第27話:ただいまとおかえり

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 空気が冷え切った洞窟の中で、とうとうホノオは決意した。“銀の針”で、自分の心臓を突き刺すことを。たとえその気がなくともガイアを滅ぼしてしまうであろう、“破壊の魔王”の命をその手で消すことを。
 記憶の持ち主をなくすことを惜しむように、不意に14年間の短い人生が思い出される。散々な記憶ばかりだ。父親の衝動的な暴力、憎悪が込められた暴言。――ああ、そっか。オレってそもそも、生まれた時から疎まれるような奴だった。“そうじゃない”と抵抗できたのは、思い上がりでも希望を持てたのは、友達になってくれた瀬那(セナ)のお陰だったんだ。

 セナは、オレが殺した。もういない。

 もう涙すら出ない。自分には嘆く資格などない。この醜い命を、今すぐ消し去るんだ。
 両腕をめいいっぱいに伸ばして、鋭い針先を自分の心臓に向ける。あとはもう、ひとおもいに腕を縮めるだけで――。

 その瞬間のことだった。セナの身体が突如、金色の光に包まれたのだ。生命を宿せなくなった身体の傷が、あっという間に治ってゆく。セナの命をその身に迎える準備が整ってゆく。
 ホノオの手から、銀の針がスルリと抜ける。鋭利な針先が地面に突き刺さると同時に、セナの身体の光はピタリとおさまった。

 自分の罪。正体……。そんな重大なオハナシは、ホノオからすっかり抜け落ちてしまった。

「お、おい。セナ……?」
「あ……ホノオ!」

 セナの両目がパチリと開く。倒れていた身体を起こすと、セナはかつてのように嬉しそうに、ホノオの名を呼ぶのだった。
 もう二度と動かないはずだった、会えないはずだった友達が、再び目の前に――。

「セナっ!!」

 なぜ、どうして、どうやって。そんな些末なことはホノオの頭には巡らない。反射のように、恥ずかしげもなく、ホノオはセナに思い切り抱きついた。目の前のゼニガメが、本物のセナだ。そう確かめるように、力強く抱きしめる。

「良かった……。良かったぁ! うぅ……ごめんな、セナぁ!」

 嬉しそうに泣きじゃくるホノオに、セナの頬が緩む。一緒に生きるという、ただそれだけのことを、こんなに喜んでくれる友達がいる。それが嬉しくて、幸せで。次第にセナの目も潤んでいった。

「へへへ。こちらこそ、ごめんな、ホノオ。……ただいま、ホノオ」
「おかえり。おかえり、セナ」
「ただいま、ホノオ」
「おかえり、セナ」

 ただいま、おかえり。そんな当たり前の言葉が、愛おしく感じる。くすくすと笑いあいながら、セナとホノオはただいまとおかえりを繰り返した。何度も何度もただいまとおかえりを繰り返すと、さすがに「もういいや」となる。その頃には涙も引いて、ふと、抱き合うことに気恥ずかしさを感じた。沈黙、赤面。セナとホノオは静かに互いの身体を手放した。
 ほんの少し、気まずくなる。セナはぎこちなく話題を探した。

「そ、そういえば。ホノオ、よく無事でいられたな。救助隊ボルトは、大丈夫だったのか?」

 心臓がキュッと縮む感覚。柔らかくなっていたホノオの気持ちが急激に凍り付く。――ああ、そうだ。都合よく忘れていたけれど、オレは、本当は。
 嘘は苦手だ。ましてやセナ相手に嘘なんて、見透かされるに決まっている。ならば、本当のことを言わなければならないのだろうか。ボルトは、オレが“破壊の焔”で焼き殺したよって。――そんなの、無理だ。
 ホノオはゆっくりと視線を動かして、“黒くなってしまったモノ”を目に移す。馴染む言葉を探すために、口をパクパク。
 ホノオの様子がおかしい。セナはホノオの視線を追いかけ――察してしまった。

「そうか。あの黒い塊が、救助隊ボルトだったのか」

 もう、逃げ場がなくなってしまった。
 セナと再び共に生きるなんて、甘い幻想を抱いてしまったが、そんなの、殺人鬼には許されちゃいないんだ。
 ならばいっそ、この場でセナに殺してもらった方が良い。ホノオは重い口を開き、いきさつを語り始めた。

「そうだ。お前が倒された後、その……青いバッグから、“ホーリークリスタ”が出てきて……それで……」
「もういい! もういいよ、ホノオ。震えているじゃないか。怖かっただろう。全部言わなくても、分かるよ。クリスタが2回目の力を使って、お前を守ったんだろ」

 非常に都合の良い解釈が飛び込んできた。それを訂正してまで、セナと生きる時間を捨ててまで、真実を語れるほど、ホノオは強くはなかった。

「……いや、その……。う、うん。そうなんだ……」

 自分の殺害行為を、世界に不都合な正体を、隠蔽してしまった。動悸がばくばく。激しい罪悪感が全身にのしかかった。
 さらに。
 不安定な心に煽られ、ホノオのしっぽの炎が激しく揺らめく。洞窟内では貴重な光源が瞬くと、嫌でも、“それ”が目立ってしまう。セナの蘇生に気をとられ、投げ出してしまった“銀の針”が。

