Film1-4 ウソ!? あたしはポケモン、オレは人間!?

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 マイヤの運転する車に揺られながら、マドカとライムは家への帰路についていた。途中にスーパーでお昼ご飯用のおにぎりを買って食べたりしながら、タチワキの道路を駆けて行く。
 ライムはマドカを膝の上に置きながら、助手席でぼんやりと目の前の景色を眺めていた。生まれ育ち慣れしたんだ町のハズなのに、なんだかいつもと違って見える。入れ替わったことで、見える景色が変わっているのかもしれない。
 マドカもまた、誰かの膝の上に座っていることに変な感じがした。まるで3歳くらいの小さかった頃に戻ったような気分だ。

「身体の具合はどう?」

 ハンドルを回しながら、マイヤが娘に向けて投げかける。マドカらしく会話しなきゃ__ライムは強く意識しながら答えた。

「だ、だいぶ良くなったよ。まだ頭のケガはちょっと痛いけど」
「そしたら、今日はゆっくり休むといいわ。明日は学校ないけど、部活の練習あるんでしょう?」
「あ、うん」

 それだけ言葉を交わすと、しばらくマイヤは運転に集中した。
 何か話した方がいいのかな。でも、マイヤさんは運転中だし変に話しかけるのも悪いかな。いや、退院してきた娘から、何か言うべきことってあるんじゃないのか。
 ライムはしばらくの間、悶々としていた。さっきまでは特に気に留めなかったことでも、一度気になりだすと止まらない。
 対するマドカは、そんなライムの気持ちの変化に気付いていた。そんなに気にすることないのに、家族なんだから__そうアドバイスをしてやろうと思った時。信号待ちのマイヤが、ブレーキを踏んだまま口を開いた。

「ライム、ありがとうね。マドカを守ってくれて」
「え?」
「お医者さんが言ってたの。マドカとライムが死なずに済んだのは、ライムの『でんきエンジン』が雷を吸収したからだって。あ、オーバーロードはあったみたいだけど、ちゃんと電気は吸い取ってもらったわよ」

 そうだ、自分の特性はちょっと珍しいんだ。
 エモンガの特性は2種類ある。そのうちのひとつ『でんきエンジン』は、雷や電気のダメージを受けずに吸収し、そのまま自分のパワーに変えていくというものだ。この特性を持つエモンガは、少しばかり希少価値があるらしいのだが、ライムはほとんど活用する機会はなかった。まさかそれが命綱になろうとは、思いもしなかった。

「だから、ライムのおかげなの。本当にありがとう」

 すごいじゃん、とマドカがライムの方を振り向いてつぶやく。ライムはというと、照れくさいのか耳まで真っ赤にしていた。マイヤの目もあるため、あまり顔に出ないようにしていたが、マドカにはライムの心境は『おみとおし』だ。

「マドカもよく、ライムを助けようと飛び出したわね。でも……」

 マイヤはそこまで言いかけると、いったん一呼吸置く。ごくり、とマイヤが息を呑む音がよく聞こえた。横顔を見ると、何かに耐えるかのように下唇を噛んでいる。涙をこらえている顔をしているのは、マドカにもライムにもよく分かった。
 ぎゅっ、とマイヤはハンドルにさらに力を込めながら、言いかけていた言葉を続けた。

「あなた達に何かあったら、パパもママもお兄ちゃんも、もちろんスダチもタロッコも。みんなどうしていいか、分からなくなっちゃうのよ」

 そのことは、昨日病室に家族一同が入ってきたときに強く感じていた。あの時、家族の誰もがマドカとライムの安否を心配していた。穏やかなハッサクや冷静なコウジがあそこまで取り乱し、マイヤのみならずスダチも大泣きしていた。
 いかに自分達が大事に思われているか、そのことを思い出すキッカケになったのかもしれない。特にマドカは、もう少し自分のことも大事にした方がいいのかなと反省していた。

(本当に心配かけて、ごめんね。ママ)
「でも、本当にマドカもライムも、無事でよかった。あなた達は大事な、私達の子どもだもの」

 マイヤは悲しい気持ちを振り切るかのように両目を細めて、柔らかな微笑みを投げかけた。
 その笑顔と言葉は、決して演技なんかではない。だからこそ、マドカとライムの心にじんわりと、まるで波紋が広がるように染み込んでいく。

