第23話・隠しごと

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読了時間目安:33分
 夜、山に登るな

 僕の住む街にはそんな言い伝えがある。もっとも、何故夜にだけ山に入ってはいけないのか理由は定かではない。しかしここに住む大人達は揃って子供達にそう教え込んでいるのだ。夜に山に入ってはいけない、恐ろしい目に遭うから、絶対に入ってはいけない、と。その山というのは僕の住む街の近くにある山のことだ。

「ねえ、ほんとに行くの?」
「何言ってんだ、山でなんか見つけたら俺らたちまち有名になれるんだぜ?」

 この山にまつわる不思議な言い伝え。それを破って今夜、山に登ろうとしているのだ。夜に山に登ってはいけないという言い伝え、何故登ってはいけないのか大人達は詳しい事を教えてくれない。きっと大人達だけで秘密裏に何かやっているのだと僕の友達である彼はそう睨んでいるのだ。ただ、1匹だけだと心細いからついて来いと言ってきたのだ。
 今居るのは街の外れにある山の入り口。それぞれ持参してきた懐中電灯を手に持っていたが夜の暗闇を照らすには心許ない光だった。ここまで友達に付き合って来てしまった以上後戻りはできない。もちろんのこと言い伝えを破って入ってしまうということに対しての罪悪感や恐怖もあったが友達と同様、山に何があるのか興味を示している自分が居たのは否定出来なかった。僕らは夜の山の中に入って行った。

 友達は昼に一度下調べ程度に山に入ったそうなのだが、僕はこの山自体登るのが初めてなものだから途中暗闇で見えない木の根に引っかかって転びそうになったりしていた。
 どのくらい登ったか分からなくなったある時、目の前を歩いていた友達が急に足を止めた。

「なあ、なんか聞こえないか?」

 友達が突然そう言い出した。耳を澄まして辺りを見回してみる。最初は友達の気のせいだと思っていたのだが確かに微かにだが何か音が聞こえてきていた。歌声のような不思議な感じの音だった。耳を塞いでみるもその音は直接脳内に響いているかのように聞こえて来ていた。ここまで特に何も無かっただけにその謎の音のせいで急に恐怖感が増したような感覚だった。恐怖に駆られる一方、友達の方はこの音がなんなのかという興味の方が優っていた様子だった。友達に続き、引き続き山の奥の方へと進んでいく。そしてまたしばらく登った時、またしても友達が足を止めた。何かを見つけた様子だった。友達が懐中電灯で示している所を見てみる。石段と木材で作られたような小さな小屋のような建物。祠だった。
 夜に登ってはいけないというだけであって昼の間なら登っても問題はない。だから昼間の明るい内に事前に山を登るルートを確認していたらしいんだけど、友達が言うにはこんな物昼間にはなかったというのだ。きっとこれが大人達が隠している物に違いない。友達はそう確信し、祠の方へ1匹で歩み寄って行った。何故昼間なかった物があるのか、大人達が夜の間にだけ持ち込んできたのか、それとも昼間は見えないように魔法がかけられているのか、どちらにしてもヤバそうな物には違いない。そう思い僕は止めようとしたけど、友達は聞く耳を持ってはくれなかった。勢いよく祠の扉を開ける。しかしそこに何があったのか僕の方からは友達が遮蔽していてよく見えなかった。けど外装に似つかわしくないほどの広さであったことだけは僕の方からでも確認できた。祠の中から何かが出てくる様子も無ければ友達も慌てる様子がない所を見るに多分何も無かったんだろう。そう思い、帰ろうと友達を呼んだ。けど返事がない。ずっと祠の中の方に身体を向けていた。
 不意に友達が何かを発した声が聞こえた。けど小さくて何を言っているのは聞き取れなかった。依然と頭の中に響くような歌声が聞こえてきていた。

