1-6  貿易都市ヨコハマ

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:15分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ほらほら着いたぞ、寝坊助たち!」

 朝になった。私たちは、ブーピッグの呼び声で目を覚ます。やはり彼の姿は運転席にはなく、荷台と外との仕切りに当たるカーテンを開いたとき、その正面に立っていた。

「ほうら、お待ちかねのヨコハマだ。」

ブーピッグが腕を奥へと回しながら体を90度反転させると、彼に遮られていた視界がパアっと開けた。

 馬車は、ちょうど街の入り口につけられていた。奥へと伸びる一つの通りを挟んで、その両脇に白いレンガで造られた四角い建物がたくさん並んでいるのが見える。あれは、住居なのだろうか。その形もさながら、窓枠の縁を彩る鮮やかな青色が特徴的だ。高低さまざまなその建物の青は、街全体で一つの模様を作っているかのようにも見える。通りからはやはり、店やポケモンの賑わいが見えるし、聞こえる。しかしエド帝都のそれと決定的に違うのは、通りの幅と形だろう。エドは、…ちょうど私たちが乗せてもらっていた馬車で言えば、四つは通れるくらいの幅があった。それに帝都は碁盤の目状の区画整理がされており、大通りはまっすぐに城へと続き、住宅街へと続く横道はそれと直角に引かれていた。一方ここから見える通りの幅は、馬車一つ入れるのが難しそうなくらいに狭い。…おそらくあの道に無理やりにでも馬車を引き入れれば、大渋滞を起こすだろう。また、その道はぐねぐねと続いているようで、横道もその通りの腹や背から不規則に伸びている。俯瞰で見れば、そんな雑多に敷かれた街の奥に一直線の海岸線が覗くのが美しい。その深い青は、住宅の点々とした明るい発色の青ともコントラストを成している。

「整っちゃいないが…、洒落ついて面白そうな街だろ?さ、降りた降りた。」

ブーピッグはこちらを向き直すと、手招きをして見せる。私たちは、その手に引かれるように荷台を降りた。

「ここから登って行った先、ちょうど丘のてっぺんの辺りが国境だ。ま、国境といっても線も何も引かれてない雰囲気だけの場所だがな。」

言いながらブーピッグは、通りの先の方を指差した。なるほど確かに、通りには緩やかな傾斜が付いていて、街の奥に進むにつれて坂を登るような格好になっている。

「じゃ、俺たちは仕事に向かうからな。頑張れよ!」

私たちがそれを確認したと見るやブーピッグは片手を上げ、簡単に別れの挨拶をした。私たちもそれぞれ、彼にここまでの感謝を述べる。

「ありがとな、おっちゃん。」

「おうよ、ボウズ。もっとビッグになったらまた顔見せてくれ。」

「本当に、ありがとうございました。…なんとお礼したらいいか。」

「いいっていいって!…そうだな、まあ、落ち着いて金ができたら、“カンベ物産”を贔屓に頼むよ。」

はははっ、と小気味よく笑いながらブーピッグは運転席に戻り、ポニータたちを走らせた。通りには入らず、街沿いにどこか外れの方へ向かう彼らを、私たちは見送る。少し経って、ポッチャマはハッとしたように声を上げた。

「っておい!カンベ物産って言ったらあの、“業務マーケット”仕切ってるギルドじゃねぇか!」

興奮気味に私に顔を向けてくる。彼は何かピンとくるものがある様子だが…、私には聞き覚えがない。

「業務マーケット…?」

「世界各地で不定期に開催されるマーケットだよ!一度に大量のモノが売られるぶん、一つひとつの価格がすげー安いんだ!一度にたくさんのモノを使う、食堂とかやってるポケモンがよく利用するんだけど、そういう事業をやってない一般のポケモンも自由に出入りできるマーケット!あのおっちゃん、実はすげーやり手のポケモンだぜ…。」

まさに庶民の味方、といった立ち位置の商売なのだろうか。ポッチャマの興奮ぶりから察するに、おそらく多くのポケモンが待ち遠しにしていて、マーケットはいつも大盛況なんだろうな。世界各地でやっているなら、そこに顔を出せば、きっとまた会うこともできるだろう。そのときに少しでも、この恩を返すことのできるようになりたい。

 まだ興奮冷めやらぬといった様子のポッチャマを連れて、ヨコハマの街に入る。通りは舗装されておらず、むき出しの地面だが、サラサラとした白い砂を歩く感触は心地いい。貿易都市というだけあって、通りの店には見たことのないような色使いや模様の商品の数々が売られている。目玉を形どったちょっと不気味なアクセサリーや、皮にびっしりと棘を付けた果実などは、わかりやすく私の目を引いた。すれ違うポケモンたちも皆、帝都のポケモンたちの装いとはまた雰囲気が違って、ひらひらと揺れ、光が透けて見えるほど薄い生地で作られた衣服を好んで着ている様子だ。上へ上へと傾く主な通りから派生するように伸びる路地は、これまたぐねぐねと多数の湾曲をはらんでいて、一歩通りを出ればそこは迷路になっているかのような印象を受けた。…こんな状況でなければ、街を探索してみたり、通りの店で買い物をしてみるのも楽しいんだろうな。