「さぁっ、今日の晩ご飯はマドカの大好きなクリームシチューにするわよ。それまでゆっくり休んでね」

 気づけば、信号は青へと変わっている。マイヤはブレーキからアクセルに踏みなおすと、再び前を向いて車を走らせた。



★ ★ ★



 マイヤにゆっくり休んでとは言われたものの、むしろマドカとライムにとっては、家に帰って来てからが本番だ。
 家に帰ると早速部屋へと駆け込み、作戦会議のスタート。ライムはカーペットの上であぐらをかきながら、マドカに再度の確認を行う。その様は、まるで取材を行う新聞記者のようだ。

「とりあえず。明日から部活だけど、何か注意しておくことってあるか?」

 ライムはとにかく几帳面で慎重派だ。病院でもあれだけ約束を交わしたにもかかわらず、繰り返し確認を行う。今までポケモンとして生きてきた自分にとって、人間の生活は未知の領域だ。もちろん、ずっとマドカと一緒に過ごしてきたから、全く何も分からないワケではない。しかし、見るのと自分で実際に経験するのとじゃあ、また変わってくることも多いだろう。

《うーん……ないかも?》

 一方のマドカは、かなり大雑把で結構なマイペースだ。ライムとは正反対のコンビだが、ここが大きな違いと言っても過言ではないだろう。
 マドカのケロッとした答えに、ライムはおおいにずっこける。

「ほんとかよ!」
《だって、まだお兄ちゃんから脚本上がってないし。ずーっと基礎練とか体力づくりばかりだもん》
「まぁ、確かにそうだけどさ……」
《あ、でも! 昨日みたいにお箸とか物の使い方とか分からなくなったら、周りの人のマネするといいかも!》
「んー……。自信ないけど、やってみるよ」
《逆にライムの方はどうなの?》
「とりあえず、オレのカッコで「きゃあ」とか女々しいこと言わなければ大丈夫。あと昨日も言ったけど、具合悪くなったら絶対無理するな」
《り!》
「前から思ってたけど、その「り」って何だよ。よく人間の女子が使ってるけど」
《「了解」の略だよ》

 それ以降は、さらに細かいところの確認をしていた。誰のことを何て呼んでいるか。注意すべき人物、学校でのルールなど。どうしても中学生という肩書きがあるせいか、マドカからライムに伝えることの方が多くなってしまうのだが。
 とはいえ、ライムもライムでポケモン社会は何たるかをマドカにこと細かに説明している。トレーナーのポケモンと野生のポケモンの見分け方、知らない人間__特に大人にはついて行かないこと。他にもアレコレと、ライムは思い出したように挙げていくが、キリがなくなってきた(ライムの几帳面な性格もあるかもしれない)。

「……それと、目上のポケモンにはちゃんと敬語使うこと。でもこれ、人間達も同じルールだよな?」
《うん、もちろん。ってかポケモン達にも上下関係あるんだね》
「まぁな」

 ライムが腕組みをしながらうなずいたのとほぼ同時。部屋のドアがノックもなしに開く音がした。

「マドカ、ライム。帰ってるのか?」
「ぎゃっ!」「エモッ!」

 ユニゾンでマドカとライムは、素っとん狂な声を上げる。
 突如現れた客人は、実の兄であるコウジ。半袖のワイシャツの襟には、緑色のネクタイが通されている。肩の上には、パートナーのスダチが一緒にいた。
 マドカもライムも、まだ心臓がバクバクしている。凸凹なコンビが唯一自覚している共通点は、肝っ玉が結構小さいところだった。大きな物音がするだけでもかなり驚いてしまう。

「な、何? コ……じゃなくて、お兄ちゃん」
「快気祝いにケーキ買ってきた。コンビニのやつだけど、お前らの好きなカップケーキとフルーツタルト」
「カップケーキ!?」
《フルーツタルト!?》

 ぱぁっとマドカとライムの目が、宝石のようにキラキラと輝く。しかし、コウジとスダチはマドカ達の反応が意外なものだったのか、キョトンとしていた。

《あら? カップケーキがお好きなのは、ライム様の方ではありませんの?》
「いつの間にマドカ、カップケーキ好きになったんだ?」
《あ》

 しまった。マドカとライムは、手に冷や汗を発生させる。
 フルーツタルトはマドカの、カップケーキはライムの好物だ。コウジはそのことをよく分かって、チョイスしてくれたのだろう。
 どうする、どうする__最初にとっさの言い訳を思いついたのは、マドカだった。

