第53話 野に咲く薔薇の物語

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「......ううむ、一杯食わされたのう。 まるで動けん」
 
 光が晴れた後、ラケナは少し悔しげな顔をする。 縛り玉で行動が縛られてしまった現状では、一旦退避していった彼らを追うのも難しかった。
 
 「ヨヒラちゃーん、わしらあなぬけの玉とか持ってきてたっけー。 奴らが戻ってきて攻撃くらったらはい動けるバイバイみたいなことはできんのかね」
 「無い。 敵側に[どろぼう]とか使われると厄介だし勝てばいいからいいと言ったのは貴方の方」
 「そうじゃったのう......どうする、ケイジュよ。 最終的にはお主の意思に従うぞい」
 
 ケイジュは少し考えて、結論を出す。
 
 「仕方がありません。 ひとまずは留まりましょう。 逃げる術もないとなれば、待つことしかできないでしょうし。
 それに。 少し興味があります。 彼らがこの後どう出てくるか」
 「なるほどのう......それが裏目に出なければいいがの。 あちらがダンジョンから出ていたら夜とかまで動けんかもしれんぞ」
 「ダンジョンから? まさか。 彼らが何もせず逃げるわけがない」
 
 彼の敵に対する信用とも取れてしまう言葉に、ラケナは溜息をついた。
 
 「ま、どちらにせよそれしかないからのう。 しゃーないしゃーない。
 ......にしても、随分と可愛い魔狼がいるもんじゃのう」
 
 全員の目が、自然とユズの方へと向く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ふーっ、ふーっ」
 
 ユズは動きたげに身を捩らせるが、中々上手くいかない様子だった。 最早自我の無い獣に成り果てている様子であるが、それがこの面子にとっては希望となってしまうのだろう。
 
 だけど。
 
 
 (あれが......魔狼か)
 
 フィニに関しては、少し違う考えを持っていた。 彼の魔狼のイメージと、実際の魔狼とは大きくかけ離れていたから。 まず物に封じられているものと勘違いしていたのもあったけれど、論点はそこではない。
 魔狼がポケモンを乗っ取るということはケイジュのお陰で知っていた。 でも、乗っ取る対象はどうしようもない極悪ポケモンとかであろうと勝手に考えていた。 でも、現実はそういう訳では無く、仲間を救うために奮闘しようとした小さなチコリータだ。 邪気なんてものは全然感じられないし、寧ろその「私は光の方にいます」感に彼は苛ついていたのだ。 ......そんなポケモンが取り憑かれて、自らの意思に関わらず破壊活動を行う。
 強い者が弱い者を搾取する光景に似ているように感じて、フィニはユズを直視できなくなってしまった。そんな世界の構図に全てを壊されたのが嫌だったから、ケイジュに付き従ったのに。
 
 (なんだかなぁ......惨いような......)
 
 鋼のように硬いはずだったフィニの気持ちには、少しの綻びが生まれていた。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
  
 
 
〜〜
 
 
 
 
 痛い......辛い......苦しい......。
 
 
 なんでこんなに苦しいのだろうか。
 
 まるで、ずっと茨に刺され続けているようだ。
 
 でも、誰も側にはいられない。 誰も、私の側には寄り添えない。 寄り添っちゃいけない。
 
 私を覆う棘は、近づいてくる人も容赦なく傷つけるから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そう、あの時だった。

 好奇心に突き動かされた子供の、些細な悪戯のはずだった。

 「2人分」の小さな手が、古い祠の扉に手をかける。 今にも壊れそうな、耳障りな音と共に、それは開く。

 それが、全ての始まりだった。



 
 
 
 
 
 





 場所はジョウト地方のとある街だ。私はそこでおぎゃあと産声をあげて、そして健やかに育ってきた。 私の家は、私が物心がついた時から母子家庭だったものだから、平日に帰ってきたら親が家にいるなんてことは稀だった。 真面目だとか言われるのは、多分そういう親の頑張りを1番近くで見てきたからなのかもしれない。
 だからといって鍵っ子で1人ぽつんと家にいる訳では無かった。 近所に幼馴染かつ大親友がいたのだ。 名前はユイといった。 人と人を結びつけるとかいう由来でのユイらしい。 その名に違わず、彼女はいつだって明るくて、喧嘩の仲裁とかもよくやる凄い子だった。
 私と彼女は小さい頃から仲良しで、よく冬に雪が積もったら一緒に雪だるまを作ったりしたものだった。 次の日に公園に行ったら雪だるまが溶けるか新たな雪の重みによって全滅していて、雪だるまのお墓を泣きながら作ったのはいい思い出だ。
 そんな風に仲良くしてきて、丁度7歳とかそこらだっただろうか。 全ては、その日の出来事からだった。