「………ハ…」
「…え…?な、何…?」
「………ハ……レ…」

ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタ

 ――ネエ キミモイッショニナロウヨ

 あるはずのない祠、急におかしくなった友達、頭に響いてくる謎の歌声、もう何がなんだか分からなかった。起こること全てが理解の範疇を凌駕していた。けど、この場所に居てはならない。そう僕の第六感が呼びかけていた。必死になって走った。山の出口に向かって無我夢中で走った。背後から恐ろしく強大な何かが駆ける足音のようなものが聞こえた。友達1匹だけじゃない、大量の何かが追いかけてきているような感覚だった。
 そこから先は覚えていない。気づいた時には自分のベッドの中に居た。息切れが激しい。寝床は冷や汗でびっしょりと濡れていた。窓の方を見てみる。カーテンからは朝の日差しが漏れ出していた。あれは夢だったのか。そうだ、夢だったんだ。夢でよかった。恐怖から一転、溢れ出るような喜びを大いに感じていた。











 ――ヤット イッショニナレルネ


 聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。





 ――次のニュースです。
 今朝、住宅街に悲鳴が聞こえたと保安官に通報が入りました。保安官が通報の入った家を調査しようとしたところ、その家には誰も居なかったとのことです。調べによりますと、元々その家には10代の雄のポケモンが住んでいたとのことですが、今日の未明より所在が分からなくなっているとのことです。保安官は行方不明者として捜査を進めています。




 山には不思議な力がある
 それはポケモンが静まる夜に動き出す
 ポケモンならざる者がそこに集まる

 だから、夜、山に登るな
 山に魅入られるから――



* * *



「ケイト、前が見えん、邪魔、あと重い」

 ここはトライタウンの郊外、山の麓にあるバクダスがお化け屋敷を開くのに使っていた屋敷。そんな屋敷の一室にチームトライとバクダスの姿があった。ケイトはというと、ガタガタと震え涙目になりながらトトの正面に張り付いていた。様子を見るに何かに怖がっている様だった。ケイトと同じくロイドも怖がってアルトの後ろに隠れてしまっていた。その様子にトトは呆れを見せ、アルトは苦笑いを見せていた。

「ほら、ロイド君も、もう大丈夫ですから」
「なんダスか?トト氏等が最近暑いって言うダスから小生渾身の新鮮な怖ーい話で涼ませてあげようとしたんダスよ?」

 事の発端はこうだ。夏も後半に差し掛かった残暑、トライタウンは尋常じゃないほど暑さに見舞われた。そんな中、暑い暑いと言いながら商店街でおつかいをしていたトト達にバクダスが小生のとっておきのもので涼ませてあげるダスとか言ってきたのだ。暑さに耐えられないトト達はバクダスの言葉を信じて山の近くに建つ夏祭りの時にお化け屋敷を開いていた屋敷で今こうして怖い話を聞いていたという事だ。正直、自称怪異研究家でちょっとサディスト味のあるバクダスのことだから夏の定番である怖い話を聞かされて怖がらせにくるだろうことは予想付いていたが。

「いや、まあ、俺とアルトは平気だとしてもこいつらには刺激が強すぎだったんじゃないか?」
「そうダスかぁ〜?デュフフフ、それは良かったダス」

 いつもの独特な笑い声で仮面の奥が震えるのが見える。何が良かったのかは知らないがバクダス的には怖がらせることに成功したようで満足だそうだ。

「いやはや、こんなすんっばらしい話があったことを今のいままで知らなかったと思うと、小生このお話ちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいダス…ウウッ」

 いつもつけてる仮面みたいやつのせいで泣いてるのか泣いてないのか分からないが、このポケモンやっぱりちょっと、というより大分ヤバイんだなということを改めて思えたトトだった。けどまあ確かに暑いのは吹っ飛んだような気はする。

「そんじゃ早いとこ旅館に帰ろうぜ」

 バクダスに誘われる直前にアカネさんに頼まれていたおつかいは終わらせていたため、ここに来たのは完全に寄り道である。今思えばここまで来る労力は果たして必要だったのかと疑問に思う。ここに来てバクダスの話で涼むより、旅館に帰って自分たちの部屋で涼んだ方がよっぽど効率がよかったのではないかとも思う。まあ怖い話が聞けただけ良しとしておこう。そんなことを頭の片隅で思いつつトト達は旅館を目指して広場までやって来た。
 ちらほらとポケモンが行き来する姿も見えるがやはりいつもよりポケモンの数は少なかった。むしむしした熱波が容赦無く地面へと降り注ぐ。あまりの暑さに奥の風景すらも歪んで見えた。そんな地獄の業火の様な広場に見知らぬポケモンが立っていた。刺々しい背中、肩には白いタオルの様なものをぶら下げていた。