《た、たまには! たまにはフルーツタルトもいいかな~って思って! そう、気分を変えて!》
「そ、そう! たまにはカップケーキ食べたいなって思ったんだ!」

 マドカに合わせるように、ライムも何とか会話をつなぐ。コウジとスダチの、何かを疑ったり探るようなまなざしを変えるには至らなかったものの、どうにかその場をしのぐことはできたようだ。

「ま、まぁどっち食べるかはお前らに任せるけど……。リビングに置いとくからな」



 疲れた身体や考えすぎた頭には糖分が一番と言うが、本当にその通りだと、マドカもライムも実感していた。
 結果として、凸凹コンビは入れ替わった身体のままで、夕食前の食卓で各々の好物を食べている。フルーツタルトに顔をほころばせているのは、ライムの姿をしたマドカで、カップケーキを幸せそうに頬張っているのは、マドカなうのライムだ。

《ほんとカップケーキ好きだよね。どうして?》
「え?」

 マドカが何気なく尋ねたのは、ライムにも分かっている。しかし、今のライムは何とも言えない気持ちになった。マドカからその質問をするか。
 本当のことを言うのは、なんだか照れくさいし恥ずかしい。しょうもない理由って思われるかもしれない。人間がよく言う“思春期”はポケモンにもしっかりあるのだ。

「……好きなモンは好きなんだよ」

 ぶっきらぼうに答えながら、ライムはカップケーキへと意識を戻した。
 なんでそんな答え方をしているんだろう__マドカの頭の中には、クエスチョンマークが浮かび上がっている。これがライムの中でのテンプレートと言われれば、それまでなのかもしれないが。
 そんなことを考えていると、部屋中に来客を告げるチャイムの音が鳴り響く。晩ご飯の支度中のマイヤが、シンクに集中したままコウジにお願いをした。

「ごめんね、コウジ。ちょっと玄関出てくれる?」

 リビングのソファでテレビを見ていたコウジは、仕方なさそうに「よっこいしょ」と声を上げながら腰を上げる。すぐに玄関へと足を運んだと思えば、会話のような声が聞こえてくる。客人と何やら話をしているのだろうか。
 ほどなくして、コウジがリビングへと戻ってくる。ちょうどマドカとライムも、ケーキを食べ終えたくらいのことだ。

「マドカ、ライム。アキヨちゃんとあと2人、部活の子が来てるぞ」
「あと2人?」



★ ★ ★



「マドカせんぱぁあああああい!」

 玄関に姿を現したマドカ(中身はライム)にタックルするように飛びついたのは、ポケモン演劇部唯一の1年生・サヤカだった。
 人懐っこい性格のサヤカは、マドカ達先輩部員に妹のようにとても懐いている。サヤカはまるで、幼稚園の迎えを待っていた子どものようにライムに抱きつくと、ぐすっ、ぐすっと鼻をすすり始めた。

「もう身体大丈夫なんですか? ライムくんも!」

 年ごろの女の子が抱きついてくるものだから、ライムは気が気でいられない。だがしかし、今の自分は女子中学生。かわいい同性の後輩の思いを無碍にするワケにはいかない__葛藤しながらもライムは、何とか理性を保つ。

「……うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「ほんとですよぉ! サヤカ、マドカ先輩がいなくなっちゃったら……うっ、うわぁあああああああん!」

 まるで糸をプツンと切ったかのように、サヤカはライムの胸の中で声を上げて泣き出した。懐いている先輩が目の前で雷に打たれたとなれば、心に相当なショックが残ることだろう。
 こんなかわいい後輩を泣かせちゃったのは、申し訳なかったな__ライムの肩の上で、マドカはことの大きさを実感していた。入れ替わったことで頭がいっぱいになっていたが、ハタから見た自分達は、大事故に遭っている身。家族だけでなく、目の当たりにしたポケモン演劇部のメンバーにも心配をかけていたのだ。

