第六十話 花咲かぬ世界へ

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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 かつかつかつ、と静かな岩屋に足音が響く。そこに控えるのは、ヨノワールの忠実な僕たるヤミラミたちに、その頭領たるヨノワール。ヨノワールはすでに見せかけの柔和な微笑みの仮面はかなぐり捨て、今や不敵な笑みを見せていた。それがなかなかどうして、似合って見えた。
 くいとヨノワールは顎でぞんざいに指図をする。すると、ヤミラミたちは何かを解したかのようにその場から離れていく。ヤミラミたちがこの場からいなくなったことを確認すると、ヨノワールは不敵な笑みをしまいこんで代わりに何かを慈しむような、そんな恍惚とした表情で目の前の存在へと跪いた。

「お待たせしました、ーーーー様。苦労はしましたが、ようやくやつらを捕まえることに成功しました」

 恭しくヨノワールがそう言って深々と頭を下げる。しばらく何も動きはしない。だが、相変わらずヨノワールがその姿勢を崩さずにいる。すると、ゆらりとその空間が揺れた。

 ーーグルルルルルルルルル

 もはや意味をなさない唸り声が、ヨノワールの前に立つそれから漏れ出る。しかしヨノワールはまるでその言葉がわかっているかのようにまた頭を下げた。

「はい、わかっています。歴史を変えるものは消すのみ」

 すう、と一つ小さく呼吸する。そして今度は胸元に手を当てて笑みを浮かべた。

「“星の調査団”、その残党はすぐに排除してみせます。ご安心を」







 シオン=ハーヴィが目を覚ましたのは冷えてじめじめとした空間である。居心地の悪い体勢で寝ていたためか、体の節々に痛みが走り顔をしかめた。そんな体を叱りつけながら起き上がり周囲を見渡す。寝ていたその場所は狭く、おまけに逃がさないように鉄格子がついていた。いつぞやの“エーファ教団”に捕まったときを思い出す。そのときは自分と同じように捕まっているポケモンがいた。しかし、今は周囲に誰もいない。
 すると、ぎいという音がして鉄格子が軋む。そこにいたのは目を宝石のように怪しく光らせるヤミラミたち。そしてーー

「ヨノワール、さん」

 混乱したままにその名を呼ぶ。目の前にいる能面のようなポケモンがわからなかった。ヨノワールはそんなシオンの目を見ようとはせずにヤミラミへ視線を走らせる。

「ヨノワールさん、ねえ! 私だよ!」

 懸命な呼びかけにヨノワールは耳を傾けようとはしない。ヨノワールが目配せを一つすると、ヤミラミたちがシオンの体を縛る縄をきつくして、目隠しをつける。

「ーーシオンさん」

 ふとシオンの耳元で囁き声が聞こえる。聞き慣れたヨノワールのゆったりとした深みのある声だ。

「いざというときは私を頼ってください」

「……え?」

 ヨノワールの囁きに間の抜けた声でシオンは答える。だが、問いただそうとした手は虚しく空を切り、シオンの身体はヤミラミたちに強く引っ張り出される。後に残るは、湿った牢の片隅でぴちゃん、ぴちゃんと水が跳ねる音だけであった。








 ライト=エレイシアが目覚めた場所もシオンと同じくまた地下牢のような場所である。目を閉ざして耳をすませば水が滴る音が聞こえてくる。そして、どこからとなく足音も。

「目覚めたかな?」

 冷酷で高慢な声の調子。ライはそれが化けの皮をかなぐり捨てたポケモンであることに気がつく。

「ヨノワール」

 ビリビリと電気袋に帯電させてヨノワールを睨む。遥か格上の相手とは知りながらも、逃げる算段をライは捨てていなかった。

「戦いたければ戦って結構。まあ、戦ったら君は私に負けるし、あのイーブイも死ぬがね」

 さらりとヨノワールは残虐な真実を突きつける。ライはヨノワールを睨むことをやめはしないが、ほおの電気を空へ逃した。

「何のために俺たちを連れてきた」

「今から死ぬものにそれを知る必要はあるまいよ」

 ヨノワールはくいとヤミラミに合図をすると縛ったライの体を強く引っ張る。何かを言おうとしたが、それよりもヤミラミが口に布を噛ませ、目隠しをする方が先であった。ギリギリと奥歯を噛み締めてライは見えない前を睨みつける。どこへ連れていかれるか、そしてシオンがどうしているのかがわからない不安を抱えながら。








