第七十二話 守護者の再来 VSカイオーガ! 前編

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 その体はグラードンとどっちの方が大きいか。思わずそんな現実逃避に陥ってしまうくらいに目の前の敵は圧倒的なオーラを放っている。これが伝説の再現ならば、どれだけ本物は強いのかを想像するだけで嫌になる。だが、そこにそびえ立つは紛い物とは言え伝説の再現。あっという間に空に雲がかかっては土砂降りのような雨が降る。
 雨降らし、カイオーガの特性の名前だ。それもそんじょそこらの雨降らしではない。滝のように叩きつける雨に風、それが湖の境界まで淡いにさせる。今や足元にも水がやってきたせいか思うように動けない。

「ユクシーは随分と完成度が高いものを作りましたね」

 エルドは吹き付ける雨に負けないように声を張り上げる。堂々たる様相でこちらを無機質な目で睨みつけてくるカイオーガは、以前エルドが古典の文献で見たそれとそっくりである。偽物でありながらこれだけ精巧に作り上げたのかと半ば呆れ気味にため息をついた。

「ああ、エルドの言う通りだな。それも、グラードンより強そうだ」

 目元についた水を払いのけつつ呟いたのはジュプトルだった。ライとシオンも無言で頷く。あの時より味方の数が減っているとは言え、自分たちも強くなっている。特にジュプトルは単騎でグラードンに勝つくらいの実力を持っているのだ。それが、今は守りに回されている。次々に飛んでくる水の波動を避けつつ会話するくらいの余裕はあるが、かといって攻撃には転じられない。

「恐らく前はつけていたグラードンの威嚇機能などを全て撤廃して、リソースを戦闘力に注ぎ込んだんでしょうね。やたらと挑発したり喋らないのもそのせいでしょう」

 エルドが冷静に分析する。しかし、そんな暇にもカイオーガは次々と攻撃を仕掛けていた。エルドを狙っては次にジュプトル。かと思えばライやシオンを散らすように水流弾を放ち続ける。当然、かれらも攻撃を受けている訳ではなく。

「こっちだよ! シャドーボール!」

「エナジーボール!」

 二つの球が現れ、まっすぐ巨大な的ことカイオーガに向かって放たれた。だが、カイオーガはそれらを防ぎもせず、ライに向けて水の波動を連発させた。轟音と共に木々をなぎ倒す威力の技をかろうじて避けたものの、肩にかすめて激痛に顔をしかめる。一方でシャドーボールとエナジーボールは命中したものの全く効いている様子はない。
 しかし、嫌になっている暇すら与えてくれない。というのも、現れたカイオーガは一向に向けて、全てを飲み込まんばかりの強烈な水流弾を放ったからだ。

「三重、結盾!」

 三重に組み合わされた淡い緑色の盾が展開されて迫る水を防ぐ。しかし、最前列で展開された盾は一撃で叩き潰され、二層目の盾も食い破る。そして三層目に展開された盾に襲いかかって。

「十万ボルト!」

「守る!」

 ライが放つ電撃、ジュプトルが展開する防壁が水流弾の勢いを弱め、そして凌ぎきる。たった一発、なれど少しの油断もできない強烈な攻撃に戦慄することしか許されなかった。だってそれは、ハイドロポンプという高威力の技ですらなく、ただの水の波動であったのだから。

「……このままだとジリ貧だな」

 腕をしなやかに振り、リーフブレードで飛んでくる水弾を撃ち落としながらジュプトルは小さな声で呟く。ライもそうであるが、ジュプトルも基本的に近距離戦を得手としている。しかし、カイオーガは水で押し流そうとするため、全く肉薄することができない。ならば、手段は一つだけ。

「“詠唱”さえあれば何とか突破できるはずだ」

 真剣な声でライは言う。これだけの力があれば、わずかながら勝利への光明も見えてこよう。しかし、エルドはしっかりと首を振った。

「いいえ、今はやめておくべきです」

「なぜだ」

「未来世界から帰ってきたばかりで、コンディションも抜群にいいとは言えないでしょう? 数十秒も使えないでしょうね」

「それは事実だが、どのみちこいつ相手に出し惜しみする余裕はないぞ」

 そっとジュプトルが会話に割り込む。カイオーガは幾度となく技を受けているが、効いているどころかむしろ最初よりも元気になっている。どんな仕掛けを施したのかとユクシーに問い詰めたいくらいであった。それでもエルドは首を横に振る。

「物事にはタイミングというものがあるでしょ」

「なら、一体いつそのタイミングとやらはやってくるんだ?」

 息切れしながらライは問い返す。水の波動は雨の力を借りて寸断なく飛んでくる。さっきからずっと“水の波動”しか撃っていないのに、いつまで経ってもエネルギーが尽きる様子はない。ライたちはさっきから技を放つことを放棄していた。放ったところで体力の無駄であった。彼らに許されたのはただコイキングのように跳ねて攻撃からかわすことだけ。そんな絶望的な状況でありながら、エルドはだんだん強くなる雨風に負けないように叫び返した。

