051 どうしてそんなに笑っていられるの

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「……で、今日オレと一緒に転校してきたってワケッス。ガッゾと同じクラス、なんだっけ?」

 タクトの問いに、アリスはぷいとそっぽを向いて答えない。代わりにガッゾが「そうだゾ」と無邪気に答えてくれて、場の空気が少し和らいだ。すっかり嫌われてるな、とタクトは頭をかきながら困ったように笑う。
 モデラートの部屋で、タクト達はことのいきさつを簡単にモデラートとマナーレに説明していた。ずっとぶっきらぼうだったアリスだが、ようやく自分の意思を表明するために、口を開く。

「アリス、魔法使いになるために星空町に来た。昨日誕生日だったから、アリスも魔法使いになれる」
「保護者の許可は取ってあるのか?」

 保護者。その言葉にアリスの顔が一気に凍り付いた。
 不愛想でツンツンしたような、デフォルトとなりつつある顔とは少し違う。まるで自分の触れて欲しくないところに触れられたような。
 いずれ分かることだから、言わなくちゃ__アリスは、つぐんでいた口をもう一度開き、淡々と語る。

「アリスの出身、ネージュ。パパとママはいなくなった」

 今度はマナーレの顔が強張る番だ。
 ネージュといえば、音の大陸のはるか北西にある小さな集落だ。シノビ村ほどの田舎町ではないが、降り積もる雪によって彩られる銀世界は、音の大陸の中でもトップ3に入るくらいに美しいと言われている。
 しかしこのネージュ、“つい最近”滅んでいる。この現象を新聞などのメディアは『大破壊』と伝えていた。
 住んでいたポケモン達はみな、1年前のユズネのように石に変えられてしまい、生き残った者は誰もいないと聞いている。そうなるとアリスは、ネージュでただ1匹生き残った唯一のポケモンといえるだろう。
 申し訳なさそうにうつむくマナーレの代わりに、モデラートがアリスに優しく語りかける。

「代わりに保護者__キミの面倒を見てくれている大人はいる?」
「ポケモンカフェのおばさん。許可ももらってきた」

 ガルーラのおばさんのことだ。星空町のポケモン達の中でも信頼が厚い彼女の元にいたのなら、安心だろう。
 モデラートの意思は固まった。アリスを魔法使いにし、受け入れよう。

「……わかった。キミにも儀式をするよ」
「マスター、しかし……!」
「だって、魔法使いになるために、わざわざ北の町からここまで来てくれたんだよね。そんな子の思いを無碍にする権利は、ボクらにはない」

 これまでもモデラートは、身寄りを失ったり行くアテのない子どもポケモン達を引き取っては、魔法使いにしてきた。
 確かに、魔法使い的には手が足りない魔法使いが増えることはありがたいし、子ども達に生活の場を与えることができる。その代償として、ミュルミュールや闇の魔法使い達との戦いを義務付けられる。
 ガッゾやフローラ、モモコの時とは何かが違う。モデラートはそう感じていた。ただ行くアテがない、捨てられたというワケではなさそうであることを、アリスから確かに感じ取っていたのだ。

「それじゃあ、順番にいくよ。ちょっと変な感じするけど、ガマンしてね」

 モデラートはそう言うと、まずはタクトに近くに来るよう促す。緊張と期待を胸に、タクトは一歩、また一歩とモデラートに近づく。その様を、アリスは冷めたようなまなざしで見つめていた。



「これが、オレのシャムルスフェールかぁ……!」
(これで、アリスも魔法使い)

 それぞれ儀式を終えたタクトとアリスは、己の力の結晶となったシャムルスフェールを何度も眺めている。タクトのシャムルスフェールは赤い炎のような形をしており、アリスのは薄い水色の雪の結晶だ。それぞれ、イメージにピッタリだとマナーレは心の中で感心していた。
 マナーレがマントや勲章を渡しながら、あれやこれやと説明していると、廊下からにぎやかな声が聞こえてくる。それがチームカルテットのものであると、モデラートもマナーレもすぐに分かった。

