第20話:運命の敵――その2

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 チリンチリンと、“広葉樹の森”に鈴の音が響く。高く透き通る、心が洗われるような美しい音は、ポケモンの技である“癒しの鈴”によるものだった。

「ん……?」

 その音で、セナの技で眠らされていた救助隊ボルトの3人は目を覚ます。“癒しの鈴”にはポケモンの技による状態異常を治癒する効果があり、それ故彼らの眠り状態が解除されたのだ。

「……って、ください」

 ボルトの電撃にやられた救助隊のポケモンたちの中から、弱々しい声が聞こえた。

「行って、ください」

 今度ははっきりと周りに届く声量だった。声の主は、猫のような容姿のポケモン、エネコロロ。ボルトに傷つけられた身体で力を振り絞り、“癒しの鈴”を使用した彼女は、残り僅かな体力を必死に声に変換する。

「あなたたちの、力なら、きっとセナと、ホノオを、倒せる……。お願い。私たちの分まで、頑張って……」

 それは世界の平和を切実に願う、献身的な声だった。
 エネコロロが気を失うのを見ると、ボルトの3人は礼も言わずに立ちあがる。そして。

「奴らはどこへ向かった?」

 エレキブルは欲望に満ちたその言葉で、森の空気を震わせた。




「はぁ、はぁ、はぁ……」

 弾む2つの呼吸が、薄暗い洞窟に響く。“迷宮の洞窟”。複雑な通路。分かれ道を2回ほど選択すると、洞窟の入り口も見えなくなる。そこでようやく、セナとホノオは地面に腰を下ろした。
 セナは、深く裂けた傷口をぎゅっと圧迫する。ホノオは、ぐらぐらと煮え立つような身体の火照りに喘ぐ。救助隊のポケモンたちに狙われ逃げ惑った2人の少年は、その命を激しく消耗して弱り果てていた。救助隊のポケモンたちの、望み通りに。
 恐らくそれは、生命体としての本能なのだろう。セナは青いバッグに手を突っ込み、オレンの実を取り出した。

「回復しよう」
「うん……」

 セナは1つのオレンをホノオに差し出す。ホノオはオレンを手に取ると、セナが食べ始めるまでじっと待った。ひとくち、ふたくち。セナがオレンを飲み込み、痛々しい切り傷がふさがってゆく。そこでようやく安心し、ホノオもオレンを食べ始めた。
 敵から逃げきった。だからと言って、この先の旅路に希望があるわけではないが、ひと時の平穏を勝ち取った。
 彼らはそう、確信してしまっていた。
 そのときだった。

 ザッ……と、洞窟の地面を擦るような足音が聞こえる。ゆっくり、ゆっくりと、洞窟を歩む複数の足音が迫っている。――まさか。いや、しかし。入り組んだ洞窟を歩み、分かれ道を選んできた。そう簡単に、見つかるはずは――。

「みぃつけた」

 レントラーのほくそ笑む声で、セナとホノオはびくり。その鋭い瞳に、2人の姿はすっかり射抜かれていたのだ。とっさに立ち上がろうとするが、休めるために緊張感を抜いた心身が、うまく動いてくれない。

「な……なんでだよ……」

 こんなに簡単に見つかるとは思わず、ホノオは絶望を声に滲ませた。サンダースがじわじわと迫りながら解説する。

「ふふ。真っ赤な血の道しるべを辿ってみたのさ」

 ――しまった。身体が動いて、敵から逃げられさえすれば良いと考えていた。怪我への対処を後回しにしたことを、セナは今更後悔する。
 洞窟の壁を借りて、セナとホノオはようやく立ち上がることができた。しかし、回復もまだ不完全で、表情は険しい。

「せっかくだから、自己紹介でもしてやろう」

 と、レントラー。ついにボルトの3人がセナたちの目の前まで迫った。セナの呼吸が激しい故に“あくび”が使えそうにないことに気がつくと、邪魔の入らないこの状況下で、余裕の表情だ。

「俺たちはゴールドランクの救助隊、ボルト。ガイアのため、そして“自分たちの”ためにもお前らを倒しに来た、正義の救助隊さ」

 “正義の”。その言葉を強調してエレキブルが言うと、レントラーとサンダースの口角が不気味につり上がった。
 “自分たちのため”という言葉の真意が気がかりだったが、それをセナたちが問う時間までは、さすがに与えてくれなかった。