「ホノオ。これ……」
「!」

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 見られてしまった。
 ホノオが自責の念で目を伏せているうちに、セナは銀の針を拾い上げて見つめていた。どうして、何のために、青いバッグの中からこんなものが出されているのか。想像に難くないホノオの行動に、セナは涙をにじませた。
 もう、楽になりたい。有効活用できるなら、命など使い果たしても構わない。――オイラが命を粗末に投げ打ったせいで、残されたホノオを追い詰めてしまったのだ。ホノオは辛くて、寂しくて、心細くて、責任を感じてしまったのだ。オイラの“後を追いたく”なってしまう程に。
 オイラの過ちは、ホノオを死に至らしめる、残酷で愚かなものだったのだ。

「ホノオ……本当に、ごめん。謝って済むことじゃないんだけどさ。オイラがひねくれちまったせいで、お前……すごく辛かったよな。本当に、ごめんな……」

 銀の針を握りしめながら、セナは悔しそうに涙を流す。自罰的なその言葉が、態度が、皮肉にも今のホノオを追い詰めてゆく。セナの謝罪なんて、受け取る資格はオレにはない。
 ――謝るなよ。もどかしさと罪悪感と恐怖が煮詰まった、黒々とした怒りをセナに向けてしまう。そんな暴走に気が付いたが、モヤモヤと湧き上がる自分への怒りが止まらなくなる。
 表情が険しくなるホノオが、セナの瞳にはとにかく儚く映る。これまでの酷い仕打ちを上書きしたい一心で。

「ホノオ。……ありがとう。オイラと友達でいてくれて」

 愛情を込めた言葉と共に、セナはホノオを優しく抱き寄せる。
 瞬時にホノオは悟る。この優しさを、温かさを、受け取る資格は自分にはない。

「やめろ、放せッ!!」
「うわ!」

 頭が真っ白になった。ホノオは本能で、セナを突き飛ばした。

「……ごめん、セナ。やっぱりオレ、お前と一緒にいちゃいけないんだと思う。ずっと友達でいたかったけどさ」

 心臓が暴れる。使命感がホノオを突き動かす。――そうだ。やっぱり、このままセナに嘘をつき続けて、偽りの友情を積み重ねるなんて、ダメだ。

「オレが側にいると、絶対にお前に迷惑がかかるんだ。今回みたいに、またお前を死ぬまで追い詰めてしまうかもしれない」

 ――そうだ。救助隊ボルトを焼却処分して、セナの命を消耗させた。そんなオレは、セナとは利害が対立する、セナを破滅に追い込む“破壊の魔王”なんだ。セナは大切な友達だから。その事実を、正直にセナに申告しなくちゃ。またセナに迷惑をかける前に、離れてもらわなくちゃ。

「だって、オレの正体は――」
「もういいって言ってるだろ! ……オイラも悪い。お前も悪い。同じくらい、悪い。だから、おあいこ。それで、いいじゃん」

 珍しくしゅんとしおれたホノオが、罪悪感に押しつぶされそうなホノオが、セナの罪悪感も余計に煽ってゆく。「自分が悪い」の繰り返しで、互いの罪悪感が増幅していく。
 ――すぐに謝るのが、オイラの悪い癖だ。ホノオによく言われた言葉の意味が、ようやく身に染みてきた。この悪循環を、なんとしても断ち切らなければ。

 セナは、ホノオが抱えた真実の深刻さをまだ知らない。だからこそ、場違いにおどけた軌道修正を試みた。

「でも、でも……」
「あー、もう! せっかくガイアに帰ってきたのに、なーんでまたホノオの悲しい顔を見なきゃいけないんだよっ」
「ご、ごめん……」
「悪くないのに謝るなって、お前がいつもオイラに言ってるだろぉ?」
「だって、悪いのはオレだから……」
「本当に悪いと思ってるならさ。謝らないで、笑ってよ。いつもみたいに」
「……ごめん、セナ。そういう気分じゃない」

 不慣れながらも、からかうような口調でホノオの心を明るく誘導しようとしてみる。しかし、光で照らすほどにホノオの「ごめん」は暗がりに沈んでしまう。
 心に負った傷は、すぐに癒えるものではない。無理やりホノオの心を動かそうとすることに、罪悪感もある。しかし。そんな配慮を差し引いてもなお、ホノオの「ごめん」は極度の危うさを孕んでいる。言えば言うほど、ホノオの心に毒が回っているような――セナには、そう思えた。
 ならば、仕方がない。奥の手を使おう。効かなかったら、すごく気まずいけれど。

「そうかそうか。それじゃあ、オイラにも考えがある」
「ふぇっ!?」

 セナはホノオの脇腹をがしっと掴む。ホノオは間抜けな声をあげ、ビクリと飛び上がった。ひとまず反応があることに安心して、セナは少しずつ、もぞもぞと指を動かしてゆく。

「さーてホノオちゃん。いつまでそのしおれた顔でいられるかな?」
「ちょっ、おいっ! やめ、んん……ッ!」

 こそばゆさを振り払うように、ホノオは身をよじる。とても笑えるような気分ではないのに、口角が上がってしまう。セナを振り払おうとするが、力が抜けて身体が思い通りに動かない。――どうやら、効果は抜群のようだ。セナはうっかり調子に乗ってしまう。

