第47話 八重霞

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 
 世界というのは、あまりに残酷なものだ。
 例え自分達がどん底に堕ちようとも、星はそんなことも知らんぷりして回り続ける。 朝が来て、昼になって、そしてまた夜が来る。 何も知らない無垢なポケモン達は、その流れの中で、キラキラと輝く日の下で、強く地に足を踏みしめて生きる。
 
 だが、流れからのはみ出し者は確かにいるのだ。 光の恩恵を受けられず、影に隠れてでしか生きられないか、その恩恵すらも煩わしいと思ったか、まず恩恵を恩恵と思えなくなったか。
 
 
 
 ......そんな時に訪れた非日常。
 
 こちらに目を向けてくれ、優しくその手が伸ばされた時。 それだけで、自分達はどんなに救われたことだろう。
 例え、利用されるに過ぎないと分かっていたとしても。 1つの大きな変化が訪れた気がしたのだ。
......そう、これまで考えもしなかった「選択肢」が生まれた。
 
 このまま、こんな残酷な世界の未来を描いていくべきなのか。
 
 
 
 ーーそれとも。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 戦闘の幕は開いた。 もっと敵味方が入り乱れるかとも思われたが、意外にもすんなり戦う相手は割れた。 イリータとオロルは廃墟での因縁があるヨヒラ。 ユズとレオンは、元々ユズ狙いのフィニ。 そして1番力が未知数なラケナがキラリとケイジュとジュリ、という塩梅に。
 
 「ようチコリータ。 丁度半年ぐらいぶりか? あん時はよくもやってくれたなぁ」
 「......」
 
 ユズは何も言わず身構える。 確か、前戦ったのは春だったか......。 あの時ですら、ピリリとくる恐怖はあった。
 だが、彼の気迫は前よりも高まっていた。 そう、あたかも自らも焼いてしまいそうな、焔の様に。
 
 「俺だってあれから鍛えたんだよ。 見せてみろよ、お前の『あの』力。 ......今度こそ叩き潰すからよお!!」
 
 ......力。 ああ、やはりそれか。 察しがついた2匹は、お互い言葉を交わす。
 
 「ユズ。総力戦となると、黒幕が出てくる可能性もある」
 「黒幕......?」
 「ここで仕掛けてくるってことは、重大な何かがあるはずなんだ。 お前のこと色々確かめて、そんでもって潰すため......だとは予想してる。 多分、もう少し後になればお出ましするだろ。
......で、力。 俺はもう頭ごなしに使うなとは言えない。 何かの鍵を握ってることがわかったからにはな。
 大事な時用にでも取っとけ」
 「......はい!」
 「使わなくても終わると思うなよ!」
 
 無駄話に苛ついたフィニの爪が襲いかかる。 動きが単調なお陰か、これはちゃんと避けられた。 爪が地面にめり込んでいるのを見るに、当たればひとたまりもないだろうけど。
 一発当たるだけでも、かなり辛い。 その推測が、緊張感をより高めてくれる。
 
 「......っしゃ、行くぞ!」
 「はいっ!」

 レオンの声と共に、ユズの声にも気合が入った。 反撃の時だ。
 
 「[エナジーボール]!」
 「[ハイドロポンプ]だ!」
 
 互いに今出来る最高の技を放つ。 フィニはだがそれを掻い潜った。
 
 「速いっ......」
 
 ユズは悔しげな顔を見せる。 そしてそのままフィニはユズのところに向かってきた。
 
 「[メタルクロー]!」
 
 フィニは爪を振り回す。 ユズは避けて、避けて、そしてリフレクターにも頼ることで、なんとか攻撃を受け流した。 力が無くてもここまで動けるようになった自分自身に感心する。
 
 「[やどりぎのたね]!」
 
 覚えたばかりの拘束技。 地面から生えた蔓が、フィニの体を絡め取る。 時間稼ぎにはなるだろうと、ユズは立ち止まって1つ息を吐く。
 
 「......甘いなぁ!」
 
 だが、それも束の間だった。刃を蔓に突き立て、鋭い叫びと共にそれを打ち破る。
 
 「そんな、破られ......!?」
 「こんなほっそい植物のお遊び、通ると思うなっつーの!」
 
 そこからまた、自慢の鋼の爪をユズに向ける。
 
 「[うずしお]!」
 「うがっ!?」

 だが、それは届かない。 すんでのところで、巻き起こる渦潮がフィニの動きを止める。

 「レオンさん!」
 「まあそりゃ狙うのはユズだよなあ......でも俺もちゃーんと見ないと痛い目あうぜ」

 ユズは悟る。 フィニはレオンには全く目を向けていなかったのだ。 そのために、レオンの行動に関しては注意不足になりやすい。 だから不意打ちの渦潮をモロに受けた......ということだろう。
 
