第63話 最後の切り札

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「ど、どうしてここへ?」

 何の前触れもなく突然自分達のところへやってきたバクフーンに驚いたヒトカゲは、何故ここへ来たのかと不思議がっている。

「あのフリーザーって奴に聞いたんだよ。いきなり避難しろとか言うから、何かあるなと思ってさ。ヒトカゲの事かってきいてみたら教えてくれたってわけよ」

 さらに話を聞くと、こちらに向かっている最中に空中に浮かんでいるヒトカゲの姿を確認し、慌てて走って間一髪のところでキャッチできたという。

「また邪魔者か。まぁいい、1匹増えたところで大して変わらん」

 余裕の表情でミュウツーはみんなを見下ろす。戦いは再びリセットされ、1からやり直しである。しかしバクフーンが来たとはいえ、ヒトカゲ達は負傷しているためより厳しい戦いを強いられることとなった。

「“はどうだん”」
「そんなん当たるかよ、“スピードスター”!」

 ミュウツーの“はどうだん”に、バクフーンは“スピードスター”をぶつけて相殺させた。“はどうだん”の爆発により煙が発生した。

「バクフーン、気をつけろ!」

 よそ見していたバクフーンにドダイトスが叫ぶ。彼が視線を戻すと、自分の近くまで“シャドーボール”が来ていた。ミュウツーは先程と同じ手を使ったのだ。

「げっ!?」

 焦るバクフーンであったが、すぐに冷静になり次の手を打った。

「“みがわり”!」

 バクフーンは急いで“みがわり”をつくり“シャドーボール”を回避した。その勢いのまま一気にミュウツーの足元まで走った。

「“ふんか”だ!」

 次の瞬間、バクフーンの背中から勢いよく炎と煙が噴射された。それに気づいたミュウツーはすぐさま“バリアー”を張って攻撃を防いだ。

「えーマジかよ……」
「これしきの攻撃が当たるはずがない」

 嘆くバクフーンに蔑むような言い方でミュウツーは挑発した。バクフーンはみんなのところへ引き返すと、何を思ったか、カメックスの後ろに隠れてしまった。その場にいた全員が唖然としている。

「な、何やってんだ?」

 カメックスが混乱していてもその場から離れようとしない。しかしバクフーンには考えがあり、怖がっているフリをしながらカメックスに何やら話しかけている。

「……えっ?」

 カメックスはバクフーンから聞いた内容に疑問を持ったが、聞き返す前に彼は「よろしくな」と言うと、今度はヒトカゲ達のところへ行ってしまい、彼らに耳打ちしている。

「ヒトカゲ、ゼニガメ、チコリータ。あいつに向かって攻撃し続けて時間稼いでくれないか?」

 言葉は理解できても、やはりが何を意図しているのか不明だ。だが他の作戦を考えている余裕も時間もないので、理由を聞くことなく素直に応じた。

「“だいもんじ”!」
「“みずのはどう”!」

 ひとまず言われるがままにヒトカゲとゼニガメはミュウツーに攻撃を仕掛けた。特段変わらない技であるため、ミュウツーは難なく攻撃し返す。

「“サイコカッター”」

 “サイコカッター”で放たれた炎と水は切り裂かれ、その余波がチコリータ目掛けてやって来る。

「“リフレクター”!」

 チコリータは“リフレクター”で“サイコカッター”の余波を防いだ。だがそこに隙を見つけ、ミュウツーは彼女目掛け急接近してきた。

「“かわらわり”」

 ミュウツーは自分の右手で拳を作ると、それで“リフレクター”を殴った。“リフレクター”はガラスが割れるかの如くヒビが入って砕け散った。それを確認すると技をくりだすことなくそのままチコリータを殴った。

「きゃあっ!」

 体が軽い彼女は勢いよく後方に飛ばされてしまった。これに怒りを覚えたヒトカゲとゼニガメは再び技を放つ。

「“かえんほうしゃ”!」
「“アクアテール”!」

 2人はミュウツーの足元目掛けて技を放ったが、相手の素早さの方が一枚上手だった。これもまた技を受けることなく上空に回避されてしまう。

「“ハイドロポンプ”!」

 だがその時、ミュウツーの横方向から“ハイドロポンプ”が放たれ、ミュウツーは水圧に押されて体勢を崩した。その方を見ると、バクフーンを背中に乗せたルギアがいた。

(このバクフーン、一体何を考えている?)