「我慢しなくていいんだぞ。オイラはお前の笑顔が見たいんだからさぁ」
「笑顔って……こんな、の、はんそ、く……っ、ふあぁ!」
「お前が悪いんだろぉ。しおれた顔で、いつまでもごめんごめんって言ってるからさぁ」
「や、やめ、ひゃははっ! オレには、おま、あうっ、お前、と、じゃれて笑いあう、資格なんてにゃあ!」

 ――ダメだ、ダメだ。このままでは、オレの大罪も正体も、全てがうやむやになってしまう。大事なことを隠したまま、セナの友達のフリを続けることになってしまう。
 暗い感情を直視して意地を張り続けるホノオだが、赤面に涙目。息があがり声が震えている。どうやら我慢も限界の様子だ。このまま、ホノオの抱える罪悪感を徹底的にうやむやにしてやりたい。セナはホノオを容赦なくくすぐった。

「くっ、あっ、ふああ……ッ! あ、あははははは!!」
「おー、それでいいのよホノオちゃん。思いっきり笑えば、嫌なことを考える余裕もなくなるでしょ?」

 足に力が入らなくなったようで、ホノオは膝を折ったかと思うとゴロゴロと転げまわって大笑いする。悩みを上書きするのにとっておきの手段――そう言えば以前、悩んでいたときにヴァイスにしっぽを思い切りくすぐられたことがあった。あの時のヴァイスの気持ちが、セナも少し理解できてしまう。友達の不安げな顔を見るのは辛いのだ。だから、つい上書きをしたくなってしまうのだ。

「ひーっ! もうダメぇ、やだぁ! やだあーっ!!」
「なんか楽しくなってきた。まだやめなーい」
「うにゃああ!? ひゃあ、あひゃひゃ、ひあああ!!」

 お腹をもしょもしょといじくりまわすと、ホノオは黄色い声をあげて悶える。強気な少年のあられもない変わり身が面白くもあるが、さすがにかわいそうだ。セナはホノオを解放して言動を観察してみることにした。

「はあーっ、はあーっ、はあーっ……」
「てへ、ごめんホノオ。やり過ぎちゃった」
「はあ、はあ……。死ぬかと、思った……」

 ホノオはぐったりと地面に身を委ね、深く速い呼吸を繰り返している。さすがに、イタズラもやりすぎてしまったようだ。セナはぺろりと舌を出し、ホノオに謝った。
 ホノオはどうにかこうにか呼吸を整える。思い切り笑ってじゃれたせいか、はたまた気絶寸前の酸欠のせいか。暗く悲観的な感情は、ホノオの心の奥深くまで潜りこんでしまった。
 ――セナは。きっと世界を救うであろう、二度目の生を得たセナは、オレと生きることを望んでくれている。少なくとも、オレの正体を知らない現段階では。ならば。セナが楽しく生きる手伝いをすることが。セナの愉快な友達であることが。オレができる、精いっぱいの罪滅ぼしなのかもしれない。そんな都合の良い言い訳にすがらないと――オレは、セナの前では笑えない。
 笑顔を見せなきゃ。セナがそれを望むのならば。

「まあ、お陰様で気は紛れたよ。ありがと、セナ。お礼に……100倍返しだ!」
「うひゃははは! ホノオ、ごめんっ! ごめんってええぇ!!」

 形勢逆転、今度はホノオがセナのしっぽを狙う。敵に見つかる心配のない洞窟の中で、逃避行生活で絶えず張り詰めていた精神がふにゃふにゃに緩んでしまう。セナとホノオはもみくちゃになりながら、体力が底をつくまでふざけあった――。


 昼も夜も分からぬ洞窟にいるセナとホノオだが、激戦と激情に揉まれた上に、シリアスな数日間を補完するようにじゃれあった。体力を使い果たし、眠気が夜を主張する。

「さすがに、そろそろ寝ようか……」
「そだな……」

 とろんとした目をこすりながら、大きなあくび。洞窟の地面も壁もゴツゴツと硬いが、心が休まるだけずっと良い。敵に見つかる恐れもないし、隣には“友達”がいる。――自分には、そんな心の安寧を得る資格などない。頭では分かっていながらも、ホノオは眠気に抗えずに意識を手放した。
 ホノオの無防備な寝顔を、セナはそっと撫でてやる。自分が悪いと思いつめ、銀の針で自殺さえ図ろうとした。そんなホノオの悲しい顔が、セナの心の中でじくじくと疼く。

 ――やっぱりオレ、お前と一緒にいちゃいけないんだと思う。
 どこかへ消えてしまいそうなホノオの言葉を、セナは必死に打ち消そうとする。

「これからも、一緒に頑張ろう。勝手にどこかに行くんじゃないぞ」

 誰にも聞かれていないのを良いことに、照れくさい本心をホノオに言い聞かせるように呟くのであった。

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