第49話 自分が信じたいもの

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 地面に打ち付けられた時、キラリの中の世界が、スローモーションになった。 似たような感覚は、春にも感じたことはあった。 「仲間はどうするんだ」というのをレオンに聞かれた時。
 でも、あれとは比べ物にならなかった。 それぐらいに苦しくなった。 息もままならないくらいに。 現実から目を逸らしたいのか、それとも本当に死にそうなのか。 ......キラリの中に、夢の始まりの記憶が蘇ってくる。
 迷子になってえぐえぐ泣いていたところを、家族の探検隊に助けられて。 歩くスピードの遅いジジーロンを置いて、他のポケモンは先に戻って行ってしまって。
 ......その時だった。 ジジーロンの背中にゆらゆら揺られ、白い髭をいじっていたチラーミィに、確固たる思いが生まれたのは。

 
 
 

 『......おじいちゃん。 おじいちゃんってすごいんだねぇ。 こんなこわいダンジョンいけちゃうなんて』
 『ほっほっ、別に怖くはないぞ? 嬢ちゃんも大きくなったら、こんなの簡単と思える時が来る』
 『ほんとう?』
 『ああ、そうじゃよ。 ここ以外にも、色々なダンジョンがある。 中には難しいものもある。
 でも、天才でないと行けないなんてことはないんじゃ。 仲間のポケモンと知恵を絞り、共に並んで進んでいけば、すっっごいお宝だってお主にも手に入れられるぞ? ワシの場合は、家族じゃのう』
 『そっかぁ......おじいちゃんみたいなたんけんたいに、わたしもなれる?』
 『ワシか!? いやあ嬉しいのう......期待してもいいかの? キラリちゃん』
 『うん! なるよ、わたし! 約束!』
 
 
 
 太陽を仰いで、未来に目を輝かせたあの記憶。
 引っ込み思案だったのを、大きく変えてくれたあの記憶。
 ずっとずっと、大事な宝物だった。 心の奥底に置いて、ずっと大事に思っていた。 宝石みたいに、優しく、でも強く輝いていた。
 
 
 ......こんなにくすんで見えることなんて、今まではなかった。



 
 
 
 
 
 
 
 
 


 「......キラリ?」

 共に戦っていたジュリとケイジュを除いて、彼女の異常に最初に気づいたのはレオンだった。 ユズはその声に釣られて、キラリの方を見やる。 そこには、彼女にとって衝撃の光景があった。 キラリが、地面にうつ伏せになっているのだ。

 (倒れ、て......!?)

 無言ながら驚きに震えるユズ。 今すぐに駆け寄ろうとするが、それをどうしてもフィニは許してくれない。

 「っ......!」
 「余所見すんなごらぁっ!!」
 
 容赦ない攻撃が、何度も襲いかかってくる。 これでは、キラリのところに向かうどころの話ではない。

 (行きたいのに......! キラリのところに行きたいのに!)

 避けていく度に、キラリの方をちらりと見る度に、回数に比例して、ユズの焦りはどんどんどんどん増して行く。
 
 (倒れているんだ。 助けなきゃ、いけないんだ。 だから抜け出したいのに......それなのに......!)

 フィニに対しての苛々が、ふつふつと煮えたぎってくる。 どうしても、邪魔だという思考が彼女の頭に過ってしまう。 流石に過激な思いだというのは分かっていても。

 「〜〜っ!!」
 
 どうにもならない怒りと焦りと悲しみ。 それらがごっちゃになって、ユズの顔を、声を歪ませる。 行くには、フィニを倒すしかないのだ。 ......そうなると、手っ取り早い方法は彼女には1つしかない。
 
 (あの力を使えれば、少しは......でも)
 
 大事な時に取っておけ。 レオンの言葉が脳裏から離れず、ユズは躊躇する。 黒幕の気配は未だない。 今使ってしまえば、黒幕が現れる前にこちらの手の内を全て曝け出すことになる。 更に、終わった後の疲労は酷いものになるだろう。 倒れるかもしれないし、それ以上のことも起こるかもしれない。