「マスター! マナーレ! タクトの儀式、今日の午後やるって言ってたって聞いたけど__」

 元気な声と一緒になって、モデラートの部屋に一番に入ってきたのはコノハ。後に続くように、ミツキ、モモコ、ライヤの3匹も姿を現す。依頼を終えてきたのだろう。

「すまん、たった今終わったところだ」
「えーっ!? せっかくかわいい後輩ちゃん爆誕の瞬間を見るために、仕事の合間縫って戻ってきたのにー!」

 コノハはがっくりと、わざとらしく肩を落とす。その傍らでライヤは、アリスのことが見慣れなかったのか、不思議そうな視線を彼女に送っていた。

「あれ? そっちのポッチャマも新入りですか?」
「そうだ。ガッゾと同じクラスの転校生だそうだ」
「あー。そういやガッゾ、終業式の日に転校生が来ることになったとか、そんなこと言ってたな」

 そんなやり取りをしている中。アリスはあいさつ代わりと言わんばかりに、モモコに視線を送る。
 その目は、まるで見つめられているだけで氷漬けにされてしまいそうで。アリスに見つめられていることに気付いた時、モモコは彼女の姿にすぐにピンと来たようだ。ドレンテの買い物に付き合った時、カフェでぶつかった子である。
 絶句した様で自然と後ずさりするモモコの姿に、真っ先に気付いたのはミツキだった。

「どうした? モモコ。あのポッチャマ、知り合いか?」
「あ、うん。ちょっと町で会ったことあって……」

 ガッゾの同級生だったんだ。どうして魔法使いに? まだこの前のこと、根に持ってるのかな__様々なことが頭の中でグルグル走り回り、モモコは今にも息切れを起こしてしまいそうだった。



* * *



 魔法使いになって初めての食事を終え、アリスはふぅ、と一息吐く。なんだかんだで新しい環境での生活が始まったから、疲れたのだろう。
 ちょっと1匹になりたい。そう思っていたアリスだったが、やたらとガッゾが甲斐甲斐しく自分に声をかけてくる。もうちょっと静かにすることができないのか__学校でも同じなものだから、ガッゾの顔を見続けているアリスは、一回目を閉じて視界をシャットアウトしたいと思った。

「アリス、疲れた?」
「別に」
「食べ物で嫌いなもの、あった?」
「……今日はなかった」

 これは、アリスの本心なのだろう。マジカルベースの食事は、「ディスペアのおねーちゃんが作ったんだゾ」とガッゾから聞いたが、とてもおいしかった。
 今日は聖なる夜の祭りが近づいているからか、あったかいホワイトソースのシチューが出されていた。これがまた、自分の故郷・ネージュで食べていたものと味がそっくり。顔に出すのは苦手だが、幸せな気持ちになったのは、言うまでもない。

「やっぱりアリス、緊張してるゾ。でも、少しずつみんなと仲良くなればいいゾ」
「そうそう! いきなり仲良くなる方が、難しいモンなのよ!」

 にゅっ、という効果音と共に、ガッゾの背後から1匹の魔法使いが現れる。自分よりもずっと小柄だけど、お姉さんっぽいそのポケモンは、フラエッテのフローラだった。持っている赤い花がよく似合うな、というのが、アリスが彼女に抱いた第一印象だった。

「新入りのアリスって、あなただよね? あたしは今をときめく華の13歳、フローラちゃんよ!」
「聞いてない」
「まず、ごめんね。あなたのこと、ちょっとだけマスターに聞いちゃった。どこから来たのか、何があったのか」
「……別にいいけど」

 ぶすっ、とアリスはもともと尖っているくちばしを、さらに尖らせる。あのマスター、思っていたよりも口が軽かった__心の中で、アリスは悪態を吐いていた。

「あたしもね、パパとママいないの。5歳の時に死んじゃったんだ」
「えっ__」

 フローラの独白に、アリスは思わず食いつく。ようやく、自分に近い存在とめぐり会えた。そんな思いが先走っていた。
 それからフローラは、静かにゆっくりと、自分の身の上話をアリスに聞かせてやった。
 両親が自分の知らないところで死んで、自分は意地悪な親戚に引き取られたこと。両親と自分を繋ぐ、命の次に大事な花を燃やされたこと。何もかも嫌になって家出して、ミュルミュール化したこと。そこをモデラートに助けられ、彼に引き取られたこと。