「マドカさんとライムくんがいない間、部のみんなも元気がなくて……。でも、元気そうで安心しました」

 そう小さな声で続けるのは、赤縁眼鏡と腰まで届くくらいのロングヘアが印象的な少女。マドカ達の同級生にして、ポケモン演劇部の副部長を努める、ミノリである。
 なぜかいつもおどおどしているミノリは、今もなお生まれたてのシキジカのような目をしている。どうしていつも、何かに怯えているような顔をしているんだろう__と、マドカは密かに思っていた。

「これ、昨日と今日の分のノートだよぉ。よかったらこの週末で使ってねぇ」
「あ、ありがとう」

 受け取ったノートをパラパラとめくるライム。アキヨの丸っこいけどキレイに見える字からなるノートは、わかりやすくまとめられていた。最後のページには、付箋で「まだ入れ替わったまま?」と書かれている。ライムはアキヨに視線を合わせると、こくこくとうなずいた。ライムの意図を読み取ったアキヨは、「そうかぁ」と言いたげに、慈悲深いまなざしでライムを見つめている。
 ちょうど同じころ、女子中学生達の足元。オウリンもマドカに近づき、ひっそりと耳打ちをしていた。

《……ちなみに、今のライムっちはまだ中身マドっち?》
《うん。結局元には戻ってないみたい》

 マドカはちょっと残念そうに、オウリンに合わせるようにささやいた。

《明日からの部活で分からないこととかあったら、遠慮なく聞いてね》
《ありがとう、リンちゃん。すっごく助かる!》

 マドカは目の前で両手を合わせるポーズを取った。
 このマドカとオウリンのやり取りは、その場にいた他のポケモンにとっては気になったようで。

《ライムお兄ちゃん、リンお兄ちゃん! 2匹で何をコソコソ話しているのだ?》
《ひぇぇっ!?》

 ぬっ、という効果音と共に、マドカとオウリンの間に割り込んできたのはふうせんポケモンのププリン。ブロッサムという名前がついた、サヤカのパートナーの男の子だ。
 じとーっ、とマドカ達の話の内容を探ろうとするブロッサム。まだ7歳くらいで、ポケモンの中では最年少だとライムから聞いたばかりだが、相当マセている。いや、これぐらいの歳の子ならアタリマエなのかもしれない。
 まさか入れ替わりの件の話を、ブロッサムにするワケにはいかない。マドカが言葉を選ぶ前に、そこはオウリンが上手にフォローしてくれた。

《秘密の話だよ、ブロッサムっち。大人のオスの話し合い》

 大人のオスの話し合い__その言い回しに、ブロッサムは「なぁんだ」と丸い身体をさらに膨らませる。マドカはというと、自分では思いつかなかったその言い回しに感心する他なかった。同時に、ライムとそんなに歳が変わらないハズのオウリンのイメージが、ガラッと変わった気がした。こんなに大人っぽい対応ができるんだ。

(リンちゃん、上手い……)

 さらにひょっこりと顔を出すポケモンが、もう1匹。エモンガよりもさらに白の比重が高い身体をしている、しあわせポケモンのトゲチック。名をビーナスというが、女神のようにしなやかで美しい身体をしている。パートナーはミノリなのだが、お似合いのコンビだと周りからも認められているほどだ。

《それなら仕方ありませんね。ワタシもライムさんとオウリンさんが何を話しているのか、気になっていましたから》

 ビーナスは短い手を腰に当てるポーズを取りながら、いたずらっ子っぽく微笑む。このギャップにやられるオスポケモンは数知れず。さすがは副部長のポケモンといったところか。
 そんなパートナーポケモン界の女神は、女の子のマドカでも思わず見とれてしまうほどに神々しい。口調もご主人に似て、丁寧で穏やかだ。よっぽどミノリが大事に大事に育てているのだろう。

「マドカー、ライムー。そろそろご飯だって」
「わ、分かった!」

 居間からコウジが呼ぶ声がする。名残惜しいところではあるが(と言っても、明日また部活で会えるのだが)、ここでお開きの時間となった。

「じゃあ、みんなありがとう。明日から部活行くから」
「うん。今日はゆっくり休んでねぇ」
「待ってますよ、マドカ先輩!」
「それじゃあ、おやすみなさい」

 マドカもライムも、アキヨ達の姿が見えなくなるまで見送った。
 ポケモン演劇部は、プレイヤ学園の中でも弱小に入る部活だ。人数も少ないが、その分部員同士の結束力やつながりは強い方だと、マドカ達は自負している。自分達が事故に遭った時、心の底から心配してくれる仲間がいるんだ__こういう時、マドカはポケモン演劇部に入ってよかったと思うのだ。