 でも、でも。
 ......仲間の危機に対して、今が大事な時でないとどうして言えるのか。

 
 
 「レオンさん!」

 ユズは叫ぶ。 それこそがもう1つの問いかけとして彼に伝わっていた。 彼は少し顔をしかめた後、大きく頷く。 やっていい。 だが無理はするな。 そんな合図にも見てとれた。
 それに1つ礼をして、ユズはフィニの元へ駆け寄る。 意識を集中させて。
 不思議なものだ。 意図的に発動させることなんて、紫紺の森では出来なかったのに。 ......今回は、難なくいけそうだった。 体に、足に、力がこもる。

 「なっ......」
 「......お願い、通して」
 
 その声とともに、ユズは頭の葉っぱを勢いよく振った。 擬似リーフブレード......とも呼べるかも知れない。
 爪でなんとかガードしたフィニ。 遂に出してきたかとニヤリと笑うが、「通して」という言葉から感じ取った事実への怒りもその笑みに滲ませていた。
 ユズは、フィニのことは眼中になく、彼女が見ているのはキラリの方であるという事実を。
 
 「......っおらあ!」
 
 力任せに突っ込んでくる。 鍛えたという言葉に嘘はないようで、確かに前よりも素早くなっている。 避けるのに精一杯になってしまい、ユズは歯を食いしばった。
 
 「ははっ、俺がそんなに邪魔か!? そんなにあの倒れてるチラーミィのところに行きたいか!?
 そういや前もそうだったな。 その力を出してきたのは、あのチラーミィを守った時だった!! 俺の強さも何も関係なく!!」
 
 爪を振るいながら、彼は叫ぶ。 声にはまた、彼の過去への思いが滲んでいた。 重くて黒い、泥沼に浸かったような声。
 
 「分かってるさ、お前らにとって俺は雑魚かなんかだろ? 確かに俺には特別な何かはねぇよ!
 ラケナみたいに底知れねぇ奴でもねぇし、ヨヒラみたいに特別なポケモンじゃねぇし!! あいつらよりは弱いかもしれねぇし!!」
 
 爪が、ユズの頬にかする。 痛い。 でもそれに音を上げている暇はない。 彼の攻撃も、悲痛の声も、絶え間なく飛んでくるのだから。
 
 「でもよ......地面に這いつくばってる奴だって、反抗する権利はあるんだよ!!」
 
 [ブレイククロー]。 先ほどの[メタルクロー]よりも破壊力の高そうな攻撃が来る。 だが、ユズはリフレクターでなんとか防いだ。 衝撃は伝わってくるから、ビリリという思わず目を閉じたくなる感覚が襲い来る。 そこに、やっとのことで隙を見出したレオンが攻撃を仕掛ける。
 
 「......なーにが反抗だよ。 反抗というには、やり方が汚いと思うけどなぁ」
 
 レオンの呆れたような言葉が、またフィニを苛立たせる。 諭すというのは彼にはあまり効かないようだった。
 そして、ユズはまたちらりとキラリの方を見る。 行けないというのが、どうにもまだもどかしい。 でも、行こうとすればフィニの猛攻に遭ってしまう。
 自力で立ち上がるのを願うしかないのかーー。 そう思うと、ユズの心は力のみなぎる体とは逆に、とても重だるく感じてならなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 地に落とされるというのは、まさに今の状況かもしれない。 意識が一度飛んでしまえば考える暇もなくなるだろうに、辛うじて意識は手放していない。 諦められないことの現れなのに、どうしてかそれが彼女の苦痛を助長させていた。 ぐだりとした手足だけに目がいった。 戦いの音が再び響く最中も。
 
 「よっと。 さーて、さっさと倒さんとピンチじゃぞ?」
 
 少しラケナは戯けて笑って見せる。 1匹のポケモンの心を潰した後にも関わらず、笑っている。 不気味さが、表情となって表れてくる。 だが2匹はそんなことなどは気にも留めなかった。 ケイジュが[れいとうビーム]、ジュリが[ローキック]をそれぞれ放つ。

