いていたのだけれど。
「リアトリスの街は、かつて高難易度ダンジョン密集地帯だったんです。開拓の末に、一番簡単なダンジョンだけは記念みたいに残そうということになり、まあある種、危険なことに挑戦したい無鉄砲な若者を呼び寄せることにもなりました」
「でもまあ、人間がいますから……」
 ローネの言葉を遮って、俺は言った。
「行こうぜ、みんな」
 しばしの沈黙。その後3匹と女将さんは俺を見据え、叫んだ。
「はあああああ?!」
「ダンジョンって危険ではあるけど、あの中で倒れても所持品ロストするだけで死なないようになってるんだろ? 地理で聞いたぞ」
「……痛みはあるんだよ?」
 女将さんが敬語も忘れて俺にそう言う。俺は頷いた。
「でもまあ、ちょっとぐらい、ポケモンの強さも味わってみたいんです。生でさ。……それが、人間とポケモンを繋ぎたい俺にとっては義務だと思うんです」
「ああ」
 そう、ローネが呟いた。その顔には納得が浮かんでいる。「そういうことか」
「意味わかんないんだけど」
 ルークの言葉に答えたのは、ローネだった。
「まあ、とりあえず行こう」
「ああ」
 俺がそれに乗っかる形で歩き出した。と、背後から声が聞こえる。
「ダンジョンでは勝つことよりも負けないことだからな!」
「わっかりましたぁ!」
 俺は叫び、それからお辞儀をする。感謝の念は届いただろう。

「で、ダイキ、解説してよ」
 テールがそう水を向けて来たが、俺が答える前にローネが割り込む。ローネ程適切な解説ができる気もしないし、任せることにした。
「ポケモンは、人間と比較して遥かに力も強いし、技も使える。人間が自信を持ってこちらに接近して来たのは、1から10まで技術のお陰。最後の砦のマスターボールを背後にチラつかせながら、それでもお互いに対等でござい、という風なバランスで、あたしたちの関係は保たれてる。人間の技術は、ポケモンを完全に支配下にもおける。だけど、それをやってしまうと、反動が怖いから。だからこういう形で関係を結んだ。
 人間は、いつでもポケモンを支配下における。それはまごうことなき事実。人間は、それを知ってる。もちろんそれはあたしたちも。だからこそ優位に立とうとはしない。同様に、人間もポケモンの強さを忘れちゃいけない。それが忘れられた時、パワーバランスが崩れる。例え一時は人間が栄えても、そこに永続はない。だから、釣り合いを保たなくちゃいけないの。そしてそのために、ポケモンの強さを肌身を持って知っておくのは、あそこに行くならすっごいアドバンテージ。
 ってことよね、ダイキ」
「さ、さらさら出るな……。まあ、そういうこった」
 自分が考えていた以上のことを他人の口から聞かされるのは、まあなんだかむず痒くなるけれど。
「不思議のダンジョン以外でポケモンの技を人間が不用意に受けると、普通に致死級のダメージになるからな。まあ、ダメ元で」
「なるほどなー」
 テールがそう呟いた。凄い、とも。
「やめてくれよ、俺はここまでは考えてない。ただ人間はポケモンを知らないといけないって、それだけなんだから」
「まあ、ダイキみたいな人が人間サイドからこっちと交渉してくれるなら、あたしもすっごくやりやすいから、大歓迎なんだ。ってことで、行こう」
「……一番凄いのはローネだよ」
「全くだ」
 テールと見合わせ、呆れたため息を吐いた。ルークはと見やると、暗い顔をしている。やっぱりこいつ、なんか変だ。そうは思ったけれど、一瞬の後にルークは元気を取り戻したので、追及はしないでおく。
「一応調べてはみたんだよ。ダンジョン必須アイテムは、入場料に含まれてるからこっちで用意するものは何もない。人間だからと言って追い出すこともしないらしいが推奨はされてない。荷物と金は全部、入る前に受け付けに預けておく。そんなとこだ」
「入場料は?」
「割と高いぞ。1500ポケだ。足りるか?」
「余裕。むしろもっと使うつもりだったもん」
 ローネが答える。俺たちも財布を見るが、確かにまだ5桁残っている。帰りの切符はもう買ってあるし、宿代も払ってあるからこれで事足りるならそれでいい。
「わーったよ。そこまで決意が固いなら止めない。まあ、死にはしないしな、絶対に」


