Box.26 Friend―友達―

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読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 賭けるものさえあれば、来る者拒まず。
 ゴートのカジノには人間だけなく、数は多くないがポケモンも興じている。リーシャンはリクと離ればなれになった後、ツキネのムシャーナの勧めでカジノに参加していた。〝街の存在自体は知っていた〟が、この街に来ることも、カジノに出入りすることも初めてだった。

 ミナモシティでの事件の後、リクは積極的にリーシャンについて調べようとしなかった。だからリーシャンの出身地さえ知らなかったし、それは責められない。ウミが生きていて無事である可能性を見つけようと、必死になって街の人びとに訊いて回っていたことは、リーシャンも知っている。人びとは答えをはぐらかした。予想される結果を告げれば、壊れてしまいそうな目をしていたからだ。そうでなくてもリク自身、どこかで予想はついていたのだろう。問いの言葉は減り、決して事件のあった洞窟には近づかず、海ばかり眺めていた。リクは自分を許さなかったし、事件を忘れたりしなかった。それはリーシャンも同じで、最後の約束を忘れなかった。

(「リクを守って。アチャモは、なんとかするから」)

 ウミの生死は、リーシャンにも分からない。

(「大丈夫、大丈夫だよ。きっと迎えに行くから、待ってて」)

 待つには、少し長かった。
 アクア団もマグマ団も解体したと知って、彼のあの後を想像して、今何処にいるのだろうと思って、迎えに行けば良かったと思った。また置いて行かれるのかしらと思いながら、また此処で待っている。次は、いつまで待ったらいいのだろう。一番最初の迎えさえまだ来ないのに。
 あの事件でリクが気絶した後の顛末である。少年達は捕まり、赤い服の男がやってきた。

(「子供相手といえど、このマツブサの計画は狂ってはいけない。……しかしアチャモは惜しいな。それ以外は、始末しておくように」)

 そう言った男は、アチャモを連れて行ってしまった。ウミはリーシャンにそっと囁いた。

(「僕が気を引くから、その間にリクを連れて逃げて」)

 ウミが突然声をあげて、赤い服の人間達皆がそちらを向いた。リーシャンはリクを連れて逃げ出した。

 あの時、振り返れば良かったかもしれないとは今でも思っている。そうして、今もまた。
 ふよふよと落ち着かず、今にもリクに会いに飛び出しそうなリーシャンを説き伏せたのはツキネだった。(「心配せずとも、モブはピンピンしているのです。それより、お前が此処を出ていく方が危険なのです」)ツキネ自身にとっても、管轄のスカイハイにリーシャンがいる方が安心だった。
 ムシャーナが戸惑うリーシャンに勧めたのはカジノだった。怒ったり歓んだりする人間達を見ているのも楽しいし、気前の良い客が戯れにお小遣いをくれる。それで遊べば良い。交換所のお姉さんにチップを持って行けば、ポケモン用のお菓子や玩具もくれる。当然だがトレーナーに役立つアイテムもあるらしい。気を紛らわせるものならば、カジノでもなんでも良かった。

「おっリーシャンか。珍しいな! お賽銭だとっておけ!」

 大勝したのか笑いの止まらない客の傍にいくと、気前よく口にチップがねじ込まれた。客はワインボトルをラッパ飲みし両手を合わせた。「神様仏様テセウス様……運を分けてくださり感謝致します……」3秒ほど祈った後、交換所へ直行した。詰め込まれたチップにもごもごしているリーシャンへ、ポケモンサイズの肩掛けポーチがバニーガールから差し出される。「ポーチに入りきらなくなったら、別の場所に仕舞ってあげるから言って頂戴ね」酔っ払いや陽気な客、カジノ狂いの囃し声。「まーた畜生が一匹加わったか」「おっこれはニンゲン様発言」「毛猿と一緒にうっきっき!」テーブル上の小猿が尻尾を叩いた。斜めがけした風呂敷がじゃらじゃら鳴る。テーブルがドッと沸いた。「ご機嫌だねぇゲイシャ!」紫の毛並みに大きな尻尾、小賢しい目つきのポケモン――エイパムが自身の風呂敷に尻尾を突っ込んだ。一枚二枚と、取り出したチップを積み上げ、ずいっと前に押し出す。参加者の一人が口笛を吹いた。「コイツ、生意気にもレイズ(上乗せ)だってよ!」馬鹿笑いがそこかしこで上がった。

