第6話 ~ちょっとしたにちじょう~

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読了時間目安:18分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

前回のあらすじ
バタフリーからの、「"あついいわ"と言う道具を集めてください」という依頼を満身創痍になりながらもなんとか達成した救助隊キセキの二匹。しかし、どうやらこちらの気づかない形で妨害を受けていたようで……?犯人は捕まったけど、どうしてそんなことをされたのかは分からないままだ。
洞窟……暗い、洞窟。暗くて、冷たくて、狭い洞窟。そこで、二匹のポケモンが会話を交わしていた。あまり表ではできない会話を。

「いやぁ、"スターチ"。君を助け出すのには苦労したよ。判断力の"は"の字もない幼いポケモンたちがいなけりゃ、そこそこ危なかった」

会話を交わすポケモンの一匹……その姿はよく見えない。分かるのは、彼が不気味に微笑んでいる事。ただそれだけだ。

「どうでもいいじゃない。目的は果たしたのよ?」

そう、不機嫌そうに答えるのはスターチと呼ばれたメスのニャオニクス。先日自らの悪事が白目の下にさらされてしまい、結果捕縛されてしまっている事を考慮すれば……彼女は異常なほど大きな態度を取っているといえるだろう。

「……心配しなくとも、報酬の小切手は郵送しておいたよ。大丈夫、ペルシアン銀行でちゃんと換金できるし、足もつかないはず」
「私の心を読んだわね。気に入らないわ、あなたはエスパーでもないのに人の思考を読み透かすから」

スターチは、こう思っていた。"この失敗によって、報酬が減らされるんじゃないか"……"なんらかのペナルティーがあるのではないのか"。強気な姿勢はその不安の裏返しだったのかも知れない。

「まあ、君の言うとおりちゃんと目的だけは達成しているからね。今回のは失敗にカウントされないから安心していいよ。君の息子さんや夫に手を出すような真似も、もちろんしない」
「"次やったらひどいことをするぞ"っていいたいの?」
「……人間の遺した資料によると、"メスのニャオニクスは無愛想でワガママ。でもそこが人気なのだ"とあるよね。つらいねえ、サガっていうのは。よく分かるよ」

質問に答えろ……話をそらすな。そう言わんばかりに、スターチはもう一方のポケモンを睨むが、そいつはそれを無視して三枚の写真を取り出す。それらはすべて、赤いスカーフをつけたミズゴロウの写真だった。

「チッ……」
「まぁまぁ、舌打ちなんてしないで……これを見てよ。君の協力のおかげで、とってもイイ写真が撮影できた。君の卓越した精神干渉技術で、彼を危険な仕事に送り込んだおかげでね。ついでに"あついいわ"も確保できたし……サイコーだよ」

三枚の写真はそれぞれ、"ミズゴロウがやけどを受けた友人を心配しているシーン"、"ミズゴロウがメガトンキックを食らったシーン"、"ミズゴロウが受け身を取ったシーン"を撮影した物だ。それを見せびらかすポケモンの笑顔は……正直、お世辞にも見ていて良い気分になるとは言えない。

「ほら。いい目をしていると思わないかい?彼、シズって言うんだけどね」
「あんたの考えは理解できないわ。"いい目"って、どんな目よ?」
「……まあ、別にわかってくれなくてもいいんだけど」

そう言ってポケモンはそっと、写真をしまう。とても大事そうにしながら。幼い子供が、憧れのポケモンから貰った宝物を慎重に扱うように。

「イイ写真だ。さすが被写体が……ふふ」
「被写体が、何ですって?」
「君に言ったって無意味さ。だから教えない。で、次の仕事なんだけど……次も君にしかできない仕事だ。対象に気づかれずに、対象の心を操れるエスパーは僕の知る限り君しかいないからね」

……スターチから見た彼は、とても楽しそうだった。ポケモンをもてあそぶ行為を、心底楽しんでいるようだった。そして彼女は思う。"なぜ、私はこんなやつに関わってしまったのか……?"と。

「スターチ。君、僕が心を読めるのを忘れてないかい?」
「……チッ」












「……昨日もとんでもなかったけど、今日も今日でひどい日だ……」
「あはは……」

誰も知らない、闇の中での会話からさかのぼること数時間。最悪の初依頼を終えた救助隊キセキの二匹は、潮風の香りがする町"シーサイド"を散策していた。相も変わらずここに人間の姿はなく、それらはすべていろんな種類のポケモンたちに入れ替わっている。

「ボク、ポケモンしかいないこの場所でうまくやっていけるのかな」

あくまでストレス解消のために町を歩いているはずのシズ。しかしこの場所を見ていると、むしろ人間が絶滅しているという事実が襲いかかってくる。……一生、ボクはこれに悩まされてしまうのだろうか……?