 しばらくライはヤミラミの鋭い爪に促されながら黙って歩いた。自分がまだ死んでいないということは、すなわち利用価値があるからであろう。下手に暴れてさらに悪い状況を招いては困る。少なくとも、今はまだ。
 目の前が見えないので聴覚に意識の全てを捧げた。ヤミラミたちがきんきんとした鳴き声をあげながら、自分の体をきつく縛るように指示する声が聞こえた。やがて、背中にひやっと金属質なものが触れたような感触が走る。どうも柱に縛り付けられたようだ。やがて乱暴に目隠しが取られる。急に差してきた光が眩しく、何度もライは目を瞬かせる。

「ライ……?」

 横から懐かしい、そして心地の良い声が聞こえる。ようやくライは安心してほっと息を吐いた。

「シオン、無事か?」

「うん、大丈夫だよ」

 シオンは縛られた体を窮屈そうに動かして答える。

「ふん! これからどうなるかもわからないのに随分と呑気なんだな」

 またも横から声が聞こえた。ライは体をねじり、声の主を見る。そこには自分たち同様に縛られたジュプトルが顔をしかめていた。

「ジュ、ジュプトル!」

「なんだ犯罪者を見たような顔をして」

 気だるそうな声でジュプトルはシオンの声に返した。シオンはジュプトルを睨みつけたが何も言い返しはしなかった。

「お前たち、ここがどこだか知っているか」

 唐突なジュプトルの問いかけにライとシオンは首を振る。だろうな、とジュプトルは皮肉っぽく笑った。

「ここは処刑場だ。今から俺たちは処刑されるんだよ」

「ええー! しょ、処刑!?」

 驚いてシオンが声をあげる。体をまたも捻ったが、縄がより一層きつく絡まっただけであった。

「ちょっと待ってよ! ジュプトルが処刑されるのはともかく、何で私たちも殺されるの?」

「そんなこと俺の知ったこっちゃねえな。どうせお前たちが余計なことをやったんじゃないか?」

「なんだって! あなたと一緒にしないでよ!」

 シオンが珍しく声を荒げてジュプトルに噛み付く。そんな中でライは目の前をじっと睨み据えていた。空間が揺らいだかと思えば暗闇からヤミラミたちが現れる。

「あいつらは……」

「この処刑場での執行人、そして、ヨノワールの手下だ」

 処刑人という物騒な言葉にシオンは息を呑む。確かに怪しく光るヤミラミの爪は容易に肉体を引き裂くであろう。

「邪悪な爪だ。あいつらは処刑のとき、あれで俺たちを切り裂く。まともに受けたらあの世行きさ」

「そ、そんな! ヨノワールさんはどこ?」

 シオンは無実を叫ぼうとあちこちに視線を走らせる。だがヨノワールはどこにもいやしない。ヤミラミの目はダンジョンにいるポケモンのようで話が通じそうな気配は一切しなかった。ジュプトルはヤミラミを見て顔をしかめ、そして声を落とした。

「おい、お前ら。これからは小さな声で話せ」

「ち、小さな声?」

「ああ。お前たちも生き残りたいのだったらな」

 いくつもの反論がシオンの頭に浮かんだ。だがそれらを飲み下すと、渋々ながらも頷いた。

「わかった。何をすればいいの」

「ヤミラミたちは処刑の時に”邪悪の爪”を使い、乱れ引っ掻きを無秩序に繰り出す。それが俺たちを縛っているロープにぶつかれば……」

「ロープがほどけるというわけか」

「そうだ、その隙に脱出する!」

 ライが言うとジュプトルは我が意を得たりとばかりに頷いた。ただ、相変わらずシオンの表情は固い。

「で、でももしヤミラミたちが乱れ引っ掻きを使ってこなかったら?」

「……そのときは、それまでの人生さ!」

「「「「「「ウイイイイイイイイイーーーーーー!!!!」」」」」」

 ジュプトルが声を張り上げるや否や、ヤミラミたちが一斉に突進して乱れ引っ掻きを放つ。腹が、肩が、いや全身の至る所がヤミラミたちによって切り裂かれる。

「……た、耐えるんだ。必ずやチャンスは来るはずだ」

「でも、その前に私たちがやられちゃうよ!」

 シオンは泣き言を叫ぶ。ヤミラミの邪悪な爪は肉体でなく、意志も同時に刈り取っていく。乱れ引っ掻きはそんなに威力の高くない攻撃であるのにもかかわらず、道具のためか一撃一撃がとても重い。
 そんな中でライはただ歯を食いしばって耐え、じっと体に精神を集中させる。どこかでチャンスが来るはずというジュプトルの言葉が自然に飲み込めた。やがて、体を圧迫する感覚が薄れてきた。

