第51話 The time is ripe

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第5章 プロローグ
 気づけば、この名で呼ばれることに慣れ切ってしまっていた。
 
 嘘の名前だというのに、皆が生まれた時からの名前だと思い込む。 由来なんて、誰も知りはしない。
 
 素性だってそうだ。 この世界の誰も、自分のことなど知りはしない。
 自分の気持ちも、秘密も。
 
 
 自分が、人間だということだって。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ......初めて、この世界に来た時。 情けないことに、右も左も分からなかった。 全くの別世界を歩くという事実に、今まで一度も感じたことのなかった感覚を覚える。
 とぼとぼと森の中を歩いていると、色々な考えが浮かんでくるものだ。 自分が何か狙っていることに勘付かれないためにはどうすればいいか。 言葉の節々について回る「人」という言葉は変換するべきなのかと。 ......まあ、余談だがこれに関しては最後まであまり上手くいかなかった。 「お人好し」。 この言葉が最たる例だ。
 まあ、別にいいだろう。 村では何度かどういうことだと聞かれたことはあったけどうまくやり過ごせたし、何故か街では天然が多いのか普通にスルーされたから。 収穫祭の時もうっかり使ってしまったけれど、多分花火の音に掻き消されたから。
 
 
 
 そんな誰にも共感されないような悩みを引き摺っていたところだった。 倒れた。 ぶっ倒れた。
 当然かもしれない。 自生している木の実など食えなかったのだ。 生の木の実はポケモンの食べ物というイメージが強いだけに、どうしても嫌悪感で手を伸ばせなかった。
 
 ......馬鹿みたいだ。 食わなきゃ死ぬのに。
 
 大層な理想を掲げた者の死因がまさかの飢餓。 このまま土に還ってしまったら、後世までの笑い草になってしまっていただろう。
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 意識が戻った時、暖かい布団の感触を感じた。 ああ、ここが天国かと一瞬感じたが、すぐに違うと分かった。 三途の川など渡ってないし、目の前に心配そうに目を向けるポケモンがいたから。
 
 「おお! 目が覚めたか」
 「ここは......貴方は......?」
 
 辺りを見回す。 腕には簡易的な点滴の針が刺さっていた。 これを見れば、助けられたというのは分かる。
 順序立てて聞いてみた。 出来る限り丁寧に、丁寧に。
 
 「ここは......まあ、山があるくらいのへんぴな村だ。 そして我はゴリランダー。 長老としてこの村を治めている。
 お主がこの近くに倒れていたからな。 介抱くらいはしてやろうと思い連れ込んだのだ」
 
 少しの間、何も言えなかった。 そうだ、ポケモンが喋っている。 村、長老、治める。 文明があることをほのめかしている。 「知ってはいた」が、いざ実際に経験すると驚きは強かったのだ。
 
 「どうした?」
 「あっいや......何も。 ......でも、どうして助けたんです。 別に金品など何も持ってませんし、お礼をしろと言われたところで出すものは無い」
 
 口調が疑り深くなってしまった。 うむ、中々難しいものだ。 こんな疑心暗鬼になってしまっているのを表に出しては、出来ることも出来ないだろうに。
 だがそんな事はお構いなしで、ゴリランダーは優しく答えてくれた。
 
 「別にお主が我らに害を与えるような者とは思えなかった。 更に弱り切っていたからな。 それに本当にもしお主が我らを殺しにかかっても、我らには勝てる自信がある」
 「......大層な自信ですね」
 「多勢に無勢という言葉があるだろう。 この村のポケモンの大人は、皆まともに戦えるぐらいの実力はある。 その中で飛び抜けている奴もいるしな」
 
 中々警戒心が強い村なのか。 早めに退いた方が得策かもしれないとは思ったが......体は鉛のように重かったから、出ようにも出られなかった。 食べ物を食べないだけでこんなになるのか。
 
 「ところで」
 
 ゴリランダーは言った。
 
 「お主の名は何という。 少なくとも良くなるまでは村にいた方がいいだろう。 そうなると知っておいた方が手間が省ける」
 「え」
 
 不味い、名前をどうするべきかは考えていなかった。 考えすぎかもしれない。 だが、自分の「家柄」を考えると、もし何かしらの手段で知られたら取り返しのつかないことになるかもしれない。
 考えろ......考えろ! 怪しまれないように!!
 