  15――ローネ


 ダイキの覚悟には、敬服した。自分の中では確かに思考も固まっていなかったのかもしれないけれど、それでもポケモンをここまで知ろうとしてくれている人間が他にもいるという事実は、ただただあたしの心を温めた。
「こっちだ」
 ルークの先導で、あたしたちはそのダンジョンへと向かった。

「へえ……」
 ダイキを見て、驚いたような呆れたような、そんな声をあげる係員。やっぱり、ここに入ろうとする人間なんてほとんどいないのだろう。テールが「4匹です。会計は別でお願いします」と事務的会話を済ませる。
 入場券代わりにもらったトレジャーバックの中には、3個のオレンの実、2個のPPエイダー、3個のプチふっかつのタネ、それから各々別の不思議玉。テールはあなぬけ、ダイキはしばり、ルークはあつまれ、そしてあたしはみなマッハ。
「とりあえずさ、そのかばん、俺に預けてくれないか?」
「え? なんでよダイキ」
「元々、向こうの世界での人間は、道具を使ってポケモンのバトルをサポートすることが多かったんだ。トレーナーって言うんだけど、指示を出したりいろいろと。
 俺に戦闘能力はない。ない分、道具を使うって面に全力出したいんだよ。バトルはみんなに一任することになるから」
「なるほどね。まあ、確かに人間の指示能力は凄かった。わかった。あたしはいいよ。テールとルークは?」
「僕は大丈夫」
「俺も、信じるよ」
「了解。んじゃ、あたしたちの道具はあなたに一任するよ、ダイキ」
「おう、任せとけ!」

 ダンジョンに踏み込んだ。あたしたちの陣形は、狭い通路だと目の効くルークを先頭に、あたし、ダイキ、テールが最後尾を守るという形にする。大きな部屋ではあたしとテールがダイキの左右を庇いながら進む形だ。
「バトル自体は僕たちもあんまなんだけどなぁ……」
 テールがぼやく。まだ敵には1匹も出会っていない。というより、同じポケモンが自我を失い襲い掛かって来るというのがイマイチよくわからないというか、どことなく気持ち悪いものがある。
「しっ、来たぞ」
 ルークがあたしたちに警戒を促す。抜け目なく辺りを見回しながら、その接近に備えていた。

 結果としては、3匹がかりで1匹をリンチしてようやく少し余裕を持てる、という形だった。大勢に囲まれた時は、みなマッハで逃げるかしばりで止めるかあなぬけで断念するかの3択になるというのがまあ、ハッキリとわかった。あたしたちは、弱い。
「ふー、こんなんで持つかなぁ、PP」
 心配そうなテールの声を聞きながら、あたしはダイキを見据える。
「さあ。っていうかダイキ、指示出すんじゃないの?」
「いや、冷静に考えて技とかもわかんないしさ……使わないから」
 確かにまあ、普段は技を使う機会もあまりない。あんまり責められたものでもないか。
「僕はサイケこうせん、かえんほうしゃ、おまじない、ほのおのうずだったかな」
「俺はスパーク、たいあたり、かみつく、でんこうせっか」
「あたしはつめとぎ、つじぎり、ねこだまし、ねこのて」
 ダイキはしばし考えを巡らせる。それから「最後尾はローネだ。というか、先頭のバトルをサポートできるテールの方が2番手に適任。ルークが先頭なのは目の問題だから変えない。3番目は俺で」とあたしたちに提案した。
「テールの技の内、放射とサイケこうせんは遠隔攻撃だから」
「なるほどね。んじゃ、そうしよう」
 ルークが仕切り、そこからあたしたちはその陣形へと組み替えた。

 そこからはまあ、ギリギリの戦いの連続だった。通路ではルークの直接攻撃とテールの遠距離攻撃を組み合わせて敵をなんとか倒す。あたしはと言えば、その間に背後からの攻撃に備えてつめを研いでいた。部屋でのバトルはダイキの指示であたしたちが動き、敵を倒しきる。なんとかそうやって1フロアを凌ぎきる。
「あー、これが後3フロアも続くのか、無理じゃん」
 テールが早くも悲観モードだ。確かにしんどいものはあったし、あなぬけのたまで脱出するのは考えられる選択肢だ。けれど、ルークがそれを拒む。
「いや、せっかくだしまだ行けるんだから行こうぜ」
「あたしもルークに賛成。ダイキまだ全然技くらってないし」
「ハハ。ごめんな」
「わかった。じゃあ、頑張りますか」
 テールが頬を軽く叩き、それから階段を下り始めた。その最中で、ある程度の回復を済ませつつ。