 「......黙れよ」

 だがフィニは、すぐに爪を振るい渦潮を突き破った。 その力は伊達ではないようだと思い、レオンは口角を上げる。

 「ふーん、ユズの宿り木の事といい中々やるじゃないか」
 「うるせえ......ああそうだよ。 俺の狙いはそのチコリータだけだよ。 お前みたいな奴に用はないんだよ」
 「......なんで私なの」

 ユズが核心を突く。 だが彼の返答は、こちらが望んでいるようなものではなかった。

 「お前もお前でうるせえ......ったく、ふざけんなよ。 なんでこんなポケモン来るんだよ。 お前らが呼んだんだろ? 俺はお前にしか用ないのに」
 「......呼んだわけじゃない。 みんなが自分から手伝いたいって言ったんだ。
 みんなが優しいからだ。 それだけだよ」

 自分達が強制させたような口ぶりが嫌になり、ユズは言い返す。 そうなってしまえば、彼らの優しさに泥を塗ってしまうと思ったから。
 フィニの目は、その言葉に対してつり上がる。
 
 「......何が優しいだよ」

 吐き出されたのは、ユズ達に向けた憎悪のようにも思えた。 よく見てみると、彼の体はわなわなと震えていた。
 
 「ああ、ほんとにイラつく」

 胸の中にある何かが、彼の口から出る声を歪ませる。

 「いつもいつも、どいつもこいつも」

 そして連想ゲームのように、彼の苛立ちは過去へも移っていく。 思い出されるのは、もちろん嫌な記憶ばかり。
 
 それを薙ぎ払おうとするかのように、彼はぶんと爪を後ろに振った。

 「......ずっと、俺の邪魔ばかり」

 絞り出すように出た声は、重い泥のようだった。













 
 そんな中、キラリの方もラケナと対峙していた。 すぐに片付けてしまいたいと思ったのか、ケイジュとジュリは前に出る。 だが、キラリはそれを制止した。

 「は? 貴様......」
 「ケイジュさん、ジュリさん。 ごめん、ちょっとだけ待って」
 
 キラリの目は、その間ずっと、ラケナを真っ直ぐ見つめていた。
 
 「......少しだけ、話させて欲しい」

 現実を頑張って直視している小さな少女。 今にもわっと崩れ落ちてしまいそうな足をなんとか気持ちだけで支えていた。 震えるキラリの体を見て、2匹は一度後ろに下がる。
 キラリは深呼吸する。 ......ユズの前で、あれだけ泣いたのだ。 流すべき涙は出し切ったつもりだったし、今は、そうであらねばならなかった。
 
 「おじいちゃん、覚えていますか」

 意を決して、キラリはラケナに語りかける。
 
 「10年前、くらい。 ちょうどここだったよね。 迷子になった私を、おじいちゃんが助けてくれた。 探検隊だった、おじいちゃんが」
 
 そう、皮肉なことに、ここだった。 ソヨカゼの森で出会ったのも、木漏れ日の中でおんぶしてもらった、かけがえのない時間も、全てここでの出来事だった。 まさかこんな悲しい形で再会するだなんて、あの時は思っていなかった。
  木々から溢れる木漏れ日も、紅葉している葉っぱも、所々に咲く花も、何も変わっていないのに。
 1つだけ、でも1番大きいことが、変わってしまった。

 「......ねぇ、なんで? おじいちゃん。 私、探検隊になったんだよ。 あの日の約束通り。 遠征とかも行って、いっぱい成長したんだよ?
 ......本当は、おじいちゃんに一番報告したかったんだ。 なのに、なんで? なんでそっち側なの? なんで敵になっちゃうの?」
 