「ここに来たばかりのあたし、すっごいひねくれてたの。マナーレが作ってくれたご飯はひっくり返すし、学校では友達をぶん殴って鬱憤晴らししてた。もちろん保護者はマスター達になったから、何度も親の代わりに呼び出されてたの」

 あっけらかんと話すその姿から、やさぐれていたフラエッテの幼子の姿がアリスには想像できなかった。一方で、ガッゾは「そうだったゾ」と感慨深そうにうんうんとうなずいている。

「ガッゾともよく、きょうだいゲンカみたいなこともしてたよね」
「だゾだゾ」
「でも、どうしてそんなに笑っていられるの」

 それはね。フローラは軽く前置きすると、お待ちかねだったかのように話を続けた。それと同時に、視線を少し離れた席にやる。フローラが目を向けた先には、シルバーランクの魔法使い__ニンフィアとゴーリキーが楽譜を広げながら、何やらアンサンブルの相談をしていた。

「フィルとリリィ……あそこにいる2匹が、まだ新米だった時、あたしのお世話を頼まれてね。そこからあの2匹とは、長い付き合いになったの。でもあたし、2匹と初めて会った時もイタズラばかりしてた。リボンでフィルをグルグル巻きにして困らせたり、リリィの机の中に、お化けの本を仕込んでたりしてたの」

 それでも、フィルもリリィもフローラのことを頭ごなしに叱ることはしなかったという。フィルはだいぶ耐えていたらしいが、モデラート達からフローラの事情を聞かされていたのだ。気を遣ってくれていたのもあるが、ここで怒ってしまえば、意地悪な親戚達と同じだ。それを子ども心ながらに分かっていたのかもしれない。
 そんなフローラにも転機が訪れる。10歳の誕生日を迎え、晴れて魔法使いになったばかりの時のことだ。

「あたし、10歳になる前からトレーニングはしてきたから。実戦でも大丈夫だろうって、うぬぼれたダーテングみたいになってたんだと思う。同級生の魔法使いがいっぱい入ってきたけど、みんなのことも見下してたんだもん」

 2匹で1人前のチームジェミニ、忍という別の畑からやってきたミツキ、世にも珍しいのろまピカチュウのライヤ。コノハが魔法のエリート一家ではあるが、現役の魔法使いと過ごしてきた自分には敵わないだろうと、当時のフローラは思っていたのだ。
 しかし、いざミュルミュールとの戦いに参加すると。
 フローラは全身がすくむかのように、動けなかった。自分の身体の何倍もある、あんな大きなミュルミュールにどう立ち向かえというのか。
 最初の自信はどこに行ってしまったのだろう。どうすればいいんだろう。フローラが固まっている間も、ミュルミュールは待ってくれない。ミュルミュールがフローラに向けて、とどめの大技を放とうとしたその時。

「フィルとリリィが一緒になって、あたしのことかばったの。そのまま反撃してミュルミュールも浄化したけど、あたしは何もできなかった」

 当時のフローラは、なぜ自分のことをかばったのか、2匹に問い詰めたという。すると2匹は、不思議そうに顔を見合わせ、くすっと笑い合うと当然のような口ぶりでフローラに答えた。

__フローラは、大事な家族だからよ。
__キミがいなくなることほど、ボク達にとって怖いことはないからね。

「そこからかな。少しずつ魔法使いのみんなや、周りのポケモン達に心を開いていったの」
「それからオイラとフローラのおねーちゃん、ケンカすることも減ったんだゾ!」
「……そんな辛い話、なんで明るく話せるの?」

