第3話 “探検隊バスターズ”

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 ダイニングと繋がる調理場まで含めても、お世辞にも広いとは言えなかったが、そんなことはまったく気にならなかった。ずっと会いたくても会えなかった、恋い焦がれていたカップケーキにありつけたからだ。
 ひとくち囓れば、不思議な甘さがほんのりと乗って、今までに食べたどのカップケーキとも違うと分かる。味として最も近いのは和菓子だ。まるで田舎の縁側に座って気持ちよく日光浴をしている、そんな心地よさがある。それでいて生地に混ざった甘味の素が、チョコチップのようにコリコリしていて食感も楽しい。まるで縁側から見える小池でコイキングが元気に跳ねている、そんな日常の小さな刺激みたいだ。
 これはいよいよミュウに感謝しなければなるまい。ライムは四つめのカップケーキをきれいに平らげると、目線を逸らしながら。

「その……ありがと、めっちゃおいしかった……」
「あなたのお役に立てて何よりです。より多くのカップケーキを望みますか?」
「もういいよ、これ以上食ったらママさんに怒られ……」

 る訳がない。だってここには、家族も誰もいないのだから。
 いちいち気持ちを確かめてくるミュウをぐいぐい押しのけて、ライムは「ごちそうさま」と返した。ならば部屋をご用意しますとミュウが答えたので、ここは素直にお願いすることにした。

「準備ができるまでは、こちらをご堪能ください」

 照明が薄暗い暖色系に切り替わって、渋めのジャズが流れてくる。ただのダイニングが、ちょっとドキドキする雰囲気のオシャレなバーに早変わりだ。出てきたグラスには青と緑の二層に分かれたドリンクが注がれている。
 すんすんと嗅いでみると、アルコール特有のツンとする香りは薄い。薄いが、あることは間違いない。

「……これ、オレが飲んでいいの?」
「香りをアルコールに似せているだけですから、未成年ポケモンが飲んでも害はありません」
「ならいいか」

 いいのかな、という呵責とともに、ぐいっと一気に飲み干した。
 瞬間、喉の奥が火を噴くようにカーッと熱くなってきた。はじめての感覚に戸惑い、激しく咳をしながら、ライムは潤んだ目でミュウを睨みあげた。

「これ、おま……ほんとに、アルコールじゃ?」
「喉が焼けるような感覚も再現されています。私のアルゴリズムに誓って、アルコールではありません」
「じゃあオレの見てる世界が回ってるのも違うんだな!?」
「数秒で元に戻ります」

 言ったとおりだ。喉の燃えるような感じも、世界が回るのも、すぐに収まった。酔っ払うってこんな感じなのか。映画では好んで飲んでいるシーンをよく見るが、未だにその気が知れない。
 もういい、と言わんばかりにライムはグラスを置いた。

「お前は良い奴だな。ちょっと変だけど、慰めてくれて助かったよ。少しだけ楽になった」
「その気持ちを、どうかミオ船長にも伝えてあげてください。ウルトラホールで漂流していたあなたを保護するよう、命令を出したのは彼女です」
「にしては冷たい感じがするけどな」ライムはため息をこぼしながら、テーブルに顎を置いた。「なあ、教えてくれよ。オレはこれからどうなっちまうんだ?」
「地球連合は人道的にあなたを保護するでしょう。しかしタイムトラベルは違法ですから、帰れる確率は非常に低いと言えます。したがってあなたが帰るには、地球連合を相手に例外を認めるよう、裁判を起こす必要が生じるでしょう」
「さいばん」

 もうお手上げだ。元いた世界でさえ法律とかそういう難しいことはサッパリなのに、知らない世界でそんなことできるものか。
 本当にもう会えないのか。しまったはずの涙が視界を滲ませる。この悲しみは、おそらく本物のアルコールでも洗い流すことはできないだろう。帰れないなら、もう全部どうでもいい。自嘲気味に笑って……刹那、ライムの世界がひっくり返った。

 *

「報告!」

 コックピットに飛び込んできたミオが叫んだ。

『左舷後方から攻撃を受けました』女性の機械音声が答えた。『船影が一致、ライアン・シンジケートの一般的な襲撃船です』
「あのトサカ兄弟ね……!」

 悪態を突きながらも、操縦席について即座に臨戦態勢を整える。一度はやり過ごした、また脱兎のごとく逃げるだけだ。
 そこへライムとミュウもやってきた。ライムは頭にたんこぶを抱えていたが、ものともせず尋ねた。

