第56話 2つの戦い

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「“かげぶんしん”」

 ブラッキー達の戦いが始まった。初手はブラッキーから、彼女のお決まりのパターンであろう“かげぶんしん”で自分の分身を数体作り上げた。

「もうその手には乗るかよ! “あまごい”!」

 前回の経験を活かし、ゼニガメは“あまごい”をくりだした。すぐさまその場に雨が降り出し、彼は雨の中で目を凝らした。すると、1ヵ所だけ地面が濡れていない部分があった。

「お前が本物だな?」

 目線を上げると、そこには本物のブラッキーがいた。他の分身は雨に当たっても濡れることなくその場に存在し続け、体をすり抜けて地面へと雨水が落ちていた。

「あら、少しはできるようになったのね。じゃあ“しっぽをふる”」

 ブラッキーの口調といい、技といい、少しだけバカにされた気になった2人。また“ちょうはつ”かもしれないと疑い、怒りを抑えて行動に出る。

「今度は私よ! “はっぱカッター”!」

 ゼニガメに遅れを取らぬよう、チコリータが“はっぱカッター”で攻撃をしかける。その勢いはブラッキーも少々驚くほどの成長を遂げていた。

(あら? 気のせいか、勢いがとてもある)

 この場でフーディンの特訓により得られた、確かな効果をチコリータは実感することができたのだ。だがそれでも、ブラッキーにとってはまだ対処できる範囲だった。

「“サイコキネシス”」

 そんな攻撃くらうものですか、と言わんばかりの表情でブラッキーは“サイコキネシス”で葉っぱの動きを止めた。はらりはらりと葉っぱが地に落ちていく。

「“かみつく”!」

 すかさずゼニガメは噛みつこうとブラッキーへ勢いよく近づく。しかしこれも彼女にはあまり意味がなく、余裕のある表情で彼が迫ってくるのをじっと待っていた。

「“でんこうせっか”」

 文字通り、電光石火の如くゼニガメを避けた。するとブラッキーの目の前にはチコリータが構えていた。こうなると想定していたようで、口元だけ小さく微笑んだ。

「止めるわ! “マジックコート”!」

 父親から教わった自慢の技“マジックコート”。これはチコリータが覚えている技の中では比較的「いやらしい」ものであり、これが決まればブラッキーを相当腹立たせるに違いない。
 動きを止めてしまえばゼニガメが攻撃してくれると彼女は思っていたが、大事なことを忘れていたのだ。それに気づいたのは、技を放ってすぐだった。

「チコリータ、あなた冗談のつもり?」

 ブラッキーは何事もなかったかのように立っている。そう、チコリータは、エスパー技はあくタイプに効果がないということが頭から飛んでいたのだ。気づかされた時にはショックを隠しきれずにいた。

「あ、え、それは……」
「ま、いいわ。“だましうち”」

 構わずブラッキーは“だましうち”をチコリータへお見舞いする。頭の中が自分のミスによる罪悪感でいっぱいになっている彼女は反撃することなく攻撃を受けた。

「くっそ、“みずのはどう”!」

 ゼニガメはブラッキーの隙を突き、“みずのはどう”で彼女にダメージを負わせた。自身に攻撃が当たったことに驚いているが、まだまだ余裕を見せつける。

「よく当てたこと。誉めてあげるわ」
「へっ、嬉しくとも何ともねーよ!」

 互いに次の手を考えつつ、目線を逸らさずに間合いを取るゼニガメ・チコリータ組とブラッキー。彼らの様子から、これから本領発揮といったようだ。


 一方、ヒトカゲとカメックスはその場から動けずにいた。その訳はカイリューが1歩も動こうとしないからで、ヒトカゲ達の様子を窺っているのはすぐにわかった。
 胸を広げながら大きく深呼吸を1つすると、カイリューは不思議そうな顔つきになった。