「ーー今だ!」

「シャドーボール!」

 ライが叫んだ刹那にシオンは一気にためていた力を炸裂させる。目の前にいたヤミラミはその鋭い反撃に面食らい、ずるずるとその場に倒れる。

「リーフブレード!」

「雷パンチ!」

 こちらもシオンからやや遅れて得意技を放ちヤミラミへと浴びせかける。そしてジュプトルは懐から不思議玉を取り出して叩きつける。刹那、目を開けていられないばかりの光が場に満ち満ちていく。
 ヤミラミたちが目を開けるとそこには誰もいない。ういいー! と叫ぶとパニックになりあちこちをうろうろと走り回る。

「ーーどうした」

 何か異変があったのかとヨノワールが処刑場にやってくる。そしてバラバラになった縄に、捕まえたポケモンがどこにもいないことを確認する。

「ヨ、ヨノワール様! 申し訳ございません、奴らを逃しました!」

 土下座せんばかりの勢いでヤミラミはヨノワールへとペコペコ頭を下げる。どんな折檻がやってくるかと思ったが、ヨノワールは一言そうか、と呟いただけであった。

「落ち着け」

 パニックになって慌てふためくヤミラミへとヨノワールは一喝した。途端に所在無さげにうろうろとしていたヤミラミが隊列を作る。

「どうせジュプトルと奴らは組まないだろう。そう苦戦するはずがない」

「ウイイー! し、しかしあの二匹も逃してしまえばなかなか厄介で……」

「貴様らの基準で物を語るな」

 不快そうにヨノワールが言い捨てると、ヤミラミたちは顔を真っ青にして黙り込む。

「大丈夫だ。こんなこともあろうかと、一つ手を打っておいた」

 太い腕を組んでヨノワールがほくそ笑む。頭の中には自分を慕う目つきをするイーブイが思い浮かんだ。

「そうは遠くに行っていないはずだ。ポリゴンと連携しながら捕まえろ」

 ヨノワールが命じ、また自分もヤミラミたちの後を追いかけて処刑場を出る。目の前に広がる世界は枯れた大地に、永遠に変わることのない硬直した夜空。みすぼらしくも懐かしき故郷の姿であった。

「帰ってきたのだな、この世界に」

 意味深にヨノワールは呟いた。












 悠々と追いかけるヨノワールとは対照的にライたちは暗闇の中を全速力で駆け抜ける。木々は鬱蒼と茂り、夜も遅いのか辺りの景色はろくに見えない。そのうえ道も整備されていないので走り辛いことこのうえなかった。

 ーーとりあえず逃げなければいけない。

 彼らの足を動かすのは体力にあらず、生へしがみつく執念だけであった。しかし精神にはいずれ限界がくる。まずシオンが胸を抑えて苦しそうに倒れこむ。

「待ってよ……足が痛くて」

「もう一度捕まったらおしまいだ! 根性で走れ!」

「ごめん……もうダメだ」

 ジュプトルが叱り飛ばすが、ぜえぜえとシオンは苦しそうに呼吸をしてその場に倒れこむ。ヤミラミの攻撃の当たりどころが悪かったのか足の付け根にある傷が生々しい。

「そうか。なら悪いが置いていくぞ」

 突き放すようにジュプトルは言って前へ前へと走っていく。あっという間にその背中は小さくなっていった。

「……ごめん、ライ。先にジュプトルを追って」

「お前はどうするつもりだ」

「私は大丈夫。ちょっと休んだらすぐに追いつくから」

 シオンは肩で息をしながら気丈に微笑む。今の自分に付き合わせるわけにはいかなかった。すると、ライが無言でシオンを引き寄せてお姫様抱っこのような格好で抱きかかえてジュプトルのあとを追う。