 「む......効果抜群技か。 老ぼれへの優しさというのは......」
 「貴様などに、そんな必要があるか!」

 彼は、同じ老ポケモンとはいえ長老とは全然違う。 ラケナの非道とも取れる姿に、ジュリは怒りを露わにした。
 キラリの姿を少し見る。 意識があるようには思えるが、立てないようだ。 多分、体力は完全に削り取られている。
 先ほどの出来事からして、多分心も。

 そして、彼自身も気を抜いている暇はないとわかっていた。 タイプ的にはそんなことはないはずなのに、心の中のものを掠め取られてしまいそうだという恐怖が募る。 心は全ての要だ。 ここが崩れれば、誰だって糸が切れたように何も出来なくなる。 だから、彼自身もそれをされるわけにはいかないし、隙を見せるなんてもってのほかだ。

 (......構っている暇はない。 早く倒さないとこちらも危ない)

 キラリから無理矢理目を逸らして、その羽を構える。
 
 (奴が今どうなろうと、まずは勝たないと)

 自分を納得させようとする。 でも、中々それもうまくいくものではなかった。
 
 (......だが)
 
 力なくうずくまる彼女を見捨てることで、いい気など全くしないのだから。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 「......おい!」
 
 急に声をかけられ、ケイジュの背中がびくりと震える。 彼は少々鬱陶しそうに受け応えた。

 「なんです、藪から棒に!」
 「あのチラーミィを助ける。 復活の種なら俺は持っている。 ......貴様に借りを作るのは癪だが、1つ頼ませてもらう。
 隙を、作ってくれないか」

 捻り出したかのように出てきた懇願。 ケイジュは予想外のことに目を丸くするが、ジュリの顔は大真面目だった。 嫌悪感は若干あるものの、頼るしかないという思いが顔に出てきていた。
 
 「......変ですね。 貴方なら構わず戦い続けそうなものだとばかり。 気まぐれですか?」
 「理由なんか今はどうでもいい! 何度も言わせるな、いいから隙を作ってくれ」
 
 まさかの怒鳴り声。 更なる驚きの表情を見せるが、少し考えた後にケイジュは、1つ息を吐いて頷いた。
 
 「......ま、いいでしょう。 こんなこと、どうせ最初で最後でしょうし。
 やるんだったらヘマはしないでください」
 
 厳しめな声ではあるものの、聞き入れてくれた。
 ジュリは無言のままただ1つ頷いて、そしてキラリの方へと走り出す。

 「おやおや、そっちはワシとは逆方向じゃのう......!」
 
 だが、ラケナも黙って傍観しているわけがないのだ。強力な [かえんほうしゃ]の用意をする。
 
 「させません!」
 
 だが、ケイジュの[ハイドロポンプ]が炸裂。 炎は、その水の勢いで消し飛んでしまった。
 
 「ほほっ、お主ら、協力には縁がなさそうに見えたがのう」
 「......別に協力ではないですよ。 私の気まぐれだ」
 「ふーん、じゃ質問。 もしそれでお主が不利にでもなったらどうするかの?」
 
 意味深な質問が投げかけられる。 だが、ケイジュはそれをすぐに笑い飛ばした。
 
 「......はは、彼女が足手纏いとか? 質問の意味がうまく汲み取れませんが......不利になろうがなかろうが変わりませんよ? 潰すべきものは潰す。 消すべきものは屠る。 ......目的自体になんら変わりはないですからね。
 貴方達もそうでしょう?」
 
 ケイジュの口角は、静かに上がっていた。 余裕たっぷりに見える顔は、相手を焦らせようとでもしているのだろうか。
 それに乗じてか、ラケナがニヤリと笑う。 未だ衰えない、野心の表れのような白い牙が、その顔を出してきていた。
 
 「......食えないもんじゃのう」
 「そっちこそ!」
 
 少し変わった雰囲気の中、2匹は互いに技を繰り出す。 これでラケナの意識がこちらに移ってくれれば、キラリの復活を邪魔することはないだろう。
 
 (不利になったら、か......)
 