「あっ…!」

 突然ケイトがそう叫んだ。それに気づいたのか、そこにいた見知らぬポケモンがこちらの方を見つめてきた。しかし、ただ見つめてきただけではなく、とても恐ろしい形相でこちらの方を睨み付けていた。それは今にも噴火しそうな火山の様子だった。

「見つけたぞケイト」
「なんだ?ケイト、知り合いか?」
「あっ…あ……い、いや………」

 ケイトもケイトで様子がおかしかった。腰が抜け、声にならないような声を上げながらその場から駆け出そうとしていた。目の前にいたポケモンに背中を見せる。その瞬間、トト達の目の前に風を切るかのような素早い何かが通り過ぎていった。ツタだった。目の前にいたポケモンから放たれたツタがケイトに向かって伸びていった。ツタは一瞬のうちにケイトに絡みついてしまった。

「テメェ!ケイトに何しやがるッ!!」

 怒りでそのポケモンに向かって特大の炎魔法をお見舞いしようとしたトト。しかしトトの魔法が放たれることはなかった。魔法を放とうと詠唱を行おうとした一瞬の隙を取られトト達もケイトと同じツタに絡みつかれてしまった。ツタから抜け出そうとするもトト達の子供ながらの腕力では到底抜けきれないほどの力で締め付けられてしまっていた。
 ケイトを掴んだツタがそのポケモンの方に引き寄せられていく。

「さあ、わしんとこに帰るんじゃ!」
「や、やだッ!とぉとのとこには帰りたくない!!」
「話が聞けんのかッ!!!」

 ポケモンの怒号が響く。それと同時に締め付けはさらに強さを増し、ぎしぎしとキツい音とともに苦しむケイトの声が聞こえて来る。もがこうにも身動きが封じられているせいで魔法詠唱もできなければ技を放とうにもここからではあのポケモンに当てることは不可能に近かった。このままではケイトが…。そう思うもトト達は何もできずにいた。その時だった。

「デュラン!」

 聞き覚えのある声が響いた。エルとモラドだった。様子を知り旅館の方から駆けつけてきたようだ。2匹の姿を見てデュランと呼ばれたそのポケモンは眉をひそめた様子だった。

「おいデュラン、ケイト達を離せ」

 低く尖ったような声。険悪な表情を浮かべながらデュランと呼んだブリガロンの方を睨み付けていた。こんなエルさん初めて見たかもしれない。そう思うほどにエルの様子は異常だった。そしてその風貌はモラドもだった。それぞれ、ピリピリと電気が流れそうなほどの空気が漂っていた。

「ふんッ!やっぱりお前等絡みか」
「これ以上の騒ぎは警察沙汰になる。お前だってそこまでしたくは無い筈だ」
「……チッ」

 不意に身体のツタが緩み、足が地面につく。先ほど強く拘束されたケイトは咳き込んで地面に倒れ込んでしまった。そばに寄り様子を見てみる。意識はあるものの息が荒い。身体にツタで締め付けられた跡が残っているところを見るにかなりキツく拘束されていたようだった。
 そんなトト達の心配を差し置いてデュランはツタを器用に操り地面に叩きつけ高く跳び上がるとそのまま街の外れの方に向かって去っていってしまった。

「おい待て!」

 そう叫びながら、エルはデュランが去っていった街の郊外、青々と燃える木々が鬱蒼としている森の方へ向かっていった。

「トト達はケイトを連れて旅館の方へ行っててくれ」

 旅館の方で女将さんであるアカネさんが待っていてくれている筈だ。モラドはそう言い残し、エルの後を追っていった。


 デュランを追っているうちにマナの宿る木々が鬱蒼と生い茂るヤドリギの森へと入っていった。マナを宿した木々が淡い光を帯びて辺りを照らす幻想的な風景、しかし今はその景観を見ている余裕はなかった。木漏れ日が差す少し拓けた場所、デュランはそこで立ち止まった。デュランとは違い走って追いかけてきた2匹は少し息を切らしていた。街のような賑やかな空気はなく、自然に満ちた静かな空気が両者の間に漂っていた。息を落ち着かせ、デュランの方に歩み寄る。

