第54話 結ばれた約束
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
彼は雨のような人だった。
勿論満月だとかの風情のあるものは似合うけれども、正直それは飾り立てた姿に思える。 あの夜、薙刀は別に部活とかではなく趣味に過ぎないだとか色々な話を繰り広げていく中で、彼の大まかなカタチというのが掴めた気がした。 飾らない本当の彼は、冷たくも辺りを優しく慎ましやかな水音で包む、氷雨のような人だった。 まさに彼の名前の通りだ。
その夜以降からは、ヒサメさんとの交友も始まることになった。 ユイは初めて彼を見た時、「何待ってノバラこのイケメン奇跡?」ときゃっきゃしていて微笑ましかった。 私は正直外見には目もくれていなかったから、共感できるかどうかと言われるとイマイチだったけども。 寧ろ、私は彼の雰囲気に惹かれたように思う。
そこから少しずつ彼と話す機会は増えていった。 今までヒオさんによる健康観察のためにあのお屋敷に行っていたが、彼に会うために行くという目的もいつしか追加されていた。 宿題を見てもらうこともあったりして、気がつけば彼はこちらを呼び捨てで、私達2人は彼を「兄さん」と呼ぶような仲になっていた。 近所にもその評判は伝わり、町中のおばさん達から微笑ましい目線を向けられることもあった。
夏休みになると、2人で一日中ヒオさんのお屋敷に入り浸るようにもなった。 互いに親は仕事で、宿題とかいうポケモンジムならぬ夏休みジムを攻略するにはヒサメさんの力も借りたかったから。 大体は3人で他愛もない話をしていたけれど、たまにはやはり魔狼へと話は移ってくる。 兄さんは必ず私のことを助けると宣言してくれた。 けれど、その度に私はなんとも言えない気持ちに襲われていたのだ。 今の時点では何もないのにと、未だ現実味を感じられずにいたから。 すいかを食べながら言われた時もあったけれど、別に私の食べるペースが止まるなんてこともなかった。
でも、のほほんとした心地でいられるのもそう長くはなかった。 勿論普段の生活からまずいなんてことはなかったけれど、異常時に「あれ」はその顔を覗かせてきた。
要するに、夏休みの間に私は風邪を引いたのだ。 発熱と咳でうなされていたけれど、その唸り声が「2つ分」あるのに気づくのにそう時間は掛からなかった。 お腹の奥の方で、何かが唸っていたのだ。 気を抜くとそれが喉を通って出てきそうな感覚に吐き気がした。
その件を見舞いにきたユイに伝えたら、彼女は稲妻のような勢いでヒオさんとヒサメ兄さんを呼びに行ってくれた。(お母さん相手にはうまく理由を誤魔化してくれたようだ)
遂にかとあの人達は渋い顔を見せたが、風邪というのもあり一過性のものだろうと判断された。 私も私で気を強く持つぐらいしか出来なかったけれど、一過性だという言葉に少しの安心感を抱いた。
ただヒオさんは用事があったために、看病はユイと兄さんに任されることになる。 そんな中、ユイがトイレへと向かっていった時に兄さんは私の額に手を当ててくれた。 彼の手は氷みたいに冷たくて、熱で火照った身体には癒しだった。
「......大丈夫、ノバラ。必ず、貴方からそれを追い出してみせますよ」
私は何も答えなかった。 熱と怠さと唸りの不快感のトリプルパンチを受けているとなると、ぼーっと聞くことしか出来なかった。
「私自身にそんなに知識はないけれど......家の書庫に色々な文献があるんです。 今、それを片っ端から調べている。 古いものもあるから中々大変ですが......。
でも結構色々あるんですよ。 先祖が魔狼を追っていく際の、異世界への行き方が書かれたものとか。 だから追い出す方法も、きっとわかる」
彼の手が、私の頭を優しく撫でる。
「安心してください、何がなんでも貴方のかつての生活を取り戻す。 もし魔狼をこちらに手引きした世界に行くことが出来たなら......根本から潰すなんてこともしないといけないかも」
私は少し目を見開く。 その穏やかな顔から出てくる物騒な言葉へのギャップには驚くしかなかった。
「......なんてね。 流石にそれは冗談ですよ」
こっちの気持ちを汲み取ったのか、彼はすぐにいつもの笑顔に戻ってくれた。
