「どういう、ことです?」
今ここで、“自信をつけて”帰るってのはどうかな? ――セナの言葉の真意がわからずに、ホウオウは首を傾げた。
「世界を救う使命を与えられたとか、そんなの関係ない。今のオイラは紛れもなく、何も成せずに命を散らした“何者にもなれなかった奴”なんだ。……でも。変わらなきゃ、いけないんでしょ。世界を救う、“何者か”になるってことは。
だから。オイラは高い壁をあえて乗り越えて、先に進みたいんだ。根拠や裏付けがないと……何もないところから、自信なんて持てない。……ええと。つまり、その……。
ホウオウ、お願いだ。オイラと真剣に戦って欲しい!」
何度も言い淀み、結論を先延ばしにする。ほんの少し、声が震えている。目の前の少年は、迷いながらも自分の最善の道を探そうとしている。それはホウオウにも、痛いほど伝わったが。素直に首を縦に振れない。気がかりなことがある。
「何もないところから、自信は持てませんか? 条件付きの自信など、条件が崩れると同時に機能しなくなる、脆くて頼りないものです。お前が仮に、ここで私を倒して自信を得たとしましょう。そうして得た自信を、この先何度負けても、持ち続けることはできますか? 敗北に色あせるような自信なら、手にする価値はありませんよ」
「そんなの……そんなの分かっているよ! 自信を持ち続ける自信も、ないよ……。でも! 自信がなくなったら、二度と取り戻せないわけじゃないでしょ。何度失っても、頑張ってまた、自信を手に入れるよ。それが、生きる覚悟ってもんでしょ。とにかくオイラは、はじめの一歩を踏み出したいだけなんだ」
「……分かりました。勝負を受け入れましょう」
セナの粘りに負け、とうとうホウオウが説得された。セナに自信を与えることが目的の勝負。程よく手加減をして、程よいピンチを演出して――。ホウオウは作戦を立てるが。
「言っておくけど、本気で戦ってくれよな。アンタが手加減したら、オイラ、生き返ってやらないからね」
大人の思考を読んで先回り。聡さに感心しつつも、ホウオウは苦笑いした。
「仕方がないですね。私に負けて自信をなくしても……責任は取りませんからね!」
少年の本気の悪あがきに、真摯に向き合うことに決めた。ホウオウは翼を思い切りはためかせると、要望通り容赦のない先制攻撃。強風を巻き起こす技、“吹き飛ばし”を繰り出した。
「わあっ!」
木の葉のように軽々と風に連れ去られ、セナの身体は長く宙を舞う。“命の神殿”の柱の間を通り抜けると、外の雲に身体を叩きつけられた。柔らかな雲がクッションになり、ほとんど衝撃はなかった。しかし、抵抗の術がない強風の脅威が身に染みる。
ホウオウは宙を滑るように、命の神殿から真っ直ぐにセナに向かってくる。次の手が来ることを、セナは直感的に理解した。
「“風おこし”」
ホウオウは両の翼を叩き合わせ、衝撃波のような強風を生みだした。渦を巻く風がセナに迫る。避ける術はなさそうだ。ならば、被害を最小限に抑えればいい。セナは風の渦に突っ込み、甲羅に身を隠した。
「“高速スピン”!」
風の流れに逆らうように回転し、ホウオウの攻撃を相殺する。
「ほう。私の攻撃を打ち消すとはお見事。しかし、これならどうでしょう」
甲羅から顔と手足を出して立ち上がったセナを、間髪入れずに次の攻撃が迎える。ホウオウは瞳をぼうっと光らせてセナを見つめる。強力な念力を、小さな身体に送り込む。
「う!」
頭が割れるように痛む。セナは頭を押さえてうずくまる。痛みは頭だけでなく全身を支配し、神経を焼き尽くすように刺激した。
「うああっ!」
「“神通力”です。さあ、諦めるなら今のうちですよ」
「あっ……諦める、もんか……っ」
