第58話 救いの言葉

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:11分
『“壊れた”?』

 バンギラスとドダイトスはプテラの言っていることの意味がよくわからず、聞き返した。

「そ、そうだ。あいつは、スイッチが入っちまったんだ。だから……」
「何だかよくわからんが、俺はあっちに行って様子を見てくる。バンギラス、プテラの傍にいてくれ」
「あぁ、気をつけろよ」

 ドダイトスはあえてバンギラスをプテラの元に残してヒトカゲ達の所へ行った。逃げられたら困るという思いもあったが、怪我をして動けないポケモンを野放しにすることの方ができないという気持ちが強かったからだ。
 バンギラスは地面にうつ伏せになっているプテラの横に座り、話を続ける。

「スイッチが入ったって、どういう事だ? ちゃんと説明してくれ」

 少しだけ説明するのを躊躇ったが、プテラはカイリューについて話すことにした。

「……あいつと出会って少ししてから、俺はあいつの事を調べてみたんだ」

 プテラの口から語られたのは、カイリューの過去。“あの事”があったせいで精神崩壊を起こした事、それが起因して多くのポケモンを殺してきた事、そしてその間、ずっと孤独に苛まれていた事。
 全て聞き終わった頃には、バンギラスはその事実に絶句していた。表向きはボスのためにも動いているが、裏では己のおかしくなってしまった精神が生み出す欲求を満たすために行動していたカイリューを、少しばかり哀れんでいた。

「そういうことか。だとしたら止められるのは、あいつしかいねぇな」

 落ち着きを取り戻したバンギラスが、小さな声で呟いた。その声が耳に届いたプテラが聞き返す。

「あいつって、あのボウズ……ヒトカゲのことか?」
「そうだ。もし止められる可能性があるとしたら、あいつだけだ」




「“ドラゴンダイブ”」

 その頃、カイリューの暴走は既に始まっていた。ヒトカゲ達は何とか攻撃を避けてはいたが、それでも全てをかわすことはできず、何度か攻撃をくらっていた。

「“まもる”!」

 向かってきたカイリューをカメックスが“まもる”で防御した。軽く弾かれたカイリューは考えることもせず無機質に次の攻撃をくりだす。

「“はかいこうせん”」

 カイリューは口で溜めた強力なエネルギーを発射した。“はかいこうせん”が放たれる前にそれを察知したヒトカゲがみんなに避けるよう声を掛けたことで、危険を回避できた。
 ちょうどその時、騒ぎを知ったドダイトスが駆けつけてきた。

「何があったんだ!?」

 ドダイトスはヒトカゲ達に状況を説明してくれるよう求めた。ブラッキーから全てを聞いていたヒトカゲ達が事の詳細を手短に話すと、やはり衝撃を受けた。

「だ、だとしたら、どうすれば……」
「止めるしかないよ。だけど、問題はその止め方にあるよ」

 ヒトカゲが、再び頭を抱えて苦痛に耐えているカイリューの方を見ながら語った。

「ただ攻撃して倒したところで、意識が戻ればまた同じことを繰り返すだけ。それじゃ意味がない。それに……」

 この時、彼は以前ライコウが言っていた言葉に引っかかりを覚えていた。


 “如何なる場合でも、決して敵に同情してはならん。たとえ敵がどんなに辛い過去を背負っていようと、敵は相手の同情を誘い、それを利用するだけだ。それができなければ、命を落とすと思え”


 しかし今のカイリューには相手の気持ちを利用するだけの思考力はどう考えてもない。だったら重症になる覚悟を決めて説得するしかないとヒトカゲは心の中で判断を下した。

「“ドラゴンクロー”」

 再びカイリューが攻撃を仕掛けてきた。その鋭いツメの矛先はヒトカゲに向けられている。彼が気づいた時には、かなり近くまで接近していていた。

「“つるのムチ”!」

 咄嗟にチコリータがカイリューの腕に“つるのムチ”を巻きつけた。間一髪のところでヒトカゲは攻撃を免れた。

「きゃあっ!」

 だが、カイリューは腕を“つるのムチ”で絡まれたまま大きく振り、チコリータを投げ飛ばした。勢いで蔓を放してしまった彼女は空中へ投げ出される。

「……うがあぁ――!」

 獅子の如く“ほえる”カイリュー。完全に気が狂っている。逃げたくもなるが、ヒトカゲとしては何としてでも目を覚まさせる必要があった。そう、彼を救うために。

「ゼニガメ、やるぞ!」
「わかった! “ハイドロポンプ”!」

 カメックスの掛け声とともに、ゼニガメはカメックスと“ハイドロポンプ”を放った。さすがは兄弟と言える程息がピッタリ合っている“ハイドロポンプ”は並でない。カイリューは耐えているが、その水圧により徐々に後退していた。

「があっ!」

 そうカイリューが雄叫びを上げると、“たつまき”をくりだした。“たつまき”に巻き込まれる“ハイドロポンプ”、それらが作り出したものはまるで“うずしお”のように見えた。渦を巻いた大量の水が地面を削りながらゼニガメ達に向かってきた。

『よ、よけろ!』

 ゼニガメとカメックスが叫ぶと、みんなは慌てて“うずしお”の軌道から退いた。ほぼそれと同時に今度はチコリータとドダイトスがカイリューの前に立った。

「お嬢、いけますか?」
「平気よ! “ソーラービーム”!」

 チコリータとドダイトスは共に“ソーラービーム”を放った。先程チコリータがくりだした“にほんばれ”がまだ効いているおかげで、エネルギーを溜める時間が少なくて済んだのだ。

