9.追憶

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読了時間目安:13分
***

「いっただっきま~す!」
シンシアとルトラが囲む丸いテーブルの上には、色とりどりの木の実が盛られている。今朝食べた非常食とは別に引っ越しの時に持ってきたものだった。もいでから時間が経っているためやや風味は落ちているものの、それでもまだ十分に食べられる状態だった。
「―しかし一階のあれ、どうしようか」
クラボの実をひょいとつまんで、シンシアが呟いた。
二匹が夕食を摂っているのは二階―すなわちシンシアの部屋だ。
本来であれば一階が二匹の共有スペースなのだが、そちらは今朝と変わらず足の踏み場もない状態だった。しかし、くたくたに疲れて帰って来た二匹にはもう整理整頓をするほどの気力はない。
「明日からちまちま片付けていけば?」
「なんか他人事だなあ。私一人でやれっていうの?」
「だってあれほとんど俺の荷物じゃねえもん」
「確かに」
正論を突きつけられ、シンシアには反論する余地もなかった。深いため息と共にテーブルに突っ伏す。
一人で片付けるとなれば、まずはどうしたものか。
あれだけの量を一度に荷解きできる自信はない。となると、手始めに荷物をもう一度外に運び出す必要がある。それから一つずつ家の中に運び入れていくか…。
―などと考えていると、ふいに後ろ頭をつつかれた。
「うわっ」
顔を上げてみれば、ルトラが憮然として見下ろしている。
「しょうがねえからちょっとは協力してやるよ。ここは俺の家でもあるし…。でもこれっきりだぞ。今後は俺のことばっか当てにすんなよ」
「うん、ごめんね。ありがとルトラ」
笑顔で感謝の言葉を述べると、ルトラは照れたように口元をむずむずさせてそっぽを向いた。

遠くの方から、ほーう、ほーう、と、笛を吹いているような低い音が聞こえ始めた。
これはコダマの森に生息するふくろうポケモン、ホーホーの鳴き声だ。夜行性である彼らは、日没と同時に活動を開始する。
窓を見ると、外はすっかり藍色の闇に覆われていた。まだ宵の口ともいえる時間だが、今日は疲れているし、何より明日も早い。そろそろ寝た方が良いだろう。
シンシアは立ち上がった。
「よし。お腹も落ち着いたことだし今日はもう寝ようか。最後にこれだけ全部一階に運んでおいてくれる?明日の朝食にするから」
テーブル上に残された木の実を指し示して言う。量が多すぎて食べきれなかったのだ。
「りょーかいっ」
ルトラは木の実全部を難なくまとめて抱え上げると、軽い足取りで階下に向かって行った。こういう時に両腕が自由だと便利だなあと、四足歩行のシンシアはちょっぴり羨ましく思う。
まもなく、再び階段を上ってくる足音がした。部屋の向こうからルトラがひょいと顔を出す。
「空いてるとこに適当に置いといたぞ」
「は~いありがと。テーブルの方は私が片付けておくからルトラは先に休んでていいよ。お休みなさい」
「うん、お休み」
とは言ったものの、ルトラは自分の部屋に向かうでもなく、部屋の入口に突っ立ったままでいた。尻尾を左右にゆらゆらと揺らし、なんだか落ち着きがない。
シンシアは首を傾げた。
「ん、どうしたの?まだ眠くない?」
「いや、そういうわけじゃねえんだけど…」
ルトラは歯切れの悪い返事をしたっきり、口元をぎゅっと結んで視線を床に落としてしまった。
やはり様子がおかしい。シンシアは気がかりに思いつつも、黙って次の言葉を待つことにした。
向かい合ったままどれだけの時間が経っただろうか。俯いて石のように動かなかったルトラが、ようやく顔を上げた。彼はシンシアの目を見据えると、重々しく口を開いた。
「俺たち、また会えるかな。…あいつに」
一瞬何の話だか分からずぽかんとしたシンシアは、直後に雷に打たれたような顔をした。
ルトラはばつが悪そうに肩をすぼめた。
「悪い、いきなり変なこと言って」
シンシアはふるふると首を振ると、目の前のテーブルに視線を落とした。沈んだ顔をしているのが自分でもよく分かった。
「いいよ。本当のこと言うと私もそうなんだ。今日一日クアラや父さんやモニカさんからあれこれ話を聞いてるうちに、なんだかこれからのことに自信が持てなくなってきちゃってて。こんなに時間が経っても、あの子は―レオは、まだ待っててくれてるんだろうかって。私たち随分遅刻しちゃったからね。…そっか、ルトラも同じこと考えてたんだね」
シンシアはそこで言葉を切り、しばらく瞑目した。そして、ルトラをまっすぐに見据えた。
「不安ではあるけどさ、私たち、まだ見習いとして働き始めてもいないわけでしょう。とにかく明日からはモニカさんも言ってた通りがむしゃらに頑張ってみようよ。真面目にやっていれば、そのうち色んなものが見えてくると思うしさ。レオのことを考えるのはそれからでも遅くないよ」
ルトラの表情に張り付いていたこわばりが、徐々に解け始めた。
「…だな。今更弱音吐いてなんかいられねえよな」
力強く頷いたその顔に、もう暗い色はなかった。