 なんでと、そう問いかける。 ......彼女も分かっているのだ。 この問答に意味はない。 既に彼は犯罪者だ。 盗みもしてるし、その過程で、一線は越えていないが、多くのポケモンを返り討ちにしている。 かつて探検隊として、時に正義のためにも奮っていた力は、邪魔者を屠るための力へと変貌している。 「理由」など、もう関係ないのだ。 さっさと戦わないといけないのだ。
 でも、仕方がない。 やはり。 この気持ちには行き場がない。 誰かにあたるなんてことも、優しい彼女には出来はしない。 だから、こうやって問うことしかできない。

 「......なるほどのう」
 
 あらかたキラリの言葉を聞いたラケナは、うんうんと頷いた。
 
 「勿論、覚えておるぞ。 わしは老いても記憶力はいいんじゃ。 あの時のチラーミィ......そうそう、キラリちゃんじゃの。 これまた大きくなってまぁ......それに、本当に探検隊になるとは」
 
 その顔は、少し嬉しそうにも見える。キラリはそんな顔をしないで欲しいと思ってしまった。 戦うのだと思いを固めているのに、そんな、孫の成長を喜ぶような柔い顔をしてほしくはなかったのだ。
 
 「でも、すまんのう。 わしは、キラリちゃんの憧れるようなポケモンではなかったってことじゃの」
 
 キラリの悲しい願いは、叶えられた。 ラケナの顔が曇る。 謝罪は、本来相手とのすれ違いだったりを元の状態に修復するためのものだ。でも、今回は全く違う意味となる。 寧ろ逆だ。
 
 「まあでも、せっかくの縁じゃ。
 あの時、わしの無知さ故に伝えられなかったことを教えてみるかの」

 ふっと、風を切る音がした。 ラケナの技が、[きりさく]が、一瞬でキラリのところまで飛んでくる。 すんでのところでかわすが、その時、後ろからぼそりと囁かれた。
 失望に満ちた声が、キラリの鼓膜を震わせる。

 「......こういうものじゃよ。 現実って」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一方、イリータとオロル。 こちらは話すわけでもなく、ヨヒラとお互い睨み合う体勢となった。 会ったのは、あの廃墟以来。
 沈黙を先に破ったのは、オロルの方だ。
 
 「......そうだ。 君に聞きたいことがあるんだよ」
 
 ヨヒラの目がぴくりと動く。 何を聞いてくるのか警戒した様子だが、オロルは構わず続ける。
 
 「君に逃げられた後のことだよ。 あの集落のポケモンの末路が分かったんだ。 ......君があそこの関係者だとするなら......正直、窃盗事件が絡んでなくても見過ごせない。
 教えてくれよ。 なんであの集落はああなった?」
 
 ヨヒラは表情を変えず答える。
 
 「......前言った通りだ。 欲によって自滅したんだ」
 「なんの欲だい?」
 
 オロルはすぐさま切り返す。 ヨヒラは言いたくないようで口をつぐむが、そこで彼は畳み掛けた。
 
 「ありえないじゃないか、集落全体が欲に呑まれるなんてこと。 それほどに大きなものがあったら別だけど。 でもそれほどのお宝があるようには僕には見えなかったよ? あの紫陽花も、本来綺麗だと眺めるものだ。 君の言う欲とは多分関係ない。
 ......僕の言いたいこと、分かるよね?」
 
 オロルの口調が激しくなる。 激しい吹雪のように、彼の抱える疑問を、思い切りぶつけた。
 断定は出来ない。 でも、どうしてもその可能性が、彼の頭から離れない。......多分離れない理由は、あの時、あの集落の惨い末路に気づいてしまったから。 その事実がこびりついて離れず、そこにヨヒラへの疑問も付随してきて、一緒に頭の中でくっついたから。
 
 「君、何かしたんじゃないのかい? あの集落に何か仕向けたりしたんじゃないのかい!?」
 
 





 
 
 「......黙れ」
 
 ヨヒラは、質問には答えない。 答える気など元から無かったのだろう。
 
 「何も知らない者どもが......」

 静電気が、バチバチと頬を走る。 それは、まさに怒りという言葉を表している様にも見えた。 ......今までで見た冷静な姿が影を潜めて、激情があらわになっている。
 多分、理由は簡単。 自分の1番触れられたくないものに踏み込まれたから。
 ユズ達の遠征の時もジュリの件も然り。 踏み込まれたくないもの、隠しておきたいもの、思い出したくないものに土足で踏み込まれれば......。
 激情は、胸の中で燻る憎悪は、自分の理性では隠せなくなる。 剥き出しになる。
 