「いいですか。カイオーガは古代、大津波を起こして海を広げたポケモンです。ということは、どこかで大津波を撃ってくるはず」

「……ネガティブにしかならない情報だな」

「そういうわけでもないですよ。それだけの大津波を放てば、いくらカイオーガと言えども疲れ切ってうごけなくなるはずです」

「その隙を狙うということか?」

「ええ。確証が持てない作戦ですが、それくらいしか僕には活路が見えません」

「……納得がいかないな。本当に幻影のカイオーガは、実在したカイオーガを模倣するのか?」

 ライが聞き返すと、エルドはうっと言葉に詰まる。確かにエルドの話は予測の範疇を出ない。もし、ユクシーが自分と想定しているのと違うカイオーガを作り上げていたとしたら──。

「少なくとも、大津波はやってくるだろうな」

 ぽつりとジュプトルが呟いた。どうして、と聞き返そうとしたがそんな必要はなかった。だって、森を飲み込まんばかりの規模の水が空高く登っているのだから。

「──俺たちを本気で潰すつもりだ」

 それはため息をつくことしかできない、圧倒的な大波だ。彼らを丸ごと飲み込んでもまだ足りない。この辺りの土地を全て押しつぶさんばかりの波。カイオーガは初めてこの戦いで真髄を発揮する。だが、それは狙いすましたチャンスでもあった。

「シオンさん、“詠唱”を!」

「任せて!」

 エルドの声に応えて、シオンはすうと呼吸を飲み込む。そして、胸に手を当てて深い集中へと落ちていく。

「私は、茜色の救済者」

 自己を定義して、目を閉じ祈るように前足を組み合わせる。刹那、白い粒子が暖かにその場を照らしていく。だが、その色も気のせいかいつもより暗く儚い。そしていつもは感じるはずの力が、どこか物足りない。エルドの言っている通り、“詠唱”は不発なのだろう。しかし、今はそれに文句を言っている暇はない。カイオーガが大津波を解放したからだ。

「シオンさん、早く!」

「……っ! 五重、結盾!」

 五層に重ねられた盾を展開し、津波を受け止めるべき盾を作り出す。並大抵のポケモンの攻撃ならば、これは過剰な防衛であろう。しかし、カイオーガを相手にするには明らかに足りていない。

「ああ、もう。これ高かったんですよ!」

 エルドが破れかぶれに叫び、タネを地面へと叩きつける。にょきにょきと草木が生えてきて激突しようとする水流から身を守る防壁となる。ジュプトルも不慣れな守るを繰り出し、ライもできる限りの電撃を頬袋に集めた。

「来るぞ!」

 ジュプトルが叫んだ瞬間、高められていた大津波が解放される。それは、単なる波乗りという技だ。しかし、規模が違う。違いすぎる。大木を物ともせずに呑み込みながら流し去っていく。ライの十万ボルトはわずかに威力を弱める手助けになったものの、焼け石に水としか言えない。続けてジュプトルの守るにエルドが作り出した自然の恵みを借りた盾も流された。高かったのに……とぼやくエルドは無視した。もうポケを手にする機会は存在しない可能性があるので。
 そして最後のシオンが作り出した五重の盾。一層目と二層目はあっさり切り裂かれ、三層目に激突する。脂汗を流しながらシオンは何とか踏みとどまろうとするが、三層目も破られて四層目も食い尽くされる。最後の一層は渾身の力を込めた盾だ。しかし、じりじりと壁は押されていく。ライやジュプトルは何かを叫びながらカイオーガに向けて技を放つが、何の効果も為さない。あとは、シオンの盾とカイオーガの矛の勝負である。流石の大津波も、これだけ度重なる防壁の前に、力を弱めていた。油断はできない。だが、決して諦める状況でもない。そう信じてありったけの力を注ぎ込み、目の前の水流を受け止める。じり、と一歩引く。水の勢いは弱くなったが、盾にも亀裂は入っている。凌げるか凌げないか、ギリギリの状態だ。あとはどっちの根性が勝るか。体の内部が持っていかれそうな喪失感に襲われる。
 
「……頼む、踏ん張ってくれ!」

「シオンさん、負けないでください!」

 どこからか声が飛んでくる。視界は霞んで見えないが、ジュプトルとエルドの応援の声であろう。彼らは応援することしかできない、つまり自分のがこの大津波を止めきると信じていること。そして、なにより。

「相棒、頼む」

 相棒の静かな声援が聞こえた。きっとそれは、応援に慣れていないライの精一杯なのだろう。だが、それが何よりも愛おしく体に力を与えてくれた。閉じかけていた目を見開く。ここで自分が立ち止まるわけにはいかない。

「神秘の、帳!」

 残った力を振り絞って、残された最後の盾に力を送り、白い防壁を立て直す。それは、いつも使っている神秘の帳と比べてあまりに弱くあまりに儚い。水流がガリガリと壁が削れる音が聞こえる。それでも、ここを抜かせるわけにはいかなかった。

