6.昼休み

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更新遅くなりました。今回から文章の行頭を一字下げにしています。
***
 
 雨上がりの森には、ひんやりとした爽やかな空気が漂っていた。木々の葉や、大地に茂る草花についた水滴がキラキラと輝き、遠くからは鳥ポケモンの楽し気なさえずりが聞こえてくる。
 
 シンシアたち三匹は、ようやく駐屯地に到着したところだった。途中で大雨に見舞われたことと、籠いっぱいに入れた木の実を落とさないように慎重に歩いてきたことにより、いつもよりはるかに到着が遅れてしまっていた。
 と、隊員の一人であるレパルダスが、三匹の到着に気付き、声をかけてきた。
「おかえりなさい。雨大丈夫だった?」
「ええ。すっかり遅くなってごめんなさい」
「それは別にいいのよ。昼食のことなんかより、あなたたちのことが心配だったんだから。ひどい雨だったでしょ?無事で良かったわ」
 レパルダスは優しい微笑みを浮かべてそう言った。"エテジア" という名の彼女は、"冷酷ポケモン" の分類名を持つレパルダスには似合わないことに、とても気立ての良い性格をしていた。シンシアとルトラのことを後輩として可愛がってくれる優しい先輩だ。
 
 駐屯地の中央まで来ると、シンシアたちは急いで地面に籠を降ろし、自分たちの昼食を確保する作業に取りかかった。ポネンテはナナの実を二つ手に取っただけだったが、シンシアとルトラはラルフたちのことも考え、いつもよりも多めに確保した。
 両手いっぱいに木の実を抱えたところで、今度は周りの隊員たちへの呼びかけを始める。たちまち、待ってましたとばかりに皆が集まってきた。空腹だろうに、誰も騒ぐことなく規律正しく籠の前に並んでいく。
 シンシアとルトラは籠のそばに立ち、緊張した面持ちでそんな彼らを迎えた。いつもの時間よりも大幅に遅刻してしまったため、叱られるのではないかと心配していたのだ。
 だがそれは杞憂だったようで、やってくる隊員たちに怒っている様子は見られなかった。それどころか、中にはねぎらいの言葉をかけてくれる者もいた。
 木の実を手に嬉しそうに去っていく隊員たちを見送っていると、ポネンテがそっと耳打ちした。
「大雨とか大雪とか、そういう天災ばっかりはどうにもなりませんからね。一応、"にほんばれ" みたいな技を使ったりして、無理やり好天にすることもできるにはできるんですが、この森では勝手に天気を変えることは禁じられていますし」
「へえ~」
 二匹にとっては初耳だった。伝説上、セレビィが住まうとされる神聖な森というだけあって、ここには本当に禁則事項が多いのだな、と改めて思う。
「だから、ここにいる人たちはみんな、そういう理由で予定が狂うことには慣れっこなんです。あなたたちも先輩を見習って、どんな状況下でも慌てず冷静に行動できるように心がけておいてくださいね」
 列はまだまだ続いていて、全ての隊員に木の実が行きわたるには時間がかかりそうだった。ポネンテは伸びあがって列の長さを確認すると、シンシアとルトラに言った。
「籠の片付け作業は私がやっておきますから、先に戻ってくれて構いませんよ。ルトラさんは特にお疲れでしょうし」
 ルトラがホッと顔を緩ませた。シンシアも笑顔で頭を下げる。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、お先に失礼します」
 
 
 隊員たちの列を尻目に駐屯地を後にしようとした時、シンシアは、列を離れてこちらに近づいてくるポケモンの姿を認めた。
「あ、父さん!」
 ルトラも気づいて立ち止まる。やって来たオスカーはいつも通り無表情だったが、その口の端には木の実の食べかすがいくつもくっついていた。二匹に会うために急いで早食いしたのかもしれない。
「クアラから聞いたぞ。明後日は依頼主を連れて、長老のところに向かうそうだな」
「そうなんです。ただ依頼主が予定より早く来てしまって…。明後日まで家に泊まってもらうことになりそうです」
 不安がるシンシアの言葉に、オスカーの目つきが、ほんの少しだけ険しくなった。
「そうか。仕事をしていると、たまにはそういう困った依頼主に遭遇することもある。当日はクアラも同行するそうだから、大丈夫だとは思うが…」
 オスカーはそこで言葉を切り、天を見上げた。つられて二匹も上を見る。雨が止んだばかりだというのに、早くも遠くの空からまた暗雲が押し寄せてきていた。今日はもう一雨あるかもしれない。
「…ここ数日の空模様が気になる。念のため、天気には気をつけて行け」
「はい」
 二匹の返事が重なった。
 