 「私の汚点をほじくり出すなっ!!」
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 (......オロルも、嫌なことするわね)
 
 事前に、少しだけオロルとテレパシーを介して連絡をとったイリータ。 今回の「作戦」は、オロルに対して多少のもやもやが募るものだった。
 相手を感情的にさせてしまえば、動きは単調になる。 ヨヒラは素早いし身軽だけれども、動き自体が異常にトリッキーというわけではない。 だから、精神的なことを突ければいくらか有利にはなるかもしれない。 それがオロルの思考だった。 自分の疑念も吐き出せるから、もし真実も聞き出せたら一石二鳥だと。 久々ながら彼の黒い部分も感じ取ったことから、彼女はあまり賛成したくなかった。 でも、彼はかなり頑固であり、丸腰で戦っても前のようにラチが開かなくなるだけだ。 それを考え、イリータは渋々「分かった」とテレパシーで返した。
 
 (ごめんなさいと、言うべきかしら)
 
 そう考えながら、イリータはヨヒラの攻撃をいなす。
 だが、そう迷ってもいられなかった。
 
 (......でもそうだ。今はまず勝たなきゃいけない)
 
 ユズの事実を聞いて、ダンジョンへの準備に行った時。 イリータとオロルは話し合ったのだ。
 自分達は、恐らくこの件では完全な部外者であると。 でも、だからこそ、部外者なりに、当事者のユズや、関係者であるキラリや、虹色聖山に絡みのある村の2匹も、支えなければならないと。
 部外者だからといって、本来関係ないからと言って、負けるわけにはいかない。 自分達の行動が、ユズ達の未来を変えるかもしれないからには。
 何がなんでも、「全員の勝利」を支える。 そのためには足掻かなければならない。 それは、2匹共通の思いだった。 ......きっと、レオンもそう思っていることだろう。
 
 「[こおりのつぶて]!」
 「[ねんりき]!」
 
 念力の力でスピードをより早めたつぶてが、ヨヒラの体に当たる。 オロルの作戦は成功だったようだ。 体力を気にせず突っ込んできたからか、ヨヒラの顔には疲れが見える。
 
 
 その刹那だった。
 
 「......ちっ!」
 「あっ待て!」
 
 ヨヒラは舌打ちして茂みに潜る。 誰の目線も浴びることのない草むらの中、ヨヒラはその手をぐっと握りしめる。
 

 「......この手は、使いたくはなかった」
 

 そんな、ヨヒラの小さく悔しげな言葉は、茂みへと走る2匹の耳には届かなかった。
 
 
 
 



 
 
 
 「逃げたってわけじゃないよね?」
 「それはないわ。 流石にこの場で味方側の戦力を削るような真似はしないはず。 ......どこに隠れたのよ」
 
 茂みを見ても、ヨヒラの姿はなかった。
 どこかに潜んでいるだろうと、辺りを見回す。
 だが、その時異変は起きた。 オロルが後ろからの殺気を感じた時......。
 2匹は、目を疑うものを見る。
 
 
 
 「がっ!?」
 


 オロルの背後から、紅色の、強い勢いを持った「炎」が襲ってきたのだ。
 
 
 
 




 
 
 
 
 「なっ......」
 
 イリータはオロルの後ろを見る。 木の上ではヨヒラが、見慣れたピカチュウが、憎悪の表情を浮かべていた。
 今の炎はなんだ。 周りのポケモンでも助太刀に来たかとイリータは予想する。 だが、周りはみんな目の前の戦いで精一杯だ。 こちらに技を放つ余裕なんかない。 じゃあ、あの炎を放ったのはヨヒラということになる。
 
 ......でも、どうやって?
 
 
 ヨヒラはまた茂みに潜る。 どこにいるのか予想のできない状況下。 イリータは周りを見回しながら、思考を加速させていく。
 道具? いや違う。 ばくれつのタネは炎の射程が短過ぎる。 背後からだったから、投げられたそれをオロルが噛み潰すことによって爆発した可能性も無い。 でも他に何があるというのだろう。
 何があるんだ、何が......!
 