「──っ! 止めた!」

 大津波は消え去り、ただのあふれんばかりの水流となって森の大地に染み渡っていく。すなわち、これはカイオーガの技を防ぎきったということ。そして、今は無防備で固まっているカイオーガを攻めるのに最大のチャンスだということも示唆していた。

「今です!」

 エルドが鋭く叫んだ瞬間、ライとジュプトルが地面を蹴って切り込む。その鋭い踏み込みは並大抵の──例えば少し前のシオンならば──見落としかねないくらいに早い。だが、今はその光景が手に取るように見えた。カイオーガも流石というべきか、まずは向かってくるジュプトルにれいとうビームを放つ。その反撃は思っていたよりずっと素早く、距離を縮め過ぎていたジュプトルには抗う術がない。ジュプトルの豊富な戦闘経験は、冷凍ビームがやってくる前にこの結論を出す。だから、左腕で咄嗟にそれを受け止めた。刺されたような痛みと氷の重みとともに左腕が急速に重くなっていく。だが、ジュプトルはそれを無視して右手を地面に叩きつけた。

「ハードプラント!」

 草タイプ至高の技が放たれ、地面より次々に草木が生えてくる。ここは濡れた大地、なれど力強く芽吹いた木々はカイオーガの体を絡めとり、巻きつけていく。
 くぐもった叫び声を上げてカイオーガは振り切ろうと強く体を動かす。しかし、そうそう逃げられるほど弱い技でもない。ただカイオーガにできたことは、ばたばたと暴れることだけ。それも、ライがやってくるまでの間であったが。
 ばちばちと弾けるような火花が体の近くに飛び交っている。火花は炎となり、ベールのように体を包み込んでいく。そんなわけで焦げるような匂いと痛みが出てくるが、それをライはねじ伏せて走り始めた。

「メテオ・ボルテッカー」

 赤い流星が無防備に晒されたカイオーガの体へとぶつかる。ハードプラントによって生成された木々はボルテッカーを受けて燃え盛り、炎の杭のようになってカイオーガに突き刺される。
 そして、初めてカイオーガは大地を揺るがすような叫び声をあげた。それは、確かに断末魔であった。勝った、一瞬そう思ったがカイオーガはそのままざぶりと湖の中に潜っていった。

「潜った」

 エルドは目の前の出来事が信じられず、思わず反復した。水タイプのポケモンが潜るのは珍しくないが、しかしカイオーガは幻影のポケモンである。わざわざそんなする必要があるのか。

「倒したの?」

「……あれだけの攻撃を受けたら倒せると思いますが」

 そう答えながらも、エルドの口調は少し重い。だが、ジュプトルとライの強烈な一撃を受けて立てるわけはない。特に、グラードンを単騎で落としたジュプトルに、覚醒したライの一撃である。少なくとも、すぐに復活できるはずの強さはなく──。
 ざぶんと大きな音が響いた。湖より何かが飛び出してくる。それは、先ほど倒したはずのカイオーガだ。

「──」
 
 エルドの叫びは言葉にすらならない。だって、あれだけの思いをして弱らせたのに、目の前にいるカイオーガはぴんぴんしているのだから。まるで、これまでの攻撃が全て無意味だったかのように。
 カイオーガが咆哮した。いつそんな力を貯めていたのか知らないが、しかし津波の第二波が到来しようとする。理不尽な神が、まるで無秩序な天罰を下すが如く。
 シオンには全てがスローモーションに見えた。流しさろうとする濁流に、必死の形相でタネを投げたりエナジーボールを放つエルドにジュプトル。そして、庇おうとばかりに自分に抱きついて伏せるライ。

「──あ」

 何かを言おうとして何も言えない。それが今生最後の言葉になるのだろう。庇ったところで助かるわけはない。どうせ、二匹とも死んでしまう。ライはあの距離なら逃げれば助かったはずだ。なのに、どうして自分なんて庇うのか。

「……やだ、よ」

 目の端に涙が滲む。この現象を否定したい。忌みて禁じたこの穢れた血の力でもいい。そう思っているのに、いや、そう思っているからか。体に何ら力を感じない。力の芽は体のどこかにあるのに。

 世界が終わっていく。目の前の景色が歪み、黒に押しつぶされていく。そして、そして──

 叩きつけられるような轟音がした。これが死の音なのかと思ったが、しかしそうではない。だって心臓もどくどくと鼓動しているし痛みもない。だが、この濁流には誰も逆らえないはずで。恐々とシオンは目を見開いた。

「──よかった。何とか間に合ったみたいね」

「この程度のポケモンに負けないでくださいよ。全く」

「まーまー。オイラたちも三匹だけなら厳しかっただろうし?」

 軽口を飛ばしながら、その三匹は守るを展開していた。緑色の強固な盾は、今度こそ津波を防ぎきる。そして、後ろに倒れこむシオンの方を見てにかっと笑った。

「あとはあーしたちに任せてよ」

 現れたクチートこと“アネモネ”のリーダー──フィーナは勇ましく言い放った。

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