 
 
 
 





 「行こうよノバラー!」
 「待ってよユイ......今日シャトルランあったし足が死にそう......」
 「めげてちゃだめよそんなのに! 」
 「クラスで1番ぶんどったユイには言われたくない」

 学校からの帰り道。 放課後というのもあって、2人分の運動靴がコンクリートの地面をリズミカルに跳ねていた。 丁度厄介な宿題もなかったわけだから、何処かで遊ぼうと約束していたのだ。
 そんな中、ユイが遊びの内容の提案をしてくる。

 「ねぇノバラ、ちょっとやってみたいことあってさ」
 「ん?」
 「ノバラの家の近くにお屋敷があるでしょ? で、なんとなんと!
 その裏山に、小さい祠があるんだって!」
 「ほ、祠......?」
 
 近くに大きい屋敷があるのは知っていたは知っていたけれど、祠があるとは知らなかった。 祠と聞くと少しおどろおどろしいイメージがあったものだから、私はぶるりと震え上がる。
 
 「ちょっと行って、いけそうだったら開けてみない? 」
 「でも怒られちゃうよ」
 「ちょっとだけだってー! お願い! 見つかったら私が全部悪いっていうから! ね?」
 「えぇ......」
 
 正直乗り気ではなかったけれど、ユイの押しがかなり強かったので、私はそれを退ける術を持たなかった。 こうも嬉々として来られるとやはり断りづらい。
 裏山への距離は意外と近くて、丸太での階段らしきものもあったから、別に大冒険というわけではなかった。 有り余った体力のお陰かユイはそれを素早く上り、目的地へと到達する。
 
 「やった! とうちゃーく!」
 
 ぴょんぴょん跳ねるユイを横目に、彼女について行こうと頑張った結果息をゼエゼエ切らした私はじっと祠の方を凝視していた。 小さくて古めかしいけれども、ある程度手入れはされているのかそんなにぼろぼろでもなかった。 微かに扉のところに紙のような跡があるのは気になったけれど、昔のものだろうとそこまで気には留めなかった。

 「ノバラ?」
 「あっううん、なんか凄いなって」
 「だよねぇ......鍵は無さそうだから、開けられるよね」
 「本当に開けるの......?」
 「大丈夫! 中の物とったりする気もないし! ほら、どうせだし一緒に開けよ!」
 
 前向きなユイに引っ張られ、私も扉の小さな取っ手に手をかけた。 扉が軋むような音がしたけれど、それだけ古いんだろうという解釈に留まっていた。
 
 「行くよ......」
 「うん」
 
 頷きあって、息を1つ吐く。 ドキドキと少しの怖さの中、声を合わせてそれを......開けて、しまった。

 『せーのっ!』

 信じられない。本当に。
 ......これが、悲劇の始まりなんて思わなかったんだ。
 




 
 
 
 
 
 
 


 ......何故だろう。 意識がどこか、遠のいている。
 さっきまで、何をしていた。 どこで、なにを、どうして......。


 
 
 
 
 
 
 
 

 「......バラ、ノバラ!」

 ぱちりと目覚めた時にそこにいたのは、泣き腫らしたような目をしたユイと、たまに日傘をさして歩いているのを見かける、お屋敷の主のお婆さんだった。
 朝......とも思ったけれどそうでもない。 外は日が暮れかけている。 ならどうしてと考える中、やっとのことで祠を開けた後に何故か倒れたのだと気づいた。 というかユイはともかく、どうしてあのお婆さんが近くに? そう思って周りを見回す。 窓の外の庭の綺麗さだったり、この部屋の大きさを考えて......まさか、お屋敷の中? 困惑は止まることを知らなかった。
 そんな風に悶々としていると。
 