そんな夏休みが終わって、丁度季節の変わり目の頃。 やっぱりこの時期は体調を崩しやすいのか今度はユイが風邪をひいてしまい、この日は私だけで行くことになった。 秋雨前線が猛威を奮っている時期だったのもあり、帰り道はやはり豪雨。 雨の中1人で歩くというのは、どこかいつもと違う感じがあった。 水タイプを連れて散歩している人の多さだったり、普段では目につかないようなことにも気づいた。 だが、それとは裏腹に、ヒオさんの家で起きている大きな出来事に私は気づけなかった。
玄関の前に立ち、いつものように、家のインターホンを鳴らす。 いつもならどちらかが出迎えてくれるはずだが。
「......こんにちはー」
少し大きい声で挨拶をしてみたが、出てこない。 出払っている場合でも中で待てるようにということで合鍵を持たせてくれてあったので、それを使って中に入ってみた。 玄関の水鉢で飼われているトサキントに何かあったのか声をかけてみたけれど、何も答えずにただ水面を揺らして泳いでいるだけだった。
出かけている? ......でもこんな雨の日に外に出るだろうか、と思っていると。 丁度書庫の方から口論のような声がして、それに驚いたのかトサキントがぴょんと跳ねた。 二重の驚きで私は一瞬動きを止めたけれど、ただごとではないことはすぐに分かった。 この家のトサキントがこんなに跳ねるなんて見たことがないから。 私の足は、気づくと書斎の方に向かっていた。
丁度書庫の入り口辺りで、また怒号が聞こえてきた。 私はびびって入口前の壁にひっついてしまう。 中を覗く気は一切起きなかった。
でも、声だけでもわかる。 今までの柔和な態度からは想像できない剣幕だった。 机を力強く叩く音がして、その衝撃のせいで何枚かの紙が散らばった。
「......何を考えているのヒサメっ!」
「黙ってくれないか」
「黙ってって......あなた、自分が何をしようとしているのか分かっているの!?」
......ヒオさんと、兄さんの声だ。 ヒオさんが何かを咎めているけれど、兄さんは聞く耳を持たないようにそれに言葉を返す。
「......そう言うなら、じゃあなんで『あちら』の災厄がこちらに持ち込まれるのはいいんだ! おかしいじゃないか! どうしてこちらが『あちら』の責任を背負ってるんだ!? それで、全く関係の無いノバラが苦しんでるのに!? あんたは何も思わないのか!」
「そんなことは問題ではないわ! そんなことより、今はあの子の心を守るのを第一に」
「そんなのいずれ限界が来る! 根本を絶たないといけないんだよ! ......もういい」
がさりと、なんらかの紙がまとめられる音がした。
「自分の手でやる。 自分が壊す。 ノバラを、関係の無い普通の子を巻き込んだ。
......絶対に許さない」
「っ、待ちなさい、ヒサメっ!」
ヒオさんの声は届かなかった。 兄さんは書斎を出ていき、私のいる方とは別方向に向かおうとしたから、彼がこちらに気づくことはなかった。 いくつかの文献らしきものを持って、その場から立ち去っていく。
「あっ......」
よく分からないけど、引き止めた方がいい。 自分でもそう思った。 でも、身体は動かなかった。 待ってという声を出せないまま、兄さんは眼前から消えて行った。
「......っ、ヒサメ......」
悔しげな様子で、今度はヒオさんが書庫から出てくる。 そしてすぐにこちらがいるのに気づいた。 多分、話を聞いていたのも勘づかれているだろう。 彼女は、ふいとこちらに背を向けてしまう。
「......ノバラ、ユイは?」
「えっと、今日風邪引いたって......」
「そう......貴方の体調は?」
「今日も大丈夫」
「なら良かった。 ......今日はもういいわよ」
「え? でも......」
「大丈夫。 澄んだ雨音が、濁ったものをちゃんと洗い流してくれるわ。 ごめんなさいね、今日は色々ちゃんと確認できる状況じゃないの......帰っていいわよ」
いつもよりも手短に問答は終わり、ヒオさんは向こうへと行ってしまった。 「帰っていい」という言葉は、許可ではなくて命令のように聞こえてしまった。
でも、足は動かない。 さっきの兄さんの言葉がどうしても、頭の中に響いていたから。
どうして、あんなに躍起になっているんだろう。
「......兄さん」
そう、1つ呟く。 でも、それで彼が戻ってくるなんてことはなかった。
暫く私は、何かするのでもなく雨で少し湿気た廊下に立ったままだった。 ガラス窓に当たる雨音が耳の中で反響して、長い時間オーケストラを開いていた。
......それからのことだ。 庭で薙刀の鍛錬をする彼を見かけなくなったのは。