「腹、減ったな。ちょっと食べて行くか。」

 通りの中腹あたりで、一つの店をポッチャマが目で示して見せた。それは屋根の付いた露店で、通りに面してポケモンが二匹は座れるだろう小さなテラス席を、二つほど備えている。大きな店とは言えないが、それでもこの街で見かけた一つひとつの店の規模からするとこれでも広い方だ。テラス席の奥には、簡易なキッチンがあって店主だろうウッウが何やら魚を焼いている様子だ。私はポッチャマに言われて席の一つに腰掛ける。

「サバサンド二つ!」

店主の元へと向かったポッチャマは、耳慣れない商品を注文していた。すぐに完成したようで、ポッチャマが席に持って来たその料理はやはり、私が初めてみるものだった。

「…これは?」

「サバサンド!ヨコハマの名物だぜ。」

私の向かいの席に腰掛けながら、彼は答えた。

 サバサンド…。焼き目のついたバケットの切り込みに、何やら焼き魚が野菜と共に挟まれた簡素な料理だ。魚は…、サバというらしい。サバが挟まれているから、サバサンド…!なんとも安直なネーミングだと思ったが、味は思いのほか奥深い。サバは咀嚼すると脂が口の中に広がる、非常に旨味の深い魚だと感じたが、中の酸味の効いたソースや、シャキシャキとした新鮮な野菜たちがそれを中和し、決して重く感じさせない仕上がりになっている。美味しい…!私も夢中で食べたつもりだったが、食事を終えてポッチャマを見ると、ポッチャマは既に私を待っているようだった。

「うまいだろ?」

ポッチャマが笑いかける。私は深く頷いた。

 朝食を済ませた私たちは坂を登りきり、丘の頂上に差し掛かっていた。この先の国境を越えればサガミ…。そう浮き足立っていた頃だが、何やら頂上付近が騒がしい。私たちは顔を合わせ、一気に駆け上がった。
 頂上には、通りの両側にポケモン一匹が座れるようなデスクと椅子がそれぞれ一組みずつ置かれている箇所があった。ちょうどあの二点を繋いだ線が、エドとサガミとの国境になるのだろう。実際、その線を越えた先から通りは下り坂になっていて、そのずっと奥には海と、多くの船が泊まる港が見える。
 しかしその国境には今、複数のポケモンが立ちふさがって通せんぼしている。その影響か、こちら側にはざっと10匹近くのポケモンが立ち往生しているのが見えた。何が起きている…?近づくと、一番先頭にいるポケモンが、通せんぼしているポケモンの一匹に大きな声で文句を言っているのが見えた。

「はぁ?通れない?なぜだ!私はサガミに籍を置くポケモンで、エドには仕事で来た。そして私は、国籍を記した旅券と、仕事の依頼書も手元に持っている。お前たちの捜査対象外であることを証明できる!」

 文句を言うそのポケモンの後ろ姿は、オレンジの毛並みをベースに、背中や足に黒い線状の模様がある。白くてボリュームのある毛を尻尾や頭に備え付け、四本の足を地につけたその小柄のポケモンは…、ガーディだ。大人びた口調とは裏腹に、彼の声にはまだ経年による深みは感じられない。そんな彼の正面に立つキマワリは、心底困ったような表情でペコペコと頭を下げている。

「そう言われましても…、先ほどから申しております通り…、」

「お前たち、エドのポケモンだな?サガミは何と言っているんだ!こんなこと、サガミ国は了承したのか!?」

「国境の封鎖は、両国家間の合意で決められたことです…。」

「例外条項は?決まってないのか?…例外的に出入りを許された者の基準のことだ!私はサガミで、裁判官を務めている。裁判官とは、司法を元にポケモンを裁く国家権力だ。当然、仕事はサガミ国の依頼だったし、私は数日後にサガミ国内で公判に参加する予定まである…!私は該当しないのか!」

「…申し訳ありませんが、“いかなる者も出入りを禁ずる”、と…。」

「ちぃッ!話にならん…!」

 ガーディは吐き捨てるように言うと、踵を返した。
 一部始終を聞いた私たちはまた、顔を見合わせる。国境が、封鎖された。してやられたと感じる一方で、冷静に考えれば頷ける判断でもあった。私たちに国外へと逃亡されると、いよいよ捕獲は難しくなる。ならば国を出る前に国境を閉ざしてしまう。極めて自然な発想だ。私たちがその可能性を疑わなかったのが不思議なくらいだ。…どうする?ポッチャマもまた、視線を落とし、何やら考え込んでいる。そして言った。