「あれ、攻撃して来ないの?」

 正直なところ、攻撃ができるならヒトカゲ達はとっくにしているだろう。しかし本当の目的は勾玉を守る事。下手に動く前に相手の出方を探ることが先決と考えたのだ。

「じゃあ僕からいくね。“こうそくいどう”」

 じれったくなったのか、カイリューから先手を打ってきた。“こうそくいどう”で間合いを詰めてきた。

「“てっぺき”」

 カメックスは“てっぺき”で自分らの前方のガードを固くした。カイリューのことだ、何か物理的な攻撃を仕掛けてくるに違いないと思い、より防御力を上げたのだ。

「じゃあ“でんじは”」
「なにっ?」

 だがカメックスの予想は裏切られ、カイリューは“でんじは”を放った。黄色く細い十数本のスパークが不意をつかれたカメックスの全身を襲う。

「くっ、麻痺し始めたか」

 体中がビリビリとして言う事をきかない。だが今の攻撃で理解できた。「今の時点では」カイリューは勾玉を奪うことだけに集中していることを。

「次は僕だ! “メタルクロー”!」

 勢いよくヒトカゲがカイリューに飛び掛り、“メタルクロー”をカイリューの腕にきめた。分厚い右腕の皮膚に爪跡が残った。

「やったね~。僕もやるかな」

 そう言うと、カイリューは自分の体を回転させて、その勢いを利用して自分の尻尾にヒトカゲを巻きつけた。彼が驚く暇もなく、カイリューは空へ飛び上がる。

「わっ、何するつもり!?」

 降りようと必死で足掻くが、カイリューの尻尾が緩む気配はない。そしてあっという間に上空数十メートルのところまでやってきた。

「はい、“たたきつける”!」

 刹那、カイリューの尻尾からヒトカゲが放たれた。その放ち方はメジャーリーガーの投球さながらだ。地面へ近づくに連れてヒトカゲの落ちる速度も増していく。

「うわあぁ――!」

 このままだと確実に頭から地面に突っ込んでしまう、そう思った時、ヒトカゲの正面にカメックスが立っていた。見る限り、麻痺から多少回復したようだ。
 ヒトカゲが自身へ向かって落ちていくのを見定め、タイミングを見計らったカメックスはぐっと構えた。そして彼へ突進するような形でヒトカゲが突っ込むと、彼はヒトカゲの体をがっちり掴みながら背中から地面へ倒れ込んだ。

「大丈夫か?」
「あ、ありがとう……」

 2人とも怪我1つなく、無事であった。カメックス曰く、持ち合わせていたクラボのみで麻痺から逃れたとのこと。そうこうしているうちにカイリューが戻って来た。

「あれ、2人とも元気そうだね。さすが♪」

 憎たらしいほどの笑顔がカメックスの癇に障り、すぐさま起き上がると次の攻撃をくりだした。

「“きあいパンチ”!」

 カメックスは渾身の力を込めて自身の右腕をカイリューに向けて伸ばした。さすがのカイリューも直感的にこれを受けたらまずいと思ったのか、相殺させることにした。

「“かみなりパンチ”」

 互いの拳がぶつかり合った。しかしカイリューのパンチは電気を帯びている。その電気は拳を通じてカメックスに伝わっていった。

「ぐっ、結構効いたぜ……」

 体の中からいくつもの針が飛び出てきたような鋭い痛みがカメックスを襲った。苦痛で顔を歪ませる。攻撃を相殺できたカイリューは安堵の息を漏らした。

「“ほのおのうず”!」

 すかさず後方からヒトカゲが“ほのおのうず”をくりだした。炎でできた渦がカイリューを取り囲む。

「う~ん、どうしようかな。そしたら“たつまき”」

 炎の中で対策を考えたカイリューは“たつまき”を放った。炎の中から竜巻が放たれると竜巻の回転に炎が纏わりつき、炎が風と一緒に上昇させることで彼は炎から逃れることができた。

「も~、早く勾玉渡してよ~」

 まるで駄々をこねる子供のような口調でカイリューは言った。相変わらず腹立たしくも感じるが、ヒトカゲは微妙に嫌な予感がした。いつもとどこか違う感じがしたのだ。

「絶対嫌だ! よくない事が起こるのは目に見えてるからね!」

 その嫌な予感が当たらないことを信じて、ヒトカゲは再び構えた。



「“あやしいひかり”」
「“しんぴのまもり”!」

 その頃、ゼニガメとチコリータの方も戦いが続いていた。ブラッキーが“あやしいひかり”で混乱させようとしたが、チコリータの“しんぴのまもり”で回避した。

「もう前回みたくはいかないわよ!」

 チコリータはそう言ったが、戦闘の途中で気になることができた。ブラッキーは今まで、初めて対峙した時のパターンでしか攻撃してこないのだ。
 何度も同じ手口でしか攻撃できない程の相手ではないことくらい想像に難くない。だからなおさら裏があるのではないかと思っているのだ。

「あなた、何か考えているのかしら?」

 そんな彼女の様子を感じ取ったのか、ブラッキーが不意に問いかける。心を見透かされたのではと感じたチコリータは動揺するが、それをカバーするかのようにゼニガメが言い返した。

「もちろん、お前を倒す方法に決まってんだろ」

 それを聞き、ブラッキーは鼻で笑いながら2人を見た後に、気になる発言をした。

「そう。なら、まだ誰にも見せたことのない戦法でいこうかしら?」

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