彼が、行方不明になったのは。
兄さんが突然消えてから。 それから、また2年程の月日が経つことになる。
10歳になれば、ポケモントレーナーとしての旅に出る事が許可される。 でも私とユイは、10歳になってからも旅には出ない道を選んだ。 魔狼のことも確かにあるけれど、別に冒険が大好きなわけでもなかったし、ポケモンという命を背負ってゆく覚悟も持てなかったから。 兄さんが出て行ったのはその後だったので 、その分ヒオさんを支える時間が出来たのも予期せぬ幸いだった。
だが、その代わりにと言うか、トレーナーズスクールで更に勉強に勤しんでいた。 といっても、自分達は実際にポケモンを持つわけではなく、普通の数学などの座学に加えて、ポケモンのタイプ毎の詳しい生態であったり、色々な事を学んでいた。
帰宅部という概念もちゃんとあったのも幸いして、私達は普通にそれに乗っかった。 兄さんが行方知れずになって憔悴してしまったヒオさんを元気付けるために、よく玄関の前で声を張り上げたものだった。
......ここまで言うと、平和な日々であるように思う。 だが、心配な出来事も起こった。
今までは風邪の時ぐらいだけだったけども、遂に普段でも魔狼の存在をしっかりと認知出来るようになってしまった。 眠る時やぼうっとする時に、どこか落ち着かないのだ。 自分の中に何か異物があるような感覚。 体の中で何かが呻くのを感じる日も多くなった。
そして、極め付けはといえる出来事も起きた。
それは丁度数学の授業中での出来事だった。 応用問題を解いてみようということになり、クラス内での秀才タイプを除けば殆どがうんうん唸りながら、もしくは隣に愚痴りながら不規則なペースで紙にシャーペンを走らせていた。 そして私も悲しいことにその殆どのうちの1人であったから、式をどう立てるんだという思考に忙しかった。 その最中だ。
(......あれ)
何故かは分からないけれど、いつの間にか汗が噴き出していることに気づく。 自覚した時にはもう遅かったようで、その瞬間に吐き気や寒気が一気に来た。お腹が痛いわけじゃない。 苦しいのは正直喉の方だった。 気を抜くと呻きも外に出てきそうで、恐ろしさで口を押さえる。 息も荒くなってしまって、もう問題を解くどころじゃなかった。 ここまで来ると流石に近くの人は異変を感じとるようで。 隣に大丈夫かと肩を叩かれるが、頷くことなんか出来ない。 偶然にも斜め後ろにいたユイが、急にがたりと立ち上がる。
「......先生! ノバラさんが具合悪そうなんで、保健室連れて行っていいですか?」
ユイの助けもあり、私はなんとか教室を出られた。 階段を弱々しく降りていく中、詳細を聞かれる。背中をさすってもらいながら。
「大丈夫? 平気......じゃなさそうだけど」
「......うん。 さっきよりは......ましかも......」
「よかった......でも一応、休ませて貰おうか」
これが少しトラウマになってしまったようで、それからのスクールでの日々では、こうなることに対しビクビク怯えてしまっていた。
そのことをユイに、ヒオさんに報告するたびに、2人はかなり苦い顔をしていた。 ユイは、「大丈夫ですよね?」と、ヒオさんに何度も何度も聞いていた。 だが、ヒオさんも絶対大丈夫とは言えないようだった。 それがどうにももどかしかった。 彼女にとっても予想のつかないことなのだとは分かっている。 でも、それでも、大丈夫だと、強い口調で言って欲しかった。
そして。 冬になってからだろうか。
兄さんも見つからない。 自分の状況も恐らく酷くなるばかり。 そんな不安が、最悪の形で遂に具現化する。
「うひゃー、雨降ってきた!」
私達は帰り道に雨に降られ、バシャバシャ音を立てながら走っていた。 鞄を傘がわりにしたけれど、それは頭ぐらいしか守ってくれなかった。 それぐらいには酷い雨。 雪が降り始める前ぐらいの豪雨がやはり1番冷たくて辛いのだ。
「どうする? ここからだと、ノバラの家の方が近い?」
「うん! 一旦うち行こうか、タオルで体拭こう。 よかったら置き傘も貸すから」
「賛成、それで行こう!」
方針も固まり、そのまま走り続ける。 私達の頭の中には、暖かいふかふかのタオルが過っていた。 というか、その時のために走っていた。
そして、やっとのことで家が見えてきた。 ラストスパートをかける。
家の玄関へ辿り着いて、遂に栄光のゴール......