「おうチビ。さっきはよくも眠らせてくれたな」

 レントラーはセナを脅すように、睨みを利かせて威嚇する。セナは、どんな攻撃で襲われてもいいように、対抗策をつらつらと頭の中に準備した。

「もう俺たちからは逃げられないぜぇ。覚悟!」

 エレキブルが言うと、ボルトの3人は身体に力を込め、強力な電撃を放った。

「“守る”!」

 セナは反射的に“守る”を繰り出し、輝くシールドで自身とホノオの身を守った。

「お前“も”そうくるか……。だが、シールドが壊れるのも時間の問題だ」

 と、2日前の戦いでのメルを思い出しながら言うレントラー。どうやら、セナの“守る”の効果が切れるまで攻撃を続けるつもりのようだ。
 “守る”以外の電撃対策を考えないと、このピンチは抜け出せない。電撃に臆するホノオをよそに、セナは作戦を決行した。
 足に力を込めると、セナは思い切り跳ね上がった。そして、すばやく甲羅に身を隠し、“高速スピン”を繰り出す。その様子をポカンと口を開けて見るホノオだが、何か考えがあるのだということは容易にわかり、安堵(あんど)する。
 鋭く甲羅を回転させてすぐに、セナは“守る”を解除。そしてそれと同時に、“高速スピン”をしながら“水鉄砲”を繰り出し、辺りに水をまき散らした。
 刹那、敵の電撃がシールドを突破する──が、電気はまっすぐにセナたちに向かわず、宙に舞う水しぶきにも分散して襲いかかった。
 セナもホノオも、ほんの少し顔をしかめる程度の被ダメージに抑えることができた。

「ちっ……。水タイプなんだから、大人しく死んどけっての」

 レントラーは不愉快そうに舌打ち。長めの放電時間に疲れ、少し息を切らしていた。

「“波乗り”」

 敵を押し流し、距離を稼ぐための最適解。セナは荒波を操り、ボルトの3人を飲み込んだ。

「よし、今のうちに……逃げるぞ」

 セナとホノオは洞窟の奥に駆けだす。オレンの回復で、もう道しるべを作ることはなさそうだが。足音と荒い息遣いが、彼らの居場所を示してしまう。それを分かっていてホノオは吸気を抑えようとするが、余計にクラリと苦しくなってしまった。意識がもうろうとする。足がふらつく。
 彼らの必死の逃走も虚しく、ボルトは執念深く追ってくる。素早さ自慢のサンダースが、あっという間にセナとホノオの背後についた。

「“10万ボルト”」
「うああっ……!」

 強い電流に全身が痙攣してしまい、逃げる足が止まってしまう。レントラーとエレキブルも追いつく。電撃が3倍の強さになる。

「あああーッ……!!」

 喉が張り裂けそうな悲鳴を上げ、セナとホノオはもがき苦しむ。バチバチと空気を震わせる電撃が、2人の子どもを過剰に痛めつけてゆく。
 ――身体が痺れて、うまく動かせない。ならば。ならば……。
 セナは力を振り絞り、“ミラーコート”で抵抗した。電撃を全て吸収すると、鏡のように強力な光線でもって跳ね返す。

「ぐあああっ!!」

 これにはボルトもたまらず怯み、攻撃が中断された。チャンスだ。ホノオも最後の力を振り絞り、“炎の渦”でボルトを拘束する。足止めに成功し、2人はよろよろと這うように敵から遠ざかった。

 ほぼ無傷だった敵が、あれだけ執念深い敵が、“ミラーコート”と“炎の渦”だけで倒れるわけがないことは、セナもホノオも理解していた。それでも、逃げるしかない。
 全身の皮膚が電撃で焼かれ、損傷し、赤い道しるべが滴っている。オレンの実を食べようにも、口の中までもが電撃でひりつき、咀嚼に酷く時間がかかりそうだ。追いつかれるのは時間の問題だ。それでも、逃げるしかない。
 洞窟の壁に身体を支えてもらいながら、セナとホノオは命を削って逃走を続けた。

 そんなか弱い抵抗が、とうとうプツリと限界を迎えた。
 ホノオは崩れるように、前のめりに倒れた。

「おい、ホノオ! 大丈夫か?」
「はあ、はあ……。なんか、もう、怠くて……。ダメみたいだ……」

 しっぽの炎が消えかけている。極めて体調が悪い証だ。セナが触れられないほどに体表面が熱いのに、ホノオは寒気でがたがたと震えている。まだまだ熱は上がり続け、体調が悪化の一途を辿ることは予測できた。

「諦めるな、ホノオ。オイラがおぶっていくから」
「やだ……! 置いてってくれ……。これ以上、お前に、迷惑、かけたくない……ッ!」
「でも」

 喘ぎながらのテンポの悪い言い合いは、敵の足音で早々に中断された。
 セナは振り返る。そこにボルトはいる。口元を不敵につり上げながらも、度重なる獲物の逃走に苛立っているようで、目が笑っていない。3人とも、全身の体毛が静電気で逆立っている。

「“充電”済みだ。諦めな」

 “炎の渦”で足止めを喰らいながらも、彼らは虎視眈々とセナとホノオの命を刈り取る準備をしていたようだ。“守る”は使えない。逃げる余地はない。これ以上の攻撃に耐えられない――“ミラーコート”も、もう使えない……。

「セナ……お願い、だから……お前だけでも……」

 消え入りそうな声で、ホノオはセナに心からの願いを向けた。

「ふふ。安心しろ。痛くないよう、1人ずつ、確実に、一瞬で仕留めてやるよ」
「1人ずつ、確実に、報酬が欲しいんでね」

 エレキブルがホノオに向かって踏み出すと、レントラーとサンダースも攻撃準備を始めた。空気が不穏に鳴いている。
 直後。

「まずはお前が死ね!!」

 エレキブルの言葉とともに、強力な電力を圧縮した、細く、鋭く、眩しい“死の光線”が放たれ――。
 それは、1人の少年の身体を貫いたのだった。

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