「今度はなんなんだ!?」
「ごめんなさい、ちょっと揺れるけど我慢してね」
『ミオ船長、敵船から通信が来ています』船のAIが口を挟んだ。
「チャンネル、オープン!」

 ミオが唱えると、正面のスクリーンに不敵なストリンダーの兄弟が浮かび上がった。
 黄色いタテガミの兄は高らかに笑いながら言った。

『やっと追い詰めたぞ! 今度こそ貨物を渡してもらおうか!』
「しつこい男は嫌われるって知ってた?」
『これを喰らっても同じことが言えるか試してやる!』

 閃光が迸り、衝撃が船中を駆け抜ける。あちこちでけたたましい警報がひっきりなしに鳴り響き、どこかから爆発音が轟いた。
 スクリーンから見える景色が傾き、次第に止まっていく。船は姿勢を崩して、コントロールを失っていた。

「今のは!?」ミオは座席にしがみつきながら叫んだ。
『反物質弾頭による攻撃を受けました。航行システム、パワーダウン』AIが報告する。
「なんてバカなことを、アレに引火したらどうするつもり!?」
『そのときはそのときだ!』ストリンダー兄が勝ち誇った顔で吠えた。『俺たちは奪われたものが何であろうが、必ず取り戻すぜ!』

 名乗りを上げた次の瞬間、二匹の姿がスクリーンから消えた。かわりにこちらのコックピットにふたつの光が現れる。ライムを船外から助けた時と同じもの、転送だ。
 いちはやく動いたのはミュウ。続いてミオ。二匹が実体化する前に、すばやく攻撃を仕掛ける。一方のライムは、先の衝撃でひっくり返ったままだった。

「喰らえや、女ぁ!」

 ストリンダー兄に向かったミオの銃口は、刹那の放電に撃ち抜かれた。ならばと即座に拳をかためて、その横っ面を思いきり叩きのめした。
 続くストリンダーの弟は、現れた瞬間にミュウの『サイコキネシス』で縛られてしまった。あとはもう呑気に「兄貴がんばれー!」と応援するだけだ。
 ミオは殴って、殴って、脇腹に蹴りを入れて、一旦離れようとした。だが足を掴まれ、ストリンダー兄の顔を見る。ニヤリとほくそ笑んでいた。

「うらァ!!」

 轟く雷鳴、床に散る血反吐。ミオは激しい放電を浴びて、きれいな肌に焦げ目がついた。よろけた隙を狙われ、今度はストリンダー兄の猛攻が刺さる。肩を殴り倒され、髪を掴まれ、お返しと言わんばかりに頬を拳でさらに殴られた。何度も、何度も、鈍い打撃音が響く。
 そろそろ懲りたかな。ストリンダー兄が拳を止めて顔を伺うと。

「ぺっ! この程度か!」

 まだまだ元気そうだと悟り、さらに口角を歪めて殴りつけた。
 さらに二度、三度と殴り、四度目を振りかぶったところで、邪魔が入った。

「やめろォ!」

 小さな蹴りがストリンダー兄の背中に刺さる。ライムの『アクロバット』だ。反動で跳ね返り、くるくると回って華麗に着地を決めた。
 飛行タイプの技なので、ストリンダーには毛ほどの痛みしか与えられないだろう。だが彼はライムに気を取られて、振り返った。
 そのわずかな隙を狙って、ミオは座席に隠していた別の拳銃を引っつかむと、ストリンダー兄の腹に光の弾丸を撃ち込んだ。
 しばしの沈黙。そして。

「……ちく、しょお」

 ぐらりと崩れて、ストリンダー兄は床に倒れた。「ぎゃあ!」と悲鳴をあげる弟も、ミュウの『サイコキネシス』に締め上げられたのだろう、あっさりと意識を落とした。
 確かに彼らの気を引きつけたかったが、まさか撃たれるとは。ライムはビクビクしながらストリンダーたちの様子を伺った。

「まさか、死んだ……?」
「私の大事な船を奴らの血で汚してたまるもんですか、ただ気絶させただけよ。そのうち目を覚ますわ」ミオは口周りの血を袖で拭い、宙を見上げて命じた。「コンピュータ、侵入者二名を拘束室に転送して」
『転送します』

 シュワシュワと光の泡になって消えていく二匹を、ライムは目を丸めながら見届けた。まるで魔法みたいだ。誰でも自由にテレポートが使えるなんて。
 そんな彼に振り向いて、ミオはいたずらっぽく言った。

