きっと仲良くなれるのに 01
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:8分
ロトムと少年は、骨董品屋で声を聴く。
ポケモンとニンゲンが暮らす町で、大人びていたい少年とロトムがフクザツな関係を紐解いていくお話です。
×××
骨董品屋にて。
2020.11.26
#ポケモン版深夜の140字ワンラ
お題:比較的美品
ポケモンとニンゲンが暮らす町で、大人びていたい少年とロトムがフクザツな関係を紐解いていくお話です。
×××
骨董品屋にて。
2020.11.26
#ポケモン版深夜の140字ワンラ
お題:比較的美品
○○○
ボクは骨董品がすきだ。
最新のスマホが格好良い、と持て囃されてるけど、ボクは歯車時掛けの時計や絡繰に心奪われた。
でも「デンシキキじゃない」から、ロトムは取り憑けないらしい。
──アナタ、メガヒカルノネ。
くすくす、と笑う「比較的美品」の振り子時計を見上げ、ボクは「そうかなあ」と呟いた。
○○○
「おーい、タツキ、起きてるか。用意が出来たら降りて来いよ」
齢四十程に見える男性は二階に続く階段を見上げて、暗闇に向かって声を掛ける。
低く太い声は凄味があるが、言葉尻からはぶっきらぼうな優しさが滲む。
その暗闇の向こう、家具が少ない小部屋で、タツキと呼ばれた少年はベッドから立ち上がる。
はあい、と無理に力を込めて出した声は、情けなく掠れて階下へと響く。ろくに眠れていないため、気を抜けばゆるゆると降りてくる瞼を何とか持ち上げて窓を開ける。
ここは都会の少しはずれ。古風な町並みを残す、郊外のとある骨董品屋だ。
気怠い体を何とか動かして、きちりと畳まれた、きっと彼が昨夜用意してくれたのであろう洋服に袖を通して、緩慢さが抜けない動きで目的地へと向かう。
みしみしと音を立てる階段は、寝起きの頭でも警鐘を鳴らすくらいには角度がついている。両脇にある手すりにしがみつきながら、なんとか声の主の元――骨董品屋の会計カウンターへと辿り着いた。
「よう、眠れたか?」
先ほどと同じ低く太い声がタツキの頭に響く。
「まあ、はい。ありがとうございます」
「そんなに気を遣わなくてもいいんだがな。まあ、しばらくは長期休暇なんだろ、学生の本分に励めばいい」
眠気に霞む脳を緊張で何とか律してお礼を口にする彼に、男性は少しの苦笑を見せた。
「そうだ、朝飯をつくったんだが、マトマは食べられるか」
「あ、はい、食べられます。ありがとうございます……」
「不味くて食えない、なんてこたないだろうが……まあ、駄目だったら言ってくれ」
そう言って男性は頭を掻きながら、階段横の扉を開けてキッチン兼ダイニングへとタツキを促す。
ダイニングスペースには、あまり大きくない木製のスクエアテーブルと、同じ明るめの木材で組まれた椅子が一つだけ置かれている。奥に見える、食材や調味料が所狭しと並んだキッチンスペースと比べ、だだっぴろく、殺風景な印象を受ける。
そんなダイニングスペースのテーブルの上には、エッグロールとグリーンサラダが皿に盛りつけられていた。こんがりと焼けたロールパンの隙間から、半熟に焼かれた卵がケチャップと混ざりあって溶け出している。横に添えられたサラダには、先ほどの話からすればマトマの実だろうか、香ばしい香りのきのみの欠片と、ドレッシングが掛けられている。
「とりあえず俺は店に戻ってるから、ゆっくり食べろよ。あ、食器は置いたままでいいからな」
踵を返して扉の向こうに消えた、背の高い彼の後ろ姿を見送って、タツキはかたりと椅子をひく。
キッチンの窓から差し込む陽光に少し目を細めてから、皿の横に置かれたフォークを手に取ってサラダを口に運べば、瑞々しい野菜を噛み切る音が静かな部屋に響く。マトマの辛味がドレッシングと程よく絡み合っている。サラダを黙々と食べ進めながら、ぼんやりと窓越しに聞こえるスバメの鳴き声を聞く。
思考がゆったりと進む中、人口的な機械音、もといモンスターボールの起動音によって、タツキは意識を引き戻される。続いて聞こえたのは電子音のような子どもの笑い声のような不思議な音、そして、同時に視界を埋めた橙色。