 ......思惑通りにいったところではあるが、ケイジュは心の中で不穏そうに呟く。
 ラケナの言葉を反芻して、何故か彼の意識はどこか違う方向に向く。 それは、彼が会いたいと願ってやまない存在の方だった。 といっても、完全に定まるなんて事はないのだけれど。 予想したとしても、断定なんて今は出来ないけれど。
 目線はラケナを向いている。 でも、彼の心までがそちらを向いていたわけではない。
 そして、ケイジュの心の行く先に気づくものもまた、この戦場には誰としていなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「......おい、生きてるか、おい!」
 
 そんな中、ジュリはキラリのところにしゃがみ込み、声で起こそうとする。 自分から体を揺するのは嫌なようで、しぶとく声をかけ続けた。
 ......だが、どうしても動かない。 無理矢理揺するしかないのかと思った矢先、やっとのことで返事は返ってきた。
 
 「......生きてるよ」
 
 キラリの耳が、ぴくりと生存を証明するように動く。 でも、声はか細かった。 死にかけの小鳥にでもなったかのように、弱々しい声が空気をかすかに伝わる。
 だが、生きてはいるというのは事実。 安堵の息の後、ジュリは続ける。
 
 「生きているんだったら、起きろ。 復活の種がここにある。 さっさと食え......」
 「ごめんなさい」
 「は?」
 
 返ってきたのは、予想外の謝罪の声だった。 困惑を隠せず、彼は目を見開く。
 キラリは地面に這いつくばったまま、体を不規則に震わせる。 ところどころに嗚咽が混じる。 ......泣いていると気づくのに、そう時間はかからなかった。
 
 「......無理、だよ。 今回は。 頑張ったのに、敵わなかった。
 それに......分かんないんだよ」
 
 ジュリは、彼女の諦めの声などは聞いたことはなかった。 だから少し唖然としてしまうが、「何が」分からないのかが明確になっていない。 少し、静観の構えを取ることにした。
 何も言わない彼に対して、キラリは少し間を空けて言葉を続けた。
 
 「......ジュリさんには、話したことあったよね。 夢のこと。 ......あのためにずっと頑張ってきたんだ。 でも、無理だって。 というか、なろうとしても私の望んだ未来じゃないって。
 でも、こうなるのも当然だよね......私とりえも何も無いし。無神経にあなたに触れようとして、拒まれたこともあったし」
 
 今思えば、もう懐かしく思えてしまう。 夏の夜、まだ、完全に心を閉ざしていた時の、キラリとの軽い語らい。 あの時の彼女は、良く言えば純粋、悪く言えば無知だった。 それを、今の今まで彼女は自覚をしていなかった。 そして今日、遂に自覚してしまった。
 ......何も言えなくなってしまう。 拒んだのは事実だし、もし正気を失っていなくとも、触られるのが、自分の中に踏み込まれていく感覚がどうしても嫌であるのも事実だし。 無神経さに、何度嫌気がさしただろうかという思いもあるわけだ。
 
 「子どもの願望に過ぎないようなものだったのは、理解はできるよ。 でも、今までずっと追いかけてたものがやられちゃったら......
 なんのために頑張るべきなのか、生きるべきなのか......分かんなくなるよ」
 