「がっ!?」

 “ソーラービーム”が直撃し、カイリューは苦痛で顔を歪める。技が効いたのか、よろけながら倒れてしまった。

「や、やったのか?」

 ドダイトスが確認しようと1歩前へ出ようとした時、その気配を察知したかのようにカイリューは素早くその身を起こし、技をくりだした。

「“げきりん”」

 刹那、カイリューは凄まじい速さでチコリータ、ドダイトス、ゼニガメ、カメックスを攻撃した。しかもその威力は生半可なものではない。

「みんな!」

 唯一攻撃を受けなかったヒトカゲがみんなの方を見ると、全員が足を崩している。今度何か攻撃をくらえばおそらく立ち上がれない、そう直感的に思った彼はカイリューに目を向けた。

「があぁぁ――っ!」

 “げきりん”で攻撃したカイリューは既に混乱していて、あらゆる方向に“はかいこうせん”を放っていた。このままではみんなに当たってしまう可能性があるので、ヒトカゲはなくなく攻撃をくりだした。

「……“だいもんじ”!」

 炎でできた大の字の中心に挟まれたカイリューは身動きが封じられた。もがいて炎から抜け出そうとしている。その様子を見ながらヒトカゲは彼に訴えかけた。

「ねえ、お願いだから、こんな事止めてよ」

 ヒトカゲは何度も懇願するかの如く訴えるが、まだ混乱状態にあるカイリューの耳には届いていなかった。我を忘れて意味もなく暴れまわる、そんな彼を哀れみ始めたのか、ヒトカゲはだんだん悲しくなってきた。
 再び“はかいこうせん”を放とうと、口にエネルギーを集め始めたカイリュー。ヒトカゲはもう1度、怒りや悲しみがこもった声色で叫んだ。


「こんな事してリユは喜ぶの!?」


 この言葉がようやく耳に届いたのか、カイリューははっと気づかされたかのように混乱状態から立ち直り、我に返った。

「誰かの命を奪ったって、誰かの命が復活するわけじゃない。カイリューのやってる事は間違ってるんだよ」

 ヒトカゲの言葉を必死で否定しようとしているのか、カイリューは頭を押さえながら首を大きく横に振っている。

「ち、違う! 違う違う! リユは戻って……」
「現実を受け入れなよ! そして、カイリューが今できる事は何?」

 “だいもんじ”の束縛から解放されたカイリューは、そのまま地面に蹲る。その様子は、まるで自分の心の中にいる何かと戦っているようにも見える。

「今できるのは、誰かを殺し続けることじゃなく、リユの分までしっかり生きることじゃないの?」

 その言葉を受けてカイリューはしばらく黙ってしまった。彼の頭の中では、リユとの思い出の一片がフラッシュバックしていた。


「うわっ! 虫!」
「もうカイリューったら、相変わらず虫にも驚くのね」
「だって、間違って踏んだりしたら、死んじゃうもの。そりゃ驚くよ」
「……そこがいいところよね、カイリューの」
「えっ?」
「こんなに小さい命でも失わないようにして、次に繋がるようにしている。私も、自分のため、誰かのために生きたい」
「じゃあ、僕のためにだね♪」
「それはどうでしょうね~」


 カイリューがようやく口を開いたのは、それから数分後のことだった。

「……そうだけど、わかってるけど……僕はもう……」

 カイリューが顔を上げると、自分の気づかぬうちに目から大量の涙が流れ落ちていた。それを見れば一目瞭然だった――彼の心を蝕み続けていた何かがなくなりつつあることを。ヒトカゲは優しく言葉をかける。

「大丈夫。今までの罪はちゃんと反省して償えばいいんだよ。そうすれば、きっと許してくれるよ」
「……わかった」

 そう返事をしたカイリューは嗚咽し、そんな彼の様子にみんなはほっと一安心した顔つきになった。これでようやく勾玉を神殿に納めることができると全員が思った。
 だが、直にそれは間違いであったとみんなは思わされた。

「……でも」

 しばらくすると、カイリューがすっくと起き上がった。もうその顔に涙も笑顔もないが、どうも様子がおかしい。みんなが彼の方を向くと、無表情のままこう言った。

「今の事とボスの事とは別。悪いけど、攻撃させてもらうよ」

 そう、あくまで個人の事とボスの忠誠は別で、真の目的を果たすべく行動するとカイリューは言う。一斉にみんなが構える。

「やはり、油断するんじゃなかったな」

 カメックスが舌打ちして気を入れ直す。カイリューも構えているが、次の瞬間、彼は気になる一言を口にした。

「僕は今から“はかいこうせん”を一発だけ放つ。これ以上は言わないよ」

 始め、カイリューが何を言っているのか理解できなかったが、何かを思いついたドダイトスが彼にその答えを確認する。

「その後は抵抗しないから、自分を倒して進め、ということか?」
「さぁ、解釈はみんなそれぞれだよ」

 カイリューは濁したが、十中八九、先程の言葉が意味するのはドダイトスの言った事だとみんなは思った。これが自分を救ってくれた者達へのカイリューなりのお礼なのだろうと感じたのは、後になってからである。

「じゃあいくよ、“はかいこうせん”!」

 一発だけということもあり、カイリューは本気で“はかいこうせん”を放った。それに対抗したのは、ヒトカゲだ。

「この状況で少しだけダメージを与えるなら、これしかない。“ブラストバーン”!」

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想