 ぐぬぬと頭を抱えていると、窓から1枚の黄色い花弁が降ってきた。 思わずそちらの方に目をやる。 厚く艶を持った葉の近くに咲く、小さな黄色い花達がそこにはあった。 美しかった。 風に乗って、また何枚か散りゆく様子が、儚くて、でもどこか趣きがあって。 あれは確か......そうだ、月桂樹だ。 この世界にもあるものなんだな。
 そういえば、花言葉は......。
 
 
 
 
 





 
 
 
 「......ふふ」
 
 思わず笑いが漏れてしまった。 ああ、なんという僥倖だろう。 あまりにもぴったりではないか。
 さながら月桂樹の黄色い花のようなヒレを背中に持つ自分には。
 

 ......いずれ、「裏切り者」として疎まれる自分には!!!
 









 「どうした?」
 「いや、随分お優しいことだなと思いまして......失礼。 私の名前は......」
 
 もう迷いは無かった。 名乗ろう。 人間の時の名は、ここでは捨てる。 この名をもってして......
 この世界を、破壊する。
 
 
 
 「ケイジュ、と申します」
 
 
 
 
 
 



 
 
 そこからすぐ近くにそびえる山が虹色聖山と知った時、自分が歓喜に震えたのは言うまでもない。 どうしたんだ、神として名高いアルセウスよ。 この世界は神も愚か者であると自ら豪語するようなものじゃないか。
 
 だがしかし。 書庫の本をあらかた探っても、今まで得てきた知識以上のものは得られなかった。 それに寧ろ、人間世界で得たものより劣化している。 正直、驚きしかなかった。
 
 そして、流石に1匹では勝てないという理由で、他のポケモンにも協力を仰いだ。 村をこっそりと抜け出して、仲間を募る。 泥塗れになり全てを失ったポケモン。 街で物乞いをしていた変わった感じを持つポケモン。 面白いからと、世界の行く末を自分に委ねる者までいた。 揃うのは当然曲者しかいない。 だが、どんなポケモンだとしても、利用しなければならなかった。 全ては勝つために。
 
 3年間。 そして、予期せぬ出来事の後の半年間。
 困難に溺れながら、ただひたすらにやってきた。
 そして、今。 やっとのことで望みが成就しようとしている。
 
 
 
 ......貴方達には分からないだろうな。 人間が、どれだけ貴方達によって自由を奪われてきたか。
魔狼の件だけじゃない。 この世界で知ったことだが、隕石? 星の停止? 2つの負の感情の塊? たまったものじゃない。 どうして我らが巻き込まれる? 何かを犠牲にさせてまで。
 そう、見たんだ。 見てしまったんだ。 大きなものを犠牲にしてしまった、「ポケモン達の愚行の産物」に巻き込まれた人間を。 だからやるんだ。 この手でやるんだ。

 
 
 
 
 だが......多分そこには矛盾が生じてくる。 巻き込むことに苦言を呈すにも関わらず、「自分も巻き込んでいる」。 これに関しては何も言い返せない。
 本当は自分も嫌だった。 単独でやれるならそうしたかった。 でも、こうしないと終わらないのだ。 手を伸ばさなければならなかった。 人間は、無力だから。 ポケモンになったとしても、ただ技が出せるくらいで、それは変わらないから。
 終わらせないといけない。 これまでだけじゃなくて、これから起きるかもしれない人間達の受難も、この手で消し去らないといけないのだ。
 自分はいい。 この矛盾の裁きの果てに屍になってもいい。
 だから......これで、終わりにしよう。



 
 
 
 
 




 
 
 ......時は来た。
 
 
 我らの勝ちだ。 愚かなポケモン達よ。
月桂樹の花言葉に関してですが、裏切りという意味があるんですね。
で、月桂樹の花の色は黄色なんです。
彼の背中のヒレの色と、一致しているとは思いませんか?

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