「デュラン、お前…」

 デュランは何も言わなかった。ただ、トゲトゲしい背中を向け決してこちらに顔を見せようとはしなかった。

「お前がケイトんことを気にかけるのは分かるが、そろそろお前も認めてあげたらどうなんだ?」
「お前等、わしに何があったんか知ってて口利いとるんか?」
「俺達だってそこについては理解しているつもりだ。だからといってあのやり方は無いだろう。手荒過ぎだ」

 モラドの言う通り、さっきの騒ぎのような乱暴な方法では幾らケイトを連れ返したところでまた脱走するに決まっている。その度に街でさっきのような騒ぎを起こされては街の連中も溜まったもんじゃない。そんな問題、街のジバコイル保安官が野放しにするはずがない。最悪、お尋ね者として指名手配されてしまうことだってあるはずだ。そう説得してもデュランが折れる様子は微塵もなかった。

「どうするエル、このままだったら一向に折れてくれないぞ」
「そうだなぁ…」

 このまま2匹で説得し続けてもデュランが折れてくれる事はないだろう。それは長年のデュランとの付き合いで分かることだった。だからといってこのままデュランを放っておいてもまたさっきの騒ぎのようなことをしでかしかねない。ならここはあの方法で行くしかない。

「なぁデュラン。ケイトを連れ返したい気持ちは分かった。けどさっきみたいなやり方じゃあダメだ。ここはリーダー同士で決め合ったらどうだ?もちろん“話し合い”でな」


* * *


「ケイト!大丈夫か?!」
「う、うん…なんとか…」

 旅館カミナリの一室。ケイトはトト達が寝泊まりしている部屋のベットの上に座り込んでいた。先程まで話ができないほどの重体であったが、トト達の看病でなんとか無事なようであった。しかし、まだ完全体とは言えず所々受けたダメージで余り動けはしない様子だった。

「よかったわ、ケイトちゃんが無事で」

 アカネもケイトのことを心配してトト達と一緒に面倒を見てくれていた。倒れたケイトを旅館に運び込んできた時、すぐに手当の準備をしてくれたのであった。
 無事な様子で安心したトトだったが、すぐさまケイトのことを襲ってきたポケモンのことを思い出したのであった。

「……そうだ!あのポケモン、あのポケモンはなんだったんだ?!」
「…あ、あのポケモン…ケイトのこと狙ってたみたいだったけど…」
「あ…え……うッ、あ……」

 先程あのポケモンと遭遇した時にようにケイトの言葉はあやふやになってしまっていた。言葉を出そうにも出せないというよりは、どこか出したくない、言いたくないと思わせるような様子にも見えた。

「うわわぁぁんッ!!とぉとが……デュランとぉとがぁぁ……ッ!!」

 突然、言葉を絞り出したかと思うと突然泣き出しアカネの方に飛びついてきたのだった。洪水のようにコントロール不能な程の泣き様であった。突然のケイトのその行動の意味をトトはおろか、アルトやロイドも理解できていなかった。しかしアカネだけは泣きついてきたケイトのことを優しく宥めるかのように頭の方を撫でていた。

「…そうだったのね…とても怖かったでしょう?でも大丈夫よ。ここには私もいるしトトちゃん達だっているんだから」
「うぅ…」

 とても優しく、落ち着くの声だった。その声はケイトだけでなくそばで聞いていたトト達も届いていた。その声は決して表面上だけの言葉ではなく、心からケイトのことを心配し、慰めようとしてくれているという気概が感じられた。ピラミッドにも確かアルトがこのような声で慌てふためき感情的になっていたケイトを諭してくれていたような気がする。アカネとアルト、やはり真の親子なのだろう。