言葉に出すことで、気持ちを強く保つ。セナはうつ伏せの身体を起こそうとするが、少しでも身体を動かすと刃物のような痛みに切りつけられる。
「セナ。自信を持つために行動したいという、お前の熱意と勇気は評価します。しかし、物事には順序というものがあるのです。私との無謀な勝負の前に、お前にはできることがたくさんあるはずです。早くガイアにお帰りなさい!」
実力差のありすぎる、結果が決まった無謀な勝負。セナにそう悟らせるために、ホウオウは早々にとどめを刺そうとする。両目をカッと光らせると、神通力の出力を最大限に上げた。
「ぐあぁっ!!」
理性を保てないほどの痛みに、セナは喉が張り裂けそうな声をあげて悶える。さすがに罪悪感を刺激されたホウオウは、すぐに攻撃を解除する。
その瞬間を、ホウオウの油断や情けを、待っていたかのように。セナはふらふらと立ちあがり、最近成功させたばかりの大技を繰り出した。
「“波乗り”!」
「くっ!」
雲から幾多の強い水流が吹き出し、ホウオウに襲いかかる。回避が間に合わず、ホウオウの全身を荒波が叩きつけた。伝説のポケモンと言えど、炎タイプは水タイプの技には弱い。ホウオウは歯を食いしばってセナの反撃に耐えた。
「や、やりますね……」
ホウオウが息を荒げて態勢を整えながら、セナに視線を向ける。
「はぁっ、はぁっ……」
そこにいたのは、無理が祟(たた)って弱り果てた、小さなゼニガメだった。セナはその場にうずくまり、顔をしかめて呼吸を繰り返した。
「まだ、戦う意志はありますか?」
ホウオウの言葉に、
「はぁ、はぁっ……。アンタみたいに、順序とか、考えられるほど……オイラは、器用に、なれない……。無謀、でも……身体が動かなくなる、まで、進むしか……ない……!」
息も絶え絶えに、セナは言葉だけは強気の態度をとる。
「ならば、早く諦めてもらいましょうか。大丈夫。これもお前を強くする、ひとつの経験です。“大文字(だいもんじ)”!」
情け容赦のない巨大な“大”の字の形の炎が、セナに襲いかかった。が、その瞬間だった。セナから、お返しと言わんばかりに強力な光線が放たれ、ホウオウを捕らえたのだ。
「うっ……!」
たまらずホウオウは攻撃を解除する。すると、身体がボロボロに焼け焦げたセナが得意げにニッと笑う。
「“ミラー……コート”」
「っ……なかなかの反撃ですね。ですが」
ホウオウの身体が白く光り始める。セナがどうにかこうにかホウオウに与えたダメージが、一瞬でなくなってしまった。
「残念ですね、セナ。“自己再生”です」
セナに見せつけるように、ホウオウは元気になった翼を動かす。彼が諦めるのを誘ったのだが。
「アンタ……“も”、回復、技……か」
喘ぎながら、しかし笑いながらセナは言う。直後、小さな身体に明るい水色の、水のエネルギーでできた輪“アクアリング”をまとった。
「へっへへ……オイラだって、回復技くらい、持ってるんだ」
強がって、背伸びをして、ホウオウと肩を並べようとする。アクアリングには即効性はなく、体力は少しずつ回復される。まだまだ手負いではあるが、セナは力を振り絞って立ち上がった。笑顔を消し、真剣にホウオウの目を見つめる。
無駄で無謀な足踏みだとしても、最後まで諦めない意志を見せつけられる。応戦しながらも停戦の説得をしていたホウオウだが、とうとうセナの説得を諦めた。
「……わかりました。お前がそのつもりなら、私は全力で協力します!」
直後、ホウオウの目つきが――否、それだけではなく、彼がまとっていた優美な雰囲気がガラリと変わる。“命の神”の威厳がセナを押さえつける。
ビリビリと肌が痺れそうなほどの“プレッシャー”を感じながらも、セナは強気の笑みを浮かべた。
「その方がやりがいがあるよ。ありがとう、ホウオウ」