 まさかのモンスターハウスと出くわしてしまったけれどしばりだまで事なきを得たり、集団に囲まれた時にみなマッハだまで事なきを得たりと、まあわちゃわちゃしながらも、同じやり方でなんとかB2、3Fも突破できた。
 そしてB4F。ワープスイッチをダイキが踏みつけてしまい、あつまれだまで集合したと思ったらダイキが敵2匹に囲まれていた。
「ヤバいなこれ……」
 痛みに顔をしかめながらも、ダイキはあたしたちに指示を出し始める。あたしたちはそれに従い、まずは1匹を倒した。その瞬間。
「が……は……」
 あたしは背後から攻撃をくらい、うめき声をあげる。ドサリ、と崩れ落ちる。意識が遠ざかって行くのを感じる――
「これ食えっ!」
 ダイキの声だった。眼前に差し出されているのはおそらく、プチふっかつタネだろう。あたしはそれを手に取る。その瞬間、あたしの体力は完全に回復していた。
「これが……なるほどね」
 あたしは微笑んだ。それから残った1匹に視線を向ける。しり込みをするそいつに向け、あたしたちは3匹がかりでそいつにトドメを刺した。
「終わりか……」
 ダイキはそう呟くと、即座にかばんからオレンを取り出して頬張った。
「階段あるよ!」
 テールが叫んだ。みんな釣られてそちらを見る。本当だ、確かにあった。
「じゃあ、あれ行けばいいんだな!」
「それでクリアだ。行こう!」
 あたしたちはその階段を下る。一歩一歩を踏みしめるように。
「ダイキ、技はどうだった?」
「ありゃ死ねる」
 あたしの問いにダイキが笑って答えた。
「しんどかったけど、まあ、最高の思い出にはなったよね、たぶん」
 テールが笑う。ルークも頷いていた。
 最終フロアに足を踏み入れる。ダンジョン構造ではないらしいから、実質クリアだ。あたしたちは抱き合って、快哉を叫んだ。


  16――テール


 フロアのど真ん中に、記念碑がおいてある。僕たちはそれに歩み寄った。
「このダンジョンを制覇したことをここに証明する」
 ああ、クリアしたんだな。そんな当たり前の感慨が、僕の胸を襲った。そして、これで最後になるであろう、4匹の共同作業の結果が、どことなく僕の胸を打った。
 突然、ルークが崩れ落ちる。え、と声を出す間もなく、辺りに泣き声が響いた。呆気にとられて僕は立ち竦む。ローネがかがみ込んで、ルークにそっと、でもよく通る声で呟いた。
「……ありがとう」
 ルークは首を横に振る。涙の中に、とぎれとぎれの声が混じる。
「羨ましいんだって、凄いんだって、お前らは……。俺、99パー、落ちたから」
 嗚咽の中に少しずつ、ルークは苦しみを混ぜて行く。頭が真っ白になって、全然駄目だったこと。明確に目標に向けて進んでいるダイキとローネに嫉妬したこと。夢はなくとも進んでいる僕にも嫉妬したこと。そんな自分が嫌になること。
「みんな、俺を置いて前に進むんだと思ったら……辛くって」
 僕は何も言えなかった。ただ、名前をポツリと呼ぶだけ。
「わかってる。ワガママ言ってるだけ。でも……ちょっとしばらくほっといて」
 ルークは、そうやって泣き続けた。何も言えない。どうやったって、何を言ったって今の僕たちじゃ逆効果だ。
「ありがとな、言ってくれて」
 それだけを呟いた。
 ルークはしかと、頷いた。

 数分後、ルークは涙を前脚で拭い、それからいつもの笑みを浮かべた。
「ああ。わかってる。こんなワガママ言えるのはお前らだけだし、お前らと友達になれてホントよかった」
「こっちこそ、こんな剥き出しの気持ちをぶつけてもらえるとは思ってなかった。嬉しいよ、ホントに」
「……言ってて恥ずかしくならねぇのそれ。すげぇよホント」
 ルークが後ろを振り向いて、叫ぶ。
「絶対合格してやるからなぁぁぁぁああああああ! 待ってろよ! ○大医学部!」
 僕とローネの受けた、ポケモン世界における僕たちの地域の大学のトップ大学の名前をあげ、ルークは叫んだ。
「○大医とは大きく出たな」
 ダイキが笑う。ルークは唇を尖らせ、答えた。
「1年の余分があるんだぜ? そんぐらい余裕よ、よゆー」
「この1年のお陰でさらにいいとこ行けるんなら、それは無駄でもなければ置いてけぼりでもないよ」
 ローネの言葉に、テールは笑う。
「だな。……さ、帰ろうぜ」
 ルークはワープゾーンに飛び乗った。俺たちもそれに続く。