「シズ、もっと前向きに考えなよ。ほら、"カクレオン商店"のカクレオン兄さん、とっても話し上手だから……あのポケモンの話を聞いてたら、悩みなんて吹き飛んじゃうよ」

"カクレオン商店"。救助隊協会から近いこと、救助隊向けの道具を多く取り扱っていることから、そういうポケモンたちから大人気のお店らしい。シズたちはそこに用があるのだ。

「ユカ、ゴメン。気をつかわせちゃって」
「シズ……あ、ほら!そっちを曲がったらカクレオン商店だよ!!」

暗い話題はもう終わり!そう言わんばかりに、明るい声色で話題を変えるユカ。そして少し歩くと、二匹の目的地が見えてきた。それは木材で造られていて、ツタや葉っぱなどの自然物をうまく利用した装飾が施されており……そしてなにより、1番目を引くのはカクレオンの顔をかたどった特徴的な屋根だろう。

「あ、お客さん。私のお店にご用ですか~?」

お店に近づくと、一匹のカクレオンがこちらに話しかけてきた。見ているだけでも気分が晴れる、気持ちのいい笑顔とともに。

「カクレオン兄さん。こんにちは!」
「……あ、ユカちゃんじゃないですか~!……そのスカーフ、今日もちゃんとつけてるんですね~!」

ユカはカクレオンを見るやいなや、親しげに話しかける。それに対しカクレオンもまた、親しげに返事を返す。友達っていうのは、いい物だ……でも、そんなに親しいならなぜ、ユカはカクレオンのことを名前で呼ばないのだろう。シズの知っているポケモンたちはみんな名前を持っているのに、彼だけ例外だなんて事があるのだろうか?

「……おや?そっちの方は?」
「ワタシの救助隊キセキの仲間……シズっていうんだ!」
「"ワタシの救助隊キセキ"……?ユカちゃん、救助隊になれたんですね~!」
「うん!夢、かなったよ!それでさ、それでさ!!」

ユカとカクレオンは、そのまましばらく雑談を続けた。シズのことはそっちのけで。

「あ、あの……ユカ……?ボクたちがここに来た理由、忘れてないよね?」

シズの言葉を聞いたユカはハッとした表情をする。本当に忘れていたのか……

「……そうそう!んでさ、シズに鞄を用意してあげたいんだよね!」
「なるほど、それならいい物がありますよ~。みずタイプのミズゴロウにぴったりなものです~」

そう言ってカクレオンはお店の中に入り、そして1つの鞄を持ってくる。茶色の外装で、内側は暗めの色彩をした黄色い鞄。ユカの持っている物とほぼ同じような見た目だが……

「見た目はそこら辺の鞄とそう変わらないんですが……これ、すごいんですよ~?」

……なにやら、この鞄にはヒミツがあるらしい。カクレオンが悪巧みをしているような顔……と言うと失礼かも知れないが、とにかくこちらの期待をあおる表情を見せつけてくる。その雰囲気に当てられたのか、シズはゴクリとつばを飲み込み、そしてこう、質問をした。

「……どう、すごいんですか?」

カクレオンは"待ってました"と言わんばかりにパチンと両手をたたき、営業トークをけしかける。

「ふふふ……なんと、完全防水なんです~!!ひとたび鞄を閉じればたとえ深海の水圧に晒されても液体を完全シャットアウト!!」
「そりゃすごい……でも、水中で鞄を開けてしまったら結局水が入っちゃうのでは?」
「そこも安心!鞄の裏側を見てください!!」
「……これは。ポーチと道具かけがくっついてる。」
「そう!あえて水の入っても大丈夫なポーチを設けることで、水中での利便性をカバー!!特に道具かけは地上でも便利な優れものです~!!」
「……でも、完全防水なんだしお高いんでしょう?」

値段の話が飛びだしたのなら、お客さんが商品に興味を持った証拠……商売にポケモン人生をそそいできたカクレオンはそれを知っていた。これでトドメだ!