 ......キラリの嗚咽が、激しさを増す。
 ーー子供というのは、本当に無垢なものだ。 空を飛べないポケモンが空を飛ぶことを願ったり、草タイプが炎技を出してみたいと願ったり。 キラリのように、みんなを照らす太陽になるなんていうような、大それた願いだって持つ。 画用紙にクレヨンで、適当な線路を描いて行くかのように。
 でも、「実際に」列車を走らせるというと、その上でというわけにはいかない。 クレヨンで描かれた線路は色とりどりで美しいが、実際に列車を走らせる力は持たない。 リアルで無機質な鉄の線路でなければ、列車は走れない。
 大体のポケモンは、育つ内にその事実を知り、大それた夢を諦める。 違う道を行く。 でも、キラリはそれをしなかった。 懸命にそれを追い続けた。 ......ラケナという、自分の夢を体現したような存在に、一度出会ってしまっていたから。
 でも、それは幻に過ぎなかった。 蜃気楼みたいに、その幻想は突然消えてしまった。 いけるのではないかという希望を持ってしまい、光までずんずんと進んだ挙句に。ーーこっぴどく、突き落とされた。 無力感や絶望感という奈落の底まで。
 
 
 
 
 
 
 
 ジュリは硬直してしまう。 こんな経験は、今まで無かったのだ。 村のポケモン達は基本大人になってからも村で農作業をする者が多かったから、自分の行く先が見えなくなったポケモンなど、接したことがない。 何を言っていいのか分からず、口の中が乾くばかり。 更に心の問題だから、とても踏み込みづらい。

 ......そもそも、最近は初めてのことが多すぎるのだ。 それも、全部全部、彼女らが強引に村に飛び込んできた日から。
 平穏な日々が、急にがらりと変わった。 外に興味を持ち出すポケモンが増えるわ、社会勉強だと街に送り込まれるわ。 静かに生きて、有事の際に村を守れさえすればいいと思っている彼には、あまりに刺激が強かった。 いっそ、もう恨言でも吐いてやろうか。 一瞬そう彼は思ってしまう。 一度地獄を見たポケモンに対して、楽観的に接してきたことのバチが当たったんだと、言ってしまいたかった。 本当は。
 
 自分の心は、多分彼女では開けない。 このどうしようもなくこびりついたモノを、彼女が拭えるわけがない。 それなのに、太陽なんて大それたものにはなれない。 それは、ラケナに頼らずとも、彼の中では確実なのに。
 それなのに。 それなのに。



 (......私達、確かにちっちゃいし、とても弱い。 でも、それでも、信じたいなって......そう思えるポケモンは、確かにいた! 1匹で悩んで壊れなきゃいけないことなんてないし、頼ってもいいんだって思えた!)
 (ジュリさんは、「何を」信じたいの!?)
 
 
 ーー彼女を完全には信じられないのに、どうして虹色聖山での言葉が、鮮明に蘇ってくるのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 森に自生しているユーカリの葉が、風で触れ合いカサカサと音を立てる。
戦いの音は確かに響いている。 でも、それへの意識はとうに飛んでいる。
 
 まるで、2匹だけ少し違う世界にいるような。 そんな心地の中、ジュリはやっとのことで声を発した。
 
 「......馬鹿者。 あの時、俺に散々言っておいて」
 「......?」
 「貴様の信じたいものを信じろ。 ......そう偉そうに言ったのは貴様だ。
 それともなんだ? 貴様の信じたいものは夢だけか? 1匹だけで突っ走ってきたのか?」
 「それは......」
 
 キラリは違うと即答しようとする。 今まで脳裏から離れていた、ユズやイリータやオロル、レオン......様々なポケモンの顔が、やっとのことで頭に戻ってきたから。 キラリは思わず顔をあげるが、彼の顔を見て、驚愕することになる。 今までに見たことのないような顔だった。
 
 「ジュリさん」
 
 キラリは、今の彼の感情をすぐに感じ取れた。 ああ、彼は怒っているのだ。 それも、いつもの仏頂面とも少し違うものだ。 こちらの目をしっかりと見ていて、まさに矢羽のように一直線に彼の意思を届けてくる。
 そうだ。 彼は今、キラリのためにその目をつり上げている。
 
 「黙って立て。 弱音なら後で好きなだけ吐け。 だが、今は駄目だ。 悩むのは後だ。 今逃したらチャンスはもう無いと思え。 ......ここで倒れては、駄目だ」
 「......はは、意地悪だなぁ......」
 