「あなたもああやって船に運ばれてきたのよ」
「えっ」

 思わず自分の身体をペタペタと触った。光の泡に分解されたとき、どこか欠けているところがあるんじゃないか。ケラケラ笑うミオを見て、すぐに杞憂だと悟った。
 ライムは恨めしげに彼女を見やりながら尋ねた。

「あいつらは、何でこの船を襲ってきたんだ?」

 聞いたことを思わず後悔した。ミオから返ってきた視線は、極寒の海のように恐ろしく冷たいものだった。彼女がすぐに視線を切ってくれて良かった。
 ミオはただ、低い声で答えた。

「さあ、知らない」






 また一日が過ぎた。ミュウは相変わらず気さくに(?)接してくれるが、依然としてミオの真意が読めない。まるで常に仮面をかぶりながら暮らしているみたいだ。ライムが客室を用意してくれた彼女に礼を言うと、やはりそっけない返事だけしか返さなかった。
 翌朝の食堂で、そのことをミュウに尋ねてみた。「あいつっていつもああなのか?」ミュウは珍しく答えに迷っていた。機械でも迷うのかと不思議に思ったが、カップケーキを出されたとたんに、モヤモヤした考えは一気に吹き飛んだ。
 部屋に戻る途中、ふと通路の窓から船の外を見上げた。そういえば、この船はどこに向かっているのだろう。ミオも「追い出したりはしない」と言ったが、自分の目的や行き先については何も教えてくれなかった。
 流れ星のように過ぎていくワープホールを見ていると、自分があの無数の光のひとつから偶然やってきてしまった余所者であることを思い知らされる。
 ここにはいられない。そう思うほど、マドカの顔が浮かんでくる。オレの居場所は、今も昔も、あいつの隣りにあるのだから。
 ライムの顔が少しだけ引き締まった。と同時に、窓の外をまばゆい光が包み込んだ。
 まぶしそうに目を覆ったが、晴れた光の向こうは、景色がまるで一変していた。蒼い深海のようなウルトラホールから、緑と青空がどこまでも広がる豊かな自然へ。ライムは鼻先を窓に押しつけて、未知の世界に目を奪われた。

「予定の座標に到着しました」

 コックピットに入ってきたミオに、待ち受けていたミュウが眼前まで迫って報告した。ミオは慣れた手つきで彼を押しのけると、スクリーンの光景に満足しているようだった。

「スキャンは?」
「既に開始しています」ミュウが続けて報告する。「予備調査では、ここより北西の方角、距離およそ七キロメートルの地点に反応を確認しました」
「三キロまで接近して着陸しましょ。なるべく原住民を刺激したくないから、ステルスモードに移行して」
「ワープホールを通過した時から既に移行しています」
「あなたって本当に有能ねえ」

 往年の友にかけるような、穏やかな声で言った。
 続いてライムが来ると、ミオは急によそよそしくなった。そんな彼女の変化など知るよしもなく、ライムはとぼけた顔で尋ねた。

「どこかに着いたのか?」
「はい」ミュウが胸を張って座席から跳び上がった。「ここは地球連合とテメレイア帝国の中立地帯に位置するウルトラスペース、『リギュラス』です。支配種族はなく、近代文明はありませんが、豊かで平和な生態系がどこまでも広がっています。その一方、これは未確認ですが、太陽を喰らう竜がいるという目撃情報も報告されています。一説によれば、竜は古代文明が滅亡する前から生き続けて、今もなお文明の秘宝を守っているのだとか」
「でもそんなもの、空から見た限りはどこにも……」
「なかった。確かに、そもそもこの世界で文明が存在した痕跡も発見されていません。しかしウルトラスペースの噂話とは、しばしば我々の想像を超える形で実在することがあります」
「ふうん」

 そうなんだ、とライムは相づちを打っていた。打ちながら、少しだけ身体の奥がソワソワした。
 未知の世界で、太陽を喰らう竜が潜んでいる。しかもそいつは古代の秘宝を守っていると言う。そんなもの気にならない訳がない。やっべえ、今オレめっちゃ冒険してみたい。あ、いやいや待てよ、一刻も早くマドカのもとに帰るのが先だろうが。何考えてんだ。
 ぐおお。と、頭を抱えて葛藤しているライムを横目に見て、ミオはフフッと口角を上げた。

「気になるなら、イヴを連れて行ってみたら?」
「いいのか?」「いいのですか?」

 ライムとミュウが口をそろえて言った。

「私は私で用を片付けてくるから、その間、ライムの面倒を誰かが見なきゃいけないでしょ? 正直あの噂話を真に受けるのはどうかと思うけど……ふたりで冒険を楽しんで。ただし夕方までには船に戻ってくるのよ」

 意外にも気前がいいので、ライムとミュウはぱちくりと瞬きをして顔を合わせた。

 *

 空色のスカーフを巻いた。キラリと光る通信バッジも付けた。携帯用ポーチを腰に提げて、非常食はバッチリ。熱い冒険心を胸にしまって、ライムとミュウは息をそろえて拳を突き合わせた。
 ウルトラ探検隊『バスターズ』、ここに結成だ!