★ ★ ★



「じゃあ、マドカとライムが無事に退院したということで」
「「かんぱーい」」

 この家では、誰かの誕生日でなくとも何かいいことがあると、乾杯をする習慣がある。今日は誰かの誕生日というワケではないが、大事な子ども達が無事に家に帰ってこれたのだ。喜ばずにはいられないだろう。
 食卓の上には、シチュー皿に盛られた人数分のクリームシチュー。ほんのりクリーム色のソースの中ではブロッコリーやニンジンなどの野菜や肉がゴロゴロ泳いでいる。他にも、前菜のサラダや主食になるパンが置かれていたり、ハッサク用のシャンパンもちゃんと用意されている。
 昨日は病院で食事に手こずったライムだが、今日は事前にマドカからアドバイスをもらっている。

(スプーンの使い方は、マイヤさんとかコウジとか、ハッサクさんのをよく見て)

 周りの人の動きをマネすることは、そこまでニガテではない。持ち方からスプーンで食べ物をすくうまで、周りの人間を鏡のように見立てながら。
 ホワイトソースとじゃがいもを絡め合わせたものをスプーンで拾い上げ、自分の口まで運ぶ。よっしゃ、ここまで上手くできたぞ__と思う前に、まず先に全身に駆け巡った感覚を、ライムは口にしていた。

「……おいしい!」
「よかったぁ。ちょっとお塩入れすぎちゃったけど、うまくごまかせたみたいね」
「そんなことないよ、すっごくおいしい」

 時々人間と同じものを食べることがあっても、だいたいはポケモンフーズがご飯だった。だからこそ、ライムにとってクリームシチューは新鮮な味がしたのだ。
 スプーンの動きを速めていると、足元からものすごい視線を感じる。ばっ、と顔を向けると、マドカがものすごく羨ましそうにこちらを見上げているではないか。そうだった、このクリームシチューもまた、マドカの好きなものだっけ__ライムはシチュー皿と足元のマドカを交互に見る。

《ら、ライム。どうしたんだい? ずっと食卓ガン見してるけど》

 これにはタロッコも、息子の姿にギョッとしていた。抑えろ、抑えろと両手を目の前に掲げるポーズを取るライムだが、マドカの脳内は「クリームシチュー分けろ下さい」になっている。
 しょうがねぇなぁ__ライムは正面に向き直り、マイヤにおずおずと尋ねた。

「ま、ママ。ライムにもシチュー、分けてあげてもいい?」
「もちろん! まだお鍋に残っているから、ナンならスダチとタロッコにも分けてあげましょう」

 何とか事なきを得た。ライムはホッとしたようにスプーンを下ろすと、そそくさと台所へ行き、ポケモン達用のシチューを盛り付ける。ちゃんとしたやり方はよく分かんないけど、こんなんでいいよな__とりあえず、皿に盛ることには成功した。
 さすがに3匹分の皿を1度に持って行くのは無理があったため、ライムは1つずつ皿を運んで来る。もちろん、1番乗りはマドカだ。さすがに素手で食べるワケにもいかず、かといって今ここでマドカがスプーンを使えば、「食器を扱えるエモンガがいる」と大騒ぎになるだろう。

「……ほら、食わせてやるから口開けよ」
《えぇ、ライムが食べさせるの?》
「今はそれが一番自然だろ?」

 マドカはしぶしぶライムの言う通りにした。ライムは別で用意したスプーンを使ってシチューをすくいあげ、マドカの口元まで持って行く。
 パクン、とマドカはスプーンの先端を口にすると、感極まったのか瞳を潤わせた。入れ替わってもなお、変わらない母の味を感じ取れることがよほど嬉しかったのだろう。

