第21話:破壊の焔

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読了時間目安:8分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 電撃が1人の少年の身を引きちぎるように、獰猛(どうもう)に襲いかかった。
 耳をつんざく霹靂(へきれき)。
 もう1人の少年の目は、食い入るように惨劇を映している。目を背けたいのに、身体が動かない。

 執拗(しつよう)に少年を噛みちぎり、蝕む電流は、少年が地に崩れるとともに食べ尽くした獲物に飽き、消えていった。

「あ……あ……!」

 おぞましい光景に、心と体が凍りつく。声にならぬ声を上げて、“死の光線”から免れた少年は身体を起こす。気怠い身体を這うように動かして、完膚なきまでに傷ついた少年の元へと向かった。

「セ……セナ……」

 やっとの思いでたどり着き、声を絞り出した少年──ホノオは、自分をかばった少年──セナの名を呼び、そっと彼の身体に触れた。まだセナに残る電気が、ホノオを威嚇するようにパチリと音を立てた。

 ――ホノオは心のどこかで、こうなる予感がしていた。
 心が壊れたセナは、いつも自分の願いと真逆の行動をとってきた。だからきっと、セナだけでも逃げて欲しいという願いも、届くはずなどなかったのだが……。

「セナ……どうして……」

 行動は予測できていたが、行動原理がさっぱり分からない。あの日自分が放った言葉の行く末は、セナの中に複雑に渦巻いていて、もはや観測不可能で。それはひどく、寂しいことだった。
 焼け焦げて、潤いの失せたセナの肌を見ながら、ホノオは壊れたように、ただ何度も名前を呼びかける。セナはかろうじて息はしているものの、それ以上のことをする体力などなさそうだった。

「ガハハハ! ついに1匹しとめたぞ! 報酬は俺らのものだ!」

 エレキブルが下品な大声で笑いながら、セナとホノオに近寄ってくる。

「報、酬……?」

 ホノオは訳が分からず、エレキブルの言葉を復唱する。自分たちが命を狙われているのは、世界を守るという名目ではなかったのか。

「ああ、報酬。お前らを殺したら、スイクンやホウオウからいいもんが貰えるんだよ」
「世界を救うため――。そんな綺麗事みてぇな動機で、殺しなんて汚い仕事ができる奴なんて、そういねぇ。汚い仕事には汚い動機を与えるのが、愚民を操る鉄則だ。さすが、伝説のポケモン様は頭がいい」

 レントラーとサンダースが、大人の事情を子供のホノオに言い聞かせる。
 ――“世界を救うため”と言われて、人間からポケモンになったはずなのに。いつの間にか平穏な日々は終わりを告げて、命を狙われる毎日がやってきた。セナと励まし合いながら辛い旅を続けてきたが、ポケモンたちの敵意に呑まれ、心を乱され、喧嘩して。仲間であるはずの互いを――この世界の最後の味方すらを信頼できなくなって。敵に襲われることを憤るのを、いつしかホノオもやめてしまった。理不尽な困難を、“敵には敵の正義がある”と、無理やり納得しようとしていた。
 ホノオが心身を傷つけて積み上げてきた理不尽との戦闘が、ガラガラと音を立てて崩れようとしていた。怒りや憎しみを押し殺して戦う意味が、もう、分からなくなった。

「報酬……。セナの命は、お前たちの金になるのか? オレらの命は、お前たちの利益のために……?」

 ホノオの乾ききった声に、大人の正論が悪びれずに重なる。

「まあ、そんなところだ。もっとも、お前たちの命はガイアにいらない存在だからな。俺たちは熱心に自分の利益を求めた結果、ガイアを救うこともできるって訳だ。上手くできたシステムだろう?」
「ふざけんな」

 エレキブルの言葉を叩きつけるように、ホノオは低い声で威圧する。
 ふつふつと沸き上がる憎しみが、心と体に満ちてゆく。
 ――敵ポケモンたちに罵声を浴びながらも、痛めつけられながらも、今まで1匹たりとも敵を殺さなかった。セナが必死に、心を壊してまでも、オレの殺意を止めてくれた。だから、ギリギリのところで踏ん張れていたのだが……。こんな腐った動機の奴に、そのような慈悲を向けてやる筋合いなどない。