 ミュウツーはルギア達に攻撃しながら考えてはみるが、その言動が奇怪すぎて答えを出せずにいた。それにバクフーン自身は攻撃してくる気配がないからなおさらだ。
 そんな事を考えていると、ヒトカゲ、ゼニガメ、チコリータ、バクフーン、そしてルギアからミュウツーに向けて一斉に技がくりだされた。

『“かえんほうしゃ”!』
『“ハイドロポンプ”!』
「エナジーボール!」

 全員の技が一気にぶつかる。その衝撃は言うまでもなく強力なものだ。さすがのミュウツーもその勢いにのまれそうになり、体勢を崩しそうになる。

「くっ、やってくれるじゃないか」

 “バリアー”で攻撃を防いでいるとはいえ、ミュウツーの右手にビリビリと衝撃が伝わってきた。だがそれを実感するだけで、“バリアー”が破られることはない。
 そして攻撃を放ち終わると、ミュウツーは“バリアー”を解いた。その瞬間をバクフーンは見逃さなかった。いや、この時をずっと待っていたのだ。
 ミュウツーに気づかれないようにバクフーンは地上にいるドダイトスとカメックスに向かってそっと合図を送った。それに気づいた2人は互いの顔を見て頷いた、次の瞬間だ。

「“アイスエッジ”!」

 ドダイトスがそう言うと、自分の足元から、先ほどカメックスが“きあいパンチ”で割った大量の氷の塊が浮き上がり、ミュウツーに向かって物凄い早さで上昇し始めた。そう、“ストーンエッジ”の氷バージョンである。

「なっ……!?」

 回避する間もなくミュウツーは多くの氷の塊に身を打たれる。まさかの事態にミュウツーは怯みながらも次の手を考えていた。だがこれで終わりではなかった。

「“こおりなだれ”!」

 今度はバクフーンが、上昇しきった氷の塊をミュウツーに振り落とした。言うまでもなくこれは“いわなだれ”の氷バージョンだ。氷を何回もぶつける作戦のように思える。
 しかし同じような手をくらう相手ではない。ミュウツーは向かって来る氷に対して冷静に対処法を考えた。

「“かえんほうしゃ”!」

 これで完全に氷が溶ける。やはりバクフーンの考えた作戦もだめだったかと思っているみんなの目の前で、一瞬にして氷が水蒸気へと昇華した。ミュウツーはやはり口元で笑っていた――その一瞬だけ。

「うぐあぁぁ!」

 突如、ミュウツーが両目を押さえながら絶叫し始めた。みんなは何が起こったか状況が理解できず、苦しんでいるミュウツーを驚きながら見ていた。だがそんな中、バクフーンだけは嬉しそうに微笑んでいる。

「へっへ~俺の方が一枚上手だったようだな!」

 彼が考えていた作戦にようやく気づき、ミュウツーはいまだ開けることができない目を押さえつつ怒りに満ちた声で彼にそれをぶつける。

「き、貴様……まさか最初から……」
「あったりめ~だろ! 俺はそれ1本狙いだったんだよ!」

 ヒトカゲ達は先程からミュウツーとバクフーンのしている会話の内容がわからずにいた。“かえんほうしゃ”をくりだした直後に目を痛めさせるその一連の流れを思い出し、ルギアはようやく彼の作戦に気づいた。

「お前、一瞬で考えたのか?」
「まぁな♪」
「ちょ、ちょっと、俺達にもわかるように説明してくれよ!」

 いい加減バクフーンが何をしたのか知りたくなったゼニガメが間に入った。バクフーンは得意気な様子で1から作戦の詳細を披露する。

「多分お前らは、俺達で攻撃しまくってあいつの気をそらしてるうちに“アイスエッジ”の準備をして、“バリアー”を解いた瞬間に当てて攻撃するもんだと思ってたろ?」

 その通りと言わんばかりにみんなはうんうんと頷いた。だがバクフーンは指を左右に振りながら「甘いな」と言うかの如く舌打ちをした。

「実はそれも作戦さ。チコリータ、あの氷、何でできてるかわかるか?」

 指名されたチコリータは少々戸惑いながらも答えを考えると、バクフーンが何をしたかったがわかったようで、はっと彼と目を合わせる。

「そっか! あの氷、元は海水だもんね!」
「そゆこと♪ 上から降ってくる氷は避けるよりは溶かした方が早い。なら“かえんほうしゃ”とか使うだろ。そして一気に水蒸気と一緒に出てくるものは……」