 キラリの目に、また涙が滲む。 分かっている。 彼の優しさは胸に突き刺さる。 でも、やっぱりどうしても苦しいのだ。 こんなに体と心が辛いのに、苦しいのに、どうして立てとしか言わないのか。
 
 「何処がだ。 いいから立て。 貴様の相棒も戦ってる。 ......消えたら全部お終いなんだ。 望んでいるような未来なんか、簡単に消え失せるぞ。 お荷物になりたいのか?
 ......なぁ、貴様はどこまでも非力な存在ではないだろう」
 
 続きを言おうと彼の口が開きかけるが、それは口パクで終わってしまった。 あとはキラリの意思次第だと思ったのか、復活の種をキラリの前に置いて、戦線へと戻っていく。 何を言おうとしたのだろうか。 腫れぼったい目で彼の方を見ながら、キラリは考える。
 風に呼ばれた気がして、自然と意識はその方向へ向く。 その方向にいたユズはまだ戦っていた。 押され気味なところもあるが、そこはレオンがカバーしながら、なんとか持ち堪えている。 そうやって戦う彼女の姿を凄いと思うと同時に、今は自分への無力感も募ってしまう。
 一度下を向いて、ふうと息を吐いた。 鼓動の音だけが、体の内部から響いてくる。
 
 「......非力じゃない、か」
 
 その言葉の真意を、キラリは探ろうとする。



 
 ソヨカゼの森で、ここで、ユズとはじめて探検した時。 あの時の自分は、どうだっただろうか。 ......多分、今見れば散々だっただろうなと、キラリは笑ってしまう。 何度かすいみんのワナを踏んだり、[スピードスター]に頼り過ぎた結果ピーピーマックスに2度くらいお世話になったり、挙句の果てには不幸の種を食べてレベルが下がったり。 フィニとの戦いの思い出がかなり強かったものだから霞んでしまったけれど、そんなこともあったなと静かに頷く。
 
 ......今は、どうなんだろう。
 
 確かに、思考に関しては未熟かもしれない。 でも、そうだ。 少しずつでも成長はしていたのだ。
 色々な技にも頼れるようになったり。
 ユズとお互い信じ合える関係を築けたり。
 沢山のポケモンに出会って、知らない世界を知れたり。
 





 「......そっか、そうだよなぁ」
 
 簡単な事実だ。 真面目に考えれば。
 なんのために。 そう思っていた。 でも、それは今までの自分の歩みを全否定する言葉でもある。
 確かに、夢は崩れ落ちた。 でも、それでも。
 

 「全部無駄じゃ、ないんだよな」
 
 
 自分がやってきた事実は、決して消えるものではない。 例え何かが崩れたとしても、その積み上げてきた事実という土台が、新しいものを築く手助けをしてくれる。
 キラリの場合、「信じたいもの」は、これにあたるのかもしれない。
 だってそこには、今まで会ってきたポケモン達だったり、今まで訪れた場所だったり......
 彼女が生まれてから触れてきた「世界」の、全てが含まれているのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「お荷物にでもなりたいのか、って聞いたよね」
 
 真っ直ぐ、前を見据える。 そこで、ジュリとケイジュがひたすらにラケナに猛攻を仕掛けていた。 連携は基本皆無な2匹だけれども、トリッキーな戦法を持つラケナに食らい付いている。
正直、あの中に紛れ込める気はしなかった。 怖気付いていた。 でも、行かないといけなかった。 諦めたら、全て無駄になる。笑い合って、時に励まし合って、おどけあって......あの日常が、全て吹っ飛ぶ。 そうすれば、今度こそ終わりだ。
 何も出来ないようでは、こちらの方を真っ直ぐ見てくれた彼にも、申し訳が立たなくなるのだ。
 
 
 



 ......何が紛れ込める気がしないだ。
 

 ふざけるんじゃない。
 
 
 
 



 「......勿論、嫌だよ」
 
 
 ガリ、と復活の種を粗暴に噛み潰した。
 そして強風と共に、ユーカリの葉が一枚空へと舞い上がるーー。

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