 アリスは不思議そうに首をかしげ、同じ質問を繰り返す。するとフローラは、ふふっ、と肩をすくめて笑いだした。

「何でだろうね。あたしにも分かんないの。ちょっと前までのあたし、心のどっかで自分の過去に後ろめたさを感じてたのに」

 でも、とフローラは天井を見上げる。

「あたしはあたしだって、言ってくれた子がいたから。みんなもそう思ってくれてることが、よく分かったから。あたしは自分の過去に向き合うことができたのかも」

 つくづくすごいポケモンがいるものだ。アリスは内心では感心していた。それを顔に出すのは、あまり得意ではないが。
 もし。もし自分もここで過ごしていったら、過去の傷を癒すことができるだろうか。自分のやりきれない気持ちと向き合うことができるのだろうか。
 頑なだったアリスの心は、明らかに揺れていた。



* * *



 自分用に用意された部屋は、まだ最低限の家具しか置かれていない。それでも、アリスにとってはこのシンプルさが心地よかった。
 ごろんとベッドに横になり、一日の疲れをすぅっ、と布団に染み込ませていく。ようやく、1匹でじっくりと物事を考えられる時間ができた。
 両目を閉じ、アリスは自分がここにいる理由を頭の中で復習する。

 失ったものがあった。
 許せない相手がいる。
 どうあがいても許すことのできない相手に、復讐する。
 そのためにアリスは、魔法使いになった。

(アリスは、あいつを絶対に許さないと誓った。でも)

 ふいに頭をよぎったのは、自分に良くしてくれた2匹の魔法使い、ガッゾとフローラの顔。なんだかんだガッゾはずっと自分のことを気にかけてくれたし、フローラは同じニオイを感じる。そう思うと、2匹のことは憎めなかった。

(ガッゾとフローラのことは、嫌いじゃない)

 がばっ、と様々な思いを振り切るかのように、アリスは布団を頭からかぶる。今日はもう寝て、明日から頑張ればいいや。こういうところは、つくづく10歳の少女らしいともいえる。

(タクトは暑苦しいけど)



* * *



「そんなことがあったんですね」
「でも、悪い子じゃないと思うよ! あの時はぶつかっちゃったわたしが悪かったから」

 魔法使いが自分達の部屋に戻った頃、チームカルテットは居間で飲み物でくだをまきながら駄弁っていた。もちろん話の内容は、アリスのこと。モモコはアリスと初めて会った時のことを、ミツキ達に話していたのだ。
 正直な話、モモコはアリスのことがニガテだ。初期のミツキもなかなかだったが、あの時とは何となく感触が違う。心の底から嫌われているんだろうな、という思いを、モモコは拭い去ることができなかった。ただ、悪いポケモンだとも思いたくない、というのもまた事実。いわゆるジレンマだった。

「なるほどね、よーく分かったわ! つまりアリスは、女版ミツキってことね!」
「意味分かんねぇよ!」

 えへん、と自信満々に胸を張るコノハに、ミツキがすかさずツッコむ。

「まぁでも確かに、第一印象がアレでも仲良くなれるかもしれないもんね」

 コノハはそう言いながらストン、と腰を下ろす。

「わたし、ここに来てからみんなに優しくしてもらったから。タクトやアリスにも、同じようにできたらいいなぁ」

 気が付けば、モモコが魔法使いになってから、そこそこの月日が経っている。
 最初に魔法使いになった時は、魔法の使い方すらも分からなかったモモコだが、今ではもうミツキ達と同じぐらいのレベルで戦えるようになった。それも、周りの支えがあったからだと、モモコは強く感じている。
 だからこそ、魔法使い達からもらった優しさや思いやりを、タクトとアリスに、もちろん周りのポケモン達にも分けていきたいと思うようになったのだ。
 そんなモモコのことを、ミツキも、ライヤも、コノハも「モモコらしいな」と納得していた。



* * *



 保健室の棚にある、魔法使いのカルテ。そこに新たに、2匹のポケモンが追加される。
 ヒコザルのタクトと、ポッチャマのアリス。幼いながらも、これからの伸びしろが期待される、小さき魔法使い。
 タクトは草の大陸にある探検隊の町、トレジャータウン。アリスは最近、大破壊が起こったネージュからそれぞれ来ている。何やらワケありのニオイがするが、ディスペアはそういったポケモンは嫌いじゃない。

「ついに、役者が揃ったのね」

 パタン、とカルテを閉じ、夜空に浮かぶ月を窓から見上げる。その時のディスペアの表情を知る者は、誰もいない。

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