と、なるはずだった。
「んぐっ!?」
隣から、急に声が響く。 家しか眼中になかった私だったが、その異常しかない声には顔を向けてしまう。
その時の私の視界はどうだったんだろう。 断片的なものを順に見ていくことでやっと状況が理解出来たから、多分正常な状態ではなかったように思う。
見知らぬ大人の男。
そいつによって口に布をあてられたユイ。
異常でしかない光景に、私は一瞬声を失った。
「ユっ......!」
ユイを離せ。 そう言って突進でもかますつもりだった。 しかし叶わない。 後ろから、1つの影が落ちてくる。
「うっ!」
複数犯。 そう気づいた時にはもう遅かった。 睡眠薬でもあったのか、私はそのまま意識を失った。
目覚めた時、意識は朦朧としていた。 その名の通り完全に眠っていたようで、朝起き上がった時の気怠さが全身を覆っている。 意識が覚醒するに従って、さっきの記憶が舞い戻ってきて......。
「......あっ!」
素っ頓狂な叫びとともに、私は起き上がる。 その側で体育座りしていたユイが、一気にその目を輝かせて私の名前を呼ぶ。
「ノバラ!」
よかった、無事だった。 その安堵とともに、私は彼女に寄り添った。
「ユイっ......良かった、色々大丈夫?」
「怪我は無いよ、ノバラも......大丈夫だね」
ひとまずは互いの無事を確認する。 その後私はキョロキョロと辺りを見回したが、普段では全く見ないような空間に驚きを隠せなかった。 暗い部屋で、窓も無いから時間も解らない。
「......あのねノバラ、よく聞いて」
彼女の声色は、妙に落ち着いていた。 いや、意図的に落ち着かせようとしていたのかもしれない。 その事実に私が気づいたのは、彼女の説明を聞いた後のことだった。 私はなんて鈍いんだろう。
だけど、いいことでない事は容易に理解出来た。 この光景には既視感があったから。
私が後に目覚めて、態度は違えどユイは私に対して真っ先に事実に通ずるものを伝えて。
そう、魔狼の祠を開けた後と、酷似していたから。
「......私達、監禁されたみたい」
「私、少し前に目覚めて色々辺りを見てみたけれど、一応トイレとか布団とか、そういうものは近くにちゃんとあった。 でも窓とかは無いし......どっかの豪邸の倉庫とかも、可能性としてあるかもしれない。
でも、これ......考えてみると、明らかに計画的じゃんって思って、怖いな、って思ってたとこ」
「は? 冗談を言うな」という言葉を普通なら吐きたくなるだろう。こんな、アニメやドラマでしか見ないような光景があってたまるか。でも、事実として受け入れるほかなかった。 現に今起こったことの記憶やこの部屋がそれを証明するようなものだし、現実にはあり得ないような事なら既にこの身に起きているのだ。
「まさか......」
だからといって、困惑がないと言うのはまっぴらな嘘だ。 こうやって当事者になってみると、その言葉しか吐けなかった。 何も起こらなければ今頃は家にいたのに。
どうして、どうしてこうなった。 半ばパニックになっていたようで、正常な思考は少し吹き飛んでいた。
「......起きたか!」
急に扉が開いて、野太い声が響く。 一瞬びくりと体が震えた。 振り返ると、そこには1人の男性の姿があった。 どこか、ユイを襲った方の奴にも見える。
出るチャンスかと思ったけれど、ドアの向こうにも人はちゃんといた。 逃亡というのは諸刃の剣で、うまくいかない可能性を考えると、私の足は動くことができなかった。 無論、ユイも同じ。
「ふん、睨みつけてるだけか」
当然だ。 泣き声でも上げてしまったら負けな気がしたのだ。 今までに無いほど私は目をつり上げる。 威嚇の意思を示し続ける。
「......まあいい。 いいか、逃げようなんてしたらとタダじゃおかない。 余計なことは考えるなよ」
そいつは目的すらもこちらに明かさず、またドアを閉めてしまった。
また静寂が戻った部屋の中。 明かりはあるけれども、それは何1つこちらの心を明るくはしてくれなかった。 それどころか、現実を自覚して身体が震えてしまう。 さっきの威嚇の反動かもしれない。
「......なん、で」
他所ごとだと思っていた。 そういったニュースはごく稀に飛び込んでくるけれど、早く見つかるといいなという以上の感想なんて浮かんでなかった。 薄情だろう。 でもそういうものだ。 テレビの向こう側の世界への完全な感情移入なんて、そう簡単にできるわけではないのだ。
......寧ろ、「完全な」感情移入なんて、本来するべきじゃないんだ。 自分が同じ目に遭わなきゃ絶対無理なんだから。
私は、まさに今自分がそんな状況になってしまったのが怖くて堪らなかった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