「…ケイトちゃん、トトちゃん達に本当のこと話しても良いかしら?…大丈夫、誰もケイトちゃんのこと責めたりしないわ」

 アカネはトト達には聞こえたいようにそう小さく耳打ちした。少し迷いを見せたケイトだったが、アカネに向けて小さく頷きを見せた。

「ごめんねトトちゃん達。ケイトちゃん、色々あって感情が抑えられなくなったのよ。許してあげてね」
「アカネさん!アカネさんは知ってるのか?ケイトのこととか、あのポケモンのこととか!!」
「…そうね、いつかは話さないといけなかったからね」

 いつにもなく静かな空気が室内を漂っていた。唾を呑み込む。どんなことを言われるのか、緊張でどこか身体が強張っていた。

「…あのポケモン、デュランさんはね、エルさんとモラドと昔一緒に探検隊をやっていたチームのリーダーで、ケイトちゃんのお父さんでもあるポケモンなのよ」

 一瞬理解が追いつかなかった。脳が処理できず目が点になっていたトト達。しかし理解が追いついた次の瞬間、目が点だったトト達の口が大きく開いた。

「「え、えええぇぇーーッ!!?」」

「ちょちょちょっと待って下さい!ケイトさんはライラタウンからここに引っ越して来たんじゃなかったんですか?!」
「し、しかもあのポケモン…ケイトのお父さんだったの…?!」
「…え、は、え?ど、どういうことだ?」

 あのポケモン、デュランは、エルとモラドと共に魔法探検隊として活動していたチームのリーダーだったのだ。正直エルやモラドが一緒に探検隊をしていたという部分だけでも衝撃なのに、そのチームのリーダーがさっき襲ってきたデュランで、しかもデュランはケイトのお父さんだと言うのだ。アカネさんの一言。それだけでこの量に情報が洪水の如く脳内に流れる込んできたら脳が処理できずバグってしまうのも仕方はなかった。
 けど、デュランがケイトのお父さんならなぜケイトのことを襲ってきたのか、なぜかつての仲間であったエルとモラドの2匹と険悪な雰囲気だったのか、不思議に思う部分が多々あった。

「そこに関しては、ケイトちゃんから話してもらおうかしらね」

 そう言って泣き止んだケイトに小さく声をかけた。ケイト自身は不安そうな顔をしていたが、アカネの優しそうな笑顔を見て決心したかのような顔を見せた。

「……アカネさんの言う通り、あのポケモン、デュランはぼくのお父さんなんだ」

 ケイトは元々トライタウンから西に行った山岳にある街、ライラタウンに住んでいた。そしてそこでお父さんであるデュランと2匹で暮らしていた。けどお母さんはいなかった。これはデュランから聞いた話らしいが、ケイトが生まれてくる前に不慮の事故により亡くなってしまったらしい。そのせいか唯一の家族と言ってもいいケイトのことを凄く大切に思ってくれていたらしい。だからケイトの願い事はなんでも聞いてくれたりとケイトに対してかなり甘々な部分もあったという。
 しかし、ケイトが魔法探検隊をやりたいと言った時は激しく反対したという。理由は話してくれなかったが、兎に角、魔法探検隊はやるなと言ってきたのだ。けど子供ながらのケイトはお父さんから聞いた、様々な場所を探検し多くのポケモンを助けていたという魔法探検隊はとても魅力的かつ憧れの存在だったのだ。だからお父さんに強く反発して家から追い出されてしまうことも多々あったというのだ。その時からデュランがケイトに強く当たるようになり、ケイト自身もお父さんのことを良くは思わなくなってしまった。
 だからケイトは、デュランのところを出て行ったらしい。簡単に言えば、家出したのだ。そしてアカネ達が経営しているトライタウンの旅館にやって来たのだ。かつてのチームの仲間であったデュランの関係でアカネやモラドとは面識があったらしい。その関係でロイドやアルトの顔も知っていたし、ここで一緒に遊んでいたこともあったという。アカネさん達に事情を話すと快くケイトのことを受け入れてくれて匿ってくれたという。アカネ達もデュランのケイトに対する態度の変化について知っていたらしく、そこも加味して匿うに至ったらしい。顔見知りのロイドやアルトにはライラタウンから引っ越して来たというウソを言い、信用してもらったというのだ。