「う~ん。おいくらだと思います~?」
「……50000ポケくらいですか?」
「なんと今なら1000ポケぴったりですよ~!」
「……買ったぁ!!」

勢いに任せてシズは叫ぶ。救助隊キセキの全財産を鞄1つのために使う判断を、勢い1つでだ。確かにこんなすごい物が依頼1回分のお金で手に入るというのは素晴らしいのかも知れないが……

「シズ!?ちょっと!」

当然、ユカはそのメチャクチャな言動に異を唱えるものの、彼女の言葉が聞き届けられることはなかった。

「ありがとうございました~!」
「……ふふ。早速見てみようか!この鞄の耐水性を!!」
「ええーっ!?」

カクレオンと話すまでの陰鬱な雰囲気はどこへやら。海の方向へ走るシズの姿に対して、ユカはどこか安心感のような物を抱いていた。"ボク、ポケモンしかいないこの場所でうまくやっていけるのかな"……彼を見ていれば分かる。この言葉はきっと、杞憂に終わるのだろう。

「シズ!待ってよ!!」

ユカもシズの尾ひれを追って、ポケ混みの中へと消えてゆくのだった。この後、お金の使い方についてシズがきっちりと叱りつけられたのは言うまでも無い。












「海……海かぁ……勢いでここにやってきちゃったけど、いい場所だね。しっぽ振って喜ぶっていう感じ?とにかく、すごくいい!」
「感動してるね、シズ……」

浜辺。さざ波の音。ちょうどいい日差し。湿気の乗った風の香り。ミズゴロウの最終進化形のラグラージは綺麗な砂浜に巣を作ると言うが、きっとここがその場所なのだろう。こんなにも気分が緩むのだから。こんなにも、本能がこの場所に居たいとささやいて来るのだから。

「……ひゃっほーう!!」

……そんな穏やかな本能の訴えとは裏腹に、シズはとてもはしゃいでいた。初めて無限に広がる水平線を見た子供のように……砂地を走り、海の中へ飛び込んでいったのだ。海水が飛び散る、あの響きとともに。

「うわっ、こっちに水しぶきがっ!」

ユカの声が聞こえたような気がするが……そんなことは気にせずに、シズは水中を、地上とはまた違った景色を泳いでみる。海草やサニーゴの群れ。海底に沈む岩や海中で暮らすポケモンたち……頭とお尻にくっついたそれぞれ役割の違うひれと、4つの脚を使って、この場所を上下左右へと移動できる。人間だったときより、うまく泳げるのだ。

(自由だ……地面の上より、ここは自由だ!)

そして、ほっぺたについたエラのおかげで呼吸にも不自由しない……少年シズの心の中は、感動で満たされていた。まさか生きているうちにこんな体験ができるとは思っていなかった。その場でくるくる回ってみたり、そのあたりにいたコイキングと一緒に泳いでみたり、水上へと向かう泡を追いかけてみたり。

「んー?きみ、この辺じゃあ見ない子だねぇ」

そうやって海中探索をしばらく楽しんでいたシズ。そんな彼に一匹のサニーゴが話しかけてきた。

「こんにちは。君は?」
「見ての通りのサニーゴだよぉ。きみこそ、だぁれ?」
「あぁ。ボク、シズっていいます。お名前はないんですか?」
「うーん。ないねぇ。地上で暮らすポケモンたちは、ニンゲンのマネをしてぇ、ニックネームで呼び合うって聞いたことがあるけどぉ、海で暮らすぼくたちは、昔地上で暮らしていたっていうニンゲンの文化に触れる機会が少ないからねぇ。紙とかを水中に持ち込むと壊れちゃうしさぁ」
「……人間のマネ、ですか?」

人間がいなくなったら、今度はポケモンたちが人間と同じ事をする……なんだろう。環境汚染とか、そういうひどいこともいつかマネしちゃうのかな?ポケモンたちは……そんなわけないか。自然の中でしか生きられないポケモンも居るのに、そんなことするわけないか。

「……あ。きみのトモダチかなぁ?あのイーブイ。きみのこと呼んでるよぉ」

"人間のマネ"から続いて、自分たち人間がポケモンや自然を振り回していた事実を連想していたシズにサニーゴが声をかける。……耳を澄ましてみれば、確かに"……シズ!シズ!!ちょっと!"というユカの声が聞こえた。地上から水中へ声を飛ばされているせいで音がかなり霞んでいるが。

「サニーゴさん、ありがとうございました。海の世界のこと、ちょっとだけ分かりました」

シズはお辞儀をした。それに応えてサニーゴもお辞儀を返そうとするが、体の構造上、うまくできないようだ……

「ん……ん……。うまくできないなぁ……あれ、どうしたのきみ?なんかつらそうな顔してるけど?」
「あ、いや……人間ってひどいなぁって……」
「うん?それってどういう……」

まるで突拍子もない話題にサニーゴは首をかしげるような動作をするが、それを無視してシズは水上とへ泳ぎ去る。

「さようなら!サニーゴさん!!」
「えっ……?ば、バイバイ……」

シズは振り返って別れの挨拶をする。……そのときに見えたサニーゴの困惑した表情が、シズにとってとても印象的だった。












「ぷはっ……」

水面に浮上すると同時に、シズは大きく息を吸い込む。人間だった時のクセなのだろうか、それともミズゴロウがエラ呼吸から肺呼吸に切り替えるための行動なのだろうか……それは分からないが。