「ーー!!! ……!!!」

 一瞬呆然とした表情を浮かべ、すぐに顔が真っ赤になってバタバタともがくが、羞恥のためか声になっていない。ライもまたほおに微かな赤みが差している。

「しっかりつかまってろ」

 ぶっきらぼうに言ってライは走り始める。シオンは顔を赤らめたままもぞもぞと腕の中でうずくまる。この想いがなんたるか、互いに気がつかないままに。












 どれだけ走り続けたであろうか。ようやく三匹は岩の陰に落ち着くと倒れこむようにして呼吸を整える。周囲にはヤミラミどころか野生のポケモンの姿すら見えない。安全ではあるが、不気味な光景でもあった。

「少し休んだら出発するぞ。ここに長くいたらそのうち奴らに捕まる」

 真っ先に呼吸を整えてジュプトルが告げる。だが、シオンはジュプトルを睨んだ。

「待ってよ。あの時は処刑場から逃げるために協力したけど、その後もあなたと一緒に行くとは言っていない!」

「俺を信じられないと?」

 皮肉っぽくジュプトルが問いかけるとシオンは大きく頷いた。

「当たり前だよ! 時の歯車を盗んだあなたを信用できるわけがない!」

「ほう。では時の歯車を守ろうとしたヨノワールは信用できるとでも? お前たちを殺そうとしたのに?」

 うっとシオンが反論に迷う。確かにヨノワールを今までと同じような信頼を捧げるのは不可能であった。かといって、ジュプトルを信用できるわけではない。そんな風に迷っているとジュプトルはくるりと回って背中を向けた。

「……まあ、俺も信頼されていない相手と道を同じくするわけにはいかない。達者でな」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 今みたいな暗い時間に逃げるんじゃなくて、夜が明けて朝になるまでまってから逃げた方がいいんじゃないの?」

 シオンがそう呼びかけると、歩き出そうとしていたジュプトルがはたと立ち止まる。そして深々とため息をついた。

「……残念だが、この世界に朝は来ない」

 皮肉げにジュプトルはほおを歪める。だが、その目は寂しそうでもあり辛そうでもあった。

「この未来は暗黒の世界。日が昇ることもないし、当然沈むこともない。従って朝も来ないしずっと暗いまま、そんな世界だ」

「ど、どうして?」

「それは、この世界では“星の停止”が起こっているからだ」

「“星の停止”って……前にヨノワールさんが言ってた」

「奴がどう言ってたかは知らないが、まあその通りだ」

「どうして未来でそんなことが起こっているの?」

「それを俺が話して信用するか?」

 突き放すような冷たい声でジュプトルが告げると、今度はシオンが言葉に詰まる。ジュプトルはそれを見るや否やシオンに背を向けた。

「先に行かせてもらう。残されたポケモンは生き続けなければならないからな」

 ぼそりとジュプトルが言葉をこぼす。そしてふいと歩き始めようとしたが、その体はしっかりと捕まっていた。

「おい、待て」

 ライがしかとジュプトルの肩を掴んでいた。それは、ライのどこかに引っかかり続けている言葉。あの葬送の日、ふとライの内側から湧き出してきた言葉をジュプトルが口にしていた。
 シオンも、そしてジュプトルもその反応に困惑した表情を浮かべる。だがライは無視してジュプトルを鋭い目で見つめた。

「その言葉、どこで聞いた」

「……言葉?」

「残されたポケモンは生き続けなければいけない、その言葉だ」

 胸を押さえてライがただ問いかける。ジュプトルはそんなライの様子を見て不思議そうな顔をする。

「ーー俺の友達さ。俺と志を同じくするやつのな」

「とも、だち?」

「ああ。……じゃあな。ヤミラミたちに捕まるんじゃないぞ」

 ライに不信感を持ちながらも、ジュプトルはやんわりとその腕を振りほどく。そして、一気に加速して、視界から消えた。
 稲妻に打たれたような、言葉にしようのない衝撃がライのうちでたゆたう。そんなライを不安そうにシオンが見た。

「ライ、どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 今はそれどころではないとライは首を振って歩き始める。いないものはいない。ジュプトルについて言及しても仕方がない。今やらなければいけないことはシオンを連れてこの未来世界から脱出する、それだけだ。
 ーーだが、ライの胸にあるモヤモヤは晴れない。なんとも言えないこの違和感はずっとライの腕を引っ張っていた。まるで、とんでもないことを忘れているかのように。

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