「…ごめん、みんな、嘘ついてて…」

 顔はいつにもなく暗く翳っていた。明るく子供らしい声はどこか涙で震えていたようにも感じた。

「…なんで…言ってくれなかったんだよ…俺たち仲間だろッ?!それとも俺たちのこと信用してくれてないのかッ?!」
「言えるわけないじゃんッ!!!…こんなこと…言えるわけ、ないじゃん…トト達に…」
「…トトッ!!」

 ロイドの言葉にハッと我に帰るトト。いつにもなく感情的にものを言ってしまった。もっと早くに言ってくれてさえいればケイトの気持ちを理解し、もっと早い段階で気持ちの軽減ができ解決もできたかもしれない。そうトトは思っていたのだが、ケイトにとっては言おうにも言えないことだったのに、そのことを考えきれずに、ただ感情的にケイトにものを言ってしまったのだった。

「…ごめん…ケイト…」

 トトの気持ちをケイトもケイトで分かってはいた。けどやはり当たろうにも当てられない気持ちをトトにぶつけてしまったのだった。いつにもなく感情的になり、本当のことを言えずにいた自分への嫌悪感でいっぱいであった。
 重苦しい空気が漂う部屋の中、不意にドアをノックする音が聞こえた。エルだった。どうやら一時的にだがデュランを抑えることができたようであった。今はまた騒ぎを起こさないようモラドが見てくれているそうだ。

「トト、デュランのことだが……」
「…ああ、ケイトやアカネさんから聞いたよ」
「そうか………デュランのやつ、力尽くでもケイトを連れて帰るつもりだ。トト、お前に、チームのリーダーとして聞きたい。お前はケイトをどうしたい?」
「……」

 いつになく真剣なエル。それもそのはず、最悪ケイトがトト達の元から離れてしまうかもしれないのだから。トトも真剣に考えた。いつにもなく、真剣に。自分はどうしたいのか、自分の中で自分に問いかけていた。そして――

「…俺は、俺はケイトと今まで通り探検隊を続けたい。4匹揃ってのチームトライなんだからさ、誰かが欠けた状態で続けたくないんだ」

 4匹揃ってのチームトライなんだ。3匹だけ、2匹だけとか中途半端じゃあダメなんだ。それこそ夜空に輝く星が消え星座じゃなくなるように。今までだって、そしてこれからも誰一匹欠けることなく4匹で探検隊を続けていきたい。それがトトの、チームトライのリーダーとしての願いだった。

「あいつと戦うことになってもいい!あいつに、ケイトのこと、認めさせてやるッ!!
「そうか……でも戦う必要はないと思うぞ。手は出すなと言ってあるからな」

 エルはそうだろうなと言わんばかりの表情をしていた。そしてトトの肩に強く、そして優しく手を下ろした。

「アイツにお前の、お前たちの気持ちをぶつけてこい。妥協はするなよ?」



 気合を入れ、ケイトのことについて説得しに行こうとするトト。エルさんやロイド達はみんな頑張ってと応援していた。けど、ぼくだけはそのトトの姿に気持ちが段々と暗くなっている気がした。だってこれは、自分の問題なのに、自分だけの問題なのに、それをトト達が解決してくれようと動いてくれているのだ。いつもそうだよ。実力だけじゃなくて、こうやっていつも、みんなの足を引っ張ってばっかりで…。いつも、いつもそうだ。みんなの役に立ちたい。そう思っていても、理想と現実は全然違う。どこまでもぼくはわがままで、みんなの足ばかり引っ張っていて、出来もしない理想ばかりしか見てなくて……。
 ――やっぱりぼくってダメなやつなんだ…


* * *


 ポケモン達で賑わう商店街。そこから裏手に回り仄かに薄暗い路地を抜けると、そこには大海原を一望できる防波堤があった。路地裏ということもありポケモンの気配は感じられず、小波の音が静かに響かせる空間が広がっていた。丁度、建物に日が隠れる時間帯。先程までの照りつけるような暑さは感じられなかった。そんな防波堤の側に1匹のポケモンが座り込んでいた。トゲトゲした背中に肩にかけられた白いタオルがよく目立つポケモン、デュランだった。
 エルに言われた通り、トライタウン外れの港にやってきたトト。さっきまで遠くに海の方を眺めていたデュランもトトに気づいたのかハッと我に返り先程のような険しい顔を覗かせた。トトもトトでより一層の警戒心を高めていた。エルは大丈夫だろうと言っていたが一度ケイトを含む自分たちに手を出してきた相手だ。向こうが何か仕掛けて来たらすぐに魔法を出せるように構えていた。