 「ノバラァ!」
 
 ユイがいきなり抱きついてくる。 その力はとても強いものだった。 身体がぎゅうと締め付けられる。
 
 「ユ、ユイ......!?」
 
 思わず引き剥がそうとしたけど、すぐにその手は止まった。 密着しているものだから、すぐに気がついたのだ。 ユイの体の震えに。

 「......っ、ごめんなさい、本当にごめんなさい!! あんなこと言わなきゃよかった、ノバラは乗り気じゃなかったのに。
 私のせいだ、ごめんなさい!!」
 
 ......急に謝られても、状況は理解出来ない。 私はユイを今一度引き剥がして、詳細を聞こうとした。

 「ちょ、ちょっと待ってよ。 まず何があったの」
 「ノバラといったわね」

 深刻そうな1つの声が割り込んでくる。 けれどその時の私はその深刻ぶりを読み取れないばかりか、普段厳かに町を歩く人が話しかけてくる状況というのにどこか新鮮さも覚えてしまった。
 
 「......こんにちは。私はヒオといいます。 ところで大丈夫? 体に異常はない?」
 「え、あ、大丈夫です」
 「何か、気持ち悪さとか、異物感とかも?」
 「何も」
 「なら良かった。 ......信じられない話かもしれない。 でも、お願い。 落ち着いて、聞いてちょうだい......」
 
 
 

 ヒオさんの説明によると、こういうことだった。 それは、確かに普通の人間には、御伽噺だと馬鹿にされるようなものだったけれど。

 あの祠は、大昔に世界を荒らした力、魔狼とやらを封じるものだったらしい。 異世界からこの世界に現れて、あらかたここを荒らして戻っていったところに1人の人間が食らい付いていき、そしてそれを捕まえ戻ってきたというらしい。 この家の人はその人間の血が流れているらしく、甚大な被害をもたらした魔狼を二度と外に出さないよう外部から守り続けていたとかなんとか。
 本来は祠にお札が貼ってあったのだが、自然劣化によって昨日完全に剥がれてしまい、今日の夕方に貼り直す予定だったのだ。
 だが、その前に、開けてしまった。 自分達が。
 
 被害は両方にいくわけではなかったらしく、祠から溢れ出した何かは、全て自分の方に飛び込んできたらしい。 ユイによると、それはとてもどす黒いものだったようだ。
 そして自分は衝撃に耐えられず倒れ、ユイが屋敷のヒオさんを慌てて呼びに行った......という顛末だった。
 
 
 
 
 
 
 
 話し終わる頃にはもう夜遅くなってしまったから、ヒオさんが家まで送ってくれた。 その間は、ヒオさん以外はどちらも喋らなかった。 といっても彼女ですら、言った内容は2つ。

 何か起こってからでは遅いから、このことは自分達以外の誰にも伝えないこと。 親も含めて。
 
 そして、状態確認がてら毎日自分の家に寄るようにということだった。
 
 ヒオさんが自分が困っていたから色々手伝ってもらっていたとうまく言い訳をつけてくれたから、お母さんも別に怒ることなく夕飯へと促してくれた。 暖かいご飯がいつも通りテーブルに並べられる。
 でも、どこか雲の上とかの異世界にいるような気持ちになってしまった私は、味まではいつも通りに感じられなかった。 いつも通りの「美味しい?」の声にも、生返事でしか答えられなかった。
 
 
 
 
 
 
 


 
 そして、次の日。 ヒオさんのお屋敷通い1日目。 このこともあるから、ユイと放課後に話せる時間はちょっと遅くなる。 それに、かなり彼女も落ち込んでいたし、まともに話せるのは当分先になる......そう思ってはいたんだけれど。
 

 「......別にユイまで来なくていいのに」
 「行かせてよ。 ダメだって言われてないし」
 「ユイまで怖い思いすること......」

 私は正直ユイをこの件から遠ざけたかった。 しかめっ面のままの彼女に対し、どうしても突き放すような態度になってしまう。 でも彼女はそれに応じる気はないようで、いきなりぐいっと詰め寄られた。

 「そこよノバラ。 ノバラがしっかり者で、自分で色々と解決したいと思うのはすっごい分かるよ。 というか、そこ尊敬してるけど......でも。
 なんか嫌なの。 これはノバラ1人で背負わせちゃいけない気がするの。 元凶は私だもの。 だからついてく」
 「ユイ」