「わ、ロク! ほんと、いつもどうやって出てきてるんだ……」
少し目を開いたものの、さほど取り乱すこと無く、タツキはロクと呼んだロトムに困ったような笑みを向けた。
その問いに答えることは無く、ロクはきょろきょろと部屋を見渡した後、残像が見えるくらいに素早く半回転してタツキの手元を凝視する。
「いい匂いするだろ、アキハル、さんがつくってくれたんだ。……ロクもいる?」
少しはにかんで自慢げにした後、じとりと眺める水色の双眸に負けて、おすそ分けを提案する。
嬉しそうに青白い稲妻を上下させるロクの口元へ、サラダを一口運ぶ。三日月のような笑みを描いていた口元がもぐもぐと動き、野菜の切れ端が吸い込まれて消えていく。
片手間にロクのモンスターボールを最小化しながら、タツキは嬉しそうに野菜をほおばるロクを眺める。
再びぼやける思考の中で、主張するのはここ数日間の混濁した記憶。
少年の脳は扉の向こうにいる彼と、手元に浮遊するロトムとの出会いを振り返る。
○○○
タツキが記憶している彼、もといアキハルとの出会いはまだ今よりも更に幼い頃。親戚同士の集まりだったくらいしか記憶がないけれど、その食事の席で彼と出会った。
当時から言葉数は少なくぶっきらぼう、そのうえ大きな身長が近寄り難い雰囲気を助長していた。二メートルに近い彼の風貌は、幼いタツキの目線からは電柱と変わりないもので、ほかの大人達と同様背景に溶け込んでいた。ざわざわと大人達が話す声に埋もれて退屈を持て余すタツキの視界に影が落ちる。
「よう、あんまりうろつくと危ないぞ」
頭上からの低い声に、思わず後退り視線を上へ。そこには真っ黒な電柱が、腰を屈めてこちらを見下ろしていた。
「おじさん、だあれ? おうちの人?」
「……そーそー、オニーサンはおうちの人だよ。お祖父ちゃんのお兄さんの……って、言っても分かんねえか。アキハルって言うんだ、よろしくな」
オニーサン、を強調しつつ右手を差し出す。
「あきはる……あ、えっと、ぼくはタツキです、ろくさいです」
慌てた様子で覚えたての自己紹介を辿々しく口にして、小さな両手でごつごつとしたその右手を握り返す。
「おー、いい子だ。ところでタツキ、暇ならオニーサンと遊ばないか?」
大人達の社交辞令に囲まれていたタツキに、アキハルは手を差し出す。
「……え、で、でもお父さんに……」
父親から遠くへ行かないように、と言いつけられていたことに思い至り、タツキの瞳が逡巡に揺れた。
「うーん、それなら、そこの椅子に座ってお話でもするか」
何にせよ、人混みの中は危険だと言いくるめ、アキハルはタツキを部屋の隅の椅子に座らせる。
立食形式の会場では立場をなくしてしまった、豪華な造りの椅子達が並んでいる。床につかない足をぶらぶらと揺らしながら、タツキはアキハルから渡された球体を眺める。
「ボール……?」
「モンスターボール、っていうんだ。知ってるか?」
あまりにもきょとんとしていたためか、アキハルが少し不思議そうな顔で尋ねてくる。
「うん、テレビで見たことある」
「そうかそうか。それ、やるよ」
少し目を細めて笑った後、アキハルはそう言ってタツキの頭をくしゃりと撫でた。
「え、いいの」
「おう。その中に居るのは俺の友達だ。大切に、仲良くするって約束できるか?」
頭に手を乗せたまま、今度は真剣な目で問いかける。
「ともだち……うん、約束する」
「よっし、じゃあ頼んだぞ!」
アキハルはそう言ってさっきよりも少し手荒にタツキの髪を乱すと、そのままモンスターボールの操作方法をタツキに伝える。そうして最後に、このことは十歳になるまで俺とタツキの秘密な、と約束をした。
「ん……分かった」
タツキはこくりと頷いて、手元で先ほどよりもコンパクトになった赤と白の球体に視線を落とす。約束なんて意味がない。どうせ、お父さんは僕を見ていない。忙しいんだから、仕方ない。約束なんてしなくても、僕はきっとお父さんにこのことは言わないんだろうな。心のどこかでずっと冷めた声が響いている。ずっと引き結ばれていた口元はそのままで、タツキはきゅっと両手でともだちを包んだ。