その時だった。 ユイが、泣きそうな私の両肩を掴む。
「......私はずっとあなたの味方」
その言葉に、ユイの顔を見上げる。 その目力はとても強いものだった。 そう、ヒオさんの家に意地でもついていこうとした、あの時の目だった。恐れを秘めながらも、でもそれでも強くあろうとする目。
「だから、絶対に......ぜーーーったいに! 一緒に、帰ろう」
その語気が、私の胸を強く打った。 もうこのまま死んでしまうんじゃないかという恐怖は、絶対に逃げてやるという決意に上書きされようとしていた。
「......分かった」
勿論頷く。 ここで私が崩れてしまったら、ユイの思いが無駄になってしまうから。 ユイが私を支えてくれるなら、私も彼女を支えないといけなかったから。
どちらが何か言うわけでもなく、互いに手の小指を絡ませた。
指切りげんまん、嘘を吐いたら針千本飲ます。 そんな言葉があるけれど。嘘なんか吐くもんか。足掻いてやる。 生き抜いてやる。
......私達の日常を奪った彼らに、逆にその針を飲み込ませてやる。
未来を切望する2人の人間の指に、少女とは思えないほどの力がこもった。
『......約束』
勿論満月だとかの風情のあるものは似合うけれども、正直それは飾り立てた姿に思える。 あの夜、薙刀は別に部活とかではなく趣味に過ぎないだとか色々な話を繰り広げていく中で、彼の大まかなカタチというのが掴めた気がした。 飾らない本当の彼は、冷たくも辺りを優しく慎ましやかな水音で包む、氷雨のような人だった。 まさに彼の名前の通りだ。
その夜以降からは、ヒサメさんとの交友も始まることになった。 ユイは初めて彼を見た時、「何待ってノバラこのイケメン奇跡?」ときゃっきゃしていて微笑ましかった。 私は正直外見には目もくれていなかったから、共感できるかどうかと言われるとイマイチだったけども。 寧ろ、私は彼の雰囲気に惹かれたように思う。
そこから少しずつ彼と話す機会は増えていった。 今までヒオさんによる健康観察のためにあのお屋敷に行っていたが、彼に会うために行くという目的もいつしか追加されていた。 宿題を見てもらうこともあったりして、気がつけば彼はこちらを呼び捨てで、私達2人は彼を「兄さん」と呼ぶような仲になっていた。 近所にもその評判は伝わり、町中のおばさん達から微笑ましい目線を向けられることもあった。
夏休みになると、2人で一日中ヒオさんのお屋敷に入り浸るようにもなった。 互いに親は仕事で、宿題とかいうポケモンジムならぬ夏休みジムを攻略するにはヒサメさんの力も借りたかったから。 大体は3人で他愛もない話をしていたけれど、たまにはやはり魔狼へと話は移ってくる。 兄さんは必ず私のことを助けると宣言してくれた。 けれど、その度に私はなんとも言えない気持ちに襲われていたのだ。 今の時点では何もないのにと、未だ現実味を感じられずにいたから。 すいかを食べながら言われた時もあったけれど、別に私の食べるペースが止まるなんてこともなかった。
でも、のほほんとした心地でいられるのもそう長くはなかった。 勿論普段の生活からまずいなんてことはなかったけれど、異常時に「あれ」はその顔を覗かせてきた。
要するに、夏休みの間に私は風邪を引いたのだ。 発熱と咳でうなされていたけれど、その唸り声が「2つ分」あるのに気づくのにそう時間は掛からなかった。 お腹の奥の方で、何かが唸っていたのだ。 気を抜くとそれが喉を通って出てきそうな感覚に吐き気がした。
その件を見舞いにきたユイに伝えたら、彼女は稲妻のような勢いでヒオさんとヒサメ兄さんを呼びに行ってくれた。(お母さん相手にはうまく理由を誤魔化してくれたようだ)
遂にかとあの人達は渋い顔を見せたが、風邪というのもあり一過性のものだろうと判断された。 私も私で気を強く持つぐらいしか出来なかったけれど、一過性だという言葉に少しの安心感を抱いた。
ただヒオさんは用事があったために、看病はユイと兄さんに任されることになる。 そんな中、ユイがトイレへと向かっていった時に兄さんは私の額に手を当ててくれた。 彼の手は氷みたいに冷たくて、熱で火照った身体には癒しだった。
「......大丈夫、ノバラ。必ず、貴方からそれを追い出してみせますよ」
私は何も答えなかった。 熱と怠さと唸りの不快感のトリプルパンチを受けているとなると、ぼーっと聞くことしか出来なかった。
「私自身にそんなに知識はないけれど......家の書庫に色々な文献があるんです。 今、それを片っ端から調べている。 古いものもあるから中々大変ですが......。
でも結構色々あるんですよ。 先祖が魔狼を追っていく際の、異世界への行き方が書かれたものとか。 だから追い出す方法も、きっとわかる」
彼の手が、私の頭を優しく撫でる。