 そこで全員がようやくこの作戦で本当にやりたかったことを理解し、ヒトカゲ達は声を揃えて答える。

『……塩!』
「正解! 必殺、目潰しの術! なんつって~!」

 自身の作戦がこれほど上手くいくとはと自画自賛しながら、バクフーンは笑う。そして目潰しをした理由を話し始める。

「そして一定時間視界を塞ぐと同時に、集中力を欠く。あいつエスパー技ばっか使うから、集中力が欠けたら絶対に思うように攻撃できないって思ったからさ!」

 これだけの事を一瞬にして考えてしまうバクフーンは凄い、とみんなは感嘆の声を上げる。

「さぁお喋りも終わりにして、一気に攻めるぞ!」

 これで最後にしてやる。そう思いながらみんなはバクフーンの掛け声と共に技を放とうとした、まさにその時だった。

「……この私をなめるなぁ――!!」

 ミュウツーの怒号と共に、海に張っていた氷に、まるで雷が通ったかのようなヒビが次々と入り始めた。そしてみるみるうちに足元の氷が割れ始めたのだ。

『うっ、うわわあっ!』

 さらに“サイコキネシス”なのだろうか、身体に物凄い圧力がかかり、みんなは後方に吹き飛ばされてしまった。だが不幸中の幸いか、みんながいた位置の氷はボロボロに崩されていた。
 空を見上げると、怒り狂った表情のミュウツーがいた。紫色のオーラが全身を取り巻き、痛みのせいで開けることができないでいた両目は開き、淡い光を放っている。本気モードとなったミュウツーのプレッシャーに全員が圧されていた。

「ち、近づけない!」

 圧倒的な力を見せ付けられ、恐怖と絶望が湧き出てきた。ミュウツーを倒す術はあるのか? 自分達にそれが為しえるのか? そう思うくらい気持ちが追いやられていた。

「“10まんボルト”!」

 ミュウツーが“10まんボルト”を海に落とすと、海水の電離による水素の発生と電気の火花によって、至る所で爆発が起きた。その爆発はさらに氷を割っていく。先程とはまるで違う、まさに今のミュウツーは『兵器』以外の何ものでもない。

「……俺達、どうすりゃいいんだよ!」

 つい数分前まで勝利目前の気持ちでいた彼らは、一気に絶望の縁へと追いやられる。耐え切れなくなったドダイトスが弱音を吐き、それに続くように他のみんなも諦めの発言が続く。

「俺達がいくら攻撃しても、おそらく勝てねぇ……」
「このまま黙って殺される運命なのか?」
「それは嫌! 嫌だけど……」

 本当は倒したい、だけど自分達にこれ以上何ができようかと、冷静に考えることができなくなっていた。口から出るのは弱音だけだった。
 誰もが、この一瞬でこれほどまでに感情が変化するものだと想像していなかったのだろう。先程の余裕は完全に消え去り、絶望に体を震わせつつあった。

(ミュウツーを倒す方法はあるにはある。だけど……)

 そんな中でも、ヒトカゲは状況を打破する方法に悩んでいた。倒せる見込みは十分にあるものの、その結果、以前の戦いで彼は退化してしまったことを思い出す。

(もし今度あんな事が起これば、退化どころじゃなく、僕が……)

 彼は最悪の事態を恐れていた。それを考えると怖くなってしまい、答えを出せないでいる。だからといって仲間が傷つくのを黙って見ることはできない。

「臆したか? もう遊びに付き合う気はない。抹殺してくれる!」

 もう時間は残されていない。こういう状況だからこそ、彼は自分の使命――人間とポケモンを守る、それを成すべく覚悟を決めてこの世界にやってきたことを思い出す。
 今更怖いだの何だの言っていられない。彼はそう言い聞かせて腹を括ると、ルギアに相談を持ちかける。

「ルギア、『あれ』しかない」

 それを聞くと、ルギアもそれしか方法はないと思っていたようだ。だがリスクが大きいことを知っているため、念を押すかのようにヒトカゲに尋ねる。

「そうだが、また以前のようになるかもしれない。そうなったらお前は……」
「構わない。僕はあいつを止めるために来たんだ。どんな運命も受け入れる」

 ヒトカゲの目はしっかりとした目だった。もう迷いはなく、やるしかないと言っているのが伝わってきた。彼の想いをしっかりと汲み取り、ルギアは黙って頷いた。

「みんなにも協力してもらうよ」
『わかってる!』

 ヒトカゲの思いに正気を取り戻すことができたみんなは、どこまでも彼についていくという覚悟の下、強い調子で返事をした。

「僕の『もう1つの詠唱』、使わせてもらうよ!」

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