これが、橙色で悪戯好きの相棒と出逢う、一日前のお話。
そして、この日から数年後、僕は思いもよらない形でアキハルとの再会を果たすこととなる。
ボクは骨董品がすきだ。
最新のスマホが格好良い、と持て囃されてるけど、ボクは歯車時掛けの時計や絡繰に心奪われた。
でも「デンシキキじゃない」から、ロトムは取り憑けないらしい。
──アナタ、メガヒカルノネ。
くすくす、と笑う「比較的美品」の振り子時計を見上げ、ボクは「そうかなあ」と呟いた。
○○○
「おーい、タツキ、起きてるか。用意が出来たら降りて来いよ」
齢四十程に見える男性は二階に続く階段を見上げて、暗闇に向かって声を掛ける。
低く太い声は凄味があるが、言葉尻からはぶっきらぼうな優しさが滲む。
その暗闇の向こう、家具が少ない小部屋で、タツキと呼ばれた少年はベッドから立ち上がる。
はあい、と無理に力を込めて出した声は、情けなく掠れて階下へと響く。ろくに眠れていないため、気を抜けばゆるゆると降りてくる瞼を何とか持ち上げて窓を開ける。
ここは都会の少しはずれ。古風な町並みを残す、郊外のとある骨董品屋だ。
気怠い体を何とか動かして、きちりと畳まれた、きっと彼が昨夜用意してくれたのであろう洋服に袖を通して、緩慢さが抜けない動きで目的地へと向かう。
みしみしと音を立てる階段は、寝起きの頭でも警鐘を鳴らすくらいには角度がついている。両脇にある手すりにしがみつきながら、なんとか声の主の元――骨董品屋の会計カウンターへと辿り着いた。
「よう、眠れたか?」
先ほどと同じ低く太い声がタツキの頭に響く。
「まあ、はい。ありがとうございます」
「そんなに気を遣わなくてもいいんだがな。まあ、しばらくは長期休暇なんだろ、学生の本分に励めばいい」
眠気に霞む脳を緊張で何とか律してお礼を口にする彼に、男性は少しの苦笑を見せた。
「そうだ、朝飯をつくったんだが、マトマは食べられるか」
「あ、はい、食べられます。ありがとうございます……」
「不味くて食えない、なんてこたないだろうが……まあ、駄目だったら言ってくれ」
そう言って男性は頭を掻きながら、階段横の扉を開けてキッチン兼ダイニングへとタツキを促す。
ダイニングスペースには、あまり大きくない木製のスクエアテーブルと、同じ明るめの木材で組まれた椅子が一つだけ置かれている。奥に見える、食材や調味料が所狭しと並んだキッチンスペースと比べ、だだっぴろく、殺風景な印象を受ける。
そんなダイニングスペースのテーブルの上には、エッグロールとグリーンサラダが皿に盛りつけられていた。こんがりと焼けたロールパンの隙間から、半熟に焼かれた卵がケチャップと混ざりあって溶け出している。横に添えられたサラダには、先ほどの話からすればマトマの実だろうか、香ばしい香りのきのみの欠片と、ドレッシングが掛けられている。
「とりあえず俺は店に戻ってるから、ゆっくり食べろよ。あ、食器は置いたままでいいからな」
踵を返して扉の向こうに消えた、背の高い彼の後ろ姿を見送って、タツキはかたりと椅子をひく。
キッチンの窓から差し込む陽光に少し目を細めてから、皿の横に置かれたフォークを手に取ってサラダを口に運べば、瑞々しい野菜を噛み切る音が静かな部屋に響く。マトマの辛味がドレッシングと程よく絡み合っている。サラダを黙々と食べ進めながら、ぼんやりと窓越しに聞こえるスバメの鳴き声を聞く。
思考がゆったりと進む中、人口的な機械音、もといモンスターボールの起動音によって、タツキは意識を引き戻される。続いて聞こえたのは電子音のような子どもの笑い声のような不思議な音、そして、同時に視界を埋めた橙色。
「わ、ロク! ほんと、いつもどうやって出てきてるんだ……」
少し目を開いたものの、さほど取り乱すこと無く、タツキはロクと呼んだロトムに困ったような笑みを向けた。
その問いに答えることは無く、ロクはきょろきょろと部屋を見渡した後、残像が見えるくらいに素早く半回転してタツキの手元を凝視する。