「…小僧がチームのリーダーか」
「ああ、そうだ。さっきは世話になったな」

 防波堤に座り込む2匹の間には1メートル程の空間ができていた。潮の香りが鼻を刺激しザザァッと波の音がゆっくりと響く空間。ポチャンと押し寄せる小さな波が防波堤下に押し寄せてきていた。

「なあ、おっさんさ、なんでケイトに探検隊やらせたくないだ?」
「年上に向かって口が悪いな小僧」
「…それはお互い様だろ」

 防波堤の奥に広がるどこまでも続く透き通った空と海のコントラスト。そんな清涼さなど微塵にも無く、ピリピリとした息苦しさを感じさせるような空気が双方に流れていた。

「………ケイトはワシにとって唯一の家族なんじゃよ」
「そりゃ知ってるさ、おっさんとケイトが親子だったこととか、全部ケイトやアカネさんから聞いたからな」
「そうか………じゃあ小僧、なんでケイトに母さんがいないか、小僧は知っとるか?」
「確かケイトが生まれてくる前に不慮の事故で亡くなってたんだっけか」
「不慮の事故、か……そうじゃな、あれは“不慮”じゃったのかもしれんな……」

 哀愁のある寂しそうな声、広場でであった時のような覇気がその声には感じられなかった。そしてデュランは静かに自らの過去について話し始めたのだった。

 それはデュラン達が探検隊をしていた頃だった。デュラン達のチームは数々の探検を成功させ多くの実績を残してきた有名な探検隊であった。全盛期には本部であるソーサリーセンターから直々に表彰されるなどして一世を風靡していた。そしてチームの晩年期にはそれぞれが家庭を築いて行き、そして子宝を授かっていった。その中でもデュラン達は家庭と両立させながらも探検活動を続けていっていた。
 そんなある時のことだった。デュランの住む街、ライラタウンでイービルの襲撃が起こったのだった。間が悪いことに、その時デュラン達はライラタウンから離れた場所で探検活動を行なっていたため、連絡が届いてから着くまでにかなりの時間を要してしまった。幸いにも、周辺にいたチーム等が早期に食い止めてくれたため、そこまで甚大は被害は出なかった。デュランを除いては…。

 その時、唯一犠牲になったポケモン。それがデュランの奥さんだった。
 デュランが駆けつけたときには既に息を引き取っていたそうだ。デュランが見たとき、奥さんはたまごを抱き抱えた状態で倒れていたそうだ。最近授かった子宝、それがそのたまごだった。幸いにも、奥さんが身を挺して守っていたたまごには傷一つ付いていなかったそうだ。しかしデュラン自身は深い傷を負ってしまった。
 それ以来、デュランの様子に異変が生じ始めた。探検での失態が増え、探検活動に消極的になって行き、自宅に籠るようになってしまったという。そしてついには、探検隊を解散するという決断に至った。
 奥さんを亡くし、探検隊も解散させ、何にも目を向けられなくなったその時にあのたまごから生まれてきたポケモン、それがケイトだった。その時のデュランにとって、ケイトは暗闇を照らす一筋の光のような存在だった。そして生まれてきたケイトを見て、こう決意した。今は亡き奥さんが自らを犠牲にしてまで守り抜いた我が子の命を全力で守り抜こう、と。

「だったら、なんでケイトに当たったりしたんだよ。大事な家族なんだろ?そんな大事な家族に――
「黙れッ!!小僧みたいな若造に、わしの何が分かるっちゅうんじゃッ!!」

 水面が強く震えた。怒号が響き、デュランの背中のツタがトト目掛けて飛んで行ったが目先ギリギリのところでツタは止まった。怒りに燃えていた目は何処か遠くを見るような目になり、再び海の向こうへ向けていた。防波堤に座り込んだ身体はだらんと力無く垂れ下がっていた。