「シズ!てっきり溺れたんじゃないかって……10分だよ!10分!!」

浜辺の方向からユカの声が聞こえてきた。シズは"自分は10分間も水中に潜っていたのか"……"楽しい時間はすぐに過ぎるんだな"……そう、あのひとときのことを思い返す。

「大丈夫!ミズゴロウはエラ呼吸できるから!」
「いや、そういうことじゃなくって……どこかに流されていっちゃったのかもしれないって事だよ!」

ユカの言葉選びのミスや表情、シズの直感から考えるに彼女はかなり焦っていたらしい。シズは、内心申し訳ないなと考えつつ浜辺の方に泳いでいく。

「無事なら別にいいんだけど……シズ。本当に怖かったよ、キミがどこかに行っちゃうんじゃないかって」

シズが無事に砂浜へと上がったのを見て、ユカは緊張の糸が切れたように地面へへたり込む。それを見たシズはあえて冗談めかした口調で、こう言った。

「ははは、怖がりすぎだよ。……ごめん。気をつかわせちゃって」
「……もう。……ん?」

そして二匹はその後、数秒間だけ黙っていた。仕事を終えて水平線へ沈みゆく夕日を目撃したからだ。空に広がるオレンジのキャンバスに塗られた白い雲と、水面で乱反射する太陽光の輝きを……

「……綺麗だね」
「……ボクも、そう思う」

たとえこの世界から人間が消えたとしても、ポケモンが消えたとしても。ただ1つ、時間だけは流れ続ける絶対のルール……その象徴が太陽と月、そして暗闇の空に浮かぶ無限の星々なのだ。そんな言葉がすらすらと思い浮かんでしまうほどにこの景色は美しい。

「あ。そうだ、シズ。鞄の耐水性はどうだった?」

意識が、"シズが無事帰ってきた"という話からそれたからだろうか。ユカはここにやってきた理由を思い出す。

「……忘れてた」

シズは返事をすると、自分の体に提げた鞄を開いてみる……内部が濡れていたり、水が入っていたりなどの問題は一切起こっていないようだ。

「すごい。カクレオンの言ったとおりだ……でも、なんでこんないい物がたった1000ポケで売られていたんだろう?」
「……在庫処分だろうね。水に入っても大丈夫なのはすごいけど、元々水中で暮らすポケモンにとっては道具が濡れていても濡れていなくてもほとんど関係ないとか、そういった理由で売れ残ったんだよ」

シズはポケモンたちの社会的事情に疎いので、ユカの言葉が正しいのか正しくないかは判断できなかったが……それでもシズは彼女の意見に賛同する。

「なるほど。海のポケモンたちはそういう物持ってなかったし」
「……実はこれ、今考えたウソなんだけどね」
「えっ!?ほ、ホント!?……ふふ。あはははっ!!」

子供らしい、ちょっとした冗談。真面目な会話に突然挟まってくる、時と場合を顧みぬ言葉。ユカの口から飛び出したそれに、思わずシズは笑ってしまい……そして、それと同時に彼は思う。

(どうしてユカは、こんなにもボクを大事に……まるで、長年付き添ってきた友人のように扱ってくれるんだろう。昨日ボクを救助隊に誘ったときも、今日ボクをかばってくれたときもそうだ。まだ、出会って1日くらいしか経っていないのに……)

座りながら笑い続けていたシズの思考は、自分の隣に居る一匹のポケモン……ユカの言葉によって遮断される。

「……シズ。暗くなる前に、帰ろっか」

(……いや、大事にしてくれることに理由を求めるのは間違っているのかも知れない)

「あはは……はは……うん。そうしよう……はぁー、疲れたーっ」
「昨日も今日も、色々あったもんね、シズ。……明日もひどい目にあったりして!」
「ええっ!?縁起でも無いこと言わないでよ!!」
「ゴメンって。ははは!!」

"頬を膨らませてみたり、笑ってみたり。冗談を言ってみたり、悲しんでみたり。ユカと居れば、きっと……ボクは、幸せに生きていけるのだろう。友達扱いしてくれる意味なんてどうでもいいじゃないか"。海水でびしょびしょになってしまったスカーフを絞りながら、シズはそう思考を締めくくる。

「あっ、ちょっ……ユカ!!ボクをおいていかないでよ!!」
「カクレオン商店の時の仕返しだよ!!悔しかったらワタシに追いついてごらん!」
「ぐっ……まてーっ!!!!」

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