「いい匂いするだろ、アキハル、さんがつくってくれたんだ。……ロクもいる?」
少しはにかんで自慢げにした後、じとりと眺める水色の双眸に負けて、おすそ分けを提案する。
嬉しそうに青白い稲妻を上下させるロクの口元へ、サラダを一口運ぶ。三日月のような笑みを描いていた口元がもぐもぐと動き、野菜の切れ端が吸い込まれて消えていく。
片手間にロクのモンスターボールを最小化しながら、タツキは嬉しそうに野菜をほおばるロクを眺める。
再びぼやける思考の中で、主張するのはここ数日間の混濁した記憶。
少年の脳は扉の向こうにいる彼と、手元に浮遊するロトムとの出会いを振り返る。
○○○
タツキが記憶している彼、もといアキハルとの出会いはまだ今よりも更に幼い頃。親戚同士の集まりだったくらいしか記憶がないけれど、その食事の席で彼と出会った。
当時から言葉数は少なくぶっきらぼう、そのうえ大きな身長が近寄り難い雰囲気を助長していた。二メートルに近い彼の風貌は、幼いタツキの目線からは電柱と変わりないもので、ほかの大人達と同様背景に溶け込んでいた。ざわざわと大人達が話す声に埋もれて退屈を持て余すタツキの視界に影が落ちる。
「よう、あんまりうろつくと危ないぞ」
頭上からの低い声に、思わず後退り視線を上へ。そこには真っ黒な電柱が、腰を屈めてこちらを見下ろしていた。
「おじさん、だあれ? おうちの人?」
「……そーそー、オニーサンはおうちの人だよ。お祖父ちゃんのお兄さんの……って、言っても分かんねえか。アキハルって言うんだ、よろしくな」
オニーサン、を強調しつつ右手を差し出す。
「あきはる……あ、えっと、ぼくはタツキです、ろくさいです」
慌てた様子で覚えたての自己紹介を辿々しく口にして、小さな両手でごつごつとしたその右手を握り返す。
「おー、いい子だ。ところでタツキ、暇ならオニーサンと遊ばないか?」
大人達の社交辞令に囲まれていたタツキに、アキハルは手を差し出す。
「……え、で、でもお父さんに……」
父親から遠くへ行かないように、と言いつけられていたことに思い至り、タツキの瞳が逡巡に揺れた。
「うーん、それなら、そこの椅子に座ってお話でもするか」
何にせよ、人混みの中は危険だと言いくるめ、アキハルはタツキを部屋の隅の椅子に座らせる。
立食形式の会場では立場をなくしてしまった、豪華な造りの椅子達が並んでいる。床につかない足をぶらぶらと揺らしながら、タツキはアキハルから渡された球体を眺める。
「ボール……?」
「モンスターボール、っていうんだ。知ってるか?」
あまりにもきょとんとしていたためか、アキハルが少し不思議そうな顔で尋ねてくる。
「うん、テレビで見たことある」
「そうかそうか。それ、やるよ」
少し目を細めて笑った後、アキハルはそう言ってタツキの頭をくしゃりと撫でた。
「え、いいの」
「おう。その中に居るのは俺の友達だ。大切に、仲良くするって約束できるか?」
頭に手を乗せたまま、今度は真剣な目で問いかける。
「ともだち……うん、約束する」
「よっし、じゃあ頼んだぞ!」
アキハルはそう言ってさっきよりも少し手荒にタツキの髪を乱すと、そのままモンスターボールの操作方法をタツキに伝える。そうして最後に、このことは十歳になるまで俺とタツキの秘密な、と約束をした。
「ん……分かった」
タツキはこくりと頷いて、手元で先ほどよりもコンパクトになった赤と白の球体に視線を落とす。約束なんて意味がない。どうせ、お父さんは僕を見ていない。忙しいんだから、仕方ない。約束なんてしなくても、僕はきっとお父さんにこのことは言わないんだろうな。心のどこかでずっと冷めた声が響いている。ずっと引き結ばれていた口元はそのままで、タツキはきゅっと両手でともだちを包んだ。
これが、橙色で悪戯好きの相棒と出逢う、一日前のお話。
そして、この日から数年後、僕は思いもよらない形でアキハルとの再会を果たすこととなる。
感想の読み込みに失敗しました。
この作品は感想が書かれていません。