 〝ゲイシャ〟は、カジノに興じる数少ないポケモンの一匹だった。テーブルで堂々と参加する姿を横目に、リーシャンはテーブルスペースを離れてスロットコーナーへと飛んだ。こちらは静かだ。筐体同様にコチンコチンに姿勢を固定させた客が、目玉だけ上下運動させている。チップを入れてレバーを引いて、此処だと思えばボタンを押す。押したタイミングと止まったタイミングが噛み合わないのはご愛敬。一通り観察し、やり方を学んだリーシャンはスロットを回した。

 1回目。ソルロック、炎の石、黒いモンスターボール。外れ。
 2回目。ピーチ、ピカチュウ、リプレイ。斜めにリプレイが揃った。もう一回遊べる。
 3回目。謎のポケモンのマークが3つ揃った。受け取り口からチップがわんさか飛び出した。

 大当たりのマークをリーシャンはじっと見つめた。四つ足に強面のポケモン……のように見える。あまりリアルではなく、ドットで簡略化されたマークだ。リーシャンの記憶に該当するポケモンの姿はない。

 その日稼いだチップはポーチに収まりきらなかった。バニーガールが一緒に交換所に持って行ってくれた。「欲しい景品はある?」リクの喜ぶ顔を思い浮かべながら、リ-シャンは景品一覧に目を通す。技マシン、不思議なアメ、強制ギプス等々。写真と説明つきの冊子を一生懸命見るリーシャンに、モーモーミルクが振る舞われる。読書家で勉強家だったウミと一緒に、いろんな事を学んだ。
 もっとも彼はリーシャンについて、〝ある事〟だけは長いこと勘違いしたままだったが。それをリクに指摘され、ウミがびっくりした顔をしたのを覚えている。リクとの数少ない共通点のひとつは、親がポケモンの研究者であること。たくさんの相違点の一つは、親子関係の違い。ウミの父親は彼に、〝将来を見据えて〟みずポケモンを持たせたかった。ウミはそれが嫌だった。どうしても別の道を歩きたかった。

(「僕は君と、友達になりたいんだ」)

 彼はきっと、男友達が欲しかったのだろう。父親が繰り返し言っていた言葉を気にして、いつも一人でいた。

(「くだらない遊びをしている暇があるのか。お前はいずれジムリーダーになるんだ。もっと必死になって頑張らないとなれないんだぞ!」)

 冊子に目を通す。一緒に勉強をしたお陰で、大抵は知っている道具だった。が、初めて見るものもあり、勉強していたときの癖で、真剣に説明文を読んだ。『レッドカード:攻撃してきた相手を強制退場させることが出来る』その時、サッと冊子が奪われた。

「リ!?」
「ききっ!」

 テーブルにいたエイパムだ。まだ読み途中なんだから返して、と訴えたリーシャンに、エイパムはうきゃきゃと笑って背中に隠してしまった。積み上がったリーシャンのチップを指さす。今度はテーブルで遊ぼう。ポーカー? バカラ? ブラックジャック? なんだって良いよ。リーシャンはチラリとエイパムの風呂敷を窺った。先ほどより膨れ上がっている。首を横に振った。カジノは好きじゃない。エイパムは不満げだった。だったらなんでここにいるのさ? 君も質屋に突っ込まれたのかい? リーシャンが目を丸くする。まさか。迎えに来るのを待ってるだけだよ。今度はエイパムが目を丸くする番だった。

 あっはっは! やっぱり質に入れられたんじゃないか! 良いよ良いよ。それ以上言わなくてもいい。その内分かる事だ! 君、待つなんて無意味なことは止めなさい。表向きじゃあ禁止してるけど、隠れて質にポケモンをぶち込む奴なんてごまんといる。此処はそういう場所だ。でも、ポケモンだけでやってくなら良い場所だ。金さえあればなんでも出来る。ボールマーカーがついているから捕獲されることもないし、トレーナーと一緒に空きっ腹を抱えることも、勝手な指示に従う必要もない。今は分からないだろうけど、ほどなく真実を知って、僕の言葉を思い出すだろう。僕はいつだって君を快く迎え入れるつもりだから安心してくれたまえ。なぁ〝レディ〟