「安心してください、何がなんでも貴方のかつての生活を取り戻す。 もし魔狼をこちらに手引きした世界に行くことが出来たなら......根本から潰すなんてこともしないといけないかも」
私は少し目を見開く。 その穏やかな顔から出てくる物騒な言葉へのギャップには驚くしかなかった。
「......なんてね。 流石にそれは冗談ですよ」
こっちの気持ちを汲み取ったのか、彼はすぐにいつもの笑顔に戻ってくれた。
そんな夏休みが終わって、丁度季節の変わり目の頃。 やっぱりこの時期は体調を崩しやすいのか今度はユイが風邪をひいてしまい、この日は私だけで行くことになった。 秋雨前線が猛威を奮っている時期だったのもあり、帰り道はやはり豪雨。 雨の中1人で歩くというのは、どこかいつもと違う感じがあった。 水タイプを連れて散歩している人の多さだったり、普段では目につかないようなことにも気づいた。 だが、それとは裏腹に、ヒオさんの家で起きている大きな出来事に私は気づけなかった。
玄関の前に立ち、いつものように、家のインターホンを鳴らす。 いつもならどちらかが出迎えてくれるはずだが。
「......こんにちはー」
少し大きい声で挨拶をしてみたが、出てこない。 出払っている場合でも中で待てるようにということで合鍵を持たせてくれてあったので、それを使って中に入ってみた。 玄関の水鉢で飼われているトサキントに何かあったのか声をかけてみたけれど、何も答えずにただ水面を揺らして泳いでいるだけだった。
出かけている? ......でもこんな雨の日に外に出るだろうか、と思っていると。 丁度書庫の方から口論のような声がして、それに驚いたのかトサキントがぴょんと跳ねた。 二重の驚きで私は一瞬動きを止めたけれど、ただごとではないことはすぐに分かった。 この家のトサキントがこんなに跳ねるなんて見たことがないから。 私の足は、気づくと書斎の方に向かっていた。
丁度書庫の入り口辺りで、また怒号が聞こえてきた。 私はびびって入口前の壁にひっついてしまう。 中を覗く気は一切起きなかった。
でも、声だけでもわかる。 今までの柔和な態度からは想像できない剣幕だった。 机を力強く叩く音がして、その衝撃のせいで何枚かの紙が散らばった。
「......何を考えているのヒサメっ!」
「黙ってくれないか」
「黙ってって......あなた、自分が何をしようとしているのか分かっているの!?」
......ヒオさんと、兄さんの声だ。 ヒオさんが何かを咎めているけれど、兄さんは聞く耳を持たないようにそれに言葉を返す。
「......そう言うなら、じゃあなんで『あちら』の災厄がこちらに持ち込まれるのはいいんだ! おかしいじゃないか! どうしてこちらが『あちら』の責任を背負ってるんだ!? それで、全く関係の無いノバラが苦しんでるのに!? あんたは何も思わないのか!」
「そんなことは問題ではないわ! そんなことより、今はあの子の心を守るのを第一に」
「そんなのいずれ限界が来る! 根本を絶たないといけないんだよ! ......もういい」
がさりと、なんらかの紙がまとめられる音がした。
「自分の手でやる。 自分が壊す。 ノバラを、関係の無い普通の子を巻き込んだ。
......絶対に許さない」
「っ、待ちなさい、ヒサメっ!」
ヒオさんの声は届かなかった。 兄さんは書斎を出ていき、私のいる方とは別方向に向かおうとしたから、彼がこちらに気づくことはなかった。 いくつかの文献らしきものを持って、その場から立ち去っていく。
「あっ......」
よく分からないけど、引き止めた方がいい。 自分でもそう思った。 でも、身体は動かなかった。 待ってという声を出せないまま、兄さんは眼前から消えて行った。
「......っ、ヒサメ......」
悔しげな様子で、今度はヒオさんが書庫から出てくる。 そしてすぐにこちらがいるのに気づいた。 多分、話を聞いていたのも勘づかれているだろう。 彼女は、ふいとこちらに背を向けてしまう。
「......ノバラ、ユイは?」
「えっと、今日風邪引いたって......」
「そう......貴方の体調は?」
「今日も大丈夫」
「なら良かった。 ......今日はもういいわよ」
「え? でも......」
「大丈夫。 澄んだ雨音が、濁ったものをちゃんと洗い流してくれるわ。 ごめんなさいね、今日は色々ちゃんと確認できる状況じゃないの......帰っていいわよ」
いつもよりも手短に問答は終わり、ヒオさんは向こうへと行ってしまった。 「帰っていい」という言葉は、許可ではなくて命令のように聞こえてしまった。
でも、足は動かない。 さっきの兄さんの言葉がどうしても、頭の中に響いていたから。
どうして、あんなに躍起になっているんだろう。