 宿に帰ると、キュウコンがお疲れさんと声を掛けて来た。何も訊いて来なかったのは、まあ無理だったのだろうという意味か、それとも僕たちからクリアして来たことを感じ取ったのか。いずれにせよ、面倒がなくて幸いだった。
 とりあえず各々の部屋に戻り、それからすぐに風呂に入ることにした。
「でもまあ、あれだね。みんな悩んでるんだね」
「うん。でも、会えてよかったよ。本当にそう思う」
「だね。テール、それじゃまた、お風呂の後で」
「おっけ」

 ♂たちで集まって、風呂に浸かる。今日は今日でいろんな技を受けたせいで体が汚れている。それを洗っていると、ダイキが言った。
「……お前もさ、いろいろあるんだろ?」
「そりゃね。将来の夢が決まってる3匹のことがすっごく羨ましい。僕はまだ、何をしたいのかわかってないから」
「それでよく勉強のモチベ出るよな」
 ルークの言葉に僕は答える。
「好きだもん、勉強。……え? どうしたの?」
「いや、勉強好きを高3まで維持できるってすげぇな。そりゃ入った時は好きだったけど、やり過ぎて飽きねぇ?」
 ダイキが呆れたように言うけれど、僕にはさっぱりだった。
「別に? っていうか、入ってから、勉強のことをしっかりと好きになれた。ローネのお陰で、勉強と自分の価値を切り離せるようになって、そうしたらやっぱり、楽しくて」
 シャワーで泡を流す。隣の2匹は僕をあんぐりと眺めて、ため息を吐いていた。

 風呂から上がると、また昨日と同じように1部屋に集まった。ルークによる、明日の帰りの時間についての講釈タイムだ。それを終えて、僕たちは晩ごはんを食べることにした。
 全員空腹で、お皿の上の料理は一瞬にして消えた。なんならもう1回このしっかりとまとまった料理を食べられそうだったが、「あんまり急に食べ過ぎると胃に悪い」というルークの至極最もなツッコミを受け、仕方なしに夜食用のポテチとおみやげ用のお菓子だけ買って部屋に戻った。それからしばらく、ポテチをつまみつつトランプを楽しみ、それから各々の部屋に戻ることにした。
「今日は早く寝たくってさ」
 ルークがそういうのもわかった。泣くのは存外疲れるものだ。
「ふー、疲れたね、今日は」
「うん。本当に、でもよかった。楽しかったよ、ダンジョン。行ってよかった」
「だね」
 ローネは頷いて、かばんに荷物を詰め込み始めた。僕も荷物を整理することにする。そうしている内に、過去の自分を、中高の自分をかばんに詰め込んでいるような気がして来る。想定外の大ポカをやらかしていなければ、僕はもう、大学生になる。別の自分になる訳ではないにせよ、そこにはやはり、少しの乖離がある。いくら頭ではわかっていても、ダイキやルークとの物理的距離が離れてしまうのは否定できず、そしてそれはどうやったって辛いことだった。
「……楽しかったね、6年間」
「うん。小2でリオたちと出会ってから、あたしはずっと、幸せ者だ」
「僕とも会えたし」
「付き合えたしね」
 顔をあげると、ローネもこちらを見ていた。それから彼女はニヤリと笑う。
「ねえ、治ったかな。あたしも、あなたも」
「さあ、どうだろうね」
 荷物整理を終えて、部屋の電気を消し、枕元の電気だけを点けてベッドに潜り込む。うすぼんやりとした中で、ローネの微妙な笑みを湛えたその表情は、どことなく妖艶に見えた。
「ねえ、誘ってる?」
「……気付くよね、うん。誘ってるよ」
 ローネは、僕の鼻先をそっとなぞる。ぞくりと来るものがあった。僕は思わず、彼女を強く抱き寄せ、唇を強く押し当てた。

 僕は、確信的に悟る。
 どうやら僕は、チャンスを5年越しでようやくものにした、ということと、
 僕たちの関係は、気付かぬうちに、行き着く所まで行っていたのだということを。

「テール」
「ん?」
「……ありがとう」
「こっちこそ」
 ローネは、ニコリと笑った。

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