***

モニカが戻る頃、駐屯地は既に漆黒の闇で覆われ、ひっそりと静まり返っていた。
警備隊として働くポケモンたちの多くは、日の出と共に起き、日の入りと共に寝る生活を送っている。隊員の中には昼夜が逆転した生活を送る夜行性のポケモンたちもいたが、彼らは特例として、昼間に活動する隊員たちとは住処を異にしていた。完全に日の落ちた今、そうして夜間の警備に当たっている者を除いて、起きている者はいないはずだった。

星明りを頼りに自分のテントへと向かおうとしたモニカは、ふと足を止めた。誰かの気配を感じたのだ。
視線を左右に滑らせると、暗がりの向こうに誰かがうずくまっているのが見えた。
「!?」
ぞっとして、声にならない叫びを上げる。―しかし、よくよく目を凝らしてみると、それが良く見知った人物であることが分かった。モニカがそちらへ足を向けると、その影は立ち上がった。
「―オスカーさん」
「見送りご苦労」
「驚かさないでくださいよ!…もしかして待っていてくれたんですか?」
返事の代わりに鼻を鳴らす音が返って来た。モニカはそれを肯定と受け取る。
「シンシアちゃんもルトラくんも、とっても真面目でいい子でしたよ~。日頃お話に聞いていた通りです。それに、私が普段やってる仕事を実演して見せたらすごく感動してくれて!私からしたら好きでやっているだけのことだけど、あんな風にきらきらした目で見られるとやっぱり嬉しいな~…なんて。―あ、ごめんなさい!聞きたいのはそういう話じゃありませんよね」
夕方の事を思い返しながらにこやかな笑みを浮かべていたモニカは、我に返ってオスカーを見た。
だが、彼は聞いているのかいないのか、黙って正面の闇を見つめているだけだった。
そのいつもと変わらぬ無反応っぷりに安堵しつつ、モニカは話を続けた。
「私、先輩としての経験からひとつだけ助言もしてあげたんです。まずは目標を定めて頑張ってみたらいい、そうしてるうちに、もしかしたら別のやりたいことが見つかるかもしれない…って。実際私自身がそうでしたから。…でも、若輩者の私には少し出過ぎた発言だったかもしれませんね」
今話しかけている相手が自分の先輩であることを思い出して、モニカは恥じ入るように俯いた。
すると、それまで置物のように静かだったオスカーが初めて口を開いた。
「別にいいんじゃないか。お前が自分の経験から言っていることならお節介でもなんでもなく、説得力のある助言だ。それにあの二匹は確かに大きな目的を持って志願しているが、それが叶うかどうかは正直俺にも分からない。別の道があることを示唆してやるのはためになるだろう」
「へえ~、ということはあの子たちにもやっぱり譲れない目標があるんですね。昔の私みたいだなあ」
まだあどけなさの残る彼らの、どこか気負っていた様子を思い出し、モニカはその初々しさを改めて微笑ましく思う。
と、オスカーが前を向いたままで視線だけよこした。
「二匹はお前に何も話さなかったのか?」
言われている意味が分からず、モニカは瞬きした。
「はい?」
「―ならいい。今はまだその時じゃないんだろう」
オスカーはそう言うと身を起こした。
「え、ちょっと、何の話ですか?…というより、どういう意味ですか?」
慌てて問いかけるも、返事はなかった。オスカーは別れの挨拶のつもりか、尻尾を一度だけブンと横に振って、それっきりモニカの方には一瞥もくれずに、自分のテントへと歩いて行った。
(…やっぱり、何考えてるのかよく分からない人だわ)
遠ざかっていく後ろ姿を、モニカは面白くない気持ちで見送った。