 憎い。
 憎い。
 憎い。
 ――殺してやる。

「安心しろ。すぐにお前も、お友達に会えるからよ」

 サンダースの言葉で再び“充電”を始めたボルトの3人だが、直後、状況の異変に怯んでしまう。

 セナの青いバッグの中から、“ホーリークリスタ”がふわりとホノオに向かってくる。それはかつて、セナが勇者の証として授かったときのような、透き通った水色ではなくて。深紅に染まった水晶の中に、刺々しい真っ黒な――悪魔のような羽根が入っていた。
 ホノオの憎しみに共鳴するように、それは不穏な光を放つ。ホノオに手に取って欲しそうに、目の前にじっと浮かんだ。

「……」

 ホノオは躊躇いなく水晶に手を伸ばし、そっと手をふれる。すると――水晶からホノオへと、血塗られた光が乗りうつる。

「な、なんだ……?」

 この状況は、明らかにまずい。第六感が警鐘を鳴らしている。だからこそ、エレキブルは場違いな間抜けな声を出した。そうするしか、なかった。
 憎悪の光をホノオに移した水晶は、コトリと音を立てて地面に落ちた。

「……ね……。しね……。死ねッ!!」

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 怒号が空気を震わせ、ボルトの3人は戦慄(せんりつ)を覚えた。
 真っ赤なオーラが全身からあふれ出し、瞳はどす黒い血色の光に支配されている。鬼のような憤怒の形相からは、少年ホノオの面影が感じられなかった。得体のしれぬ力によって、身体は殺戮に最適化されたようで、主人の怪我も体調不良も容易く癒してゆく。それだけでは飽き足らず、力を発揮できる獲物に飢えていた。

「なっ、何のつもりだ……?」

 虚勢を張ろうと絞り出したエレキブルの声も、もはや掠れていた。
 ホノオは3匹の獲物に笑いかける。瞳の憎悪は一切薄れずに、口元だけをニタっと不気味につり上げる――歪な笑みだった。

「“破壊の焔(ホノオ)”」

 声を重く響かせ、ホノオは死の宣告。スッと左手を“ボルト”の3人に向けると――その小さな手のひらから、轟音とともに火柱が噴き出した。
 エレキブルたち――ボルトの3人が“それ”を見たのは、ほんの一瞬。地獄の業火の熱を感じ“られた”のもまた、ほんの一瞬。

 ひどい熱だった。魂が追い出された3つの身体から灼熱の湯気や水蒸気が弾け、皮膚を食い破ったのだから。

「はは……ははははは……! なぁんだ。もっと……もっと早く、こうすりゃ良かったんだ!!」

 狂気の高笑いの後に、ホノオはさらに左手に力を込める。二度と見たくない存在を、跡形もなく消し去るために。

 ひどい熱だった。白い煙は灰色になり、やがて黒色と化し、生き物は完全なるモノへと、変わり果ててしまったのだから――。


 憎悪が目的を果たすと、ホノオの全身の赤い光が静かに消える。左手の焔も、静かに消える。ようやくホノオは、感情の主導権を握っている感覚を取り戻した。目の前に広がる有様を、傍観する。

 もくもくと立ち込める煙。それは徐々に晴れるが、前を見てもなにもない。
 ――否。目を凝らすと、地面には輝きの失せた黒色。所々に、砕けた白色の破片が混じっている。
 黄色や青の体毛に、真っ赤な体液。敵の肉体。それが、モノクローム──“こうなった”のだ。

「え……」

 徐々に分かり始めた。自分は“傍観者”ではないと。

「嘘……だろ?」

 そして分かった。自分が“当事者”なのだと。

 頭と心臓と足と……。あらゆる部位が、重い。
 エレキブルとレントラーとサンダースと……。幾多の罪が、命が、重い。

 小さく震えながら、大きく戦慄しながら、ホノオは小さく呟いた。

 “破壊の、ホノオ”。

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