 リーシャンはポカーンとした。エイパムが「僕は全部承知しているよ人生の先輩だからね」という顔でリーシャンの背中を叩く。親切そうに冊子を返し、次は色よい返事を期待しているよ、と気取った様子で背を向けた。リクが迎えに来ない。それは、ウミの時と同じ不安を喚起させた。リーシャンはふよふよと不安そうに冊子を持って浮遊し、最終的にチップをほとんど使って、元気の塊に交換した。

 他にやることもなかったので、来る日も来る日もカジノへ足を運び、せっせとチップを貯め込む。そうして日が過ぎる。そうして気を紛らわせる。衣食住には困らなかった。リーシャンはカジノ客ではなく、れっきとしたツキネの客だ。当然扱いもそれなりだったし、エイパムはエイパムで、あの日以来ちょくちょく声をかけてきた。いつリーシャンが捨てられたことに気がつくのか、気になって仕方がないようだった。かなり前からカジノに住み着いているらしい。どうして此処に? トレーナーは? リーシャンが尋ねると言葉を濁した。そんな事はどうだって良いだろう。馬鹿な人間達から巻き上げるのが楽しくているだけさ。それより、他の話をしよう。訊いてもいない話になると、くるくると口が回る。ゴートとサイカは前ジムリーダー時代から犬猿の仲だとか、あのディーラーは最近男が出来たらしいとか、チャンピオンを素っ裸に剥いてやった事もあるとか。どうでも良いことから眉唾っぽい話まで、話題の種はいくらでもあるらしい。物凄く先輩風を吹かし、いかにも頼って欲しそうにあれこれ世話を焼いてくるエイパムに、せっかくなのでとスロットの謎のポケモンについて訊いた。すると目をパチクリさせ、君、変な事を気にするね、と言った。大当たりを出すコツとか、もっと実生活に役立つことを気にした方が良いよ、と自身の話題を棚に上げた前置きをして、エイパムは謎のポケモンについての神話を語った。





 かつて、テセウスという若者がいた。
 ずる賢く欲深で、いつも人より良いものを手に入れたいと願っていた。
 ある日テセウスに、一匹のポケモンがこう言った。
 
「人間は哀れだ。貴方達は火を持たない」

 怒ったテセウスはポケモンを殺してしまった。
 しかし、ポケモンの言葉も一理あると考えた。火を持っているのは神であるプロメウだけだ。テセウスはなんとかして、その火を手にしたいと思った。森を越え海を越え山を越え、プロメウに頼んだ。

「プロメウよ、貴方の火を分けて欲しい。正しく使うと約束しよう」
「テセウス、それはいけません。火は神のもの。人間の手には余るものです」

 テセウスは何度となくプロメウに頼んだが、プロメウの返事はいつも同じものだった。そこでテセウスは、殺してしまったポケモンの死体を見せ、泣いて縋った。
 
「私の友をどうしても甦らせたいのだ。どうか火を貸して欲しい」

 涙に心を打たれたプロメウは、とうとう火をテセウスに貸してしまった。
 火を受け取ると、テセウスは風のように逃げ去った。
 森を越え海を越え山を越え、火を我が物にしようと走り抜けた。
 森が燃え海が燃え山が燃え大地が燃え空が燃え、人もポケモンも皆燃えた。
 自らも火に焼かれるテセウスに、死体となったポケモンが謳う。
 
