焦げ臭かった洞窟の空気が、少しずつ薄れてゆく。
温かかった友達の身体は、少しずつ冷たくなる。
ここ“迷宮の洞窟”にて、4つもの命の終わりに立ち会ったホノオは、独りで沈黙の空間に立ち尽くしていた。
「――破壊の、焔」
呟くその声は酷く震えていた。
ホノオは悟ってしまったのだ。自分の、この世界における立場を。
「オレが……“破壊の魔王”」
誰も聞くことのない言葉が、やけに重く響いた。
それは仰々しくてどこか現実味のない、ポケモン世界の用語。魔王だなんて、こんなちっぽけで弱い自分に不釣り合いな言葉ではあるが。
破壊。
その言葉の化身のような自身の振る舞いが、記憶に蓄積していく。根拠となって質量を帯びる。
――複数の命を一瞬で消し去った、不気味で罪深い技。そんな“破壊の焔”を、オレは発動してしまった。まるで昔から使い方を知っていたかのような、身にしっくり馴染む感覚だった。
しかも……。命を破壊するその瞬間のことを思い出すと、恐怖で震えが止まらない。オレはあのとき、一切のためらいの感情を持たなかった。むしろ、スカッとして、愉快で……。高笑いを響かせてしまった。
それだけでも、十分すぎるぐらいに業が深いのに。
オレが殺したのは、敵だけではなくて。
――セナを滅ぼしたのも、オレだ。
感情を踏みにじって、心を失わせた。その結果、セナは自分の身体をモノのように扱って、“二度と直せなく”なってしまった。
そもそも考えてみれば、セナと喧嘩した原因となった、あのギャロップたちとの戦い――。あの時すでに、オレの中では破壊の芽が出ていたのではないか。敵の命を奪おうとしていたではないか。
それを止めてくれたセナは。スイクンから一度は認められ、勇者の証を手にしたセナは――たぶん、きっと、本物の“救いの勇者”なのかもしれない。少なくともオレにとっては、そうなんだ。
自分が奪ってしまった命は、きっとこの世界の未来を救う命だったのだ。4つの命と、ガイアの未来を、きっとオレは、破壊に導いてしまった。
取り返しのつかない過ちが、重力とともにホノオの小さな心身を押しつぶす。
ホノオは絶望的な気持ちに襲われ、崩れるように地面に膝をついた。はらはらと、涙が地面に染み込んでゆく。
「……ごめん」
自然と漏れるのは、いくら言っても足りない謝罪の言葉。
「ごめんな、セナ……」
息をしていないセナから、言葉は返ってこない。幸せそうな最期の顔が、ホノオの虚しさを煽ってゆく。
洞窟に自身の声だけが反響し、ホノオはいよいよ、この世界に独りぼっちになったことを実感した。
「なんで……。なんでだよ……。くそ……っ」
震えた声が溢れる。誰にも観測されることなく、言葉は消えてゆく。
「死ぬべきなのは、セナじゃないのに……。オレが消えれば、きっとなにもかも、解決するのに……。なのに……なのに! うっ……。うわああぁーっ!!」
とうとうホノオは泣き崩れ、誰にも聞かれぬ叫びを響かせた。どんなにみっともなく泣きわめいても、この声も涙も、世界になんの影響も与えない。ただただホノオの声が枯れて、体力が尽きてゆく。――このまま、こんな命、尽きてしまえばいい。そんな希望にすがるしかなかった。
――泣き喚いただけで、死ねるわけがない。過酷な旅を続けて、そんなことなど分かり切っていた。願いは、この手で、叶えるしかないのだ。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて。ホノオは覚悟を決めた。
セナの青いバッグを掴んで引き寄せる。そのままバッグの中を手さぐり。
チクリと手に刺さる感覚。探していたものが、あった。
ホノオは攻撃アイテムの“銀の針”を取り出す。針、と名が付いているが、投擲(とうてき)アイテムとして充分な質量と太さがある。直接ポケモンに突き刺せば――これは、凶器だ。
無機質な冷たさに、ホノオは少しだけ身を震わせた。だが、やらなくてはならない。
震える左手で針を持つと、いよいよ心臓が暴れる。心臓を脅すように、針先を向けて皮膚に突き付けた。
チクリと胸を刺す痛み。わずかに顔をしかめる。躊躇ってはならない。ホノオは針に右手も添えた。
ガイアのポケモンたちの平和への願いが、とうとう、実現するんだ。
震える両手を強く握り、ホノオは目を閉じて一度深呼吸する。そして、静かに目を開けた。