***

暗い部屋で、シンシアは寝藁に横たわり、開け放たれた窓を見上げていた。
紺色の空には無数の星がちりばめられ、その各々がかすかに瞬いている。空気の澄んだこの土地では、一年を通じて美しい夜空を眺めることができた。
こうして綺麗な星空を見るたび、シンシアには決まって懐かしく思い出される存在がいた。
それは幼い頃に出会い、そして別れたかけがえのない友のことだ。

*

―今から十年ほど前、シンシアとルトラはいつものように森に遊びに出かけ、そこで一匹のポケモンと出会った。
どうやら迷子らしいその子は、誰にやられたのか痛々しい傷を負っていた。二匹は驚いて、ひとまずその子を家に連れて帰ることにした。
しかし、手当てしてやりながら話を聞くうち、驚くべき事実が判明した。
その子は過去の記憶を全て失っていたのだ。
『レオ』
本人は名前すら覚えていないと言っていたが、その子が身に付けていたペンダントにはそう記名があった。恐らくは彼の親が贈ったものだろう。
初めこそ、子供たちが見知らぬポケモンを連れ帰ってきたことに困惑していた両親だったが、レオに身寄りがないことを知ると、一転して同情し、彼の親が見つかるまで一時的に預かる決断をした。
同時に両親は、レオの持つ数少ない情報を元に周囲に聞き込みを行った。
しかし、どれだけ日が経っても、彼の親どころか、彼を知る者すら名乗り出ることはなかった。結局レオの身元は分からずじまいで、両親は最終的に、彼をルトラに次ぐ三番目の子どもとして正式に迎え入れられることを決めたのだった。
レオは温厚で人懐こい子で、一家に馴染むのにそう時間はかからなかった。ひと月もすればシンシア、ルトラ、レオの三匹は実の兄弟のように打ち解け、毎日揃って遊び回るほどになった。
だが、彼はもういない。

レオが突然記憶を取り戻したのは、シンシアたちと暮らし始めてから二年ほど経った頃のことだった。
そこで一家は初めてレオ自身の口からその出生を知ることとなる。
―なんと彼は森で暮らすポケモンだったのだ。
本当の住処が分かった以上、レオは戻らなければならなかった。急に訪れた友との別れに、幼いシンシアとルトラは驚き悲しんだが、他ならぬレオ自身が森に帰ることを希望した以上、二匹にできることといえば彼を見送ることだけだった。
『いつか会いに来て』
これは別れ際に彼が言い残した言葉だ。シンシアたちはそれを約束と受け取り、必ず守ることを誓った。
それから間もなくして、シンシアたち一家は住み慣れた家を離れることになるのだが、どれだけ時が経とうとも、彼らは幼い友と交わした約束を忘れることができなかった。

やがて月日が経ち、成長した二匹は、レオとの再会の約束を果たすため、故郷に戻って警備隊となることを決めた。
森を自由に探索するにあたっては、警備隊の肩書きを持っていた方が都合が良い。さらに、二匹が元々警備隊として働くオスカーに憧れていたことも、志願を後押しする要因となった。
もちろん年齢を理由に断られることは十分考えられたが、それならそれで、別の形で森と関わるつもりでいた。
しかし二匹の希望は奇跡的に叶えられることとなり―今、こうしてここにいる。

*

レオは星を眺めるのが好きな子だった。こうして夜空を見上げるたび、彼のことを思い出すのはそのためだ。
今も、この森のどこかで同じ星空を見ているのだろうか。
シンシアはごろりと寝がえりを打って、窓に背を向けた。
(だめだめ。感傷に浸っている暇はないし、今更あれこれ考えても仕方ないぞ。ルトラにもそう言ったばかりじゃないか)
明日からはもう、与えられた仕事をこなしていく見習いとしての日々が始まるのだ。こうも物思いに耽りっぱなしでは、務まる仕事も務まらない。
シンシアは体を丸めると、ぎゅっと目を瞑った。

いよいよ明日から、二匹の見習いとしての仕事が始まる―。

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