「…先に言っとくが、オレの“道”はナシだ。」

「ポケモンが多いから…?」

それなら、場所を改めてどこか使えそうなところで…。と考えたところだったが、あいにくポッチャマは首を横に振った。

「いや、オレの問題。…道は、その経路や出口の辺りが実際にはどうなっているのか、オレが具体的に知っていないと“開通”できないんだ。この街はもともと複雑にできてるし…、オレはそこまで詳しくない。」

 ポッチャマが“道”と称するその魔法は、私の知る限り、物理的な障害を無視して、二地点間を横断する通路を形成するようなものだ。実際にどのような障害を無視してその“道”が繋がっているのか、知っておくこと。それがこの魔法を使ううえでの一つの条件になっているのだろう。

 私たちはまた押し黙って、どうするべきかを考える。…と、一瞬、ポッチャマが私の奥に視線を送った。ちょうど先ほどのガーディが、いかにも苛立った歩調でズカズカと私の隣を横切るところだった。彼は、歩きながら何かをブツブツと呟いている。

「…時間はかかるが仕方ない。こうなったらマチオ連山の…からなら直接ハシモトに…。」

彼は、数日後にサガミ国内で仕事が控えていると言っていた。そして“時間はかかるが仕方ない”と言って、ある地名を述べた…!
 マチオ連山。エドと、エドから見て南に位置するサガミ、そして西のカイの三国のちょうど境界部分に連なる山々の総称だと、学んだ。ガーディの呟きはおそらく、このマチオ連山の一部を越えて、直接サガミへと渡ることを示唆するものだ。マチオ連山の裾野は広く、その全てをカバーするように出入国の管理をするのは難しいだろう。つまり、彼は知っている。連山から続き、国の封鎖網から逃れて入国するための抜け道を。

「ねえ。」

「ああ…。」

 ポッチャマに声をかけた。彼も同様のことを考えていたらしい。遮るように返事をすると、訳知りげに頷いた。意思の疎通が取れたとみた私は、踵を返し、ガーディを追おうとする…と、私の後ろ足を、ポッチャマがガシッと掴んだ。何…?振り返る私に、ポッチャマは黙って首を横に振った。ガーディに直接、詳細を聞こうと思ったのだが…、ポッチャマには何か別の考えがあるようだ。

 それから私たちは、ポッチャマの提案で、彼を尾行することにした。私は直接聞けばいい話だと思っていたが…、彼の話では、ガーディもまた国家に属するポケモンである以上、極力私たちの存在について明かすべきではないということだった。ガーディの行く登山道に私たちも入り、そしてガーディが無事に下山できたのを確認してから私たちも入国するというプランだ。私たちは彼に、下山直後の検問の有無を確認する役割も担わせていた。

 通りの陰に隠れるようにして、ガーディから付かず離れずの距離感を維持する。幸いヨコハマの街は、その曲がりくねった通りと不規則な横道のおかげで死角は少なくない。問題なく追うことができた。ガーディは途中、郵便局に立ち寄っていた。多分、国境の封鎖でサガミへの入国が遅れることを報告したのだろう。すぐに出てきた彼はそれ以外にはどこか寄り道をすることもなく、まっすぐ坂を下って、エド側の街の出入り口に着いた。

「…カイ方面まで頼む。金額?…ああ、それでいい。」

 街の出入り口のあたりには、“運び屋”ギルドの詰所があった。ポケモンやモノを載せて移動したり、あるいは馬車や荷車を引いてやったりといった労働と引き換えに金銭を得る“運び屋”。そんな商売を行うポケモン達が属する組合だ。ガーディは“エドハマ急行”と書かれた立て看板のあるそこで一匹のポニータと契約するや、すぐに跨って街を後にした。私たちも一匹のポニータに二匹で跨り、後に続いた。

 ヨコハマから出る。着いた時は気にも留めなかったが、ヨコハマから伸びる街道は二つあった。一つは、北のエド方面に伸びている。私たちが通ったのはおそらく、この道だ。そしてもう一本は西側へと続く。向かって左側に悠々と座す岩山沿いを行くルートだ。“カイ方面”と告げたガーディと私たちは、この西の方角へ伸びる街道を進み始めた。まだ日が高く登っている時間。他にも多くのポケモンが運び屋に跨って、あるいは自らの足で歩んで一本の列を成している。私たちの尾行はとりあえずの間、目立たないはずだ。

「たっけぇな〜。な、イーブイ。」

左にそびえる、遥か見上げる高さの岩壁を見ながらポッチャマが言った。

「ふふ…、そうね。上から落ちたら、死んじゃうかなぁ。」

「あたりまえだろ!」

自然が一番。変わらずピクニックの装いの私たちは、そんなどうでもいい話をしながらカイ方面へと進み出した。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想