「ポケモン探検隊ってドラマをよく見てたなー」ライムは穏やかな陽光差す森の小道をずんずん進みながら、相棒に言った。「人間がポケモンになって異世界に迷い込む話でさ、そこではポケモンたちが探検隊を結成して、いろんなダンジョンに挑戦するんだ」
「もしもあなたが人間なら、まさに状況がピタリと一致しますね」
「オレが人間だったらな。まあそんなことは絶対にありえないんだけど」

 ははは、と笑いながら、ライムとミュウは森の奥へと進んでいく。
 冒険に出かけることが決まるや否や、ミュウはありとあらゆる記録を読み込んで、過去調査されていない地域を洗い出した。とはいえ、地球並みの広大な世界を、夕方までの数時間で探すなんて無理な話だ。そこで一番近い未探査領域を見て回ることに決めた。
 森の雰囲気は、ライムの知る景色と変わりはない。だが何もない森の中を、自分の足だけで歩いたのは初めてのことだった。もしもマドカと世界を旅することができたら、こんな場所を通っていたんだろうな。そう思うと少し、針を刺したようにチクリと痛んだ。

「すげえよな……」枝葉から注ぐ木漏れ日を見上げながら、ライムはしんみりと言った。「世界を超える船に乗って、オレ、誰も来たことのない場所に立ってるんだ。なんか、ドキドキするよ」
「ワクワクも?」
「それに正直、ちょっと怖ぇ……ますます家が遠のいていく気がするんだ。冒険ってこんな感じなんだな」
「興味深い」ミュウはライムの前に出て、逆さまに浮かびながら言った。「有機体は皆一様に冒険を楽しむものと思っていました。あいにく私には恐怖という機能がないので分からないのですが、怖いって、どんな気分ですか?」
「どんなって、困ったな……こう、足下がおぼつかないというか、フワフワするというか。とにかく逃げたいって気持ちになって、頭が真っ白になるんだ」
「では冒険を中止しますか?」
「い、いや、怖じ気づいた訳じゃねえぞ! 続ける続ける! オレたちバスターズは今日ここで偉大な発見をするんだ!」
「それは……矛盾しています」

 とたんにミュウが止まったので、顔と顔がぶつかってしまった。口が当たったのが奴の額で良かった、でなければ……。
 ライムはハッと我に返って、ミュウに向かってぷんすか怒鳴った。

「なに急に止まってんだ、危ねえだろ!」
「私のセンサーが生命体を複数検知しました」
「せいめいたい?」

 言われて見回してみても、辺りに生き物の影はなく、風に揺れてざわめく葉音しか聞こえてこない。ならば、空にいるのだろうか。見上げてみても、枝葉の間からは鳥ポケモンらしい姿も見えない。

「どこにいるんだ?」
「それは……」

 グルルルル、という低いうなり声。背中に生暖かい風が当たる。ミュウは固まったまま動かないが、くりっとした大きな蒼い瞳に、黒くて禍々しい形相が映っている。
 ああ、そういうこと。そうきたか。やれやれ、ここでもか。ライムは諦めたように肩をすくめて。

「……おりゃああああ!!」

 果敢にも振り返って、『放電』を放った。ことを、すぐに後悔した。後ろでぱっくりと口を開けていたのは、黒いリザードンだった。それも鼻の穴に自分が丸ごとすっぽり収まってしまいそうなほど巨大で、その口腔の奥には滾る業火が今にも溢れようとしていた。
 放った『放電』など、竜の表皮をやや擦っただけだった。
 あ、オレ終わった。全身からサアッと血の気が引くや否や、ミュウの『サイコキネシス』にぐいと引っ張られた。直後、竜の大口がバクンと閉じた。コンマ数秒遅れていれば、ライムは竜の栄養源になっていただろう。
 感謝の言葉を返す間もなく、ライムは死に物狂いで身体を広げ、森を吹き抜ける風に飛び乗った。

「逃げろぉー!!」

 ここに来てもなお、不幸体質は御健在であるようだ。

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