「馬鹿なテセウス、愚かなテセウス。火は神のものだというのに、自分の力を過信した」 

 ラチナを焼き尽くす火に、現れたのはプロメウであった。

「哀れなテセウス、愚かなテセウス。地下へと貴方を封じましょう。ラチナの大地の奥深く、何も焼くことのないように」

 かくしてテセウスは封じられ、プロメウは空へと去った。
 今でもテセウスは、ラチナの大地の奥深く、己の罪が許される日を待っている。





 その人間がポケモンに姿を変えたのが、そいつだ。エイパムは謎のポケモンのマークを指して締めくくった。リーシャンは「テセウス様」と祈っていた人間を思い出し、どうして悪党を崇めるのか問いかけた。エイパムは言った。テセウスは最後には封印されたが、ずる賢く立ち回って火を手に入れた。ゴートではむしろ、ずる賢く相手を蹴落とす性根が歓迎されるのさ。だから君ももう少し、テセウスを見習った方が良い。エイパムはニヤリとした。リーシャンはスロットの謎のポケモン・テセウスのマークを見ながら言う。でも君は親切で優しいし、リーシャンの事を蹴落としたりしないけど、此処で上手くやっているよね。それに、リーシャンの事を凄く心配してくれる。エイパムは虚を突かれたようだった。僕はそうかもしれないけど、他の奴はそうじゃない。君はノー天気過ぎるよ。捲し立てるエイパムの耳が、ほんのりと赤く染まっていた。はいはい、と苦笑いしてリーシャンはスロットを回した。

 1回目。ルナトーン、黒いモンスターボール、リプレイ。外れ。
 2回目。リプレイ、リプレイ、リプレイ。もう一回遊べる。
 3回目。テセウス、ピーチ、炎の石。外れ。次は揃いそうな気がする。
 4回目。テセウス、ルナトーン、黒いモンスターボール。斜めにテセウスが揃った!
 ガツン!!

「リッ!?」

 筐体が大きく揺れ、チップが軋みながら吐き出される。反対方向の客が筐体を強く蹴ったのだ。奇声が上がる。別の客が「うるせーぞバシャーモ!!」と怒鳴った。
 なんて態度の悪い客だ! 此処は先輩の僕がひとつ、ビシッと注意してくるよ! 止める間もなく、エイパムが筐体の反対側へひらりと身を翻した。おい君! スロットを蹴るなんて言語道断! 反対側のレディが怪我をしたらどうするつもりだったんだ! うきゃうきゃと興奮気味なエイパムの鳴き声。なんですかアナタは! オレは! 今! とてもイライラしているんです! 放っておいてください!! 涙声で相手が怒鳴った。今の今まで会話すらしたことがなかったはずの相手の鳴き声に、リーシャンは妙な懐かしさを覚えた。浮遊して筐体の上部に載り、相手を視界に入れる。
 目が合った。すらりと高い背に、泣きべそを掻いている情けない顔、強そうな青い炎を吹きだして興奮しているのに、筐体に齧りついて途方に暮れている。やはり見覚えのないポケモン(そもそもバシャーモの知り合い自体いない事に思い当たった)で、あちらは覚えがあるかと思えば、覗き込んでいるリーシャンを見て、目を細め、首を傾げ――……なんか用ですか、と問い返される始末だった。
 いいえ、なんだか、知り合いの声に似ていた気がしたんだけど……気のせいだったみたい。リーシャンが苦笑いすると、バシャーモは目を丸くした。オレもなんだか、思い出しそうです。会ったことがあるような……ごめんなさい、オレあんまり記憶力良くなくて。ここ最近は、特に忘れっぽくて。ウミの事は絶対忘れないんだけど……。思い出せないらしい。互いに、覚えがあるような気はするのだが、あと少しで噛み合わない。リーシャンが言った。海が好きなのね。バシャーモはにっこりした。はい。大好きです。エイパムが半眼で割り込んだ。僕をのけ者にしないでくれるかな君たち。

 事情はよく分からないけど、筐体を蹴るのは良くないと思う。リーシャンが諭すと、バシャーモはうなだれ、気をつけます、と頷いた。肩を落とし、すごすごと帰っていく。今日は、今日は調子が悪いです。明日また頑張ります。明日こそは、ジムリーダーさんに会いに行きます。
 その背を見送って、ジムリーダーさん? とエイパムに尋ねる。ぶすっとした顔をしていたが、答えてくれた。

 ――ツキネだよ。あぁ思いだした。アイツ、捕虜のポケモンだ。ツキネは甘いから自由を許してるんだろうけど、僕は甘くないぞ。

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