《おいしいよぉ、おいしいよぉ……》
「……ポケモンフーズも食ってみろよ。マイヤさん自家製だからおいしいぞ」

 ライムに促され、マドカは元々用意されていたポケモンフーズも、一粒口に放り込んでみる。いろんな木の実を混ぜ合わせて作ったのか、いろんな味が口の中で踊りまわっている。クリームシチューとは別のベクトルのおいしさだった。なんのかんの言って、ポケモンフーズも悪くないのかも。
 ちょうどその頃、食卓ではコウジがテレビのチャンネルをガチャガチャと回している。ポケウッドにゆかりがある両親のもとで育ったのか、一家みんながドラマや映画を見るのが好きなのだ。
 バラエティ番組のチャンネルを飛ばし、飛ばし。ようやく映画を放送しているチャンネルにありつくことができた。コウジがチャンネル回しを止め、映画が流れ始めたのだが。



『私達、入れ替わってるーっ!?』



 第一声がこれだった。
 思わずマドカとライムは、でんこうせっかの速さでテレビへと意識を集中させる。マドカに至っては、口に入れていたものを吹き出すんじゃないかと思ったくらいに動揺していた。
 テレビの中に映っているのは、海辺に佇む高校生くらいの少年少女。2人に挟まれるように、水色の長い触覚を持つポケモンが一緒にいた。
 このポケモンはしょっちゅう映画の題材になるので、マドカもライムもよく知っている。かいゆうポケモンのマナフィだ。そうだ、確かこのマナフィも心を入れ替える力を持ってたっけ。

『私があなたで、あなたが私!?』
『もしかして、このマナフィの力かも。マナフィの触覚が光りだすと、人やポケモンの心を入れ替えてしまうと言われているんだ』

 なるほど。マナフィの力があれば、もしかしたら元の身体に戻れるかもしれない。
 今ここでマナフィのことを話題に出すのは、自然なことだよな__計算しながら、ライムは家族達に問いてみる。

「あ、あのさ。マナフィって、どこにいるんだっけ?」
「どこだったかしら。確か寒い地方で見つかったんだっけ?」
「僕の実家の近くって、父さん__おじいちゃんから聞いたことがあるよ。でも、幻のポケモンだから、見たことある人がいるかどうか分からないレベルなんだ」

 ハッサクの実家はシンオウ地方のコトブキシティにある。イッシュからシンオウまでは、飛行機に乗って飛んで行かなければいけないし、かなりの時差がある。
 おまけに、幻と呼ばれているポケモンは、見つけたり出会うことがとても難しい。本当に出会えればスーパーラッキーぐらいの感覚だ。探し当てようともなると、かなりの時間と労力が必要になることだろう。
 マドカとライムは、「そうなんだ」という表情を浮かべたり、返事をしたりするも、内心ではがっくりと肩を落としていた。
 


★ ★ ★



 食事を終え、あとは寝るだけとなったマドカとライム。やっと慣れた場所で眠ることができる。その一心から、2人そろってバッサァとベッドの上にダイブした。マドカは仰向けになりながら、天井を見上げる。身体が小さくなったことから、いつもよりも天井が広く、そして高く見えた。
 たはぁ、と耳元でライムの溜息が聞こえる。せっかく元に戻る手がかりを早くも見つけられると思ったが、ゼロからのスタートとなってしまったのだから、無理もない。

「マナフィに頼るのは厳しいか……」
《幻のポケモンだもんね》

 人間の女の子がポケモンの男の子に。
 ポケモンの男の子が人間の女の子に。
 ドラマや映画の中だけの話だと思っていたことが、現実に起こってしまった。多くの人に、この事実を知られるワケにはいかない。もし知られたら、大変なことになるかもしれない。おまけに元に戻るための手がかりは、今はゼロ。
 あまりにもハードモードなこの現実に、マドカとライム、それぞれの胸の中に漠然とした不安がふつふつと込み上げてくる。

(あたし、ちゃんと元の姿に戻れるのかな)
(オレ、このまま人間として過ごしていくことになるのかな)

 マドカの目いっぱいに、ライムの不安げな顔が映りこむ。
 自分も不安でいっぱいだ。でも、ライムだってただでさえやることがいっぱいある分、もっと不安だ。
 だとしたら、ライムのパートナーである自分が、努めて元気に振る舞わないと。
 マドカは不安な気持ちを紛らわすように、自らじーっとライムの顔をのぞき込む。本来であれば自分の顔なものだから、ちょっと変な感じがするのだが。 