「もう、もうあんな悪夢は見たくないんじゃ…」

 かつて名を馳せた探検隊のリーダー“デュラン”の姿はそこには無かった。
 デュランにとって、探検隊は心の奥底についた傷口を広げるような存在と化していた。探検隊、それを理由にもしケイトが奥さんのように犠牲になってしまったら…。彼の底知れぬ恐怖と葛藤、それがケイトへ強く当たるという行動に出てしまっていたのだった。

「小僧にはわからんじゃろ。親がどんだけ我が子を思ってんのか、ワシにとって家族がどんだけ大切かなんぞ、若僧のお前さんには分からんじゃろ…」

 先程までの怒号のような覇気は無く、弱々しく訴えかけるような声だけが響いていた。防波堤下の水面は静かに揺らいでいた。

「なあおっさん、俺だって家族がどんくらい大切かぐらい分かってるさ、俺にだってすっごく大切に思ってた妹がいたからさ。けど、けどさ、妹は、もう……」

 その言葉を聞いてこの後の言葉を察した様子のデュラン。その顔はさっきまでの険しい顔付きではなく、どこか同情するかのような表情だった。

「病死だった…昔から身体が悪くてさ、いっつもベッドで横になっててさ…」

 デュランは何も言わなかった。ただずっとトトの方を見つめていた。重く沈むかのような空気が二匹の間で再び流れていた。

「俺じゃあ分からないくらい妹は苦しんでたんだと思う…だから俺は妹のそばにいてあげてたんだ。体調が悪い時は精一杯看病して、良い時は寂しがらないようにって一日中妹と遊んであげたり…でも……もう……」

 最近思い出した記憶といえどその記憶はとても辛く受け入れがたいものだった。今こうして思い出して話していても心に突き刺さる何かがそこにはあった。

「ケイトのこと見てるとさ、なんか妹に似てるなって思ったりするんだよ…可愛げがあって、子供みたいに俺のこと頼ってくれて…そんなんだから、俺思うんだ。ケイトを危険にはさらしたくない、妹の時みたいに死なせたくないって」

 妹のように可愛げのある子供らしい話し方、リーダーとしてトトのことを信頼し頼ってきてくれるケイトの姿が、不思議とトトの中では妹と重なっていたのだ。

「俺、ケイトから探検隊やろうって言われたんだ。悩んでる時、俺もあいつに沢山救われたんだ。だからさ、おっさんには悪いけど、俺、ケイトのこと、ここで見捨てたりしたくないんだ。ケイトと一緒に探検隊を続けたいんだ。それが俺の、俺達の願いなんだ。もちろん、ケイトは俺が守る、リーダーとして、全力で」

 ケイトと探検隊を続けたい、それはある種の我儘とも言えるかもしれない。けど、トトはケイトと一緒に、ケイト達と一緒に4匹で探検隊を続けていきたいのだ。その代わり、ケイトを死なせたりはしない。リーダーとして責任を負うつもりであったのだ。それはもとよりリーダーをする時から決めていたことだった。リーダーとして誰一匹欠かせたりはしない、と。
 子供ながらの我儘、ケイトのことを強く思うデュランに頭足らずのトトの言葉は届いてくれたのだろうか。
 デュランは何も言わなかった。トトの方を見ていた目は水平線の遥か向こう側を見ているかのようだった。けどさっきまでの重苦しい空気感はなかった。どことなく海のように透き通るかのような空気がそこには流れていた。水面に波はもう立ってはいなかった。
2匹の間にしばらく沈黙が続いた。しかし、その沈黙を破壊するかのような声が聞こえてきた。

「ト、トトさん!!た、大変ですッ!!!」

 アルトの声だった。しかしいつもの優しげのある表情は焦燥に駆られていた。急いできたのか息がだいぶ切れていた。明らかに様子がおかしい。よっぽど深刻な事態が起こったのだろうことはトトでもすぐ読み取れた。

「ど、どうしたんだ?!」
「ケイトさんが居なくなっちゃったんです!!」
話繋がってるから次も早く投稿したいところですが作者のリアル事情のせいで多分また期間が大幅に空くかと思いますが、何卒ご理解の程よろしくお願いします(´・ω・`)

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