 彼女はそう言って、一緒についていくことに拘っていた。こちらの手を絶対に離さなかった。 巻き込むことへの怖さは拭えなかったけど、正直心細い思いもなくはなかったから、隣に寄り添ってくれたのは、正直死ぬほど嬉しかった。
 
 「ほら、早く行かなきゃ怒られちゃうかもよ!」
 「......うん」
 
 ユイがこちらの手を引いて歩いていく中、私の目の辺りが熱くなってしまうほどに。



 
 
 
 
 
 
 そうやって、ユイと共に始まったお屋敷通い。 すぐに何か変化が起きるんじゃないかと怯えていたけれど、この頃は実に穏やかな日々が流れていた。 別に何の影響もなく、どこまでも穏やかだった。 最初は本当に諸々の確認だけだったけれど、時が経つにつれてヒオさんとの個人としての関わりも深くなってきていた。 たまに彼女に料理を教わることもあった。 特にシチューは絶品で、すぐに私の大好物になった。 私とユイの互いの親の帰りが遅くなる日は、ヒオさんによくシチューを作ってもらったものだった。
 
 「美味しい......」
 「んーヒオさんってお料理のプロなのかなぁ」
 「はは、それはないわよ。 でも嬉しいなら良かった。 ......でも、私シチューなんてハイカラなもの、全然作ったことなかったのよ?」
 「え? ならどうして」
 
 疑問に思った私は、真っ直ぐな質問を投げかける。
 
 「まずは基本に忠実に。 変に気取らずじっくり作る。 あとはベタだけど、真心ね」
 
 ヒオさんはそう言って、私達2人の頭を撫でてくれた。 しわがれていた手だけれど、とても暖かくて......真心というのは手に込められているのかとまで思ってしまった。
 
 



 
 
 
 
 
 
 なでなでによる真心が更に食欲を呼び寄せたのか、その日はかなり食べ過ぎてしまった。 お腹が一杯だから一度夜風に当たってみようと、満腹でダイニングに倒れるユイを差し置いて庭の方まで出てみた。 丁度今日は満月らしい。 1人でまったり月を見上げ、好きでよく着る白いワンピースがそよ風に揺れるのを感じるというのは、ささやかな特別感をこちらに与えてくれた。
 
 ......いや、1人、というわけではなかったようだ。
 
 「......ん」

 私は近くで何かが風を切る音が聞こえた。 規則的なスピードで、何度も何度も聞こえてくる。 自然現象ではなさげと察した私は、好奇心には抗えずその方向に近づいてみた。
 
 「......人だ」
 
 方向は、ちょっと広めの中庭。 ああ、確かにそこには人がいた。 何かの棒を振っている。 確か、薙刀というんだったか......? 脇目も振らずに乱れなくそれを振る男の人に、暫くの間私は目を奪われていた。 満月のよく似合う人だった。
 
 「ん?」
 
 訝しげな声。 勘付かれたと思い、私は近くの柱にひゅっと隠れる。 目を閉じて体を縮こめると、心臓の音がよく聞こえた。 見せ物じゃないって、怒られるだろうか。
 
 「......ふふ、別に怒りもしませんよ。 顔を出してください。 祖母から、貴方の話は聞いている」
 
 そろりと、柱から顔を出してみる。 そこにあったのは、月明かりに照らされた笑顔だった。 祖母って言うということは、ヒオさんの孫なのだろうか。 彼女に似て、誠実な人に思えた。
 
 「初めまして、ですかね。 魔狼の宿主さん......おっと、流石に本人の前でこれは不謹慎か、失礼。
 名前をお聞かせ願いますか? 祖母も名前は教えてくれなかったので」
 「あっ、えっと、ノバラって言います」
 
 緊張で少し口籠もるが、ちゃんと返すことができてほっとする。
 彼は私のことを少しの間見た後顔を背け、少し悔しげな声でこう言った。
 
 「......本当に、貴方みたいな少女が毒牙にかかるとは」
 
 その口調はどこか重々しいものだった。 今のところ実害はないから、正直毒牙にかかる、という実感は無かったけれど。
 気を取り直したように、彼もこちらに自己紹介をしてきた。
 

 「失礼。 私はヒサメといいます。 どうぞお見知り置きを」

 その時。 何かの変化を予感させる春のそよ風が、そっと横を通り過ぎていく気がした。

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