 「......そういうことか! イリータ!! 気をつけて!!」
 
 イリータははっとする。 どうやらオロルは先に勘づいたようだ。 鬼気迫った顔で、警告してくる。 何に気をつけるのか分からず、彼女には困惑の表情が浮かぶ。
 
 「こいつ、『ピカチュウ』じゃない!!」
 「えっ!? どういうことよ!!」
 
 普段は絶対に聞かないような言葉。 さらにイリータは困惑する。 理解するには難しく、説明を求めた。
 
 
 「こいつはーー」
 
 だが、説明を聞いている暇はなかった。
 
 
 





 
 瞬時に動き、イリータの背後に迫る影。 それは、確かにピカチュウのものではなかった。 明らかに大きい。息遣いが荒いのを肌で感じる。 地面の影に映るのは、常に獲物を求めるような、禍々しい風貌の......
 

 
 ーー黒い翼の、ミツ首の竜だった。
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 「サザン......っ!?」
 
 そう叫ぼうとしたが、そんな暇すらもなかった。 どす黒い[あくのはどう]が飛んでくる。 エスパータイプのイリータには、効果抜群だ。
 
 「きゃっ!?」
 
 波の様に襲いくる悪意。 それに押し負け、イリータは後ろに吹っ飛ばされた。 しかし休んでいる気はさらさらなく、出来る限り早くカバンの中のオレンを取り出し、口の中へと突っ込む。
 
 素早い咀嚼と共に、頭をフル回転させる。 あれは......サザンドラというポケモンだった。 ヨヒラの持つ姿ではない。 明らかに変だ。 おかしい。 そう考えながらオレンを飲み込み、頭の中を整理していく。
 そういえば、そうだ。 あの廃墟の時も変なことがあったのだ。
 ヨヒラがいなくなった後に、茂みの中にホルビーがいたのを彼女は覚えていた。ダンジョンから逃げたものじゃないかとは一瞬思ったわけだが.......でも、今思えばそんなことはありえない。
 ダンジョンの力に呑まれ、自我を失ったポケモン達が、そう簡単に外に出られてしまうはずがない。
 
 まずダンジョンでは幻影の方が遥かに多く、本当のポケモンというのは絶対数がかなり少ない。 だが、そんな中でも不幸なことにダンジョンに呑まれてしまったポケモンがどうなるのかというと、ダンジョンの自然の摂理に支配されるのだから、「その場所で生きること」だけに極端に執着する。 階段で外に出ようとする思考はまずないーー。 病院で穴が開く程見つめたダンジョン図鑑の内容が、彼女の脳内に蘇る。
 そう、あのホルビーは野生じゃない。 そして、あんな廃墟に他の街のポケモンがやってくるとも思えない。
 だからあのホルビーは.......ヨヒラ、と呼ぶ他ない。
 
 なるほどと、イリータはオロルの言葉にやっとのことで頷けた。 彼の洞察力には感服するばかりだった。
 ピカチュウだけではなく、先程のサザンドラ、この前のホルビー。 さっきの炎を放ったのは、勢いからして炎タイプのポケモン。 ......次々と己の姿を変えていく彼女。
 
 そう、こんなことが出来るのは......!
 
 
 
 
 


 
 
 イリータは、再び茂みに隠れたヨヒラに語りかけた。

 「......随分振り回してくれるじゃない!」

 相手は何も答えない。 オロルはイリータも気づいたのを察したようで、それの嬉しさだったり、気づいた事実に対してに純粋な嫌さで、複雑な表情だった。

 「正体を明かすのは恥ずかしいのかしら?」

 イリータはありったけの嫌味を込めて言った。 振り回してきた相手への怒りでもあるし、気づけなかった自分たちへの怒りでもあった。 あの初めての邂逅の時。 逃げていった時のこと。 ......どうして気づけなかったのか。
 不思議なものだ。 どんなに難問のように見えても、全く予想がつかない謎だったとしても。 少しのことで、あまりに当たり前で、単純明快なものとなる。
 何重にもかかる霞が晴れただけで、見える世界が大きく変わるように。
 
 
 
「......卑劣な手を使う『メタモン』よ!!」

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