***
 
 二匹が去ったあと、モニカがふらふらとオスカーの元へ寄ってきた。
「今回もだめでした。大好物のモモンの実…。いつも一番に取り尽くされちゃうんですよね」
 オスカーは興味がなさそうな目でモニカを見た。
「お前がどんくさいからだろう」
「酷いです!これでも食事の時間までには仕事を終えられるよう、スケジュール調整は頑張ってるつもりなんですよ」
「いくら努力しても目当ての物が手に入れられないなら無意味だろう」
 ばっさりと切り捨てられてしまう。モニカは未練がましく、遠くに置かれた籠を見た。皆に取り尽くされ、既に中身は空っぽだ。
「…あーあ。こうなったら、シンシアちゃんとルトラくんにお願いして、私の分のモモンの実だけ別に確保しといてもらおうかなあ」
「後輩に余計な仕事を増やすな」
 モニカは舌を出してみせた。
「分かってますよ~。冗談に決まってるじゃないですか」
 
 モニカは列に並んでいた時、オスカーがシンシアたちと話していたのを遠くから見ていた。
 彼とはそれなりの付き合いだ。何を話していたのかは、ある程度察することができた。
「――あの子たちのこと、やっぱり心配ですか?確か明後日でしたよね」
 シンシアたちが長老に呼ばれた件については、モニカも聞かされていた。子どもたち思いのオスカーのことだ。表情には全く出さないが、突然二匹が呼び出されたことが気がかりなのだろう。――モニカはそう推察していた。
「大丈夫ですよ!それに名誉なことじゃないですか、長老さまとお会いできるなんて!きっと期待されてのことだと思いますよ!」
「違う」
 モニカは目を白黒させた。
「え?違う…って何がですか?もしかして他に何か気になってることでも?」
 オスカーは長い鼻息を一つ漏らし、それっきり口を開かなかった。これ以上会話を続ける気がないことの意思表示なのだろう。
 中途半端に語り聞かせてきておいて、途中で一方的に会話を打ち切るのは彼の悪い癖だ。自分も後輩たちのことを心配しているというのにあんまりではないか。――むっとしたのも束の間、ふいにモニカの顔に不敵な笑みが広がった。
「…オスカーさん、口の横」
「なんだ」
「食、べ、か、す!付いてますよーっ!」
 モニカはわざと周囲に聞こえるような大声で言って、ぱっと駆け出した。
 その声に驚いてか、周辺で静かに食事を取っていた隊員たちが、何事かというように顔を上げた。オスカーは無言のまま舌先で食べかすを舐め取ると、普段よりもきつい眼差しでモニカの後ろ姿を睨みつけた。
 
***
 
「よっこら…しょっと!」
 木の実を抱えたまま、シンシアは体でドアを押し開けた。と同時に、薄暗い部屋の奥からシャーロットの元気な声が出迎えてくれる。
「おっかえり~!」
「ただいま!遅くなってごめんね。退屈じゃなかった?」
 玄関まで駆けてきたシャーロットは、まばゆい笑顔を見せた。そのあまりの明るさに、シンシアは仕事の疲れが吹き飛んで行くような錯覚を覚える。
「全然!だって、勝手に二日早く来ちゃったのはあたしたちだもん。退屈とか言えたセリフじゃないって!」
 そばに立つラルフが、もの言いたげにシャーロットを見ている。二匹の間でまた何かあったのだろうか。
「ほらほら早く入ってくれよ、後がつかえてんだ」
 後ろからルトラが急かしてくる。両腕いっぱいに抱えられた木の実の山が、今にも崩れ落ちそうだ。
「ああ、ごめんね」
 脇にどいて通してやりながら、シンシアはラルフとシャーロットに笑いかけた。
「きみたちもお腹空いてるでしょう?昼食用の木の実、ちゃんといつもより多めに貰ってきたからね。好みに合うかは分からないけど、遠慮せずお腹いっぱい食べて!」
 ルトラが抱えている木の実に目を止めたシャーロットは、たちまち歓声を上げた。
「わああすっごーい、あたしたちの分までありがとうね~!じゃあお言葉に甘えてたくさん頂いちゃおうかな!」
 
 テーブルに並べられた大皿の上に、採れたての木の実が盛り付けられていく。こうして、いつもより賑やかな昼食が始まった。

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