「......兄さん」
そう、1つ呟く。 でも、それで彼が戻ってくるなんてことはなかった。
暫く私は、何かするのでもなく雨で少し湿気た廊下に立ったままだった。 ガラス窓に当たる雨音が耳の中で反響して、長い時間オーケストラを開いていた。
......それからのことだ。 庭で薙刀の鍛錬をする彼を見かけなくなったのは。
彼が、行方不明になったのは。
兄さんが突然消えてから。 それから、また2年程の月日が経つことになる。
10歳になれば、ポケモントレーナーとしての旅に出る事が許可される。 でも私とユイは、10歳になってからも旅には出ない道を選んだ。 魔狼のことも確かにあるけれど、別に冒険が大好きなわけでもなかったし、ポケモンという命を背負ってゆく覚悟も持てなかったから。 兄さんが出て行ったのはその後だったので 、その分ヒオさんを支える時間が出来たのも予期せぬ幸いだった。
だが、その代わりにと言うか、トレーナーズスクールで更に勉強に勤しんでいた。 といっても、自分達は実際にポケモンを持つわけではなく、普通の数学などの座学に加えて、ポケモンのタイプ毎の詳しい生態であったり、色々な事を学んでいた。
帰宅部という概念もちゃんとあったのも幸いして、私達は普通にそれに乗っかった。 兄さんが行方知れずになって憔悴してしまったヒオさんを元気付けるために、よく玄関の前で声を張り上げたものだった。
......ここまで言うと、平和な日々であるように思う。 だが、心配な出来事も起こった。
今までは風邪の時ぐらいだけだったけども、遂に普段でも魔狼の存在をしっかりと認知出来るようになってしまった。 眠る時やぼうっとする時に、どこか落ち着かないのだ。 自分の中に何か異物があるような感覚。 体の中で何かが呻くのを感じる日も多くなった。
そして、極め付けはといえる出来事も起きた。
それは丁度数学の授業中での出来事だった。 応用問題を解いてみようということになり、クラス内での秀才タイプを除けば殆どがうんうん唸りながら、もしくは隣に愚痴りながら不規則なペースで紙にシャーペンを走らせていた。 そして私も悲しいことにその殆どのうちの1人であったから、式をどう立てるんだという思考に忙しかった。 その最中だ。
(......あれ)
何故かは分からないけれど、いつの間にか汗が噴き出していることに気づく。 自覚した時にはもう遅かったようで、その瞬間に吐き気や寒気が一気に来た。お腹が痛いわけじゃない。 苦しいのは正直喉の方だった。 気を抜くと呻きも外に出てきそうで、恐ろしさで口を押さえる。 息も荒くなってしまって、もう問題を解くどころじゃなかった。 ここまで来ると流石に近くの人は異変を感じとるようで。 隣に大丈夫かと肩を叩かれるが、頷くことなんか出来ない。 偶然にも斜め後ろにいたユイが、急にがたりと立ち上がる。
「......先生! ノバラさんが具合悪そうなんで、保健室連れて行っていいですか?」
ユイの助けもあり、私はなんとか教室を出られた。 階段を弱々しく降りていく中、詳細を聞かれる。背中をさすってもらいながら。
「大丈夫? 平気......じゃなさそうだけど」
「......うん。 さっきよりは......ましかも......」
「よかった......でも一応、休ませて貰おうか」
これが少しトラウマになってしまったようで、それからのスクールでの日々では、こうなることに対しビクビク怯えてしまっていた。
そのことをユイに、ヒオさんに報告するたびに、2人はかなり苦い顔をしていた。 ユイは、「大丈夫ですよね?」と、ヒオさんに何度も何度も聞いていた。 だが、ヒオさんも絶対大丈夫とは言えないようだった。 それがどうにももどかしかった。 彼女にとっても予想のつかないことなのだとは分かっている。 でも、それでも、大丈夫だと、強い口調で言って欲しかった。
そして。 冬になってからだろうか。
兄さんも見つからない。 自分の状況も恐らく酷くなるばかり。 そんな不安が、最悪の形で遂に具現化する。
「うひゃー、雨降ってきた!」
私達は帰り道に雨に降られ、バシャバシャ音を立てながら走っていた。 鞄を傘がわりにしたけれど、それは頭ぐらいしか守ってくれなかった。 それぐらいには酷い雨。 雪が降り始める前ぐらいの豪雨がやはり1番冷たくて辛いのだ。
「どうする? ここからだと、ノバラの家の方が近い?」
「うん! 一旦うち行こうか、タオルで体拭こう。 よかったら置き傘も貸すから」
「賛成、それで行こう!」
方針も固まり、そのまま走り続ける。 私達の頭の中には、暖かいふかふかのタオルが過っていた。 というか、その時のために走っていた。
そして、やっとのことで家が見えてきた。 ラストスパートをかける。
家の玄関へ辿り着いて、遂に栄光のゴール......