《ね、ライム》

 超至近距離で、マドカ__自分の顔が視界に入り込んでくるものだから、ライムは「うわぁ!」と声を上げて我に返る。

《ぼーっとしてどうしたの?》
「ううん、なんでもない」
《だいじょぶ! マナフィなしでもきっと元に戻る方法あるよ!》

 これもまた、根拠のない自信なのだろうか。お先真っ暗な今だからこそ、マドカの励ましや笑顔が、ライムにとっては救いになっていた。

「そうだな」



★ ★ ★



 ところ変わって、タチワキシティから見て遥か東。自然豊かな郊外の水道に、ポツンと位置している小島。聳え立つ建物は、ずいぶんと年季が入り始めており、周りには雑草が生えっぱなしになっている。脇には不思議な雰囲気をまとった船が停泊している。船のハズなのだが、どこかメカメカしい印象を与えられる。
 そんなメカメカしい船の中では、多くの大人達が行き交っていた。白衣を着た研究者のような者もいれば、黒ずくめの軍服のような格好の者もいる。
 プラズマフリゲート。8年前のプラズマ団が拠点にしていた、巨大な船だ。



 船内の奥深くに位置する食堂。ジャケットにパンツスタイルの女性が、『イッシュタイムス』と書かれた新聞を片手にコーヒーをぐびっと飲み干す。コーヒーカップには、くっきりと口紅の跡が残った。
 女性が腰かけている足元では、彼女のパートナーポケモンと思われるハブネークとモロバレルが、ポケモンフーズをむしゃむしゃと頬張っている。よほどお腹がすいていたのだろうか。
 かつて、プラズマ団はトレーナーとポケモンを引き離し、イッシュを支配しようと目論んだ。10年前は、1人のピュアでイノセントな青年を王に仕立て上げ、人々の心を掌握しながら。8年前は、これもまた純粋な1人の研究者の元で、力ずくで手段を択ばず。
 結局、大いなる野望は少年少女達の手で二度も打ち砕かれた。それからは罪を償おうとする者、これから何をしようか未だに迷っている者、また別の形で悪の道を究めようとする者。様々な者がいた。
 この女性・タンジーは、ひたすら『プラズマ団としての野望』にこだわり続けた。しかし、今のイッシュでは元プラズマ団という肩書きだけで、白い目で見られるのは目に見えている。だから身分を隠して、新聞記者という社会の様子を伺いやすい仕事をしながら、ひそやかにかつてのプラズマ団を取り戻そうとしている。
 ここ、プラズマフリゲートには、タンジーのようにプラズマ団を再建させたいという志を持った者達が集っている。それほどまでに、彼らにとってプラズマ団は“特別”な居場所だった。



 ピリリリリリリ。



 テーブルの上に置かれたスマホから、快い電子音が鳴り響く。同胞からの連絡だろうか__タンジーはコーヒーカップを置くと、スマホに持ち替えて応答した。

『タンジー。そっちの様子はどうですか?』
「特に周りは変わりなく過ごしています。それにしても、芸能界は面白いですね。華やかなスター達の素顔や闇は、まるで鉱山に埋まった宝石を掘り当てるかのような気分です」
『そんなこと言ってると、ホドモエのジムリーダーが黙ってないですよ。あの人、鉱山を大事にするから』

 イッシュ本土にある港町のホドモエシティ。あそこのジムリーダーは、確か鉱山企業の社長だ。鉱山王を敵に回すようなことを言えば、一瞬にしてねじ伏せられてしまうだろう。

「とにかく。私の方でも、もう少し情報収集に努めてみたいと思います。プラズマ団再建につながるようなものがあれば、はい」

 タンジーはそう流すように返すと、通話を手早く切った。次に、全国マップのアプリを開き、イッシュ中を画面の外から見渡している。

(共に生活する人とポケモンが多い場所__ヒウンほどの巨大都市もいいかもしれないけど、あそこはビジネス街だから、面白みに欠ける)

 ふと、タンジーはひとつの町に目星をつけた。ここからは少し離れている、西の港町。近くにはコンビナートや牧場と、人が集まりやすい場所がある。何より、あのポケウッドが隣接している町だ。もっと言えば、芸能科があるプレイヤ学園もある。
 いいスクープのタネがゴロゴロ転がっているかもしれない。タンジーは感情の赴くままに口角を上げた。

(タチワキシティ……いいかもしれないわね)

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