と、なるはずだった。
「んぐっ!?」
隣から、急に声が響く。 家しか眼中になかった私だったが、その異常しかない声には顔を向けてしまう。
その時の私の視界はどうだったんだろう。 断片的なものを順に見ていくことでやっと状況が理解出来たから、多分正常な状態ではなかったように思う。
見知らぬ大人の男。
そいつによって口に布をあてられたユイ。
異常でしかない光景に、私は一瞬声を失った。
「ユっ......!」
ユイを離せ。 そう言って突進でもかますつもりだった。 しかし叶わない。 後ろから、1つの影が落ちてくる。
「うっ!」
複数犯。 そう気づいた時にはもう遅かった。 睡眠薬でもあったのか、私はそのまま意識を失った。
目覚めた時、意識は朦朧としていた。 その名の通り完全に眠っていたようで、朝起き上がった時の気怠さが全身を覆っている。 意識が覚醒するに従って、さっきの記憶が舞い戻ってきて......。
「......あっ!」
素っ頓狂な叫びとともに、私は起き上がる。 その側で体育座りしていたユイが、一気にその目を輝かせて私の名前を呼ぶ。
「ノバラ!」
よかった、無事だった。 その安堵とともに、私は彼女に寄り添った。
「ユイっ......良かった、色々大丈夫?」
「怪我は無いよ、ノバラも......大丈夫だね」
ひとまずは互いの無事を確認する。 その後私はキョロキョロと辺りを見回したが、普段では全く見ないような空間に驚きを隠せなかった。 暗い部屋で、窓も無いから時間も解らない。
「......あのねノバラ、よく聞いて」
彼女の声色は、妙に落ち着いていた。 いや、意図的に落ち着かせようとしていたのかもしれない。 その事実に私が気づいたのは、彼女の説明を聞いた後のことだった。 私はなんて鈍いんだろう。
だけど、いいことでない事は容易に理解出来た。 この光景には既視感があったから。
私が後に目覚めて、態度は違えどユイは私に対して真っ先に事実に通ずるものを伝えて。
そう、魔狼の祠を開けた後と、酷似していたから。
「......私達、監禁されたみたい」
「私、少し前に目覚めて色々辺りを見てみたけれど、一応トイレとか布団とか、そういうものは近くにちゃんとあった。 でも窓とかは無いし......どっかの豪邸の倉庫とかも、可能性としてあるかもしれない。
でも、これ......考えてみると、明らかに計画的じゃんって思って、怖いな、って思ってたとこ」
「は? 冗談を言うな」という言葉を普通なら吐きたくなるだろう。こんな、アニメやドラマでしか見ないような光景があってたまるか。でも、事実として受け入れるほかなかった。 現に今起こったことの記憶やこの部屋がそれを証明するようなものだし、現実にはあり得ないような事なら既にこの身に起きているのだ。
「まさか......」
だからといって、困惑がないと言うのはまっぴらな嘘だ。 こうやって当事者になってみると、その言葉しか吐けなかった。 何も起こらなければ今頃は家にいたのに。
どうして、どうしてこうなった。 半ばパニックになっていたようで、正常な思考は少し吹き飛んでいた。
「......起きたか!」
急に扉が開いて、野太い声が響く。 一瞬びくりと体が震えた。 振り返ると、そこには1人の男性の姿があった。 どこか、ユイを襲った方の奴にも見える。
出るチャンスかと思ったけれど、ドアの向こうにも人はちゃんといた。 逃亡というのは諸刃の剣で、うまくいかない可能性を考えると、私の足は動くことができなかった。 無論、ユイも同じ。
「ふん、睨みつけてるだけか」
当然だ。 泣き声でも上げてしまったら負けな気がしたのだ。 今までに無いほど私は目をつり上げる。 威嚇の意思を示し続ける。
「......まあいい。 いいか、逃げようなんてしたらとタダじゃおかない。 余計なことは考えるなよ」
そいつは目的すらもこちらに明かさず、またドアを閉めてしまった。
また静寂が戻った部屋の中。 明かりはあるけれども、それは何1つこちらの心を明るくはしてくれなかった。 それどころか、現実を自覚して身体が震えてしまう。 さっきの威嚇の反動かもしれない。
「......なん、で」
他所ごとだと思っていた。 そういったニュースはごく稀に飛び込んでくるけれど、早く見つかるといいなという以上の感想なんて浮かんでなかった。 薄情だろう。 でもそういうものだ。 テレビの向こう側の世界への完全な感情移入なんて、そう簡単にできるわけではないのだ。
......寧ろ、「完全な」感情移入なんて、本来するべきじゃないんだ。 自分が同じ目に遭わなきゃ絶対無理なんだから。
私は、まさに今自分がそんな状況になってしまったのが怖くて堪らなかった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
その時だった。 ユイが、泣きそうな私の両肩を掴む。
「......私はずっとあなたの味方」
その言葉に、ユイの顔を見上げる。 その目力はとても強いものだった。 そう、ヒオさんの家に意地でもついていこうとした、あの時の目だった。恐れを秘めながらも、でもそれでも強くあろうとする目。
「だから、絶対に......ぜーーーったいに! 一緒に、帰ろう」
その語気が、私の胸を強く打った。 もうこのまま死んでしまうんじゃないかという恐怖は、絶対に逃げてやるという決意に上書きされようとしていた。
「......分かった」
勿論頷く。 ここで私が崩れてしまったら、ユイの思いが無駄になってしまうから。 ユイが私を支えてくれるなら、私も彼女を支えないといけなかったから。
どちらが何か言うわけでもなく、互いに手の小指を絡ませた。
指切りげんまん、嘘を吐いたら針千本飲ます。 そんな言葉があるけれど。嘘なんか吐くもんか。足掻いてやる。 生き抜いてやる。
......私達の日常を奪った彼らに、逆にその針を飲み込ませてやる。
未来を切望する2人の人間の指に、少女とは思えないほどの力がこもった。
『......約束』